~昇り調子~(『夢時代』より)
天川裕司
~昇り調子~(『夢時代』より)
~昇り調子~
リトル・マーメイドの手中に操られながら俺の空虚(むしろ)は細かく擦れて破れて、宙(そら)を彷徨う砦に落ちて行くようだった。七月は来ない。擦ったものは人の使い古した歯茎(やすり)で、まるで京都の先斗町を少し入った所に桜(ピンク)と佇む人影(あしあと)の様(よう)に邪推に富んで微塵に籠った〝都会〟が表れ、漸く見えない川面にまで足を延ばしたように人混(なだれ)に混ませて還って行った。白紙に移ろう凡人共の大渦の灯(ひ)には浮き世に満ちた煩悩が体裁好くして股座掻き込み、明日(あす)を離して天下を狙う。〝B面の俺だけが天下を取ればよい〟等、口々、ぼそぽそ呟き、やがて天下に見放されても全く平気とポテンシャル揺らして奈落に堕ち行く意識が輝(ひか)る。蟋蟀が一晩鳴いた。京都、八幡安居塚の土地柄の所為か、見た事も無い夜、夜中の涼風(かぜ)には余程に冷ます霊力(ちから)が在るようで俺の〝都会〟は何処(どこ)行く体温(ぬくみ)と人目に寄らずに唯真っ直ぐに、長短知れない帰路を歩んだ。〝皆、よい思い出になる、〟これが口癖だった俺の〝若者〟は独創に独歩(あゆ)んでピケを知らずに昨日に出逢った知己さえ餓鬼へと変えた。つい、辛抱堪らず、自分の行く末按じて今、目前に何処(どこ)かへ吸い寄せられ行く自我(おのれ)の夢路をいとも容易く愛した体(てい)にて〝場末〟が合わぬと宜しく讃え、独り見る見る解け行く思想を念じた。母は何時(いつ)でも俺の階下でネオンを焚き付け、時々色めきつつも自身(おのれ)の障害(ハードル)越えつつ明日(あす)の鎹(ネック)を程々覚ました無体に恋した。古い〝怪獣〟が俺の目前(まえ)へと急に現れ、〝この世の盲者(もうじゃ)は女なのだ〟と抑揚受けつつ吟味に貪り、誰も見知らぬ無想の土地へと俺を諭して誘(いざな)い連れつつ、俺の右手は汗を握った。〝大学に入る友人達にも教授達にも、余程機会を利(り)した時にか、はた又俺に伴侶を灯した女性(おんな)が寄った時かでなければ煌々先行く経過(とき)の箱にも灯(あかり)は差さずに、感情(いのち)も灯らず、在るのは堂々巡りの「俺は俺でてめぇはてめぇ…」の擦った揉んだで進退窮まり、ちょいと陽気に振舞う俺にも寸での大差で明かりも差さずにしっちゃかめっちゃか、安きに去られた俺には友が残らず嫁が残らず、殺風に向きつつ南に吠える悪魔の手先が俺に真向いて独創(こごと)を漏らした〟。自分達の勝手気儘を余程に織り交ぜ如何とも寸とも言えない〝若者の鉄壁〟が目前を逃げて行く頃、俺の主張(おもい)はゆっくり表れ、孤独を愛する夢想(ドグマ)を知った。家を出て、何処(どこ)へ行ってもそこで会うのはその場限りの会話となって、ゆとりも地位も全て剥奪され得た生来の幼春(ようしゅん)は飽きる事無く同じ思惑(こころ)を持ちつつ主張を吐いて、やがて経過に歯止めを知ればおろおろ両脚(あし)を揺らして夫々自分の独房(へや)へと還って行ってその独房(へや)の様子はその通りではなく、複数が集まる大部屋の場合もある。俺は前者のようで、毎日眠って見果てる夢中に自我(おのれ)の住み行く棲家を知り行き、人間(ひと)とは無縁に狼煙を上げつつ生命(いのち)を燃やす衝動があっても良い等と向きに成りつつ自制していて、誰に会っても気兼ねに耐える事無く自分の白紙(こころ)は常に無頼を保(も)って生き届いて来たのだ。俺達の、いや俺の願いが込められた怪獣が、主人公のような女性(おんな)の仮面を被(かぶ)った手弱女(ヒロイン)にアイスラッガーによってやられて仕舞った。「ウルトラセブン効果だ」と、俺は独り呟いて居た。男と女の運命の端々に屈曲されつつ孤高を束ねた〝俺の騎士〟にはほとほと冷め行く勲章さえ無く、小言を網羅し出した大輪の華さえ行方知らずの美向(びこう)に駆られて、行く行く冷め冷(ざ)め澄み切る異形の空白(あとち)へ凡命(ぼんめい)揺さ振る下天は置き去る体(てい)にて正純極まる大体は自体を呈する間(ま)に間(ま)に白雲に自身(おのれ)を捜して純太(じゅんた)を宿した。唯病気に罹る事さえ露も正気に戻れず、自体(からだ)を揺られて嫌悪に且つ厭味に卑下した人生(しるべ)の解体(たい)には、如何でも人生(ひと)から絡め知った冷酷極まる維新の極致に自身(おのれ)を掲げて、生誕し得た自命(みもと)の平和を俗世の内にて一度は知ろうと熱気(ほのお)を焚きつつ励んで見ても、如何でも極致(すべて)を知り得ぬ「無教の透明(くうき)」の内には俺が居座る土台(ばしょ)さえ知れずに慌てて咲き得る活気を濁した。
初夏(なつ)に掛りつつ、涼風吹き遣る深林(こかげ)の内から誇大に挙がった記憶(おもい)を自体(からだ)に載せつつ、ひらほらふらひら、自羽(はね)に酔わされ生き得た確かな自命(みもと)が、宵闇(やみ)に紛れて活性させ得た晩春(はる)の仕切りが遂には大口開(あ)けて俺の体(からだ)を呑み込み塗工を重ねて、慌てて還った体裁(てらい)の余熱(あと)には白地(しろじ)に起(きた)した快感(オルガ)が咲いた。誰もがほとほとひとひと通り得る往来の真中で人混みの様(よう)に微かに咲き得た安心(ほてり)の端には、一向陰口叩いて自身(おのれ)を知り得ぬ未熟の嫡子が羽振りも良さげに両頬(ほほ)には赤身を落して汗を乾かし、彼(か)の流れ橋に咲き得た一等の流星に願いを込めて自体(おのれ)を自賛(あが)めた有力(ちから)の真価を一重(ひとえ)に燥いで知って見ようと、貧しい挑戦(いせい)を天へと観(み)せた。俺は嘗て学業を共にし寝床を共にし、他のあらゆる明暗の末路を共に見て来た新旧を知り得ぬ級友に寄り添い邪推を削いで初夏に見入った孤踏(ことう)の乱歩(おどり)を掌握しつつも共有しようと一肌脱ぎつつ、或る盛衰(かげり)を知った声優に就いて報告(はなし)を始めて他意(ことば)を求めて、その級友の知る処を漏らす事無く紡いで行って一つの体験(かて)にしようと、なるべく我声(おのれ)を抑えて伺い始めた。