出演すると死ぬドラマ

明鏡止水

第1話

「ねえ、知ってる?」


女優が使う電球がたくさん付いた、反円を描くような眩しい鏡。それに照らされた彼女。

僕はそれを悲しく思い出していた。

思い出……。

そう、もう、思い出になってしまった。


彼女は綺麗な爪と長い指をしていて、片手を頬にやり、頬杖をつく。


「このドラマ、出演すると、死にたくなるらしいよ……」


鈴が鳴るような声なのに、どうしてだろう。

彼女自身が、人の魂を刈り取りに来た死に神のように、その伝言を伝える。


ドラマのタイトルは


〈この世界が終わっても君に伝えておきたいこと〉


隕石の衝突により、地球に未知なるウイルスが蔓延し。

死者の体に電気信号が送られて、死人が動き出す未来。

それを迎え撃つために人々は無駄に銃と弾を使っていたが、死人を痛めつける行為に慣れてしまった兵士や民間人のモラルが低下していく。

最悪の心理状態と環境。

しかも弾と銃を売る会社は潤い、嫌な想像ばかり膨らむ。

人を人と思えなくなっていく日々。

そもそも、ゾンビは、死人は人として扱うべきか。

その心理汚染を正常化すべく、自立歩行、あるいは走行型の機械が銃を搭載、必要ならばアームから刃を操るロボットが開発され。

死人を撃破していくが、遺体の損壊から目を逸らさずに心を痛めていた人々が、あるチームを結成する。


それがこのドラマのメイン出演者たちが演じる役所。

死人をなるべく傷つけずに動きを封じるチーム。

〈アンデッド・エンジェル〉


魂を救いに降り立つ天からのしもべ。

そのチームの出演者たちが。

テレビでは「突然の訃報」、「今月◯日、俳優の◯◯さんが亡くなっているのが発見されました」と、もう三人もこの一年間で亡くなっている。


脇役のオーディションに受かって、喜んで地方から日夜叩き込まれた演技のノウハウを活かし、稽古に励もうと勇んでいたが、その美しい人も。


「昨日、自宅にて倒れているのが発見され、死亡が確認されました」。


死因はみんな発表されない。


ドラマは動画配信サイトオリジナルのものだ。


僕は彼女はあの伝言を口にしたことで亡くなってしまったような気がしてやるせない。地方から来た自分にも優しく色々教えてくれて、魅力的な女優の一人だったのに。


〈この世界が終わっても君に伝えておきたいこと〉


もとは心臓病を抱えた高校生の少年が、彼女にその命をもって自分のことを「良い人」で忘れさせるため、あらゆる手を使って彼女に「良い人」で終わる人を演じる作品。別れてもよし、別れなくても彼女が少年が死んだ後泣かなければ。立ち直れないほど傷つかなければいい。それが少年の願い。やがて、別れの時はやってくる……。それまで、少年は彼女にとってただの「良い人」だった人を演じ続ける……。だって、悲しみや落ち込む時間は短い方がいいから。辛さは軽い方がいいから。


しかし、少年の彼女は、その思いもひっくるめてその少年が大好き。


キュンというよりは辛キュン。悲しキュン。萌えよりは、切なさ。


追求されたのはそこだった。


しかし脚本を書いた人のホンは大きく修正されて中身はスプラッタな映像が挟まれたゾンビと人間の悲哀と戦いになった。


最初のホンを書いた脚本家はショックで寝込んでしまった、と彼女は「噂」をぽんぽん口にした。


その寝込んだという脚本家の怨念か、出演者が不慮の事故なのか、それとも自ら世を儚んだのか、密室や、窓は開くが体が通りそうにもない窓から転落したと見られた事故、音信不通になり心配になった家族に別荘で発見される。そして、四人目の彼女。


この作品には実は「嘘」がキーパーソンになっている。

チームの登場人物全員が、実は隠れて付き合っているカップルがいるが交際を隠したり否定したり、実は性転換手術を受けたことがあるのを黙っていたり、詐欺師だったが今は真実しか言わないようにしているがゾンビを実は必要以上に痛めつけていることを隠したり、多額の借金のあるホストとセックス依存症の風俗嬢だったものが互いに知らぬふりをして元会社員だと身分を偽ったり。


演技をしながら複雑に「嘘」に嘘を塗り固めていく。割り切れたら良い。


僕は割り切れていた。新人なので飲み込めるものは飲み込むしかない。細かい微調整や出演者にもまだ明かされていない配役の「秘密」も匂わせる動きを求められて、みんな混乱したり、精神がひどい時は錯乱した共演者もいた。


これが芸能界なんだ。そうなんだ。


やがて、新しい登場人物に子役が投入された。


子役はみんなに挨拶した後、僕のところへやってきて。


「お兄さん、死んじゃうかも……」


と言って走って去って行った。


やがて、次の台本が届くと、なんと自分はここでゾンビに倒されて作品から退場するらしい。

そんなの聞いてない!


やっと掴んだ役なのに、他に出演のオファーがない。仕事がなくなる。


焦りながら、新しい登場人物を演じる人と楽屋で話しながら


「このドラマ、呪われてるらしいよ。出演者が何人か亡くなってる」


「あ、それ自分知ってます!」


その人物は言う。


「嘘をつき続けて秘密を抱えすぎておかしくなっちゃっていったって。かわいそうな話ですよね。一生懸命な人に限って、しかもみんな良い人から事故なのかなんなのか死んじゃうって、そういえば」


このドラマもそうですよね。


より冷淡な役程、生き残っている。中には嘘と秘密にさらに裏切りの演技を重ねる人もいる。


「自分も素直なほうらしいから気をつけます! これからは腹黒キャラですよ」


なぜだか分からないけれど、死にたくない、と思った。そして、それと同時に、やってしまった、と思った。


死にたくない。


倒れてしまった脚本家に、話を聞きに行きたかった。


だけど無理だった。


「先輩、遅いっすよ。知らないの、先輩だけっすよ」


新しい登場人物を演じる俳優が告げる。


「自分たち、ゾンビじゃないっすか」

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出演すると死ぬドラマ 明鏡止水 @miuraharuma30

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