亡国のブルース

受験生A

アース0

第1話 滅びゆく世界で生まれた歌

 姿形が違うだけで剣を向けるというのなら、お前達は獲物に飛び掛かる獣と同じだ。


 この言葉は、私が同じ人間と対立する道を決めた時に他国の王に対して放った言葉だ。

 

 凶王アストラル。人間でありながら魔族を庇う狂人として認知された私は、フォン・エヴァレンスという王家の名を失い、淫魔のサキュバスやドラキュラ伯爵のような呼び方をされるようになった。


 私が悪魔に近い扱いを受けてまで魔族を庇った理由は、人間たちが「怪物」と称する者達を知り、巣に女を持ち帰って子孫を残すゴブリンやスライム達にも心があると知ったからだ。


 怪物を狩る人間のやり方は、人間として好ましくない。彼らは子の前で親を殺し、殺した親の死体を使って別の種族を殺す為の武器を作る。

 魔女に関しても同じだ。人間に魔法を授けた魔女は用済みとなり、魔法使いが魔法の全権を握った。


 魔族が人間から受けている扱いを考えれば考えるほど、人間は殺されて当然の連中だ。人間は私にすら、私が守りたかった者達の亡骸を纏って戦争を仕掛けて来るのだから、怒りを覚えない訳が無い。


 出来る事なら、殺し合いたくはなかった。



 ※


「なぜ……なぜだアストラル」


 自分がここに居る理由を思い出していると、かつての友が私に答えを求めた。


 崩壊した城内。

 炎に包まれた王室で私に答えを求めたのは、この世界最後の国にして最後の王――ヘンドリック・ドルトール。


 割れた窓の先に滅び行く世界が見える状況で、ヘンドリックは膝から崩れ落ちる。


「俺は……俺はお前を助けようとッ……!!」


 ヘンドリックの哀れな声が聞こえても、私の目がヘンドリックを見つめる事はない。

 私の目は、数時間前まで「王都」と呼ばれた美しい都の最後を見るので忙しい。


 ヘンドリックの為に使ってやれるものは、他者を騙し続けて来たこの口だけ。


「もう助かっている。お前のおかげだ、ヘンドリック」


 私を含むこの世界の住人全員が、ヘンドリックによって助けられた。


「違う……これは俺が望んだ結果じゃない! 俺が望んだのは――」


 私は剣先でヘンドリックの口を切り裂き、これ以上喋れないようにした。

 

 この期に及んで、では筋が通らない。その事を、私ははっきりと告げる。


「この世界には、もう私とお前しかいない。お前を騙す奴はいないし、お前に情報を与える者もいない。天界も、この日の為に偶像の墓場にしておいた。後はお前だけなんだ。お前しかいないんだ」


 今日この瞬間に至るまで、私は多くのものを失った。

 失ったものの中には、心や魂もあるかもしれない。

 それだけの犠牲を払い、宇宙全体の生物を「凶王アストラル」と「ヘンドリック・ドルトール」の二人になるまで狩り尽くしても、私が得れるものはなかった。


 奪われたのに、与えるだけの一年間だった。


「もう一度だけ聞く。地球から来たと噂の少年に七人の勇者を仕向けたのは、お前なのか? ヘンドリック」


 私は、ヘンドリックにから来た少年の話をする。


 少年の名はクサカベ・アキラ。

 魔界の統治者だった私がアキラの事を知ったのは、彼が「地球」と呼ぶ場所に戻る方法を探しているという報告を受けた時だ。

 

 場所は魔界の酒場。

 報告を受けて街に出向いた私が酒場の窓から見たのは、諦めた夢を額縁に納めたような世界。

 小さな世界だが、服装、顔立ち、話し方、どこを語っても異国人のアキラは、その場に居合わせた魔族たちと親しく話していた。


 店に入って話し掛けるのが怖くなるほど、そこには「平和」が在ったのだ。


 アキラが私を知ったのは、酒場で見掛けてからそう遠くない日だ。協力を頼まれた魔族達が、アキラを私の城に案内した。


 魔界の統治者と会うのは流石のアキラも少し緊張している様子だったが、そこからの生活は心を病み始めていた私にとってこれ以上ない薬だったと言える。玉座を離れて心を癒す決心がついたのも彼のおかげだ。


 彼こそ、魔界の統治者に相応しい人間だった。


「アキラが魔界の統治者になった事は、お前にとってもそう悪くない話だったはずだ。私を魔界の玉座から降ろす事が出来たのだから、悪い話のはずがない……」


 これだけ話しても、床に倒れたまま話を聞き続けたヘンドリックの心情に興味がない。


 アキラは殺された。

 そして、アキラを直接殺した七人の勇者は、全宇宙を飛び回って殺戮を続けても見つからなかった。

 確実に息の根を止める為に一人一人この手で殺しても、あの七人を知る者とすら出会えていない。


 出会えなかったから、私は原点ここに戻って来たのだ。


「カレの事は、ザンネンに思っている……この気持ちは本当だ。俺がやった事は、間違いだった」


 魔法で傷を癒して喋り始めたヘンドリックに、「それは違う」と返す。


 違うのは、ヘンドリックの行いが「間違い」ということ。ヘンドリックは一人の統治者として、王に課せられた責務を果たし、仲間の為に、守るべき物の為に正しい判断をした。これは、ヘンドリックが戦士ではなく王だったから成立する正しさだ。


