~賜物の怪(け)~(『夢時代』より)

天川裕司

~賜物の怪(け)~(『夢時代』より)

~賜物の怪(け)~

 昨日、「HEY!HEY!HEY!」が一八年間やって終了した。もっと長らく放送して居たのかと思いきや、正直、たった一八年間であった。私は自宅の階下で一人寂しく〝一つの時代〟が終って行くのを観て居た訳であるが、母は眠って居り、その部屋に居らずがっくりして居たのを思い出す。とても一口縄では行かない遊び心の体が次第に弱火に晒されて行く一二月の夜の事、白々と冷めて行く夜の寒風がもうその身を起して我の夜行中の死骸を求めにどっぷり暮れた。夜半は私に寂しく、根っからの微笑迄私に事細かく問う様に近付いては消え、私は退っ引き成らないブラウン管の向うに盛者必衰の転覆を少し、綻んだ気分に打たれて傍観して居る。夜行を捗る〝芥川賞〟の撰員達が私が忍ぶ白砂迄来て在る事無い事通して打つけて闇雲の体(てい)で又折り返して〝苦行〟を連ねる〝毎日一篇〟を常の極意とする我にとってそれは然程の効力を成す事無い事分って居たが、同じ文学を志す者として矢張りその傀儡の成す極意の程が面白く無く、又、その内に載って居る作品群達も〝間延び〟が奏して面白くは無い。一定の基調(リズム)に依る無業の社である。両手にこうして奇麗な花を持って、時にそれを花瓶に生けたり泥沼の内に挿したりして遊んで居る〝無能人〟が成す術に酷似して居り、我々はその〝界隈〟から這う這うの体で逃げて来たのだ。そうして見た夢。

 まるで映画か現実か夢なのか分らない狭間に立った我は既に盲目の戦士の様に成り、時に落語家であり、刀傷を密かに胸に秘めては消し、密かに消しして、一向に落ちない奈落の門の陥落につい立ち向かって居り、唯そこに自然の頭(こうべ)が垂れるのをきっとその時間近に観て居り狂った様にして我は、TVのブラウン管の向うの死地へと掻い摘んだぶっきら棒を放って一介の体裁を捨てて居た。しかし甦る事の出来ない人間の無能の純粋にふと又暫し己を垣間見、その奈落へ落ちて行こうとするあの瞬時に描いた生粋の〝歌町〟を又物にしようと、大学の教授の様に成り済まし、彼(か)の有名な文学貴族、延いては文学戦士達を一掃しながら困った夢の欠片を拾い集めて居る訳である。〝説明文はもう書かない〟と強く胸に遺した自分宛の恋文の様に燃え立つ拮抗文はもう皺くちゃに絆されて海原へとその身を消して仕舞い、残るのは〝現実〟を笠に着たあの老朽紳士達の様である。会話の無い、実りの無い、両親との対峙を酷く恐れて居た様な我の心境とはもう此処から一層春の日に、混沌とした暗い無業の体裁を繕った一介の貴族では無く成った筈なのに、未だ他人はこの身の真実をまるで射止めたかの様にして得意気にはしゃぐ。この現実を堪え切れないで何が文士の卵か。水浸しに濡れた心の洪水を堰き止めて、口から流水の如く言葉の矢を放つ時は今ぞ!と冷んやり眼に転寝稼業で鍛えた狂惜しい一介の紳士がその身で降り立つ。

