~若い娘~(『夢時代』より)

天川裕司

~若い娘~(『夢時代』より)

~若い娘~

 「女の子は競争しないからね。したら失敗するよ、ありゃ。本来からそういう生き物なんだよ。仕方が無いんだよありゃ。」、「女の子の発声は堪らない。」、「作家の心得」と題して、「独り善がり、大いに結構。そこにこそ彼/彼女の本当が在る。」、等と呟いた後でぼそぽそ、仕来りの無い無駄とも一瞬で思える愚文(ぐもん)を書き始める。

 何時(いつ)しか何処かで見知った宇宙を漂い彷徨って居る大学構内のマザーシップの様な〝毘沙門〟が、俺の目前に眠る様に喋りつつ、どでんと「一人」と在り、そこに、以前に於いて知り合って居たSという女性看護婦ともう一人、誰だかははっきりと思い起こせないのだが、これも以前に於いて知り合って居た某大学の友人である山田貴志子という女性が根付いて居り、我の瞳(め)を静観して居る。狂惜しい位の太陽である。空には何も無い。いけ好かない通り魔のエチュードがどですかでんとのさばって居る現実に在るにも拘らず、この心境を程好く語り続ける硝子・ケースに於ける反響面談ではぽつり、ぽつり、と何も言わず、唯、夏休みに見たあの日の墜落・失墜の彼方に性懲りも無く消えて行った〝命の墜落〟とでも言おうか、中世の騎士が追い続ける様な一種のボイコットの様子に唯、又、自分の蜃気楼の行く末を当て嵌めて、俺は何時しか遠い自分が持って生れて来た暗闇というものを尚、改めて、愛撫し始めた。白紙に下りた天使が残す筈の屈託の無い噂の鱗粉には、世間の空虚で下らない各〝オリジナリティ〟の断片が見えない分野まで自己達を押し広めて行って結局矢張り、何時(いつ)も堂々巡りで終る事だけを知る屈葬の木通の実を、兎に角ぼそぽそと自己の今在る心境での憔悴に見せながら、つい摘まんで喰って行くのだ。如何しても〝説明〟を付けて欲しい、等と作家に向かって宣う記者カメラマン達は一層(いっそ)奈落の底から或る真実でも拾い上げて〝青の真実〟を現実の骸に窘められて打ち上げられた〝思考会議〟の内に葬られて行く。白紙の心とは或るビューの内へ入れられて在り、煩悩が向く儘に装い出されて畳まれて、微弱な悶絶の内で数々の生態・流言を飛び交せた後、又空虚の防水を施した壁面図へと縁当(ふちあ)てられて、従来の移り気な正体を次第、次第、に崩されて行くのである。彼(か)の有名な清少納言のクラシックな現在も日々人体リレーに苛まれて人の垢が付き乱れ、やがては雨の水滴に依っても全く落ちてくれない、といった孤独な「ミレーの絵」を唯呆(ぼ)うっと眺めて行く破目と成り、人心には既に同様の執筆スタンスが譬え構築されていてもそれは才能を入れた容器を拾う際に充分に機能を発揮しないで、一重(ひとえ)に朴念仁の露わなフェイスに見られていながら、つい昨日見た失笑の場面を構築する訳である。俺はこの晴天に霹靂が笑う陽気さえ見ないで居たが、如何しても煩悩が動き廻る通りに自身の攻防が這い廻り、吝嗇の性質に縁当り終えた後、人の骸を着慣れた一寸法師の体(てい)で在った懐柔の眼(まなこ)にして遣られ、遂には如何でも好いと身を成り込ませ、〝彼女〟の懐へ飛び込んで行ったのである。Sの懐とは熱泥(ねつでい)の様に熱く又直ぐ冷め始める存在(もの)で、鸛(こうのとり)が運んで来る様な駆けっこが片足を踏縛(ふんじば)って無くされた青い背表紙の〝快楽本〟にこの進退を決定された様に、現実と理性、そして煩悩の間に認めた宙を彷徨い続けて、人が見る盲点という物に対して真摯な姿勢を良く築こうとして居た。Sはそんな俺を見るや否や、何処へも行けない俺を講じる正体を知った様子でとうせんぼしたり、力んで高利を萎ませたり、歩く歩調を合せて清(すが)しい鬩ぎ合いに尽力し始めた様子で〝何処でもドア〟を使った翳りの無さを圧倒的にサインの一つとしてその情熱へと変え始め、S自身の仄かな欲望を、益々薄くして行った。女の欲望は必ず消えて無くなって行く、無く成って仕舞われる、事を知りながら俺はもう一人の彼女を接吻間近に顏の動体を寸止めした儘、次の獲物の味気無さに暫し佇みつつも、何処かでトップを牛耳って行くのであろう〝限りの純緑(じゅんりょく)〟を脇目も振らずにひたすら追い求めて、オレンジ色した夕日の青に、しがみ付きたく成る衝動を立ち堪えた悲痛を人間に感じつつ、淡い宇宙から辿る欲望の白を訪ねて居た。「マザーシップ」とは純度の高い洋裁店で使われる〝鋭い刃の鋏〟の様に恐らく真理を一刀両断して、人間に立ち向かって来るまるで〝神の手〟の様な狡い、幻の手の平の様にさえ思われ始めて、この仄めく様な〝青さの白〟にはにかみ殺して、唐突に憶えた〝覚悟を具えた家来〟達の様な妖艶を、色濃く暈しながら、残片(ざんぺん)に縋(しが)む路頭の主(あるじ)を気取って居て唯可笑しかった。星達が何時(いつ)もの様に不断(ふんだん)に木通の実を取りに行って、滅多矢鱈に不毛の地へと幼児を誘(いざな)う形の無い形式染みた問答をずっと呟いて居り、その連動は今度も今でも続けられて居て、人がする事の、書く事の、呟く事のけたたましい悪業(あくぎょう)について何処へ行けども冷め遣らぬ夢の芯を知らせてくれる存在(もの)としてそこに唯在ったのだ。泣き言を暫く言い続けたらきっと人は宇宙という〝天国〟の彼方へとまるで屠られる様に移動させられ、死の恐怖と共に、人が知ったアルキメデスの冒頭について〝のんのん婆〟の様に至極孤独を覚った暴露(ぼうろ)に近付き非情に密接して行くのである。

