~春光~(『夢時代』より)
天川裕司
~春光~(『夢時代』より)
~春光~
日常では考えられない光景であり、母が二階の俺の部屋で寝て居り、かなりリラックスした様に父親と駄弁って居る。父は母の寝て居る辺りからTV周りへと触手を伸ばす様にして掃除をして居た様で、後ろ姿でいつもの様に淡々とビデオやら何やらを片付けて居た。昼間だった様に思う。して居る内に父が、私のビデオである「女王様」もののいやらしいビデオ(黄色いラベルで実際は〝糞ったれ〟のラベルにも似て居た)をもう一つの真面目な内容のビデオ(サザンのライブ・ビデオだったか)の上に重ねて左手だけで持ち上げて居り、いつしか起きて居た母が「あーー!又変なビデオやぁ~」と言って、その勢いで、ベッドで寝て居る俺を起して問い質そうとする。でも俺は起きてまともに相手するのが恥ずかしくて目を閉じて居り、又本当に寝そうでも在ったので、薄目に微かに見えて居た母の顔、父の姿を奥に認めながら、やはり起きずに寝る事に努めた。そこで「祐司…!」と荘厳足る恐らく母の呼び声で、本当に目が覚めた。
〝英語は大皿、日本語は小鉢…〟、こんな事を言いながら俺はその日を過ごし、その日も又大学の講義が在った為、仕方なく支度をし顔を洗って飯をちょいちょいっと食い、跋の悪さと気恥かしさから夢の話は親にはせず、そのまま家を出た。今日は炎天下の様で在り、この不条理にも近い灼熱を俺は嫌った。しかし別段、私は大学という場所が大好きで在り、ああいった初老の国立出身者とも実の在る話が出来るのもやはり又その大学という場所で、であり、今日等は、同じくいつもの喫煙所に以前履修した芸術学のK・M教授(私の内での通称はモリマサ)が居り、本当久し振りに会話をし、それでもいつか又ここでこの人とは会えるだろうな、等と予知的に考えて居た俺の姿勢が少々報われた気もして、私は嬉しかったのだ。しかし炎天下だった。その下での所業とはなかなか一言では言い表せず、身を引くものである。あれやこれや考える事を止めて物を言う様に成った俺の姿勢はそこでも更に生き、私はその良い予感と共に今後に少々、否多大に期待して居る。やはり、K・M教授と私の同志と謳うあの初老の御人とでは処遇が違い、私は教授に対してだけは、妙な格好を付けて仕舞って居た。と言っても初老に対しても空想に近い〝格好〟は付けちゃ居るが、あの男に対してだけは、嫌に、裏切られたくない、見捨てないでくれ、とでも言ったちょっとやそっとでは語れぬ妙な樞(からくり)を秘めた御託が昇り、私は心にも無い様な美辞麗句を少々多量に吐いてしまう様なのだ。以前迄の癖が未だ体に染み込んで居てそれをそのまま武器にして居る様にも後から思えた。案の定か、自然にか、K・M教授は誰か横に携えて居た出っ歯の初老の従業員(清掃員ではないと思うが)の様な人と共にその喫煙所からゆらりと歩き出し、俺を後にして、木越しに見える遠くの階段を静々と昇り始めた。別れる前に、彼は俺に前期の成績の事を聞いて居た。私は本当の事を言うのが何やら少々照れ臭く、又持ち前の〝この人には見下されたくない〟という思いが祟ってか、「あ、はい、思ってたよりは良い成績でした」と応え、あの人は「そう」と言った感じに又煙草をゆっくり吸い始め、前に居た出っ歯の従業員と又話しながら遠くを見て居た様だ。私は少々、〝もしかしたらこの人、俺の成績を覚えて居て、今の俺の気持ちにも気付いて居るんじゃないのか…?〟等とも思いながら話題を逸らし、なるべく〝今の話(今出来る話)〟に流れを持って行ってその場を落ち着かせようと試みた。何か教授は、そんな私の衝動にさえ気付いて居た様子が在り、その後、「前期に(芸術学)取って居た子が結構、その後も私の別の(続きの)講義にも来るんだよ」と教授が私のその前にした質問に対して応えてくれて、私が「先生は人気が在るんですよ」と言えば、教授はどうでも良い、といった感じに照れ笑いをしてさっと振り向いて立ち去り、〝この男、なかなか食えぬ奴だ、…〟なんて私は後から思い返す事と成る。