そうした経過(ながれ)の端々節々にはつい濁流に潜んだ多勢の生気が気色を灯して活性され行き、級友の衝動(うごき)に合せて微弱ながらに二人を包んだ生気の数にはほとほと覚め行く現実(しぜん)が省み燈明(あかり)が落ち行き、朝無く昼無く微妙に鳴き行く両性(ひと)の声とは渋々還って俺と級友(あいつ)に居座り自声(じせい)を潜めて、気付く頃には唯流行(しぜん)に染まされ他力に励んだ小言の連鎖(つらなり)に口を挟めず自衰(じすい)して行く自身の弱性(よわさ)を二人は知った。少なくとも俺にとっては事の経過(ながれ)が切っ先換えられ、目標(さき)を忘れて共鳴(かいわ)が成り出した、幽境(ゆうきょう)の奥地から表情(かお)を覗かせ夢想(ゆめ)の空にて感情(ねつ)が生れた波紋が二人の経過(ながれ)を安堵にたえらせ一つの成功を見た頃からでも、自退(じたい)出来ない遊興の数多は必然号を発して自身(おのれ)を化(か)えて、転々(ころころ)鳴り行くシンパの体裁(うまみ)を噛(しが)み行くのだ。故に、俺がこの級友の山田と何か事を成すにはその一々に見合った譲歩が試され結局波紋は一つと成れずに方々(あたり)へ散り行き、自身(おのれ)の目標(ねがい)を主張するには人三倍程成る逍遥(ちから)を要した。要する故に俺の眼(まなこ)は正義を見納め不義を犯して、ついつい外界(そと)に咲き得た魅惑の諸公が体好く掲げた散々(あまた)の巨雷(きょらい)に地団駄踏みつつ近付き行って、朝陽を拝めぬ隠者(かげもの)のように自身(このみ)を燻(いぶ)る小作(げにん)と成るのだ。正直言って、俺はこの山田を好いてはいるが、共に居るのが伴(とも)するようで合点が届かず、空気を読めずに朽ち果て行きつつ自声(じせい)を棄て得ず何等の未練に遭うのがほとほと嫌にて疲労を憶える試算に興じる無体を憶えさせ行く一方(むき)を嫌った。この山田という男は俺と共に育って来たが、土台、天文を興じる学者の程度と交友損ねて地中に埋れて時流に何とか跳び付き自体(おのれ)を化(か)え行く地学を興じた学者の知識(ちから)が反する具合に向き合えないで、自然が具えた具備(ぐび)の数多が益して二人の領有を細かに分類する程、嫌い合わず迄にも二人の仲とは合流し得ずに流行(なが)れて行くので、時流が兆した二人の仲とは互いに対峙するまで具備を呈さず何処(どこ)まで行けども決して共有し得ずの空間(あいだ)を置きつつ経過(なが)れて行くのは景観から成る無理な迷路に尽きる。あれをあれともこれをこれともしないで突き出る躍進の数々には孤高に埋れて初めて知り行く未開の信念の付き得る妖艶の類(たぐい)が既に二人の領した分野に在って、一方は詩人に始まる独創の縁故に快感呼ぶまま自活で生き行く体温(ねつ)を欲して、もう一方はウルムチから始まる歴史を幻惑(まよ)わせ損ねた〝迷える塩湖〟に知識を受けて、小言を独創(ちから)と採り得ず屈強から成る優雅な肥やしは何時(いつ)まで経っても皆他(ひと)から形成(うま)れる私財に在って、その集体(すべて)こそが自活(おのれ)を励んで飛ばせるものだと心底、信心引き寄せ潤む程度(ほど)にて力説し行く、一介の真摯を保つ者。如何(どう)合っても反転損ねる思惑(おもい)の衝突等は忌避さえ出来ずに時流に聳え立ち行く巨大な挿話(ドラマ)は一向省みないで前進するまま有力に在り、意味無い人の虚言(ことば)に惑う間も得ず自然の許容(うち)にて独断(ひとり)を呈する革命等には凡そ立ち行かないまま努力は潰える。俺は何とかこの山田(おとこ)との行進を束ね得る独断の気勢を替えようとしながら、朝から輝く陽の光にさえ幻惑し始め、心象に生れた小言(ことば)の数多を採りつつ伝言染みた一通の芝居(ゲーム)を呈して行くが、彼(か)の山田は所々で頷きながらも俺の表情(かお)など全く見ないで虚言の数多も小言の連鎖も省みない儘、独我(どくが)に咲いた時流の姿勢を外界(そと)から差し込む陽の光へ向けて真向きに挙げて用を足し行き、小言を並べてまるで客寄せするほど力無くした俺の商魂(ドグマ)は根から抜かれて水も差せずに、一端(いっぱし)に降り注ぎ行った身振りの主(あるじ)は孤独を放(ほ)かして他力を束ねた。その内でも俺は開口する儘、以前巷に咲き得た漫画の語る〝バゴモ〟、〝もがみがわ!〟等の喝声(かっせい)に興じて紅い頬(かお)して熱弁(ぬくみ)を諭し、級友の好(よしみ)に独断成らずも共有出来得る三役を呈した密室を夫々象り山田に見せるも、山田は一向して見向きもせずまま身悶え宿して外界(そと)へ跳び出て行くほど自体(おのれ)の内には吟々(ぎんぎん)に熱した野望(こころ)を秘めつつ憤悶(ふんもん)掲げて、次に俺には、小言で連ねたその行く先に仄かに恋した女神を象る女声優の残声がその余韻を掴めぬ程度に未熟に置かれて態(たい)を発した事から山田に向かせる有力(ちから)が在ってそれを掲げて真向きに捉えた山田の快感(オルガ)を勢占(せし)めて遣ろうと一つ、魅惑の獲得に準じた少年の単行(たんこう)を一心に準え虚を捨て去り、阿る自体(からだ)は漸く根差した地上(たちば)を構築(つく)った。これが初めて初夏を兆した晩春(はる)に出会った山田という男に、仄か成るまま暗夜の寂寥に活き得た喝采され得た独歩を呈して棄てた俺の日和である。先に示例(じれい)していた効果を表す二つの寝言は、一つは不意を突かれて放った青年の代物(もの)であり、もう一つは秋晴れの下に細く流れる白い竜胆が芽生えた一通を、弟子と共する俳聖が叫(きょう)じた可笑しみであり、二つとも俺が或る時好調に乗じて二つの大学を受験して通った際での夢想(ゆめ)を吟じて成功(かて)をくれ得た一漫画に載った物であって、青年の声でも初老の声でも俺には同じく一花咲かせる度量を講じて歩けるものであって、殊の外興じて飽きられずに棄てずに置いた宝であった。