夏が輝き出した

 よく美容室で聞かれる、「この夏どこか出かけました?」には、当然夏を謳歌してますよね?と言う響きがある。美容院に行く度にこの様な辱めが待っている。

 俺みたいな陰キャが美容室に行くのが悪いのだ。だけど、最近床屋なんて見ないし、ママが身なりだけはきちんとしろと煩いのだ。ママのお勧めの美容院に行くことは流石に遠慮して2駅先の美容院に通っている。そうだ、俺は母親のことをママと呼ぶ。マザコンだからな。

 24歳フリーター。深夜のコンビニのバイトで二十代の貴重な時間を浪費しているが、負け続けの人生が社会へ馴染むことを不可能にしている。午前6時に仕事を終え、帰宅して寝床に着くのは7時頃。それはママの出勤時間だ。

「ジョウくん、それじゃあ行ってくるね。後、廃棄用のおにぎり一個貰って行くから。」

「行ってらっしゃい、ママ」

俺はベットの上で飛び起きるとドアの向こうのママに向かって返事をした。

 ママは夫を殺され、俺を1人で育ててくれた。好きにならない方がおかしいじゃないか。本当なら俺がもっと頑張って楽させてあげないといけないのだが‥


 深夜のコンビニは客も少ない。そんな状況でスタッフ2人の相性が最悪だったら気まずい時間が長く続く、今日の大橋はその最悪の更に上のタイプだった。大橋は出勤するなり清掃業務を済ませると店の週刊誌を持ってバックヤードに籠ってしまった。レジ前で1人突っ立っている時間は自分の未来を絶望するのに最高に適している。

 俺はスマホを取り出してオカルト関係のYouTubeで新情報がないかをチェックしていた。


 今日も無事仕事を終えることが出来た。朝番のスタッフに混じってオーナーがやってきた。

「在鴨くん、ちょっといいかな?」

朝番への引き継ぎをしていると、オーナーに呼び止められた。

「今日の夜勤なんだけど新人さんと一緒に入って貰っていいかな?」

「構わないですけど、室谷さんはどうしたんですか?」

「室谷くんは風邪だって言うんだよ。それでこの子なんだけど。」オーナーは言いながら履歴書を差し出した。

 名前や学歴よりも証明写真に目が行く。綺麗な顔立ちの若い女性だった。屋根戸マヤ 二十歳とある。深夜勤務に女の子は珍しいなと思っていると、オーナーに肩を叩かれた。

「大丈夫そうかな?」

「はい、大丈夫です。」

「じゃあ、よろしくね。」

 

 オーナーや朝番スタッフへ挨拶を済まし、店外に出ると空はまだ灰色をしていた。それでも俺には明る過ぎて帽子を目深に被った。今日と言う日が始まって行くのに、俺はまだ昨日を終わらせていない。何だか人より遅れて生きている様に感じた。家に帰ると廃棄弁当を冷蔵庫に放り込む。オーナーは母子家庭である俺に気を使い、いつも多めに持たせてくれる。ありがたかった。寝る前に日課であるトレーニングを行う。陰キャな俺だがトレーニングを欠かしたことはない。親父を殺されたあの日から。


 21:55に店に着くと、新人さんが着替えを済ませて待っていた。

「今日からお世話になります。屋根戸マヤです。よろしくお願いします。」

「在鴨ジョウです。よろしくお願いします。着替えちゃうからちょっと待ってて。」そう告げると更衣室のカーテンを閉めた。

 美人だな。証明写真よりも目鼻立ちがはっきりしていて色白の美人だった。挨拶もはっきりしていて仕事をきちんとこなしてくれそうだ。俺はTシャツの上から制服を羽織るだけで更衣室から飛び出した。

 出勤時のルーティンや、レジ操作などを教えて行く。履歴書では高卒となっていたが頭は良いのだろう。仕事をどんどん覚えて行く。そして早速やって来る『気まずい時間』。俺は人見知りだ。おまけに女の子はちょっと苦手だ。こんな美人に何を話しかけていいか分からない。一旦休憩して貰って、1人でレジに立てばいいか。

