~嫉妬と未来~(『夢時代』より)

天川裕司

~嫉妬と未来~(『夢時代』より)

~嫉妬と未来~

「二〇年来の親友がテーブルを挟んで俺のやや右前方に座っていた。」

何人か知っている人、知らない人が居り、わいわいやっている。しかしテーブルの辺りだけは真上に照明があった為か明るくピンク色にも映るのだが、友人の肩越しから向こうや、鍋を見て少し視線を逸らしたり、とにかく意識をそこから外して別の処へやれば真っ暗なのである。何かその向こうに見えたかも知れないが、今はもう覚えちゃいない。もし見えたのであったなら〝人〟であったかも知れない。偶然暗闇に囲まれたその会合が、私にロマンスを与えていた。そう、その鍋の周りには何人か人が居て、私の恩師の様な人も居る。「恩師」とは建前で、私としては顔やその言動を見ただけで腹に据え兼ねるものがある位、一線を越えれば殺したくなる程嫌な奴だった。正確に言えば怯えていたのだ。もしその先生が又自分にとって不快なことを言って来たらどうしよう、とか言動に異常な程に注視し、いつもの如く疲れ果てる位に気が休まらない。嫌な先生だった。きっと「恩師」と瞬時にでも心中で思ったのは親友が目前に居た為かも知れなかった。人付き合いの上でも負けたくなかったのだ。目覚めて今思えば、完全に負けてはいるのだが。その親友は旧友でもあり昔から多くの友人を持ち、今の私には誰も居ない。私は「友人」と呼べる者が誰一人居ないのである。仮に居たとしても、遠い地へずっと昔に行った友人ばかりであり、もう何十年、何百年も会っていない。その親友とも或る起点を境にして「友人」とは呼べなくなった。親友も友人も先生も親も誰も何も言わず、何となく、友人は皆去って行ったのだ。しかし、この夢の中でその「親友」が目前に居る。私は少々泡食ってしまい、普段の体裁の繕い方や、思考法等を忘れてしまった様子である。その「親友」の事が始終、又、気になっていた。

女の人が、私とその友人の間に居た。女の人はその友人の顔に〝ラメ〟のような、〝パール〟と巷では言うのか、少し光を照射すれば、否、友人が顔の向きを少し変えるだけで、キラキラ輝くちりばめた装飾を施していたのだ。私の横でそんなことをやっている。その同じ空間に居ながらにして私にはそんな女は誰一人居らず、少々嫉妬していた様だった。その友人が多少羨ましく思え、その女が他人に見えた。結婚した暁の友人との〝壁〟を思わせるものである。我々の中央に鍋はあるのだが、一向につつかず、その気配はあるのだが、私の注意がその友人と女に入ってた為か誰も「食べよう」とする者は居なかった。そこに何人居たのかもわからない。少々落ち着かない空気も漂っていた。私は、その友人と女との関係、やり取り、等に羨ましさを覚えながらもどうすることもせず、その二人がやがて付き合うのか結婚するのか別れるのか子供を儲けるのか、もわからないままだが、その〝現実の一点〟に気を集中させたまま心の動きを止めていた。何とか、耐えるしかなかった。現実に於いて、その親友は、その女ではないが別の女と結婚をし、わかっている限りでは一女を儲けている。

その親友には「女」という出来事が降りかかっていたが、私には別の災難が降りかかって来た。偽恩師の到来である。その男は中年であり、高校教師から大学教授にまで姿、内実、共に変えることが出来た。私は、唯々、その男を警戒していた。というのはその男、私を嫌っている様子だったのだ。場面が展開して、場所は塾の様になった。長テーブルを二つ挟んで、一列ずつに、私の友人やそこの生徒が並んで座っている。その、先生である男は、上座に座り、我々を総括する。試験の答案か一年間の成績表を返している様だった。他の皆にはそれ相応にきちんと採点した答案を返していたが、その男は、私の答案だけ、必要以上にバツを付け点数が殆どない状態にして私に返却しようとしていた。その男が答案用紙を私に返す前、まだ懐にある時点で私がその内容を盗み見、正解だった解答が殆どバツとしてはねてあるのを発見した為「これはおかしい」と立ち上がったのだ。その男は、ぬけぬけと、「いやぁ、君のは殆どが間違っていたからねぇ。う~ん、これではこちらもどうしようもないよォ…」等と、頭をポリポリ掻きながら言う。その男の行動を見ているだけで私は逆上してしまい、その先生(男)に食ってかかった。「皆平等に採点をしろ!」、私の怒りは至高を極めたものだった。止めた者も居た様だったが、相応に事はスムースに運ぶ。その男は先生の成りをしながら世間体を考え、皆の前では態良く振舞うが、皆の視線が別へ移ると、じわじわと目付きが座り始め、私の髪を掴み、仕返しをしようという雰囲気を漂わせた。「その黒い正体こそ、こいつの本性だ!俺に対するこいつの恨み(「恨み」は点付け)なのだ!!俺もこいつも、始めから互いを許す気はないのだろう、俺はこいつを絶対許しはしない。大嫌いな奴の内の一人だ、…」と息巻いて双方とも互いの心中を掴めないまま時は流れていった。周りの皆は余り気にはしていない様だった。ほんの数人、我々の喧騒を止めに入ったが、「自然に止むだろう」、「自分達には関係ない」、とでもいった調子で、その者達でも別の処に注視している様だった。「俺と先生」はそのままの内容、体裁で変らず、やがてその男は俺の前から消えた。