 認めるのは辛いが、ヘンドリックが出したアキラの暗殺命令は、この世界の情勢的には正しい判断だった。

 私達は、異世界から来たアキラの前で笑顔が模られた仮面を被っていただけに過ぎない。

 アキラが殺されるまでの私達は、子供の前では何があっても喧嘩しない夫婦のような立場に居ただけ。問題は山のように抱えていた。


 人類の未来を第一に考えているヘンドリックが、人間の鑑に近いアキラを好きになれなかった理由は一つ。


 ヘンドリックは、アキラがこの世界に来た原因を知っていた。


「異世界から召喚された勇者が魔王を倒す……夢のような話だったな」


 ――ヘンドリックの夢物語は実際に起きた。


 神の啓示を受けたか、それとも何か別の要因があったか。何にせよ、ヘンドリックは異世界の存在を確信し、異世界から何かを召喚する研究を始めた。


 アキラは、ヘンドリックが始めたその研究の被害に遭った者。

 七人の勇者は、完成した異世界召喚でアキラと同じ世界から召喚されている。


「…………そこまで調べていたか」


 以前から疑っていた異世界召喚の研究。ヘンドリックが研究の事を認めてようやく、私の目が旧友の研究に興味を示す。


 私の目に映るのは、民の声を聞き、魔族の肩を持つに至った私に頭を抱えていた王の苦悩。


 私は、あの勇者たちが異世界から召喚されたとしか思えなくなって以来、誰がそこまでしてこの世界を救いたいのかをずっと考えて来た。


「……ヘンドリック。お前は、なぜそこまでして世界を変えようとしたんだ?」

「俺が変えたかったのは、この世界じゃない。俺が望んだのは、人間に対して心を閉ざした者の中で生まれた狭い世界……アストラル、お前が見ていた世界だ」


 お互い後悔はあった。他の手段がないかと考える日も多かったが、もしもの世界は、目と鼻の先に迫る現実に居場所を奪われていた。


 ヘンドリックの研究は、私が見ている世界を変える為のもの。予期せぬ事故とはいえ、研究の過程でこちら側の世界に飛ばされたアキラは、ヘンドリックの望みを叶えていたという事だろう。


「俺の研究に巻き込まれたあの少年が、お前の心を癒した事は知っている。問題は、この世界が、あの少年の故郷に劣った事だ。帰りたいと思うだけに留まらず、帰る方法を探してしまう程にな……」


 これは、アキラに対して平和を装った報いかもしれない。

 世界の運命を託すような冒険をさせてやった方が、アキラにとって魅力的な世界に見えた可能性は十分にある。


 何を装っても犠牲が出る事に変わりはないが、この世界の結末が変わっていた事は認めよう。


「何も恥じる事はない。お前ヘンドリックも、お前に従った他国の王も。この世界の住人は、異世界から来た一人の少年に対して皆が正しい選択をした。この世界で間違っていたのは、クサカベ・アキラという一人の地球人だけだ」


 アキラは間違っていた。何も知らず、生死に関わる事柄に軽い気持ちで足を踏み入れていた時もある。

 それでも私達がアキラの前で仮面を被り続けたのは、彼がこの血塗られた世界の住人じゃなかったからだ。


「お前も、この私も、正しい事を強いられるばかりで間違いを強いられた事は一度もない。恐らく、全ての王が正しい選択を強いられたはずだ。この世界は、間違った選択の先に望むものがある事を隠して……」


 喋り過ぎた。


 言い掛けた言葉を飲み込んで無言で剣を振り上げる私と、私のその姿を見て涙を流すヘンドリックの覚悟に間違いはない。


 この世界を終わらせる事が、最も正しい選択だ。


「もう終わりにしよう」


 振り下ろした黒き剣は、白き者の魂を裂く。

 その刃の道筋にある魂の器は善と悪に別れ、他者の手を借りて引き裂かれた善悪の兄弟は生きた証を散らして地に寄り添う。

 そして、異なる地に身を置いた兄弟が元の形に戻る事はない。


「さらばだ。古き友よ」


 これで、この世界に私を知る者は居なくなった。

 ヘンドリックが最後まで守ろうとした玉座は空席となり、奪い取った玉座に重くなった腰を下ろしても、私を王と認める者はいない。


 もうここには、涙を語る相手も、明日を知らせる相手も居ない。言葉も役目を終え、床に突き刺す剣も今や飾りに過ぎない。


 それでも――――。


「ハァ…………」


 私が居る限り、音は鳴る。

 一人だからこそ、騒がしかった時には聞こえなかった者の声が聞こえる。


「スンッ……」

 

 最後の一人になって、ようやく見つけたこの世界の真実。

 

 私を苦しめていたのは、私自身だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る