「トラックが来るまでする事ないからバックヤードで休んでていいよ。」

「そう言うの大丈夫なんで、もっと仕事を教えて貰ってもいいですか?」

ちょっと面食らった。勝手にサボるスタッフはいくらでもいるが、休んでていいよ言ってるのに仕事をしたいと言う子は初めてだった。その責めるような物言いに、思わず「ごめん。」と謝ってしまった程だ。

 一通り仕事を教えると、2人並んでレジに入った。なんか話さなきゃと気が焦る。

「屋根戸さんは深夜勤務は平気なの?」

俺は仕事の話題を振ってみた。

「夜型人間なので平気です。」

屋根戸さんは真っ直ぐに目を見てくるので、思わず目を逸らし、何もないカウンターで何かを探す様に視線を漂わせる。

「でも親が心配するんじゃない?」

「自分の身は自分で守れますので。」

そうきっぱり言われちゃあ、返す言葉はございません。

俺はカウンターを逃げ出し、雑誌の整理をしたり、商品を並べ直したりしていたが、とうとうする事なくなってしまってキョロキョロしていた。そんな姿がみっともなかったのだろうか、「有門さん、バックヤードで休んでていいですよ。」と促されてしまった。

「あ、ありがとう。」と返事してすごすごとバックヤードに入る。これではあべこべである。


 屋根戸さんとシフトが一緒になる時はいつもこんな感じだった。この日も外にあるゴミ箱を整理しようとしていたら、すでに屋根戸さんがゴミ袋を交換している所だった。ため息の塊がポロリと出る。仕方なくビニール袋を次に使いやすい様に広げると言う、暇人御用達の作業を開始する。しばらくその作業に没頭していると、屋根戸さんの張り詰めた声が店内に飛び込んで来た。慌てて外に出ると、屋根戸さんは男2人組に絡まれていた。俺は出来るだけ穏便な声で、しかし男達から目を離さない様にして聞いた。

「いかがなさいましたか?」

「お前は関係ねぇから引っ込んでろ。」

俺の言葉が言い終わらない内に小太りの方に凄まれてしまった。俺の見た目が貧相なのがいけないのかもしれない。俺は言葉尻を捉えて「それでは、引っ込みさせて頂きます。」と言いながら屋根戸さんを店内に促した。

 しかしその行為は男達の怒りを逆撫でしたらしく、小柄で坊主の方が、俺の右肩に手を伸ばしてきた。

 俺は素早く振り向く動作で男の手を払い、「止めて下さい、警察を呼びますよ。」と警告した。

 こう言う場合警告は何の意味もなさない。男達は今にも殴りかかって来そうだ。それは問題ない。問題は屋根戸さんの方だった。俺に向かって、しかし男たちに聞こえる様に、「在鴨さん、ごめんなさい。私、こいつらをぶっ飛ばしてしまうかも知れません。」と囁いた。

おいおい、屋根戸さんはどこまでも強気だな。男達の怒りの津波が屋根戸さんに押し寄せそうだったので俺は間に入らなければならなかった。

「おい、オメェは関係ねーって言ってんだろが。」と坊主頭が俺の胸ぐらを掴む。俺はその手を逆手で掴むと逆に捻って関節をきめた。悲鳴を上げる坊主頭。それを見て助けようと小太りが殴りかかって来た。俺は坊主頭の腕を決めたまま攻撃を避け、その避けた動きの流れのまま坊主頭を振り回して小太りに向かって投げつけた。男達は衝突の衝撃でバランスを失い尻もちをついた。

 俺は男達を見下ろしながら気持ちが高揚していくのを感じた。人生でケンカをしたことなど一度も無かったが、驚く程冷静に体を動かせる。相手の動きが見えるのだ。その気になれば、坊主頭の腕をへし折って、小太りの顔面にワンツーを叩き込むこともできただろう。