 俺はSの手を引っ張ってそのマザーシップの原型を醸して居た一〇一教室から連れ出し、そそくさとホテルか公園にでも行って秘密に埋没してやろうと、屈託の無い笑顔を作り作り、ずっと、二、三回程その大学から冒険して行った。手を引かれる儘に体型を変えられて行くSの体(からだ)は見る見る我が欲望を震源とする宇宙船の様に成って、空高く舞い昇り、一目散へと出で立ちを晦まして、空気と同化して行く。空気は〝ワムウ〟を取り巻いていたエアーシールドの様に成りつつ再び波紋を呼び、クラリネットで肩透しな悉くを並べる反面、始動開始で待って居た「白鳥の湖」を黙って踊り続けて居る幼少の奮起に際して大きく成長し、その〝透明〟は引けば山彦、小声は死人(しにびと)、と言う風に押し黙って行って、当々(とうとう)面食らった火の鳥は恰も振動を忘れた小鳥、金糸雀、の様に成熟を弱めて通り過ぎて行ったのだった。〝始動開始〟から僅か二時間を以て彼女のフェイズは徐に退引き成らずに乱歩して行き、微かな歩調さえも歩幅が付いて行けぬ位の空虚の密室が温存されて行く事にも成り、何処へでも行けると考えられていた我がマザーシップの機動力とはまるで未知数に限定されたかの様に静かに漁られ満ちて行き、孤独顏の死(し)に体(たい)は僅かな震災を以て、不時着に期した訳だった。〝阿鼻叫喚〟という言葉が在る。まるでその蜃気楼が奏でたゴルフの三番アイアンの成せる業の如く現実から遠く離れた自己満足にとって突然窮地へと追い遣られて仕舞った〝水雲鳥(もずくどり)〟の様にその体(からだ)を真っ白に裂き始めて、又音を発(た)てずに波打って行く汽船の到来に期待させられる事を始め、四足(よつあし)が付いて角を曲がらない四季の同情に対し、何食わぬ良体(りょうてい)で餌付けて寄せて、俺は自身の孤独を治してくれ得る薬草を施して貰えた、と感じて居た。恐らく、人工で出来上がった世の中が好き故に嫌悪が零れ落ちて来て自分の正体が消えず、その為、自分の居場所を突(つつ)く啄木鳥の様なメディアの明様(あからさま)が優に眩しかった訳であろう。それ位の孤独の態(てい)という気丈に満ちた友情とは博愛を奏でて居り、唯、移り気なトマトの色みたいに青や真っ赤といった〝密かなメディア〟に埋没して行く。唯々、一直線に、垂直に落下して行くその感情は見知らぬものとしてではなく、端(はな)から在る自己メディアが織り成した現実への残光として残り、何時(いつ)も実(まこと)しやかに仄めかして行く究極の得点が、結構、この〝死〟の間際に落ちているのじゃないか、と疑獄(ぎごく)の内で見得たのである。〝究極の得点〟とは何時ぞや見知った或る特定染みた説明文にも似ていた。明かりを落した〝説明文の書かれた記事〟はShyに頬寄せて頼り無く、〝枕暮(まくらぐ)らし〟に程好く落されて来る一点の紋白蝶の生命線にも似ていた。何処で如何成れば〝純凛(じゅんりん)〟が遠慮無く輝く事の出来る死地と出来るのか、此処で見る無線の内では未だ知り得ずに居たのだ。

