~春雷~(『夢時代』より)

天川裕司

~春雷~(『夢時代』より)

~春雷~

 冷め遣らぬ、現実での種火に遣られた〝予兆を報せる念〟に依って俺は堪らず夢の内へと駆け込んだようで、その行き先には芸能人のOTと、俺が同じくその現実で見知って居た野山と湯川との合いの子の様な異端児が生身を携えて追って来た様(よう)で、その異端児二人は俺の背を押し、共に内へと入って行ったのである。俺の背にはまるで目でも在るかの様でその二人、いや一人の異端児の背格好、表情共に良く見詰めて居り、その二人ないし一人の動向とは、まるで俺に、或る幻覚を生ませる予兆の様なものを知らせてくれて居て、俺はこの暗闇の内でも一筋、あっさりとして居てくっきりと声を奏でられる閃光の様な放心を既に改築して居た様子が在り、俺は故に、唯ひたすらその二人ないし一人が自分に送り付けて来る波長の様にして見せる統制を大切に扱う事を決めて居た。あともう一人、その二人に連れられるようにして、始めからその場所に居たのか、はた又、俺がその存在を創り上げて居たのか知れないが、その二人ないし一人を一つに纏めて仕舞い得る程の俺に対して相性の良い選考員がその姿を俺の目前で現して居り、何を選考するのかと問えば、俺の一場面々々での言動の在り方を推薦し得て、尚且つ他人に対する俺の耄碌さえも好く見せてくれ得る、古来アレキサンドリアに忠誠を誓い続けて来た哲学者ディオゲネスがその未熟を棒に振る上で自己の主張をその家来達の推薦に伴い孤高に焚き付けたあの太陽の柔い聡明を人の頭上に注ぐといった人智を無論とした問答は、悉く何処かの商人の目前に敷かれたガレージに並べられて万人からの共有を買う程の機知を据えた最新の慧眼に至る眼(まなこ)を俺に用意させて、俺はその三人ないし二人と共に、明るく輝く何処かの未来へと歩を進めさせられて行ったようである。俺が以前働いて居た「夢の園」というそれでも現実に沿ぐう様にと地を足を着けられて居た共有を図る為の構築現場は何処も光り輝いていて、硝子を通して屈折したあと光線さえも真っ直ぐに映る程の歪曲感を人の意識の内に講じる術は又充分なものとして在り、その到底辿り着けそうにない人の果てに置かれた〝夢の楽園〟から放逐された意識の数々は俺の内に委縮され、吸収されて、又止め処(ど)も無い邪推を享じる人の幼さを俺に突き付けた後で様々な夢色を俺と後(あと)の三人ないし二人の眼(まなこ)に焚き付けて行った。天空からまるで五月の柔い雨が降って来る晩春の頃の事である。枠に囲まれて言葉と意識とが交差して人の息吹と放心に依って幾様にも姿と内実とを変えられる骸を着た踏襲はもう一端(いっぱし)の手腕を扱える程迄その身の丈を講じて居て、千手(せんしゅ)在る筈の人の開闢を働いた意識を持った眼(まなこ)は既にそれ等の意味の目前で平伏して終りを見ようとして居たが、又、人に敵対する既視の能力が敏腕を揮いつつ人人に淡く期待を保たせたようで、この先に遣って来る人の帰路に纏わる「悲しみ」という「哀しみ」を、軒並み人の笑顔へと追加して行く様(よう)に或る程度の闊歩を以て奈落の内に衰退させ、人からも俺からも、その助長が取り憑こうとする矢先を見得なくして行った。