秋の風が未だ吹かず、炎天の下、私はそれから教授を寂しく見送った後で図書館地下一階に行って居た。ここでの記述、ここまで経緯についてはもう一つの別紙に記して在るので詳細は避けるが、私がそこで(地下一階で)密かに思った事には〝こんな奥まった地下一階なんて所に居たんじゃあの人(初老の友人:国立出身者:関東の人)は来て又私に発破掛けてくれないんじゃないかしら、〟というものが在る。小鳥は地上一階の外で恐らく鳴いて居ただろうが、あの人はそちらの明るい日差しを好んで上に居て、私の所へは下りて来てはくれない。我儘だとは判っちゃ居るが持ち前の億劫がりと寂しがり屋と自虐が相俟って、あの人に会いに行くのを忘れて居た自分が居た。確かにボイラーの音がウンウン唸ってその時の私の背後で可愛いスーツを着た女性が俯いて本を開けたままの格好で眠って居たが、私の気分は釈然としないまま、唯、次の講義までの時間だけが過ぎて行く事に成った様だ。そこには上のカウンターのメインレースを図る館員の皆様すら来ず、来るのは日焼けした見知らぬ〝だぼ(駄没)ったい〟若人だけ(それも男ばかり)である。私は密かに少々、退屈だったのかも知れず、一生の仕事を目前にして〝これでは行かぬ〟と又両頬をパンパンと叩き直し、ケツを叩いて再出発した訳である。
今これを書いて居るのはその翌日の深夜二時半と成ったが、〝やはり、学校が始まるときちんと自分なりの余裕が天使の様な妖精が羽を広げて飛び回る光景を見れない〟と少々飾り立てながらほざいて居るが、実際そうだった。次の日がわからぬ事に安堵と不安を同時に抱え、そうした山の塊の様なものの土を言葉という〝水〟で浸食させ、徐々に切り崩して行き全て崩せれば次の目的地へ行ける道を通れる、といった様な事を繰り返し(今までも)して居る様だが、聊(いささ)かこういう〝繰り返し〟を何か容量の良い形を以て一網打尽にして解決出来る術はないものかと按じて居た。ほら、もう先程からあっという間に五分過ぎた。なかなか今はまだすらすらとは書けぬが、別に書かなきゃならないもの(仕事)は山程在るのに、こんな〝時間の都合〟で全てを支配されて居る、とあれやこれやしてあたふたしながらもやはりそれでも心中では〝次〟を目指し、着々と準備はして居る。〝三島は堅物であり、彼の書く随筆には評論の様に風が吹く風景とゆとりを思わせる様な疾風が無い。恐らく彼にもそれ等の事は気付いて居た筈だ。しかしその体裁、スタンスを止めようとはしなかった、そこに彼を奈落に落とした欠点が在る〟等と夢の中で誰か老師の様な袈裟を着た白髭の爺様が俺に話して居り、その老師は俺を見ないでずっと遠くの出立ての太陽を見詰めて居る様だった。俺はその人の弟子か生徒に成った様に静かに聞いて居り、何か妙に心地良かったのを覚えて居る。
夢ついでに一つ。先程、これ等の後で見たものだが、脈絡も何も無い様に思われるが、密かに書き記そうと思う。
新幹線か特急の様な内装の良い電車の中でタモリ(TM:芸能人)と織田裕二(OY:芸能人)と乗って居り、私はその内でそのタモリと織田との間を行ったり来たりしてなかなかスタンスが決まらないで居た。今日の日本語文法の教授か講師か知らねどOTのひけらかして居たもずくの様な甘い講義を聴きながら嫌気が差し、いっそ好きに成ろうかともしながらそれでも止められない履修頑張りの私の身の上に奴の重い体がぐっと圧し掛かって、〝俺〟はもう止めたかった。ぎっくり腰にでも成りそうか、とも思いながら、私は二人の間を行き交い、している内に私は秀才に成れた様だ。その以前に私はD大の自称カリスマで、知的障碍者のSに頼まれて英語を教えて居り、彼とは何か小さなカレッジのルームメイトと成って居た様子が在り、それでも彼と私は喧嘩ばかりして居た様だ。しかし案外彼は私に期待して居た。彼も同様だったのかも知れないが、極端な事を言うのはお互いに自身にとって良くない事とどこかできちんと理解して居り、次の文学会第二回(〝第二弾〟と私は言って居たが)が二人にやって来る迄きちんとお預けにして置こうと睦まじく決めて居た。いつしか電車は大学構内と変わり、TMとOYは彼方へと消え、残ったのは女学生達である。色々の脚色を持った彼女等の体を私は下から仰ぎ見て卑下しながら軽蔑したが又、彼女等の後を追う自分の癖を止められず私は近くの噴水機で水を飲む。これは初夏から初秋に掛けて、の出来事で在り、きっとこの先も一生続くものだろうと私は密かに考えたりして居るのだ。Sの今日の笑顔と口調はとても良く、私は嬉しかった。しかしその後本人も白状したが、それは合わせ笑いの感も在って、なかなか上手く笑えぬ節に出た情けない自分の卑屈だ、と、私は後から知った。
~春光~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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