 俺は遂にSを物にする事が出来た様子で、まるで土星から還って来た要塞の様に純度高く輝いて居た。何時(いつ)も見て来た〝散歩の道〟が微妙に異なって見得たのはその頃からであって、沢山の自身の本が押し殺されて並べられていた本棚の、年季の入った焦げ具合には至極満足し、やがては鰻の蒲焼でも御馳走に成れるのかも知れない、等と期待される東京の都会景気に強(したた)かに残った浅草景気に情熱を囃し立て、又軸足は自ずとその二つの景気が見知らぬであろう、とする押し殺された死地を通り過ぎて俺は常に二つの存在に連れられて行く。とても好きに成って仕舞ったSを俺は始めそのシップから連れ出そうとするが、二、三度、相性に依り駄目で引き返して居り、星の明かりが発する自然の躍動の様なものから滅茶に背肩(せかた)を押されて言を取り戻した後、又、Sに吸い寄せられて、出て行かぬのなら仕方が無い、と、彼女が座る椅子の横を陣取って座って居た。佇み掛けていた。白張(しらば)っくれて居り、白鬚を人糞の付いた義手で弄る様に恰好を決め付け、嘆くしどろもどろを遂に見棄てて、我は生還するであろう我が生存を心を開け放って待って居た。彼女は来なかった。如何しようも無く、Sとは俺よりも七、八歳年上であり、彼女の言う言葉を何でも聞いて融通を図ろうとも構築して居たのだが宇宙の構造がそれを許さずに常に二人の健康を監視して居り、彼女の存在は、下手すれば俺よりも十歳年輩にされ兼ねず、しかし、唯、もう一人の貴志子は俺よりも十歳以上年下であり、下手しても十歳年が上(のぼ)れば俺と同年の様に成るのでは、等と嬉しい感情を以て、矢文の様な吉報を待って居る自尊が在った。密かに、年齢的には、その若い方の娘が自分の相性と釣り合いが取れ、見てくれ・センスに於いても〝ニューバランス〟を図られる、として踏み、催しが何でも一緒に成って楽しめる、いざと成れば、躾けも出来て仕舞う、等と、多少の打算もきっちり入っていたのには自分ながらに驚かされて居た。Sとは、群れの内に居ると、てきぱき、しゃんしゃん、一通りのシャンデリアに照明された赤い絨毯の上を歩いて行くが、又、相応に自分と友人の為に働いて居て可愛く見えるが、俺と二人切りに成って仕舞うと急に、極端に、黙り込み、まるで俺を相手にしたくない、と言う様な、僅かに揺れて行く憤悶の数々を見てくれに騙されぬ形を以て蓄えて居り、薄暗く成り、歩調を言っても、すっすっと、俺の前方を止まらず歩き去って行くようで、一向に立ち止まらず振り返らずに、譬え話し掛けても全てのターンで此方を煙たい表情で以て見据えて来、一向に適わない延々足る白壁の罅割れでも見て居る様にさせられる。苛々しながら俺の精神(こころ)は、兎に角彼女と居ると心の安定を失うのだが、その狭く暗雲の立ち込めた樹海を始め右手で、次に両手・両足を以て弄(まさぐ)ろうとする際に止めどなく興奮を憶える自質を知って仕舞い、俺は又、欠伸さえも出来なかった。若い娘とは、同じく群れの内に居ると若い白銀の肌故にSよりも更に派手に光って映り、頬の照輝(てか)りと鼻の光りは平等に歯に衣着せぬ物言いを以て見事に俺の刹那に舞い降りて来て温もりを屈服させ、未熟な体(てい)で以て我が心のプレイグラウンドを這い歩き、俺の興味という興味を立ち所に屈曲させて今見て来た事を俺に話しながら、俺の躰から白さを抜いて行く。立ち所に純粋に見る夢は消えて行き、純粋が奏でる夢が理想を越えて出現し始め、所々に〝甘い餌〟を落としつつ現実の寒さに自身の光を置いて、私の眼(まなこ)に何時迄も映る訳である。これは新鮮に強く、斬新に程弱く、Sの魅力を若さの手中に収める際に脆い程に強く光り始めて、軽装で甲冑の腕力にまで達し、男性の血みどろを再現して行くのである。Sにこの力は無い。似た様な叫びを起せども、立ち所に表れる新鮮は程遠く、旅行鞄を何時(いつ)でも持った〝阿弥陀如来の騎士〟が喜怒哀楽を追従させる訳であり、孤独を知る女の体(てい)を自ず具え付けて行く。こう成れば、俺はSからこの若い娘に心と身とを乗り換えさせて、行く末に見た挽歌をしつこく唄いながら、唯Sへの追悼を今でも抜きん出て居た失墜の捗々しい阿りにこの身を打ち明け、一等の予約を娘の若さに貼り付けねば成らないと感じて居た。自然と躰が動いた。同時に若い娘の肌は周りの刃に対して従順に見え、軽々しく笑う事も出来ずに、追従(ついしょう)させられて行く夏の挽歌は阿る事を捉え、この若さに老体を煩いながらもしがみ付き、この若さと老体の二つ共に鞭打ちながら、後(あと)は広い宇宙に自ら放り投げられようよ、と密かに俺はこの娘に対してお願いして居たのも事実であり、この娘は応えなかった。この若い娘は一見地味ながらに、中々物腰が強い様で野性を頁(ぺーじ)を捲る様に捲って参照して居る様で、その辺りに処女特有の色香(いろか)を感じ、俺はつい又手を引っ張って何処か良い処へとこの野生の申し子で在る様な娘(いのち)を連れて行きたく成るのだが、依然多くの世界で自分を見知りたいとする血の気の多さが野生を以て謳歌せられ、一寸手を離した隙にびゅうっと何処かへ消えて居なくなって仕舞うのじゃないか、等と未知成る不安を何時(いつ)も思わされる破目と成って居り、まるで冷淡なその娘の眠りの内に俺は自分の快楽も、意識の色濃さも見て感じる事は出来ずに歩いて居るのである。