又、彼(か)の「女神」とは俺が思春の頃に煩い観て来た一女優の意であり、電波(ラジオ)を通して寝床に居着いた俺の孤独を底から温(ぬく)めて明日を闊歩(ある)ける活力(ちから)をくれ得た時期を残した淑女であって、現実(しぜん)に図った〝人〟の名前は〝日高紀子〟と言った。どれもに暗雲束ねる無業の成熟から得(う)る孤独とも不満とも知り行く自生の憂慮が在るには在ったが、俺にとっては目の当たりにした山田との飽和が何より大事と成り行き可笑しいながらも予断を許さず〝鉄砲〟染みた若気の衒いが自重する間も無いほど強く独歩に興じた為に、断行から成る二人の親密(くうき)は一変しつつも微妙に練り行く虚無を併せて詩吟に遊び、二人の末路を仔細に解(ほど)いた場面と呈して解体図(モンタージュ)に見る確固を写して個体と成り行き、俺とこの山田(おとこ)との仲には陽光遮る魔笛さえ得ず、涼風束ねる活気(ちから)の在り処がほとほと判っていった。先述し得た日高紀子の魔笛にも似た少年の美声が如何に大きくこの身に乗り込み領土を拡げて居座り、気色を化(か)え行き俺を変えたか、一つ一つ説明して行く俺の眼(まなこ)は自然に眠りを覚えて重たく固く成り行き、目前にした山田の影さえ陽光に照らされ明るく成り行き、遂には自分の体影(たいえい)が宙から跳んで暗空(あんくう)の彼方へ見えなくなるほど小さく微弱に、声も掠める小鹿の孤独、薹が立ち得た魅惑の遊女は俺の内にて遊びを終えて、級友(とも)と一緒に現実(しぜん)に解(と)けた。俺は続けてこの級友(ゆうじん)に、努めて明るく陽気に、又元気に振舞い短気を見せつつ、〝如何に男の声優が講じる吟味の酸にも女の役者が無機を発して美声を掲げて暗に咲き行く華(あせ)を光らせ涼風に呟く微力が勝って至高を挙げているのか、きっと俺にもお前にも未だ判っちゃいないんだ。女の声とは如何に清々しく、美体を揃えて足首揃えて固く護った遊女の魂を万声(ばんせい)に講じて万民に流して聴き良く流行(なが)しているか、この所に咲き落ちた女の華(あせ)なるもの、神秘が発した濡れ衣さえ想わす美神(びしん)が生んだ挽回への努力の成果は現行なるまま「男社会」に生き抜き護られながらも自ら活路を開いて明日を夢見た幼女を呈して繁く通った神社の壇にてその身を澄まして落ち着いて居る。小言を発し続けて、行く行く界隈知り得ぬ魅惑の境地へ遊吟(ゆうぎん)し続け、果ての知らない己の努力を然も新たに進展させ得るものなり、等と何処(どこ)かで憶えて一つ覚えにその身を象り世間を収める二人の威勢はどれ程これ等と比べて粗末に咲いて自活を知らずに押されているのか、行く行く俺等(おれら)は腰を据えつつ考えなくては成らないのだ…(云々)〟、心の叫びがこの山田(おとこ)の思惑(こころ)に届いたかどうかは知り得ないが、言う事は言った、と心(むね)撫で下ろした俺は束の間身の変化に気づきもしないで、淡々と口上に任せて説明して居た。説明されてた山田の表情は一向して何も変らなかった。
一対(いっつい)に構えられた曇天は日和を知りつつ俺の焦りを詳細に消し、〝とてもじゃないが…〟と慌てる思いは煙たく光って土に還った。小さく丈夫な母親(おや)の姿が幾つも幾つも順転(じゅんてん)しながら靄に重なり行くのを俺は見て居た。遠くへ、唯遠くへ駆逐され得た母の体(からだ)は如何(どう)でも俺の環境(かこい)に身を寄せられ得ず、小鳥が囀る日曜の朝には自転車に跨り大阪へと行く丈夫な姿が健気に消えず、言葉少なに冷笑浮かべて母性(おんな)の強靭(つよ)さは儚く散り得る俺の青春(こころ)を具に温(あたた)め生(せい)への叫びは紅く灯った。
独創の在り処は何も変らず、硝子戸の向こうに咲いた雨の煙は舞踏へ変って所々に無情を殺した逡巡の墓標が執拗(しつこ)く立って、慌てた俺の不貞は気儘に慣らした魅惑の豪華に一対の明暗を集めて、まったり延ばした遊女の知己には、独創(こごと)を忘れて縛られ呆けた小僧(あるじ)の迫真が当てられていた。その変らぬ下(もと)へと恐らく始終を知り得た今は女優で元声優でもある、昔のラジオ・パーソナリティが世に出た容姿で女に化けた。雨が降る縁側を静かに見詰める母の態度は静観している四畳の内からひっそり咲き得た百合の体(てい)にて言葉を失くして、精神(こころ)静かに微妙な程度(ほど)に口元(くち)を閉ざして力んだ調子は余りに切ない孤独の様子で、大きな瞳は二極(ふたつ)に光り雨に濡れない暗(かげ)の内から明然(あかるみ)へ突き出た土泥(ねんど)に落ちた。固まる背中は背蟲(せむし)の様(よう)でも唯温みを保(も)たせた母性(おんな)の焦りは子供を知り得ずひとひと痩せ行く円らの情緒(ようす)で、二人の空間(あいだ)を往来して行き、要所で咲き得た記憶の数個(いくつ)はちらちら光って身を返して行っても、外界(そと)には負けない容姿(すがた)を保(も)った……。