 芸能人の島崎佳代子の様な女がそれ迄付き合って居た男(恐らく外国人だった様に思う)に銃で心臓を撃ち抜かれた後、「なんで―…?…ごめんなさい…!…」と渾身を込めて呟きその後仰け反る様にして私とこの現実の御前から身を引いた。時計は午前零時を間近に控えた透明に身を潜めて、まるで身動き取れずに居た様だった。決して他言禁物のダブルショックを控えた〝砦の陥落〟、その熱い眼(まなこ)の裏にはきっと橙(オレンジ)色した蜻蛉が唯一匹、悠然とした姿で朝靄の内に消えて行くのをその彼女は観て居たかも知れず、この私にはその時間近で眺めて居た筈であるがちっとも、その光景の億尾さえも聞えて来ずに唯どんよりとした遊覧の数々を仰ぎ見て居た。まるで初夏を思わす初春の頃。彼女のその潤い尽した金切り声成らぬドスの効いた低い声はまるで女の物とは思えない程の小さく籠(くぐ)もった声であり、撃った男は佳代子が浮気をしたからだ、として居たが、しかし島崎にそっくりな女が分身の様にしてもう一人居り、そっちが別の誰かと恋をしたのだ。俺と共にその一部始終を観て居た観客が在った。まるで蓄存して居た〝有終写真〟の様に煌びやかで遊んで居らず、きっと滅法強い男が女と出て来て、迫真の演技を見せては消えて行く、私個人にとっては酷く詰らない〝活動写真(かつどうドラマ)〟の様に思わされる老獪紳士を、時に乗じて身を投げさせた惨たらしい結末で実を結んだと見て良い。何処かで開いた三文芝居が、元気に此処でも又花咲かす様にしてその身を翻し、おめおめ引き退さがる最良の賢母を呈するが如く、我はその娘を唯、殺して居た。

 佳代子が「どうして…」と言った処で俺は(恐らく客も)程好くその様に言うしか無かった佳代子がとても可哀想に見えた同時に「まあこういう筋書きのドラマか…」と冷めた目で見て居る処が在り、又客もその視点に唯合せてくれて居た様であった。最後の「ごめんなさい」と謝った佳代子の心中に、俺はその女の有終が飾られた美の様なものを観て居り、焼け石に水、生粋の涙が見せる滞りの無い貴族のドラマが梨の礫の我の環境に火の鳥を観る迄衰弱しながら強弱淡々、責めては退(ひ)き責めては退(ひ)きして五輪の決定を蒸し返すが如く、燦々足るムードをせしめて又程好い体裁を繕おうと画策して居る。俺はきっとその女(ひと)の本性を見て居たのだ。空虚な素振りを慇懃を重ねて勿体焦らす彼女の微笑みと悲しみ程、他に有終の美を飾る物は此処には無かったのである。きっと今でもそんな事を二人して宣うて居るのであり、紫水晶を重ねたその手の平では転がる物は他には無く、清廉潔白、身の好しなにしてその贖いは、彼女の立派な志士の心にも似た追従の美という物でもある。それだけの覚悟を以て彼女は此処へ来、彼に応対して居たのだろう。私は密かに感動を波打たせて居た。唯、彼女の心臓を自分の早合点で間違って撃ち抜いて仕舞った彼は、もう此処ではその為に二度と彼女に会えなく成り、又自身の犯した消えない罪の意識にこれから苛まれる事だろう事は狂言ではなく、私は彼を気の毒と思うと同時に、今後、その「罪」に彼が如何向き直って行くのかが楽しみでもあった事実は言って置かねば成らぬ事でもあった。観客と我が初めて面識以て一つの目標に辟易(たじろ)いだ時であり、究極の〝美的〟を以て愛されるべきこの彼と彼女の在り方を信じその信念を共有出来たone sceneでもある。彼は消化して行き、自分の糧としなくば、決してこの先、生き抜く事が出来ぬのは、皆、周知の通りであり、白日に晒される事実でもあった。そう、遂に俺はその胸中にこの二人への興味を覚える事が出来、この二人を直視出来た訳であり、彼等が何と言おうと、在り来りの言葉しか喋れなかったこの我が能力を、終ぞ頑なに、唯散漫に、守り抜き通す事が出来る態を得たのだ。白地の、〝迫真の境地〟と言っても良かった阿りの見付からない無我の境地、無構えの相の様でもある。我は又、一端の口を利いて居る。

 恐らくこの辺りの事がこの劇、じゃなかった現実ドラマに合せた〝哀しみを引き出す手腕〟であり、又見せる為の醍醐味であったのだろうと私はその後を恐らく楽しみに書き続けて居るのだ。