 その「夢の園」に似た或る老人用に建てられた施設に於いて俺達は老人から得(う)る人の活性を喰い、散々伸びをした後で自然の内から時おり反動した様(よう)にして還って来る罵倒の数々を無の内に起こす様にその活性とは又改められて、俺達はそこに集った自分達とは違う郷里の内に過す老人達の群れの頭上に自分達用の踏み台を用意し、まるで翅の付いた様なその踏み台に依る反動で自分達は強化されたようにその年老いた据え木の横で悪戦苦闘を強いられて居た。何時(いつ)か見て忘れられ果てつつ在った人の開闢を図る人道とも似た人の心情の事であり、この心情を見知らぬ内に罵倒し蹂躙した矢先に憶えた人の衝動が成させた効果が在り、人も俺もその強さに依ってのた打ち廻る未来への予習を或る程度の予後に依る痛手を軽減する事を期しつつ、講じた暗中模索に依って見付けた上でのしどろもどろの内に人が見て知った孤独への欲望であった。孤独の内に咲く一つの異常な安心を手にして見たいと人が思った為に恐らくその延長は自ずその人への効力を発揮させ、未だ見果てぬ白い自然のキャンパスの上に浮き彫られた予定調和を束ねる人の戦慄を、その時その場所に集った有り触れた者達が純粋に欲しいと一心に思考の経過を乱した為に起った経緯(いきさつ)でもある。俺が何時(いつ)か見知って居た芸能人のOTは俺が現実で何時(いつ)か見知って居た前野という元気な若者にも似て居り、程好く流行を追っては身を消し、追っては又見え辛い分野の内に隠れた新たな趣味を掲げて闊歩するといった一未熟児(いちみじゅくじ)の体(てい)さえも支えて見せて来るようで、俺にそれ程休む間合いを与えず、唯流れて行く自然の余力をまるで味方にでも付けるかの様にして俺の心の内に知らず内に開けられていた穴という穴に密かな粘着に依る板を嵌め込んで、又知らず内に誘導する事が出来る人の上に立つ権力の様なものをその胸中に忍ばせた儘悠々俺と共に闊歩して行くその様(さま)はこれ迄俺に依り、何度も見られた人の動きでもあった為、俺はその躍動を調度良く眺める事の出来る野原の上に腰を据えさせて、その自分の友人に似たOTと良く喧嘩をして居た。

 俺と二人ないし一人(P)とOTはその老人用に建てられた施設から少し離れた別の場所で馴染みの様(よう)にして遊んで居り、まるで夕暮れ時に、これから自分達に向けてやって来る楽しい祭事(まつりごと)を期待しつつ、その期待心から得(う)る活力に魅せられて躍動出来る元気に依って楽しめる楽園を自分達の身の周りで構築しつつ、余力で本当に愉しむ事の出来た衰退の極みの様な無鉄砲を各々が見て居た。その「無鉄砲」は又、そこに集った各々の心中にまるで一人ずつに確立して与えられた瞑想する為の一室をも設けさせていた。俺はそこで、Pとは仲が良いのだがOTとは如何しても折りが合わない為か喧嘩ばかりして居て、しかしその喧嘩とは俺が以前に見知って居た哲学者同士がする様な各々の信念を構築させた上で成す事の出来る〝歯折り〟の重なる良心的なものであり後釜を残さず、明るみに出ても互いが互いに就いて罵る事の出来ない涼しい口論を呈したものであった為、俺はOを憎みながらも嬉しかった。又、俺が以前に見知って居た狭い見識や憎音(ぞうおん)の内に束ねられて活躍する様な収拾付かずの希薄且つ暴力が呈する体たらくを交錯する喧嘩を俺達は既に嫌って居り、それ故にその熱情を冷ます涼風が入る為の隙間は既にその俺達が集った一室にはきちんと付けられて在ったようで、楽しい論争の上で幾様にも救い得る人の器(うつわ)がその場所に置かれて在るのを俺達は見て取る事が出来て、又俺は嬉しかったのである。