俺達は知らず内にも食卓の様(よう)な机上を囲んで、記憶に覚えた矮小(ちいさ)な命に残存している母性の高価は男女を呼び込み、連々(つれづれ)灯した群れを煽れば騒音(ノイズ)が勝った晩飯(めし)を連想させ得た。皆で適当に散って座布団を敷き、適当に陽気(ムード)を拵え夕餉を待った。しかし待てども待てども陽気(ムード)を繕う音楽(おと)の行方は延々見えるが、皆を富ませる料理の品など一つも無いで、飲み物だけは丸い机上にぽつんと在るのは暫く慣れない流行(ながれ)にあった。良く良く呑みつつ調べて見れば奇麗に味付けされ得た恐らく外国産の酒であるのに俺は気付いて、所々で煙を上げつつ呑み手を換え得た知己の身元は白々成るまま酒席の靄にも巻かれて行って、唯皆で掲げた話題の主(あるじ)は女優に成りつつ声優(やくしゃ)を講じた小さな女で鋭利は呆(ぼ)やけず、口止めするまま女優の険(けん)には追従(ついしょう)され得ぬ冷笑(わらい)の数個(いくつ)が熱を欲した知己には在った。唯、盛り上がっていたのは俺と山田くらいのものである。皆冷静に構えて何か妙に宗匠を思わす利口を採りつつ言葉を発さず、唯微笑に感けて温(ぬる)い音頭を仔細に執り行く先頭(あるじ)の人陰(かげ)だけ大事としていた。その内時流(とき)が効して山田の内にも利口に構えた主(あるじ)が芽生えて空を切りつつ、口火を濁した〝追従魔人〟を袈裟に斬り付け鳥の如くに俺を置き去り跳び立ち行く儘、薄々気付いた俺のマニアを斜(はす)に睨んで、そろそろ殿堂入りなど想わす風(ふう)にて抜き足差し足現実(しぜん)を採りつつ幻想(ちゃち)を見捨てて、独創(こごと)は小さく溺れて行きつつ以前(むかし)の記憶に凛と咲き得た〝ラジオの人〟をと露骨に束ねた秘密を蹴った。して居る内に、仔細に蒸気を上げつつ微温火(ぬるび)を仰いで退屈したまま胡坐を掻いてた皆の近くを、彼(か)の〝美しくなった元声優の女優(おんな)〟が静々通り過ぎ行き、途中で落され在った細かな仕業(しごと)を女優としてある本業(しごと)のついでに片付け行く程小さく振舞い立たせて行って、唯々通り過ぎ行く動作の様子に男はほとほと弱り果て行き、遂には見入ってぽかんと呆ける者まで現れたのは現行(しぜん)の道理と離れていない。女優は得意になって、何度か男の群れを物の群象と見定め愉しみ始めて、必要以上の順当彷徨いよろけて脆弱(よわ)く、小言に感けた美麗の数多を手足に撓らせ白身を魅せつつ、華奢な躰を丈夫に立たせて慇懃重ねて、頃に逆らい何度でも、男の視線を集めに走った。持ち物が多いようだった。白く銀色に飾られ縁取られ得たblouse(シャツ)の胸には色紙を想わすレシピが三つに畳まれ備えてあって、黒か紺か定めぬskirt(ズボン)の裾には台本(セオリ)を想わす数が有りつつ、又両手を束ねる具合に笠を呈したメニューの多さは街を練り行く女装の在り処を彷彿させ行き忙(せわ)しく見せて、頑なに立った男の麓は女に知られず妬き萌(も)きした儘通り端遍にすごすご凄んだ妖気(ようき)を醸して、水を汲むにも必死を装い、囲いを外した邪魅の盲唖は助平を越え行き孤独となった。野木(のぎ)が小波(さざ)めき青白く暗気が上(のぼ)った風情を見ると、どうもそこは茶店であった。〝狂々〟言う間に、あっと言う間に熱泥携え冷笑等は詩人を越え行き作家へ辿って、枠に囲んだ小さなオルガを共有し始め相手と称した女優を欲して弱く成り行き、俺の鼓動はどっち付かずに独創(こごと)を唱(しょう)する新たな世界に笑い始めた。
して居る内に俺と山田は憤悶掲げて理屈を知って、道理を忘れて現行(しぜん)に組まれた体動(うご)きを呼び止め女優が呈する美声を聴きたく知らぬ合間に大きく膨れた期待を挙げつつ、小さく窄めて空けた俺達の群象(グループ)の内に現行(しぜん)成るまま入組(いりく)ませるのを女優(おんな)の微笑が構えを解きつつ遊びに含めた一手とした為何とか叶って成功して居た。二つ並んだ丸い机上は物も少なに境が空いて、割れた凹部(よゆう)を次第に解きつつ声を掛け得た俺の台詞は「~ちゃんの声で〇〇の台詞言って」というものであり、彼女が準備する間(ま)に次々押し行く要求(ねがい)の数はやがて無口を装い紅潮して行く彼女の様子に疲労を付ける種と成るのを俺は覚えて、遠慮をし始め、体裁繕う〝よいしょ〟の文句を無駄に並べる何時(いつ)もの俺の蛻の様子が活性して行く。すると俺の様子にちらと覗いて気付いた為か、彼女の方から俺に向かって「別にしたっていいわよ、あなたの願いを聞いてあげるわ、」といった仕方の無い余裕に言葉を紡がれ出て来た台詞は許容であって、取分け冷め冷め要求(ねがい)を逸した俺の心境(こころ)は如何(どう)でも彼女に長居を願った当てから外れた無謀は消え失せ純情極まる情の絆しに立っては居たが、唯男と女の空白(かこい)の最中(さなか)に恋が芽生える熱い無鉄砲を何処(どこ)かで求めて彼女を求め、俺の思惑(こころ)は徒然なるまま彼女の瞳を二、三、叩いた。暫し留めたように感じられ得た俺の高邁な小志に暫く日が照り、所々に抜け落ちた台詞が在るようにも見えた独断(こごと)の連呼は暫く振りして彼女の美欲(びよく)を始終に渡って連行し始め、後(あと)から後から、情熱(ねつ)に絆した徒労の迷いに気を病み始め、行けども押せども、彼女の心象(のれん)は近くで遠くでひらひら揺れ得るばもうの小競りを矛盾に感じて、えっちらおっちら、唯整体して行く狐狸への巡業は躰に吸い付き、当分自足に息衝く寝室(ねむろ)を科(か)せ得た。俺から発した「声優業」への躍進等は既に素っ気にあしらい尽かされ、話題に挙がらず遠くの御園(みその)へ赴く神器は口、鼻、四肢へと、脳裏を忘れて羽ばたいて行き、俺を残した幾多の女中は気も咎むる程明日(あす)さえ忘れて、残した無体は白日に咲き得た黒輪(こくりん)の如くに自然に縋った神秘の表裏に遊泳(およ)いで行った。俺と女中(おんな)に交され続けた互いに欲深の縁(ふち)を独歩(ある)いた仕切りはしばしば輝き自然に強く、鋭く尖った人体(からだ)の火照りを具に発して他(ひと)を招いて、免れ得た我が親友(とも)山田の眼(め)には、黄昏尽した両者の対峙がほとほと勝負を諦め停戦(あそ)んだかに見え、女中(おんな)に居着いた級友(とも)の孤高は即座に赤光(あかみ)を増し行き独白(こごと)を捉えて、有りとあらゆる弁の能業(しわざ)を毎々(ことごと)消して行くのは俺へは宿らず、結託し兼ねた遊女へ向いた。