 それで俺は〝これでは二進も三進も行かぬ〟等と覚悟を決めて、自分の一生のパートナーに成る生命力の善し悪しを賽子を振って決める様に一人ずつをシップ(=大学)から連れ出す事を思い付いて、一人ずつ、手を引っ張った。Sは矢張り、未(ま)だ疎らにでも人が周りに居る校内に於いては愛想良く振り撒いて相応の魅力を醸して居り、もしかするとこの儘上手く行くのかも、等と俺は思ったが、上記の理由で永遠に決(け)して無く成り、次に連れ出しに成功した貴志子はもうこの時には俺と同級の様に成って居て、運命が俺に与えてくれた〝決断〟と悟らせる様にして経過に感謝し楽しむ事も出来、唯太陽の光は夕暮れ間近で在っても暖かなものだった。俺は先に連れ出したSに上記の理由で余分にむかついて放置する形でその途端に見知った貴志子に手を振り、教室から自ず友人と出掛けて居た貴志子を我が胸元に迄呼び込んで、放置したSをその儘何も言わず更に遠くへ置き遣って、何時(いつ)も見て来た夕暮れの陽炎の内に消して居た。Sの横顔はそれでも見え、何時も通りの孤独を物ともしない様なつんと澄ました表情で、何事も無かった様につかつかとゆっくり自然へ向かって歩いて行き、彼女には男よりも〝自然〟が似合っているようだった。緊(きつ)い夕暮れの赤は彼女を照らすと枯渇し始め、処女に戻れぬ怒涛の快進撃を静脈の内で歩ませて居る様に見えた。若い娘は俺にとってSという存在を唯自然の様に試す機会に映して行き、俺は枯渇して行くSの正体を存分に貴志子の身の上で傍観し愉しむ事を決め、明日の活力に今の尽力を物欲しそうな表情(かお)する欲望の手中へと落した。この若い娘は本当にタイミング良く俺の目前に現れたようで太陽の照り具合もこの娘にとっては好く、日焼け程度に収める彼女の両脚はサン・タンで奏でられた褐色(セピア)写真の様に懐かしささえ彷彿させる物として在り、俺は這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)でその順送りで懲らしめられて行く純情の傍観を認めさせられて居た様だ。貴志子と俺は緊(かた)く手を繋いだ儘一線の淀みの無い春風の上を歩くようで、Sの存在を完全に忘れる事は出来ずに居た。二人してその儘の勢いを奏でながらとぼとぼと煉瓦の上を歩いて俺達よりも先を同じ方向に歩いて居たSを追い越して、校外へ出掛けた。Sはその入り口迄来るとまるで機械仕掛けの鯉の様にふっと体(からだ)の向きを百八十度ゆっくりと換え、既に静々と、又学舎の内へと引き返して居た様(よう)だ。俺が振り向いてSの姿を確認した時には一度解け入った夕日の真赤(まっか)が自棄(やけ)に純粋に見えて、今度は彼女の姿を他人の様に美しく、冷たく映しており、それ以上の詮索を許さずに居た為で在る。