 俺達はまるで人目を掻い潜る様にして、次の瞬間、青白い便所が備え付けられた部屋に居り、無駄にスペースが取られたその部屋の内には耐えられない位の臭気が満ち満ちており、それが元で喧嘩でも始まって仕舞う位の喧噪を静かにその部屋の内で俺とPとOとが覚え、その異臭が発する源(みなもと)はその俺達を取り囲む部屋の所々に敷かれるようにして在った。時折その部屋の内で俺の目前から点滅するようにその存在の確かさを危ういものにするPとOへ移り変わったのを好い事に、俺はその部屋の内に据えられた便器で更に大便をし、自然が交錯した俺自身が保ち続ける性の欲求を満足させようと一頻り躍起と成って行った。相変わらずPとOとは、俺から観て断片的な回想を以て点滅して居り、夫々の存在が束ねた俺への影響力は程好く効果を潜めて、まるで徐に自然が発散して来た人への潮流の過程に沿う様にその身を乗せて各々が歩を進めて行き、俺をその時困らせなかった。思い出したくも無い便所の異臭はそこに在る為に鼻と心中を貫(つんざ)く勢いを以て俺に走馬灯の様な煌びやかささえ見せたものであり、俺はそうして生れた煌びやかな幻想の内で潜籠(くぐも)った他人の声と余力に満ちた憎音(ぞうおん)の数々とを一身に背負うかの様にして独断で講じた英雄気取りを唱え、その心の奥の部屋にひっそりと灯された仄暗い春光は俺を従えず、又、密かに苔の生えた小川の畔(ほとり)にでも置かれたように淋しいものと成って行った。俺は程好い時間を過ごした後、大便の付いた躰を拭く為にペーパーを取ろうと手を伸ばしてみたが良く見ると、そのペーパーの芯を除いて白紙の内の所々に人糞の名残が置かれる様にして付されて在り、誰かの悪戯とは分って居てもその時自分のするべき言動の目前にまるで杭が打たれる様にして壁を敷かれた事を良く思わず、自身の窮地に投げ込まれるペーパーのどれもに同様にして人糞が置かれて在るのに対して最早怒る余裕も体力も使い果たしたようで、俺は困惑したまま直穿きしたズボンの新たな快感に身を支えられつつも、脱いで、拭き捨てられた下履きの哀れな姿を尻目に飾り、そんな気違い沙汰の悪戯を成した入念な愚者を俺は呪って居た。そうした俺への窮地が息を途絶えさせて行く頃、漸く持ち直し始めたPとOの体調は原型を取り留めたようで点滅する事を止(や)め、又俺の元へと還った様(よう)で、吹き返したその吐息の勢いを以て密室の頼り無さに追い打ちでも掛けるかの様に又新たな広い空間を俺と自分達の為に用意したように、俺とその二人は、又元在るべき道上に敷かれた様な老人施設のフロアへと還って来て居た。