当面、面無(かおなし)の体(てい)にて俺から離れて、無体を損ねて悪寒の荒んだ外野に隠れて英気(かちき)を養い、〝自分の為に〟と思惑隠して既に構築してある寝室(ねむろ)に沈んだ自身(おのれ)の筵は俺から見得ない分野(いなか)に黙笑(わら)って呻吟伴い、夢想(ゆめ)の麓は行水(あせ)に塗れて嗣業を呈した朝日に向き得る純力(ちから)を持ち上げ己を律して、唯〝女の尻を追い掛け回す鬣犬(ハイエナ)〟の体(てい)にてその美を蔑め、一時(いっとき)ばかりも俺に付かない粗暴な表情(かお)して周囲を蹴った。唯、女中が来たから俺の周囲(まわ)りで露声(ろせい)を知らしめ、表情色(かおいろ)変えずに唐突極まる努力の素行(すこう)はどっぷり浸かった泥濘(どろ)の体表(おもて)に両手(て)だけを出し得て上肢を支え、sonarの代わりにくんくん揺さ振る鼻孔の喘ぎは女中(おんな)に見られるようにと派手に飾った華(あせ)を照(て)からせ夢中と成り行き、四肢の躍起は見えない泥濘(どろ)の奥からごそごそごそごそ、ごそごそごそごそ聞えて間も無く涼風(かぜ)に固まる紳士の体裁(からだ)を構築(つく)って行った。そうした山田の内実(ほんとう)に気付いた俺には所々で逡巡固まり躍起になれども行き着く時(ひま)など落ち着かない儘冷たく遮る両者(ひと)を見知って独創(こごと)が憂いで、跡を残してすたすたすたすた見知らぬ当てをさも得意に採り行き体動(からだ)を操(と)って明日(あす)の行方を占い始めて、始動間近に躓かないよう、注意するのは常習ながらに得意である為、女中(おんな)に当て行く情緒(ねつ)の絆しは一向経っても相対(そうたい)し得ない片輪(かたわ)を突いた。
てくてくてくてく、見慣れた様にて駆けっこ出来ない四天(してん)を気取った領地の果てでは、微かに水音(おと)を挙げつつ透明色した陽気(くうき)に微睡む新たな境地が挙がり始めて、大小の規模が定かに採れない他(ひと)の並んだプールが現れ、ばしゃばしゃ、じゃぶん、ぶりょろりょ、ごわっ、ぴちょぴちょ、色んな水音(おと)を講じる濁音(おと)の主が今か今かと脱衣し始め、俺の思惑(こころ)を忙(せわ)しく止めた。バンジージャンプ等のアトラクションを催している情景さえ在り、撥ねた飛沫は無数の雫と成り行き陽(ひ)に反光しながら影を作って、俺の足場を濡らした孤独の黒色(いろ)には、朧気(おぼろげ)ながらに何時(いつ)か育った未熟が表れ意識を返して、俺の行方を決定していた。紙で出来たようなボックスに一人ずつが入り、そのボックスが何十メートルも下方に咲き得た地表に擦れて、丁度痛みも衝撃(ショック)も無い程度(ほど)危険の際にて試技(スリル)を愉しむ公(みんな)の協技(あそび)に熱情(ねつ)を保(も)たせてトップを勝ち取る、斬新極まる夢想(ゆめ)の模様と独歩(ある)いて立ち得た場面は呟く。初めに、ちょこちょこテレビに出て来るダウンタウンの浜田が見知らぬ先輩(やから)を連れ添い体を丸めて一緒に二つの箱にすっぽり入り、見て居る俺には当然顔(とうぜんがお)して一緒に出て来た先輩(やから)の体裁(からだ)が〝何処(どこ)かで見知った他人であろう〟とちくちく奏でる錯覚(おと)が表れ表情変えずに、静観して居た最中(さなか)に二人は試技(しぎ)を遣り終えさっさと戻り、俺の近くで感けて踏ん反る恰好(すがた)を見せつつ得意になって、「お前も必ずやれ、大丈夫やから必ず飛べ」等怒り調子に圧迫携え周囲に向いて調子を砕いて、投身して行く奴の姿は一循(いちじゅん)して行く四季の様(よう)にも自然であった。自分達はし終えて余裕が在るものだから足場を固める歩調の力量(ちから)は自然に成り得た力であって毎々(ことごと)強く、周囲に在った俺の恰好(すがた)は微動だにせず緩さを求めて、白々二人に追従(ついしょう)して行く気性の脆弱(よわ)さを再確認させられ、ゆらゆら転がり果て行く精力(ちから)の在り処を探して行った。自ら丸めた事態を良く良く見入れば他(ひと)から気付ける幌の幾つが俄かに飛び出て興味を抱かれ、ほいほい徒然成るまま注意(ちから)を集めてすっと阿る他言(たげん)の威力は事毎俺には気付かれない儘ずっと遠くに波打つのである。俺は業を煮やして恭しく浜田の背中に狙いを付けつつ、元々奴の相方だった松本の様子を仔細に真似して「絶対やらへん!別にこんなんせんでええ!」等と、開き直ってプールに上がる水面(みなも)の跳躍(あがり)に一々飛沫が散ってきらきら照輝(てか)った様子は事毎微動(うご)いて俺を惑わせ、決してバンジーが用意して在る立ち台だけには近付くまい、と心に決めつつ他へ削がれた。兎に角飛び乗るようなアトラクションや必要以上に派手を冠した乗り物等には一寸(ちっと)も意識が向かずに興味も無い為、特にバンジーの類(たぐい)等には〝しなきゃいけない〟必要性に全く無関で魅力も遊戯(あそび)も遠くに在る為、どっち付かずの念さえ表情変えずに〝仕方が無い〟と在る事無い事皆愚痴にして、自分は離れて他(ひと)を見るのが変らず気質に適していると自ら奮起(おこ)った体裁良くして安心して居た。