 小太りが立ち上がって、再び戦闘体勢を取った。しかし坊主頭がそれを制した。

「止めとけ、騒ぎになったら面倒だ。もうこれくらいにしとけや。」

「は?このままでいいのかよ。」

「俺が止めとけって言ってんだよ。」

坊主頭はそう言うと俺に背を向け駐車場に止めてある黒いSUVに向かった。背を向ける一瞬、俺に捻られた腕を痛そうに左手で抱えるのが見えた。あの右手はしばらく使い物にならないだろう。小太りはその様子に何かを感じ取ったようだ。俺の顔を怪物でも見るかの様な表情で一瞥して、小走りにSUVに向かう。

 俺は夜型人間なので『夜目が効く』方だ。ダッシュボードの上に拳銃の様な物が見えた。俺の体が緊張で固まった。幼き日の忌まわしき記憶が蘇る。父親は拳銃で撃たれて死んだ。俺のすぐそばで。信じられないかもしれないが、拳銃から放たれた銀色に光る弾丸が、父の体を貫通していくさまが俺には見えた。父は胸に弾丸を受けながらも敵に突進して行った。その後の記憶は俺にはない。気付いた時に見えたのは父の遺体を胸に抱いて泣きじゃくるママの姿だった。

 現実に戻る。俺の警戒は杞憂に終わった。黒のSUVはあっさりと夜の街に消えて行ったからだ。俺は念の為ナンバープレートの番号を記憶することにした。

「在鴨先輩、強いんですね?」

「え?たまたまだよ。」

「たまたまで、あんな風に動けないですよ。」

俺は返答に困って固まってしまった。屋根戸さんがじっと見つめてくる。犯人を追い詰める刑事の目だ。俺は日頃のトレーニングの事を話したくなかった。黙っていると屋根戸さんは諦めたのか、一瞬視線を外してくれた。だけど急に振り返り、「在鴨先輩には助けて貰ったのでお礼をしなきゃいけませんね?」と明るい調子で言った。

「え?いいよ、お礼なんか、別に何かした訳じゃないし。」

俺は慌てて断った。お礼なんか全く考えていなかったし、いつもと違う屋根戸さんの表情に心臓の鼓動が速まった。

 屋根戸さんは悲しそうに俯いてしまった。まずい事を言ったか?

「ごめん、悪気はないんだけど、こう言うことに慣れてなくて、当たり前のことをしただけだし、大したことしてないし、お礼なんか勿体ないし‥」

俺の下手な言い訳を、屋根戸さんは「先輩!」の一言で封じ込めてしまった。

「先輩、今度デートしましょうよ。」

「え?デート?な、な、なんで?」

「だから、助けて貰ったお礼にデート。」

「俺、日中出かけるのが苦手で。」

「じゃあ花火大会に行きましょうよ。それなら問題ないでしょ?先輩は女の子のデートのお誘いを断るような、そんな酷い人間じゃないんでしょ?」

俺はいいように丸め込まれてしまった。でも悪くないと思った。

「分かった、行くよ。」

 その日は今までの2人の関係が嘘みたいに話が弾んだ。

俺のオカルト関係のウンチクに、本当に関心したと言うように相槌を打ってくれる。オカルト話をこんなに聞いてくれた子は今までいない。大橋の悪口でも盛り上がった。仕事では役立たずの大橋だが、2人の会話を大いに盛り上げてくれた。なんだかいつものコンビニの照明が輝いて見える。それは眩しいくらいの明るさだった。俺の夏が突然輝き出したんだ。

 花火大会までの2週間、僕たちは出勤日が重なるようにシフトを調整した。その間俺は、屋根戸さんが好きなアニメや映画をみたり、共通のLINEスタンプを購入したりした。カースト下位とカースト上位の間でキャッチボールをするためには、上位が投げる球に合わせてグローブを変えなくてはならない。俺のグローブは共通のの趣味を作る事だ。

 屋根戸さんは尽くすタイプらしく、バイト先に手作り弁当を持ってきてくれた。事務所にある小さなテーブルにお弁当を並べて、丸椅子をくっつけて座った。

「生姜焼き弁当を作ってきたの。にんにくを入れ過ぎちゃったんだけど、大丈夫かな?」上目遣いに俺の許可を求める。そんなの大丈夫と言うしかないじゃないか。オーソドックスな見た目の豚の生姜焼きの味は、まぁ普通と言えた。