 そこで、この三人に加えて、又新たな三人の女性職員が現れた。その老人施設に据えられた医務室に配属されてもう三年が経つ職員の肥(ふと)い女とその助手として在る様な新米看護婦、そして俺達の同業者であり、それでも三人の先輩職員である美しい女であった。女の柔肌を魅せながら感情豊かに年の離れた若輩をその未熟の内で誑かし、感情豊かが時折り爆発させられ路頭に迷う歯牙(しが)無い男性職員の太陽にでも成ろうか、と必死に女の工作を成して来たのは肥い女であり、俺はこの女に隠れた天然気質を想わせる暗く茂みに宿った堕落を正当する性(せい)を酷く嫌ったものだが、そんな俺からの鉾先等露も感じず見知らぬ様子で大股にフロアからフロアを闊歩して行く様子は又女性の強靭を俺に見せ、その鈍感に生き残って行く女にとっての快楽の在り方だけが俺の弱みに一層歯を立てて俺が見上げた正義を使い物に成らない逡巡へと変えて行くのだ。如何しても無力を見知って仕舞う女の快楽の目前へ落された俺の真摯迄への行程(こうてい)は時としてこの三人の女全てを嫌ったものだが、季節が移ろいで行く静かな底力に敗けて又現実に灯す人の活力を取り戻そうと躍起に成り果てる自身の躁鬱を俺に見せて、漸く精気を取り戻した俺の人間性が見た物は、相変わらず不動の仰臥に落ち着いて居る女の執念のようなものである。白紙に全てを書き写せない耄碌の肖像がこうした三人の女性に依って蹂躙される事は大して珍しくもない日常が構築させた人間模様の模索であろうが、俺はこの三人の力に追従しながら自分の仲間として知ったあの二人と仲睦まじく居る事に大凡(おおよそ)の区切りを付けさせられる覚悟をその情景の内に知り、少なくとも看護婦業に従うその二人の女から或る程度の人間的な距離を保ちつつその場所に居た。助手の様な女は予め肥い女と談笑して居り、その笑いの内で談合でも図ったかの様にして或る一線を越える事をせず、常にその肥い女の言動が或る権力を以て指し示す言動に纏わる許容をその頭上に冠し、見事とは言えないまでも、しっかり助手らしい行動の内に自身を束ねて億尾にも出せない掌(たなごころ)はきっちりとその身を扮する共演の心中に仕舞い込んで在る。俺がその娘に対して腹を立てた唯一の契機は恐らくその娘のそうした潔癖且つ空洞を想わせる身の熟しに依る強靭の構築に在り、肥い女に対する憤怒程、その娘に対する俺の憤怒は大きなものではなかった。その娘は自分の順番が廻って来るのを待つようにして自分の活躍処を探して居り、又、自分のすべきその場での活動が一通りの目処を見れば惜しみ無くその場所を去って自分の郷里へと戻って行く。恐らくその郷里に、その娘の為だけに用意された安楽でもあるのだろう、と俺は久しく自分が見知る事の無かった生きる為の糧を培う沃土が構築された温床を、その娘の瞳の内に何度か見て居たものだった。その二人の女性に続いて、まるで出遅れた様にして現れた先輩職員の女は、肌色が少々浅黒さを見せていたが男を取り囲む女の秘密はその肌の上にも在って、その秘密の内に自分の母性を探し当てた男達はその殆どがその肌の虜と成り、近付いて憧れ、後(あと)からやって来る色欲の強靭に染められその誰もが負かされ果てるそんな取り取(ど)りの性質を揃えた女であり、俺は或る程度距離を保った儘で警戒しながらもこの女とだけは相応に仲良く成る事を試みて居て、後(あと)の二人も似た様な出で立ちを醸し出して居た。俺の、俺達の動向に関係無く立ち回るその三人の女性は始終利用者である老人達の世話と称し老人達と戯れ、俺達は俺達で、その現場に近付く者と近付かない者とに分断されて一人は別のフロアへ行き、もう一人は施設内に設けられた自販機へ行ってジュースを買って居た。ジュースを買いに行ったのはその時俺一人だった様子で後(あと)の二人は女性が工作したバリアの内に侵入する事を試みながらも鬱屈させられ、仕方が無いからと又自分達の元在るべき立ち位置に夫々の身を定め置き、それでも未(ま)だ女達への追随の視線を外した訳では無く、又夫々に憤悶に似た思惑の内に設けられた限界を、絶え間無く躍動し続け、相応に愉しんで居た様でもあった。そんな情景が見せた光景の内で、俺は珈琲を買ったあとOに対してしなくても良いのに悪戯をし、他愛無い悪戯ではあったがその俺に対してOは注意を奪われた様にして立ち上がって俺に近付き、しかし無言で俺の目前を抜けてOはまるで俺に続く様にして自分もジュースを買って居た。その際でも俺とOは、それ迄にして居た小競り合いの様な小言を以て喧嘩をして居た最中(さなか)でもあって、見え透いた冷静の向うで直ぐに見付けられる情熱の上下に絆される様に俺達は又温和な努力の内で互いの理想を見付け、又その理想へ向けられた一場面ずつが報われる幸福を俺とOは心底で憶えて居り、単純な男達が作り上げる後味の悪い滑稽なロマンスはその力の内には無い、と、二人共無邪気にはしゃいで居た様子である。Oはそこで、自分の母親か他の誰かの為にミルクティと、又別のジュースを買って居た。時が交差して俺達に自分の言動を見せて来た。俺はOがその自販機でその二つの飲み物を買う前に〝珈琲タイム〟だったか〝コクうま〟だったかを買って居たのであるが釦を押して出て来た筈の缶が落された際に鳴らした音だけを残してその受け口の内で直ぐに見付けられず、俺は自分の直ぐ背後に長蛇の客が並んでその喧騒に追い立てられるかの様に少々焦らされた記憶が残って居て、その「喧騒」への焦燥の鉾先をOとの一騎打ちを講じる一線の関係へ向け直す事に依って冷静と成り、未(ま)だ五月蠅い躰を以て受け口の内を良く見れば、その右端の方で、黒い仕切り板に隠れているのを発見し、直ぐさま取り出して居た。如何しても見付からない内に俺は〝仕方が無いから〟と探すのを諦めてもう一本珈琲を買おうとした矢先の事だった。〝焦燥〟も〝冷静〟も、その〝喧騒〟が成したものであり、俺に訪れた時にはまるでその衣装でも替えたようにして他所を向いて佇んで居た。俺は珈琲を手にしてから一旦自販機、Oの元から離れ、又フロアへ行こうとした所知らず内に今度は二階のフロアへと躰が押し上げられていた様(よう)で、俺が一階のフロアで働く以前に働いて居た二階のフロアであったが、そのフロアには一階に居て二階に居る筈のない、小田さんという俺が以前にずっと好きだった利用者に似た利用者が酸素管を付けて居り、俺がその利用者を見付けた時には、肥い女とその助手が〝定期治療〟と称して終りの無い回診に来て居た。その回診が行われていたのは取り付けられた窓から陽光がやや緊(きつ)く差し込む廊下であって、まるで春光がその残り香(が)を掻き消す様に差し込んで来る一見温和な体裁の内で二人の女は俺に宛がう様に目前に居る老人に向けて手を振り名前を呼び、その暖かな陽気に採られた古巣の様な業火は瞬く間にして白光を伴い俺の足元へ平伏し、俺は遂に奈落の縁(ふち)からその春光が映り輝く一つの領土の内へ入れなくなる結末を知った様(よう)だった。如何しても振り向く事の無い淡い西日に対して軽く一礼を隔てた後(あと)俺は強烈に重ねられ始めた季節を講じる時間の多量の内に一身を埋没せられ、花も葉も陽気も水もその体(てい)を一新に帰する事の出来る無心の傀儡へまで辿り着く事が、俺には未だ此処まで着いても、考え付かずに居た。又この様な無欲の境地へまで辿り着けた胴体の無い詰問の成す意味を図った己の弁明をも聞き届けられ得ぬ斬新の襲来とは、俺の真摯に対しては億尾にも恐怖感を示す事は無く、唯オレンジ色に燃え盛った深緑の維持の様(よう)に丁寧に折り畳まれる生来の保身をして俺の流れの内に身を立てて居り、何時(いつ)か見知った事の在る、或る囲いの内で鳴き響いた一定の情理(じょうり)がそれでも不変の下(もと)に在る事を何度も俺に教えたものであり、俺はこれ迄に何度も何度もこの経験を知ってこの一連の徘徊を条理として居たのであった。白紙にこれ等の内に成される問答形式の一途(いっと)を辿れば、それ等は自然と物語の内に組まれて行く構成手段の一と成り行く事を知って居ながら、俺は又、これ等の襲来に対して欠伸さえ出来ずの淡い骸を着るのである。