しかしその癖プールの水には興味(いしき)を奪(と)られて、夏の暑さを凌ぐ為にと、煉吐露(レトロ)を追いつつ「冷め冷(ざ)め郷愁重ねた肢体の在り処」は酸味の漂う脱衣所(ばしょ)を講じて俺を引き寄せ、人の生気がそのまま在りつつ、生の臭気に気怠く成り行く夏の温度を発散し得た烏合の衆に、俺は徒然合されて居た。人が息衝き躍動して行く生臭(なまぐさ)の空気が呆(ぼ)んやり、閉め切る換気の栓から緩々流れて溜動(りゅうどう)しており、循環して行く空気の流行(なが)れは何時(いつ)とも果てない仔細な色香(いろか)を、束ね奏した結界(しや)の体(てい)して静かに拡まり無限を呈して、俺の空想(いしき)は途端に具現化され得た初老へ向けられ、夏日の内にてそこだけ涼風(かぜ)が奔走(はり)り廻った小部屋を発して筵を敷き遣り、裸足で独歩(ある)いた木床(ゆか)の上には簾を延ばした回顧(レトロ)を称した。静かな震顫が自然に解け入り季節を揺らして熱意を纏える初老の表情(かお)には先程までには止まらなかった会話の調子が幾重か増して活性され行き、舌が束ねる小言の傍(そば)には換気を通して侵入(はい)って来ていた昔の柄(つか)さえ調子を構えて、芽吹く暖気は急々(いそいそ)喋って表情(かお)を見遣る互いの体は意味を講じた新鮮と成り、やがて母校の話に視座も置かれて在る事無い事尤もらしく明かす様子は俺の正体(からだ)を事毎引き置く鎹(はどめ)と成り得た。二人かそれ以上、初老を迎えた、或いは迎え終った歴々等が順繰り空気(たちば)を変えつつ着脱して居り、微風を流行(なが)した扇風機などは全て入口付近に置かれて静かに構え、俺の目前(まえ)では俺を無視した老人顔等(ら)が嫌に微笑(わら)ってその場を仕切り、不変のモノクロニズムを昇華していた。昼か日暮れか不明の屋外(そと)を生き忘れた蜻蛉が一匹飛んだ。聞けば初老の群れには東大、早稲田を母校に構えた歴々達が多少居るとも知れ行く態(てい)を装い、俄かに信じた俺の想いは天井(やね)を越えつつ青空の下(もと)、静かに構えて純粋さを知り微動(うごき)を変えて、〝あの時煎じた俺の垢をも一度呑んで夢に向かうさ。必ず行く大学(やしろ)の風紀に根城を構えても一度入学(はい)り、自分に適した文学観(せかい)を植え付けてやる…、東大、早稲田…〟等と虚言を添えつつ上の空にて、象る眼(まなこ)は瞑想して行く。爺さん達は微熱も灯さず何やら鬱蒼輝く小言へ沿わして、嘗て十八番に具えた如何(どう)でも学歴話に行き着く微(よわ)く丈夫な問答を大人しく繰り返して居た。まるで口癖のように浮足立った俺の四肢にはよもや熱意と言うより微かに具えた才能(ちから)の陰にて小言(ことば)を漏らさず社(やしろ)を剥ぎ行き、簾が奪(と)られた剥き出しの木床(ゆか)には所々に禿が覗いた粗末が見え出し、急遽夏日は盛んに燃えて燃やし尽して、行儀を知らない秋日(あきび)と成った。肌寒さに在る俺の四肢にはそれでも寒さに麻痺した官能(おもい)が横切り機嫌を表(ひょう)して、昔の記憶に一歩近づく熱意に絆され無形と成り行き、一端(いっぱし)に独歩を重ねる優美と称する連呼の小片(かず)が仔細に散らばり、復活し終えた昔の覇気には今には咲かない華(あせ)の重さが落ちてしまって、浮遊に伴う空虚の小片(かず)だけ真向きに捉える傾向(かたち)が在った。微かな光が在った。陽光だろうか反射だろうか、硝子の器物は周囲(まわり)に無いのに恰も静かな暖気が講じて壁が現れ、俺の下(もと)へと急いで転がる照明(あかり)が在った。在ったようだが〝魅惑〟に駆られる俺の足元(あし)には蝶番が何かを挟んで閉まらないまま用を足すのと同じ具合に、歩けど歩けど空想(おもい)が空転して行き正気が削ぎ行き、枯葉の体(てい)した色葉(いろは)が色彩講じて俺を教示(おし)えて、俺の脳裏は事毎気船(きせん)が萎み行くほど現行(ここ)では向きを失い緩々徘徊(ある)き、俺の四肢(からだ)は現行(じじつ)を真向きに捉える作業に頗る疎さを憶えた。
以前に俺と出会って一女を儲けた太目の女がモルタルの壁を摺り抜けたまま視界を狭めて不意に現れ、俺の下(もと)へと駆けて居ながら注意は連れずに、新たに連れ得た女児を呈した。俺の注意(いしき)は朦朧ながらに仔細に衝動(うご)いて彼女を捕えて、彼女の言動(うごき)に事毎廻され仕儀に流され姿勢を緩め、山の麓に長閑に微笑(わら)った女の生気(いのち)に次第に埋れる覇気を背負って、団欒して行き、俺の相手は手中に収めた彼女(おんな)ではなく、彼女(おんな)を取り巻く現行(しぜん)に在った。良く良く見ればその彼女(おんな)の連れ行く女児の表情(かお)には俺と似た様子が一つも無いまま躍動(はしゃ)ぎ廻って開花して居り、又良く良く想えば俺と別れて随分してから彼女が別の男と付き合い始めて俺の下(もと)へと一報(れんらく)していた過去の軌跡は随分古くて辛酸束ねて俺を巻いた、と、俺の精神(こころ)は仔細に吟味(とら)えて把握(わか)って居たので、その児(こ)が到底〝誰の子なのか〟等の問答等には俺の出番は最初から無く、在るのは門前払いに墨を塗られたひょっとこ男の助平面がちらちらちらつく劇にも成らない安男(やすおとこ)である。その女の名前は唱子(しょうこ)と言って、初端(はな)から派手に着飾り地味を装い、俺(おとこ)の様子を具に捉えて容易く棄て行く強靭(つよ)さの源(もと)など生来具えて足元強く、仄かに匂わす女児(おんな)の色香(いろか)は啄み損ねる正義の姿勢(すがた)を悪へと化(か)えて余程の詭弁を立てつつ明瞭でもあり、奇麗に揃えた額の髪には俺だけ迷わす過去の詩(し)が在る。所々で足を揃えて歩調を揃えて女児の態度を具に呈する児(こども)の態(たい)には、俺からすれば掴み取れずの独楽(こま)に芽吹く秋の美食が大きく構えて涼風(かぜ)を掴んで、俺の四肢(からだ)を昔へ追い遣る準備に奔走(はし)った軌跡が在った。場所は八幡(やわた)の山が峰々(みねみね)続いた田舎の地であり、舗装されない車道(みち)に沿わせた舗道に面するガス・スタンドで、秋に似合わず暖気を供(とも)した晩夏の涼風(かぜ)等、花の匂いを背負いながらに何処(どこ)からともなく遠くの方から柔く静かに流行(なが)れて来るのだ。その機会(タイミング)が先程知り得たプールまで行く途中に在ったか否か、如何(どう)も見果てず不明であったが、蜻蛉が一匹飛んで行くのを頭上に知り得た具合を図れば、そんな経過は聊か知れず体(てい)にて問うに足りない等と、不調に喫した俺の真心(こころ)は固く瞑想(つぶ)って青空(そら)に準じた。