その時の感情がかなり大きく激しかった為か、一緒に鍋を囲んでいたその親友と女は逃げるようにして居なくなり、目前に現れなかった。その時の私は、その二人が消えた事への寂寥感よりも、激昂した分の憤怒の方を捉え、赤一色に染まっていた。

(その辺りで一度目が覚める。次に、二度寝して、又別の夢を見始めた)

戦場に居た。銃弾や槍がピュンピュンキンキン飛び交う中、私は何か、一つの目的を達成したいと必死になっていた。どんな目的だったのかは今思い返すと定かではないが、きっと、否応なく認める事が出来る「自分にとっての幸福に纏わるもの」だったように思う。誰が敵で味方なのかわからず、私は唯ひたすらあっち行きこっち行きを繰り返しながら、逃げ惑っているだけの様だった。その中で、やはり、私にとって結構親しい、友人の様な人が、並んだ隊の内に居たように思う。顔がはっきりわからない。想像では「お~い!竜馬」(武田鉄矢原作、小山ゆう画)という漫画の内に登場する〝池内蔵太〟というキャラクターの顔に似ていた気がする。男気溢れる顔だがそれ程の深い親交は未だない。少しでも気に入らぬ事をすると互いに離れていってしまう、そんな繋がりだった。

空は晴れていたように思う。何か大きい果樹園、庭園、のような場所を囲んで泥沼の様な場所が要所に在り、泥濘(ぬかるみ)に足を取られながら戦っていたように思う。相手が誰なのかわからないが、結構大きな軍隊の様で、このまま戦えば負ける、ということは既にわかっていた。それでも戦ったのは、夢の環境が為せる業である。

私は戦いながら逃れたいと、ふらふら、その果樹園の方へ向かって歩いて行った。やはり「果樹園」と言うよりは庭園で、どでかい庭園の中にひっそりと果物が植えてある事が後でわかり、改めてこう思い直していた。立教大学の門のように大きな葉で覆われた庭園の柱が恐らく四本建っており、ポーチコ(portico)の様に張り出したやや大き目の葉柱の陰からその前庭を見ると、揺り椅子か高貴な人が座る結構がっしりした椅子に座った私の母親が居り、覗いた私に気付いて微笑んで私を見ていた。だだっ広い草原の様なその庭に結構豪華な椅子に腰掛けて膝の上や椅子の角には、上等の膝掛、装飾が為された出で立ちであって、私は心中から体中にかけて、わなわなと突き上げて来る期待にも焦燥にも似た衝動に駆られた上で、たまらなくなった。空は快晴で小鳥の鳴き声でも聞えて来そうであり、何よりも互いに目前にしたこの大庭園が余りに壮大であった為か、きっと私達二人は、その自分達のちっぽけな存在に気付き、いたたまれない頼りなさを覚えて、共存意識、仲間意識の様なものを芽生えさせたに違いない。その時の母にも、きっとそのような感情があったと信じたくて、私は、運命共同体の様な存在をその微笑みかけてくれる母の内に見て、絶対放したくない、大事にしたい、消えて欲しくない、と瞬時に何億回も呟いていた様だ。手の届かない中世のロマンスが漂うような空間に浮き彫りにされたからこそ、これからやって来る戦陣に対する自分達が恐らく頼りなく見えパラダイスを図ったのだ。「目的」とはこの辺りの事だったのかも知れない。

その大庭園は恐らく、ほぼ正方形の形に建てられており、四隅に荘厳な葉で覆われた柱を擁しており、正門は、私と母が居た場所からもっと向こう、或いは少し奥に在った様子であり、はっきりとした位置は掴めなかった。唯母は、この庭に入るでもなく、どこに門が在るのか等の疑問は疑問にも思っていない様子で、そんなことよりも、私の事を大切に見てくれている様子があり、やはり微笑んでいる。母がそこに居なければこの庭園は又、別のものに映るだろうと想像しながら私は、庭園の存在よりも、この母の存在の方を大切に思った。日頃、私がよく母に対してしている、甘えから生れた衝動の為せる業である。

私は母と共に一度、この庭園の中に入ってみたかった。



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