 それから俺はOの連々(つらつら)と連ねて行く小言の様に燃え盛る要求を呑みつつ相応に相対(あいたい)した後、まるでもう姉様御前(あねさまごぜん)の勢いを呈し託されて居た浅黒の先輩女介護士が特殊浴槽を使って入浴する利用者の為の準備をして居た処にその浴室・脱衣所で出会(でくわ)し、俺はそのてきぱきと身を粉にして働くように見えた女介護士に「お疲れ様です」と元気良く言った後で又、足早にフロアへ戻った。一階のフロアである。そこで又俺は、きちんきちんと一々託された要求を呑んで聞き届け叶えて遣った陰で多少気を良くした体(てい)のOと言葉を交わして居り、Oは俺に対して「まだお前の仕事の時間は始まってないのにもう仕事してくれんの?」、「いいや、まだ早いし、テラスへ行って一服して来な」、等と気を良くした挙句の算段で講じた快活を束ねた言葉を以て俺に相対(あいたい)してくれ、俺は未(ま)だ五分程在る自由時間を不意にするのが勿体無いとしてそそくさとテラスへ出た。テラスは白いテーブルと椅子とが人二人分が寛げるスペースを保たせて造られて在り、俺はその白く少々壊れ掛けた椅子に腰掛けて煙草を吸って居た。そのテラスは又、フロア内からも硝子戸、網戸を隔ててすっかり見透かせる領分と成っており、その時何処からかフロアへ戻って来たPが寛いで居る俺を見付けて、その寛ぎのスペースの内に自分を落ち着かせる隙間を見た為か走り寄って来て、「ロッキーって恰好良いッすよねぇ~」等と言いながら、軽くボクサーがする様なフットワークに見るステップを踏み、俺も何故か釣られる様にして踏まされて居た。その後、フロアで仕事をして居るOも次第に打ち解ける様にしてPと俺との会話に参加する姿勢が既にテラスからも窺えており、更に楽しくなるような予兆を俺は教えられて居た。



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~春雷~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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