丁度そのスタンドとは長閑な景色を背景(バック)に捕えた未開の地に在り斜傾(さか)に在って、つつつと降りれば俺の良く知る郵便局等、界隈を伴い準じて在りつつ、往来して行く人と車は疎らながらに活気に居座り、どうも唱子はその界隈の一角を牛耳る団地か一家(いちや)に生活して居て、八幡の市民と化けて居たのだ。唱子を灯したあらゆる様子が俺の視界に飛翔して行き、黙りながらも黙殺され得た事の次第は現行(しぜん)成るまま明かされ行って、俺の精神(こころ)は具に捉えた唱子の姿を、幻想(ゆめ)に捕えず現(うつつ)に捉えて疾走して行き、身軽を具えた女の威勢(すがた)は立場(あしば)を捉えた個体と成るのを俺を控えた唱子の体(からだ)は、自然に維持した様子でもある。唱子は両手を目前(まえ)に組んだり背後(うしろ)に組んだりしながら女児(こども)をあやして行くのは慣れた手付きで踏襲して在り、俺の盲想(いしき)は既に唱子を離れて女児に跳び行き、唱子と女児との関係(あいだ)に居座る険しい表情(ようす)に発破を掛けられ自身の生活(しせい)を正され行って、虚言も独創(おもい)も小言も語れず黙って居るのを青空(そら)から覗いて把握して在り、とうとう弱音(ぼろ)が出る迄、俺は唱子の周囲(まわり)で燥ぎ廻った晩夏の苦渋を垣間見て居た。唱子はそのスタンドで始終誰か知り得ぬ男・女と談笑して居り、幼く見えて、微笑(わら)うその都度女児(こども)の居場所を換え行き勢い付いて、眩く白銀(しろ)く輝く肥えた両腿(あし)等、軽装仕立ての半ズボンの裾から真下に延ばして居るのだ。唱子は唯ひたすら途切れ途切れに俺の講じた枠の内にて誰かと喋って、微温(ぬる)い陽気に足場を任せて真っ直ぐ立ちつつ自分の周囲(まわり)で児(こども)を遊ばせて居る。
俺は過去への戦慄がピントを合せたように呆(ぼ)けて出て来て、やがてははっきりして来て、現行(しぜん)に漂う唱子の威勢(すがた)が固い存在(もの)だと知った為にか幻想(ゆめ)へ延(ひ)き得た唱子の姿勢(すがた)も見てはいけない、知ってはいけない禁忌を象る気色に自身(おのれ)を延(ひ)いて、止めども無い程自信を失くした弱性(よわ)い生気を全能(からだ)に浴びせた俺には最早窮地であっても窮地と捉えず、美惑(びわく)であっても美惑と捉えず、〝魅惑〟でなくても魅惑と成り行き、飛鳥と成れない試算に乗じた俺(じぶん)の姿が細かに砕かれ解決され行き、解決したのは現行(しぜん)に伸び得た道徳(モラル)であって俺(おれ)の闊歩は躍動(うご)きを止めた。白紙と成り行く俺の心境(こころ)の内には如何(どう)でも引けを取れない男の意地の様(よう)なものが疎らに咲き行き小言を枝にし、唱子を結局寝取られ終った青春(はる)の行事に感嘆して行き、のさばる正義と悪義(あく)とを如何(どう)でも拵え目前(まえ)に表れるのを変らず掲げて成功して行く現行(しぜん)の自体(すがた)に想いが遣られて操舵を操(と)れず、如何(どう)にも仕合せ等には何等の規則が在ってその規則の効とは俺(じぶん)を弾くと、虚言を呈した俺(おれ)の自体(すがた)は唱子の目前(まえ)にて無形と成った。〝見ちゃいけない場面〟と思惑(こころ)で唱えて俺の行為は唱子に見果てぬ暴挙と成りつつ夢想(ゆめ)を破って、現実(しぜん)を奏でる二つの肢体は夫々活気(ちから)を採りつつ正義を賭して、唯俺には唱子の生活の流行(ながれ)に侵入(はい)って調子を重ねる気力(ちから)が無いのと唱子の威勢(いせい)が如何(どう)でも止まずに他へ飛び行く弓矢と成るのを止める気色が無くて、俺はそのまま唱子を残してその時気付いたバイクか車に徒然飛び乗り当てを定めず走って行った。唱子の肩には既に、近所に住む同様の体裁に落ち着く子連れの面々が息巻き潜んで居た為、昼夜を問わずに身軽の腰にはその地に根付いた絆(バンド)が表れ遊びに行事に参加して行き、無言の儘にて凝固して行く蛻の肢体は所構わず雲母の体(てい)して翻弄しながら孤独と向き合う。俺の歩先(さき)には暗雲漂う密室等しかその身を見せずに、俺の体(からだ)遠くへ佇む肢体に成るのを待つしか無かった。走る間際に唱子の住む自宅(いえ)とされた階段備(ぞな)えの玄関口から、恐らく唱子の主婦友達だろうポニーテールに髪を馴らした若い女が現れ、細かく柔らに肢体(からだ)を覗かせ右には年端の行かない女児が散らばり、年の頃から唱子に連れ添う女児の類(たぐい)と丁度遊戯(あそ)べる調子を具有して在り、出て来て直ぐに、目測通りに二人の女児(こども)は手に手を取り合い固い絆(バンド)を結んで行った。ポニーテールを見た時も俺には唱子の残影(すがた)がちらちら走馬の早さで揺らいで見えたが、世俗に浸って事象に向き合い、細く密かな吐息をぽつんと吐露したその後(あと)返って、〝唱子のママ友か〟等と空想しながら自ら空き家に根付かせ行った自身(おのれ)の肢体に相対して行き、如何(どう)にも成らない落差の守護に想起して行く。益々俺には世俗の習慣(ならい)が遠くに輝(ひか)って行水するにも楽観し得ない自体(おのれ)の無力を吟味させられ、居場所を失くした渡鳥(からす)の体(てい)して身軽に成るのを仔細に受容(う)け取り成長して行き、独創(こごと)が照輝(てか)ったこの世の値踏みにそれ程熱する気力も削ぎ落ち得た為、活き行く団家(しゅらば)に葛藤して行く自信(おのれ)の初歩(いろは)は投げ棄てられて、生きる為にと糧を得るのに余程の未練も潰えて行った。