「あっ、すごい美味しい。屋根戸さん、料理上手だね。」

女の子の手作り弁当を食べた時の感想は、こんな感じで大丈夫だろうか?隣で見つめられながら食べるお弁当は結構なプレッシャーだ。次までには上手に感想を言えるように練習をしておこう。


 花火大会の前日。今日のバイトは大橋と一緒という、今までなら最悪な1日になるはずだった。だけど今の俺は次の日にデートを控えた男だ。大橋ごときに精神を左右される事はない。だけど大橋は最悪を簡単に超えてきた。珍しく事務所から這い出してきたかと思ったら、宗教の勧誘さながらに、さも同情しているといった様子で話しかけてきた。

「在鴨くんさぁ、屋根戸といい感じなんだって?だけど気をつけた方がいいよ、誰彼構わず誘う女みたいだから。室谷が十字架のネックレス着けてるじゃん?あれ、屋根戸からのプレゼントらしいぞ。」

「へぇ。」

「それにな、あの女、他にも夜の仕事をしてるみたいなんだけど、決して何の仕事をしているか言わないらしいぞ。人に言えない仕事なんて、お前、風俗しかないだろ?」

「憶測で色々言うのは良くないよ。」

大橋は最後の俺の言葉なんか聞かずに、自分の言いたいことだけ言うとまた穴倉に戻って言った。

 大橋の戯言など気にならない。だけど頭から振り払っても振り払っても疑念が絡みついてくる。自分の嫌な部分と向き合うのは辛い。

 いつもの帰り道を倍の時間をかけて帰る。

「お帰りなさい。」

ママは出勤する所だった。

「ただいま。」俺は短く答える。

「ジョーくん、ちょっと待って。何かあったの?」

浮かない表情をしていた俺をママは目敏く呼び止めた。

屋根戸さんのことはママには黙っていた。ママは過保護で女の子のチェックが厳しいからだ。だけど、こうなったら誤魔化すことを出来ない。と言うことを経験で知っていた。屋根戸さんと出会った頃の印象、不良に絡まれたこと、手作り弁当や趣味のアニメなど、一滴の漏れもなく話した。

「なんだかその女、怪しいわね。」

まるでサスペンスドラマの女刑事見たいに大仰に話した。

「そんな事ないよ。良い子だよ。」

「ママも良い子だと思うわよ。でも、問題はそこじゃ無いの、分かる?」

「気を付ければ良いんでしょ。」

「そう、私たちは気を付けないとね。」

ママは優しく諭すように言って家を出て行った。


 結局、この日はまともに眠ることは出来なかった。スッキリしない頭を抱えてシャワーを浴び、この日のために買った服を着る。

 今日は駅で待ち合わせてから、会場に向かうことになっていた。少し早めに着いた俺は、屋根戸さんを見逃さない様に改札から一切視線を外さない。同じ背格好の女の子を見つけては、覗き込んで確認していく。浴衣を着た子が目立つ。みな花火大会が目当てだろうか。突然、男達による人の輪が出来た。その輪はどんどん広がって中央で割れた。モーセが海を割って道を作ったかのごとく、屋根戸さんが現れた。浴衣を来た屋根戸さんは男達の視線を一身に受けて神々しい光を纏っていた。藤色に縦縞が入ったその浴衣は、20歳の女の子が着るには少々大人っぽい気がしたが、若々しさを保持しつつ着こなしているのは流石だ。

「ジョーさん、お待たせしました。」

「全然待ってないよ。」

と使い古されたやり取りを行う。

 会場に向かう道すがら屋根戸さんは腕を絡ませてきた。絡め取られたのは腕だけじゃなく俺のあらゆる感情を根こそぎ持って行った。昨日からのわだかまりも初デートの緊張感も吹っ飛んで、ただただこの子を愛おしいと感じた。