 そうこうして居る内に、場面が展開したのか地球が回転したのか、俺は以前の記憶に浅い恋人である上川に会って居り、二人は既に私の部屋で寛ぐ様にして居り、見終わった映画を早くも忘却に捨てようと心中のパンドラの内へ放り込む様にして仕舞って、春の風が差し吹いて来る諒闇の快楽に態と耽りながら沈殿し、耳を傾け、ビデオテープを始め迄巻き戻す〝ウィー…ン〟の音を聞いて居た。此処迄来たのはやっとの事だ、と二人して俺の部屋では見知らぬ疲労感と嫌悪に塗れて、少々浅い溜息を吐き、デートの三文字に辿り着けた事を快くも又少々倦怠にも覚えて、これから遣って来る長い春の内で既にその躰を捩らせて居た事は互いに秘密の事であった。〝鴎外が面白い事を言って居ます。「濁りを含んでその酵母を捨つる。」どんでん返しはこの後遣って来る〟、瓢箪から駒、とはこの様であり、私と上川はこの上無く程好い体裁を整えながらもついつい干渉し過ぎて目下の噂や究極のダンスを根こそぎ奪われた様に自身の殻を脱ぎ捨てて仕舞い、互いが互いを見破れなく成った可哀想な師弟関係の様な相対を既に、構築して仕舞ったのであり、私は一方的に唯、上川の表情の成す軽装と我が俊敏成る心の在り様を察して交差して、何処(いずこ)へ行かねば成らぬか知らぬ春への境地は全く見果てぬものと成り果てたのだ。

 しかし、そんな背景、情景を背負いながらも互いに顔を見合わせては「出会えて良かったねー」を繰り返して居り、お互いで祝福し合い、自然から得る賜(たま)の様な砦を唯々大切に保管する様に依怙地なパラダイスとして居た。上川と俺は寒い路地裏の様な道を通り抜けて来て居り、それが文字通りに今の「生活」とも成り、二人は二人ながらに労苦を背負った断末魔に生れる感情の内を生きて居るのだ。俺は何とかこの場合に於いて上川を持て成そうと少々躍起に成って取り繕って、彼女の笑顔を観賞するのを不変に憶える楽しみとした。上川に美味い物でも作って持って行ってやろう、と俺は寸時階下へ下りて、上川を二階の俺の部屋に待たせた儘で、以前に買い置きして居た蛸焼き器で以て美味い蛸焼きを作って喰わせようとあれこれ算段して居り、上手い具合に紅生姜以外の物が揃って居たので〝暫く待たせる事に成るが〟と逸る気持ちを抑えて俺は、その材料で蛸焼きを焼き始めて居た。せめて店で喰うより美味しくしようと格段に算段しながら作ったものだった。しかしそれにしても、こんな良い具合に焼き器と材料がよく在ったな、と少々感心さえして居た。春風がその時、俺の胸辺りと二階へ上る階段へ、すうっと入って来て心地良かった。我が家ながらに、感心して居た。丁度頃合い見計らう様にして俺達二人の仲を取り持ってくれた事、気持ち良くしてくれた事に、唯々、只管感心して居た。しかしそこで、一緒に材料として入れる天粕を捜し出して(在る事は分って居た)冷蔵庫の中を見たのであるが中々見付からず、結構直ぐそこに在りそうなのだがつい手が届かずに、俺は緩いサンプル漫画の様に四苦八苦して、天粕の入った袋に似た様な袋を間違えて取って仕舞って「いや、もし無かったら如何しよう…」とつい弱気に成ったりもして居た。一度ステンレスの銀から落ちる水滴(しずく)を見てから急に俄然ファイトが湧いて、矢張り期待通りに天粕の袋は間近に在り〝気付かなかっただけだ〟と安堵して居る内、良く見ると袋に入ったそれは少々少ない事に気付きながらもパッパッとボールの海に浮かして沈め、その手捌きの在り様はまるで蛸の生身を一つずつの円の内に放り込んで行くかの様に的確で外れの無いものだった。万遍無く振り撒いた後、天粕の袋を見付けようとして居た頃からこの部屋を頻繁に出入りして居た父親の存在が疎ましく思え始め、〝この蛸焼きを焼くのを止めないだろうな…〟とか又まるで関係無い事言って二人の気を遠くはぐらかそうとしたりしないだろうな…とか虫けらの様に思い、伸ばした手足を急に引っ込める事は絶対にしたくはなかった。しかし母もそこに同様に居たのだが、母に対しては別段そんな気構えは無かったのだ。