空想(おれ)が空々(からから)籠った脳裏を巣立って行って、逆行して生(ゆ)く現行(しぜん)の順路を辿り終えればそこにはさっきのプールが拡がり、空気は緩々流行(なが)れて生(ゆ)くのに人の熱気は息衝き根付いて行くのを間近で捉える観客(きゃく)となるのに強いて観(み)せ行く狭筵(むしろ)の境地は、俺の肢体(からだ)を浮き足立たせて湿り濡れ行くプールサイドのコンクリ等にはゆらゆら衝動(うご)いた水面(みなも)が現れ、俺の表情(かお)など映して行くのに寸分違(たが)わぬ尺度を捉えて波紋(なみ)が色付き、俺は周辺(あたり)を凝視して行く無援に巻かれた学士と成って集った客との交流(ながれ)を保(も)った。〝子連れ〟を連想させ得る浜田の姿勢(すがた)と、背後で身構(かま)えた宮迫の家族との打ち解けを想わせられつつ俺の盲想(おもい)は身軽に成り過ぎ現行(しぜん)を離れて、雨天を兆した青空(そら)の行方を唯執拗成るまま身内に図り、一遍(ふつう)に挙げられ続ける人の気質(もよう)を驚愕しながら見遣って行った。矢張り逆戻(もど)ってからでも執拗に俺へ勧める浜田の〝お前もやれよ、バンジーやれよ〟の決り文句は又執拗に俺の脳裏に媚びて焦げ付き、派手と成る為俺の眼(いしき)は何にも媚びない独力(ちから)と成り行き浜田を捉え、無謀に悩んだ俺の自力(ちから)の行方は現行(しぜん)を離れた骸と成りつつ青空(そら)を仰いで浜田と宮迫(やつ)とを殺し廻った犯人(ひと)の姿勢(すがた)を模築(もちく)して居た。俺は既に盲想(こころ)の内にてピストル、短刀、連射に要する米国小銃、ハンマー、カフスに隠せるデリンジャー等、あらゆる装具を身に付け終えて自滅を期待(おも)った平和の図太い命の延命(かぎり)に業を煮やして、滅多撃ち、滅多斬り、部分毎に切り分けて観賞用にと取って置く等、残忍極まる〝聖斗〟の言動(うごき)を詳細(こま)かく真似して、奴等を殺すオルガの試算に乗り合いしながら煌々(あかあか)輝(ひか)ったプールの場面に終幕(まく)を下(おろ)した。
青空(そら)の色彩(いろ)は一度暗空(あんくう)と成り得た肢体の下(そば)にて色彩(いろ)を落して無体と成って、裸写(らしゃ)を兆したピントの揺れにて孤線(こせん)を描く星々(ほし)の生気に焦点(め)を当て行って孤業(こぎょう)を招き、俺の肢体(からだ)はそれでも浮き足立たずに地中へ根差し、次に見たのは矢張り青空(そら)を冠した野原であった。拡がる野原は広大成るまま所々に荒地を残して海へと身を下げ、涼風(かぜ)の吹くまま人人の熱気は故郷を冠して衝動(うご)いちゃ居るけど何処(どこ)か未開に即した威厳(きりつ)を保って俺に相対(あいたい)して来る。その人人(ひと)の内に、白髪(しらが)を蓄え髭は無いまま年輪(わ)を宿した牧師が現れ、俺に対して、火照(ひか)る程度の軍服紛いな黒服(スーツ)を身に付け紳士を気取り唯一言、〝治して欲しい修正箇所をきちんと、明確に教えるように、〟と俺の躰を置き留めていた。小さい頃から俺が共感しながら共鳴して居た昔のドラマの「大草原の小さな家」なる話題(せかい)に見(まみ)えて逡巡して行き、復活仕掛けた仕業の在り処を真摯な態度で紡いで見よう、と躍起になって盛んと成り行き、俺の肢体(からだ)は知らず内にもドラマに出て来た幾重の仲間を身軽に採り行き仔細に準じた流行(ながれ)の数多を手中にしながら再び開眼するのを乗じて待った。して居る内に、仲間の内から年端の行かない幼女が現れ、金髪迄には明度が足りぬブルネットに彩(と)られた丈夫な頭髪(かみ)をお下げに結えてとととと独歩(ある)いて、摺り寄る先には乳母を呈した丈夫な肢体に肉塊(しぼう)を採りつつ母親(はは)を馴らした壮女(そうじょ)が身構え幼女を受け取り、「トイレ…」と呟く幼女の幼体(からだ)を両脚(あし)から抱えて俺に見せつつ母屋を離れて身辺の小川の畔にとくとく忙(いそ)いで進行(すす)んで入(い)った。行った先には、俺が何時(いつ)かの休日(やすみ)に見初めた昼の安堵が程好く息衝き暇を余した、濃色(のうりょく)を採って横たえ佇む小川が在って、小川と言うより溜まった池を呈した微温(ぬる)い水には表情(かお)も映らぬ濁った明度が全体(からだ)を装い語る様(よう)にも傍(はた)からは見え、幼女と小母とは俺の目前(まえ)にて川中まで下りその身を沈め、小母に両脚(あし)を抱えられた幼女はそのまま浮力に身軽を覚えて水の中にて用を足し行く衝動(うごき)へ独走(はし)った。〝修正箇所〟とは何を指すのか、夢内ながらに表面(おもて)を取り去り内面(うち)に履き得た草履の底には唯厚く仕上げた丈夫を知ったが当の俺には他人(ひと)に伝える能力(すべ)を保(も)てずに悩みが在って、在るのは分かるが主人に伝える口の開きが固く閉ざされ震えてしまい、嵐に塗れた緊縛(しばり)を感じてがらがら崩れる脆弱(よわ)い立場(どだい)を俺は変らず保(も)ち続けて居た。その〝修正箇所〟とは、人の流行(ながれ)に任され様々の既成が生れた事による複雑に絡んだ治世の目前(まえ)では〝以前(むかし)の方が明白(クリア)であった〟と、既成に息衝く各自は口を揃えて証言している。修正すべき箇所を、名をオールデンと言う黒尽くめの牧師に伝える際には俺の体(からだ)は震え始めて一向止まらず台詞は一つも纏まらないまま間誤付く口の内にて用途を忘れ、牧師は定時になると表情変えずに俺から去り行き用意され得た玉座の上にゆっくり腰掛け、次の衝動(うごき)に注意している。他の仲間も皆一様に俺と同じく解答成らずも他へ向き合い平然で居た。その平然と構える仲間を観ながら解答するべき内容(こたえ)に気付いて俺がも一度牧師を訪れ努めて居る最中(とき)、がらがら崩れた気色の前にて俺の熱意は当てが外れて冷気に醒め行き、冷気を放(ほう)った現行(しぜん)の内へと埋没する埋没するほど改竄出来ない無体を知った。
~昇り調子~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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