 花火会場の近くで一台の車が僕らを抜き去って行った。しかし駐車するスペースを見つけられず立ち往生している。駐車場はどこも満杯だ。俺は駐車場を見つけると、ついつい黒のSUVを探してしまう。あの時の拳銃の様な物を乗せたSUVを。

 会場の運動公園は市内最大の公園で、体育館を有し、土日祝日には運動大会なども開かれるそうだ。打ち上げ時間にはまだ30分程あるが、屋台を楽しむ人々で溢れかえっていた。僕たちも時間まで焼きそばを食べたり金魚すくいなどを楽しむことにした。屋根戸さんは金魚すくいが得意らしく、前のめりに集中している。アップにまとめた髪のせいで美しいうなじがあらわだ。怪我をしたのか絆創膏が貼られていて、白く美しいうなじと血の滲んだ絆創膏のギャップがたまらない。俺の視線に気付いたのか、屋根戸さんは振り返り「飼い犬に引っ掛かれちゃって、格好悪いでしょ?」と照れながら言い訳をする。が、すぐにポイを構えると戦闘体勢に入った。哀れな金魚達はその戦闘力の高さによって次々と屠られていった。

 俺はじっと屋根戸さんの無駄のない美しい動きを眺めていたが、浴衣の帯に刺しているウチワが気になった。シンプルな白いウチワだけど、柄が竹筒で出来ている。柄が筒状なのは珍しいのではないか?全体的に手作り感もあるし、今日のために作ったのだろうか?

 屋根戸さんは20匹ぐらいすくった所で満足したのか、隣の女の子に全部プレゼントしてしまった。辺りを見回すと賑わっていた屋台から人が引いている。花火が始まる合図だ。僕たちも良いポジションを確保するため移動を開始した。スピーカーから花火大会開始のアナウンスが流れると、1発目の花火が打ち上がった。ヒョロヒョロと一本の線が夜空を駆け上がる。そして一度小さな爆発が起きた後、視界一面が色鮮やかな光で満たされた。

 美しかった。わざわざ花火大会に行く意味が分からないと思っていた去年までの俺に一言言ってやりたい。夜空のキャンパスが次々と光の絵の具で塗り替えられる度、わだかまりとか、将来の不安とか、罪悪感とかそう言ったかき消されて行った。どんどん頭が冴えて行く。そして1つの考えに思い至り、俺は一つの覚悟を決めた。ちょうどその時ママからのLINEが来た。衝撃的な内容にも、俺は全く動じなかった。前にコンビニで不良に絡まられた時に感じた、全てが見えている感覚が再び始まった。

 傍の屋根戸さんを見る。花火よりも綺麗だなとベタな感想が浮かんだ。

俺は「綺麗だね。」と言った。

それまで花火を見ながらはしゃいでいた屋根戸さんは、俺の発言が何に対して発せられたかが分からなくて戸惑った様子だった。

「もうちょっと静かな場所に移動しない?」

「うん。」

屋根戸さんは俺の提案に同意してくれた。同じ事を考えてくれていたのだろうか。観客たちから離れてワキに入る。人けが少ないと言っても何組ものカップルが愛を語り合っていた。花火の音が収まるのを待って俺は語りかけた。

「俺は君の事を好きになってしまったんだ。愛している。付き合って欲しい。だけどその答えを聞く前に教えて欲しい。君はヴァンパイアハンターだね?」

俺の告白に屋根戸さんは苦笑した。

「変わった告白ね。私も教えて欲しいジョーさんはヴァンパイアなの?」

「俺はヴァンパイアハーフだ。」

それを聞き屋根戸さんはため息を一つ付いた。

「ヴァンパイアハーフ、実在したのね。」

「あのコンビニに目を付けたのは何で?」

「この街でヴァンパイアによる被害が出たの。それで調査を続けていたら、あのコンビニからヴァンパイアの痕跡が見つかったの。」

「そのヴァンパイアは俺じゃない。」

「それは分かっているわ、別の班が仕留めたから。だけど痕跡が出た以上、調査しなくちゃいけないから。」

「痕跡って何?」

「ヴァンパイアは生命エネルギーの塊なの、1箇所に止まり続ければ、僅かだけど周囲にエネルギーが蓄積される。私たちはその貯まったエネルギーを測定してヴァンパイアの居場所を突き止めるの。」