 随分年食った後、出来上がった蛸焼きを上川の所迄持って行き、一緒に食べようとした。しかし俺は心中で以前に止めた元職場(介護施設)からお声が掛り、妄想の内で一度ボランティアとして働いて居た。その処では俺がそこの職場を辞めた原因の二人である二匹の雌豚が居らず、又、仕事をし始めて三年目程に勝ち得た「世間的な強み」の様な歓喜を織り成す労働後特有のあの充実感を俺はもう一度持ち始めて居て、又アルバイトででも良いからもう一度そこで働きたいなぁ、等と密かに改心して居たのである。金を程好く稼いで生活範囲を拡げる事、自身の精神的な余裕を見繕う事、等が主な目的であり、又楽しみながら世間での勢いを身に付け、やっぱりやりたい〝仕事生活〟を俺の出来る範囲で取り戻す事を期待したのであったが、その妄想の内でも、その二日以外の日には二人共びっしりと勤務シフトが組まれて居りバッティングし、又がちがちの屈辱ムード・怒り逆転ムードの様なものが飛び交う破目と成って赤光に映る田舎の風景に蛙の声を聞きながら、俺は矢張り遠慮して居たのだ。春とも夏とも知れぬ開闢の季節よ。我の目前で一瞬にして無言の夕日の彼方へとその身を晦ますとは、空気は俺にも残酷だ。日常の懺悔が冷め遣らぬ迄に我が心の催促が夕日の逆転シンドロームを望むとも、血気に逸る今生の季節は一向にその姿を変えないで死ぬ迄その体を守り続けて居た。

「あの雌豚共、辞める辞めるとか言って一体何時迄居るんだ?」

 俺の心はそう言いながらも又、露知らずの表情して夜更けに西へ西へと一艘の舟を漕いで赴いて、唯二人と自分との私情の放念が何時しか逆転に身を任せ始める一線上の柵を、何時とは無く邪魔なものにし始めて居た。

 出来た蛸焼きを俺は透き通って外からでも丸見えのビニール袋に入れ、序に又別の食い物なんかも入れて、俺の部屋の中央に置いて在る白いテーブルの上に置きさあ食べようかとした時、階下から父親と母親の呼ぶ声がして俺は、恐らく上川の事を両親に紹介する為にと階下へもう一度下りる決心をし蛸焼きは脇に置いて、「階下へ一緒に下りよう」と上川に言って部屋のドアを又開け、二人揃って下りようとした。上川の躰が未だ俺の部屋の内に残って居た頃、俺は隣の部屋で父親がパソコンをして居るのに気付いて、〝何時の間に上がって来たんだ?〟とか一瞬呆けて居る間に気を取り直し、〝いやよく在る事だ〟と言い聞かせながら二人のこの位置のお陰で上川が父親から見えて居ないのを悟る序でに自分に身を任せて父に喋り掛け、何時もの何気無い会話をして居た。パソコンに向かう父の姿は何時に無く唯毅然として居たが、結局唯の一度もこちらを振り向いてはくれず、俺に恥ずかしがって居たのか上川になのか分らぬ儘に時は過ぎて行った。仕方が無いから俺は母親に上川の姿を見せに行く事にした。その辺りで目が覚めた。

 何かの大声で目が覚めた。目覚めて、点けっ放しにして居たTVを見たら何やら大声で叫んで実況中継をして居るプロレス番組をやって居た。



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~賜物の怪(け)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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