 若い娘と俺は、とても良く晴れた五月の中、ぶらぶらと、岩清水八幡宮が透き通る青さの中で光って見える脇道の上に居り、その儘郊外を歩いて居り、外壁を未(ま)だ見ぬ白へと変えながら、街は俺達に〝何を食べに行こうか?〟等とデイトの不埒を突き付けていた。此処は俺の地元である。デイト・コースを決めて居る最中、貴志子はその若さを以て他人に話し掛け、俺に焼餅を焼かせながらもずっと居り、傍(そば)を通る街並みの雰囲気さえもその心に射止めようとして居た様子で、俺は貴志子を益々好きに成った。八幡宮から近くに在り、暖簾を浮き彫りにさせて笑っている店が並ぶ〝煉瓦通り〟を指差して、俺は「ここいらを歩こう」と貴志子に言い、そこで何か美味い物でも食おうと提案して居り、大通りを繁々歩くのは勘弁して欲しかったのである。しかし冒険しても良いかも知れないと次に考えて居た矢先に貴志子は、決して俺の心に目を留(と)めようとはせず儘、大きな〝大通り〟を歩こうと提案して来て、その提案は既に決心と成っており、面白可笑しく足取り鳴らして尻を振って行く貴志子に俺は唯何と無く付いて行く形と成り、唯体裁に敏感に成って行った。俺が中通りを歩きたかったのは自分が厚底の靴を履いて居る為、周りの壁や建物が割と背低だった事もあり、自分の上背が高い、と貴志子に錯覚させる為もあった訳であり、けれど貴志子は野生の様に本能に依って振舞って居た様子で、俺の思い通りには成らない、と言う予想外の強靭を兼ね揃えて居る。せこい俺の算段はすっとろく遠ざかって行き、嘗て見た土産物屋の軒先で小さく成って仕舞った頃に、又貴志子はずんずんと尻を振り始めて、すっと指差し、大通りに出来た人だかりの方へ行こうと決めて居た。その人だかりに偶然居た俺の旧友はこの貴志子の存在に射止められて、彼女の尻にくっ付く様に歩き出し、けれども新鮮は二人の間に共通して置かれて在るようで、小さく喧嘩もして居た。良き友の風来は音も発(た)てずに転々(ころころ)と転がり始め、強風に対して逆に転がって行く様に、太陽が残した影には精鋭が認められた。

 ふらぶら歩いて居た道を下りて愈々街中へ這入ろうとする頃、丁度その降(くだ)り下(した)の途中に又薄(うっす)らと人だかりが見え、その内には若者、中年、初老、等が居り、俺は少々緊張しながら娘とその群れの空間へ入って行った。この一纏めに出来ない人の活気が俺は嫌いで中通りを選び大通りを嫌ったのだが、流行とは果して何処にでも在るもので、仕方無く、俺は貴志子が自分の彼女である事を信じてまるで修行僧を装い、山頂へと登って行った。二人で山を登る破戒僧の心身を持ちながら流行に絆された為かその出で立ちを気取って仕舞い、俺はその儘、この道で彼女を愛し続ける事を誓って居た。結局、俺にはSよりも、この若い娘が置かれていた。



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~若い娘~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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