「炭素年代測定みたいだね。」

「最初は室谷さんがヴァンパイアかと思ったの。室谷さんてイケメンでしょ?ヴァンパイアは得てして美形だから。」

「イケメンじゃなくて悪かったな。」

「ジョーさんはイケメンだよ。」

さも当然と言った感じで屋根戸さんは言った。イケメンなんて言われるは初めてだ。

「だから、室谷に十字架のネックレスを渡して様子を見たのか?」

「そう、でも室谷さんは普通の人間だった。」

「次に俺に目をつけて不良と戦わせたな?」

「坊主のカレ、千崎くんって言うんだけど、1週間腕が使い物にならなかったんだよ。」

「謝る気はないよ。あれでも大分手を抜いたんだ。で、俺がヴァンパイアだと分かったのに、なぜ襲わなかった?」

「怖かったのよ、普通のヴァンパイアと明らかに違うから。とにかくあなたの能力を把握すること。それが最優先だった。それに人を襲うようには見えなかったし。」

「それでニンニクたっぷりの生姜焼きを作ったり、うなじに引っ掻き傷を作って挑発したの?」

屋根戸さんの作戦が、子供のイタズラみたいに感じられて思わず吹き出してしまった。

「ちょっと笑わないでよ。私達にしたら、ヴァンパイアハーフなんか想像したこともない相手なんだから。自分が稀有な存在だって自覚ないでしょ?」

「そんなに珍しいの?」

「当たり前でしょ、何人もいてたまるもんですか、弱点がほぼ無いヴァンパイアなんて。」

「弱点が無いって言うけど、陽の光は苦手で昼間働くのは無理なんだ。」

「私は生きるか死ぬかの話をしているの、仕事ができないくらい何?」

「確かに小さな悩みだよな。」

ヴァンパイアハーフだからまともな職につけないとか、まともな恋ができないとか、言い訳ばかりの人生を反省した。

「ごめん、言い過ぎたわ。」

「いや、気にしないでくれ、それでヴァンパイアハーフをどうするか決まったの?」

「私たちヴァンパイアハンターは、身内を殺された者が多い。私も父を殺されたわ。ヴァンパイアは許せない相手なの。」

「俺も父をヴァンパイアハンターに殺された。俺たちは相容れない者通しなのかな?」

俺の問いかけに屋根戸さんは答えられないでいた。


『俺は夜目が効く。』

植林に隠れて坊主頭と小太りが見える。駐車場にSUVが停まっていたので気付いていたのだが、他にも何人か仲間がいる様だ。流石だなと思ったのは、ママも近くに来ている筈だが、俺に見つけることは出来なかった。あいつらよりも一枚上手だ。

「一つ忠告しておくね、今日も仲間が来ているみたいだけど、何人来たところで俺の相手にならないと思う。俺にはニンニクも十字架も聖水も効かない、不老不死ではないけれど、体は丈夫で身体能力が高い。君が持って来たこの武器も役に立たないと思う。」

俺は屋根戸さんのウチワを見せながら言った。屋根戸さんはハッとした表情を浮かべ、右手を背に回し自分の得物が無いことを確認した。

「いつの間に?」

俺はその質問には答えず、ウチワ型の拳銃の銃口を屋根戸さんに向けてから聞いた。

「ところで聞かせてくれる?」

「何を?」

「告白の答え。」

屋根戸さんは少し面食らった表情をしていたが、イタズラっぽく笑った。

「告白の答えはね…」

その時、特大の花火が上がり、その観客のどよめきで屋根戸さんの声はかき消された。


 もうすぐ夏が終わる。俺はママに言われて美容院に来ていた。美容師が例の質問をして来た。

「この夏、どこかに出掛けましたか?」

俺は得意げに答えた。

「花火大会が最高でしたね。」

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