第14話 原作通りと違いと

<三人称視点>


 ──『クリスタリア王立学園』。

 王都に建つ、この国で唯一の学園だ。

 十五歳から十八歳の貴族は、全員通うことを義務付けられている。


 そんな学園前に、とある令嬢が降り立つ。


「「「……!」」」


 その瞬間、周囲はざわっとした反応を見せた。


「あれが噂の“忌み子”か……」

「しっ、聞かれたら呪われるぞ」

「いくら義務だからってさあ……」


 馬車から姿を見せたのは──レニエ。

 彼女が現れたと同時に、周りは一気にまゆをひそめる。

 いくつかの貴族を転々としてきたレニエの噂は、広く伝わっているようだ。


「……」


 対して、レニエはただ目を逸らす。

 見慣れた視線ではあるが、やはり痛いものは痛い。

 こんな始まりも、まさに原作通りだった。

 

 しかし、すでに違う点が一つ。


「レニエ~っ!」

「……!」


 レニエに手を振り、近づいてくる少女がいた。

 商会の娘──エレノラだ。


「レニエ、二週間ぶり!」

「……」


 だが、レニエは冷たい視線で返す。


「あなた、学園ここでは私といない方がいいんじゃない?」

「どうして?」

「商会はイメージ商売でしょ」


 レニエの言う通り、商会はイメージに傷がつくと売り上げに影響する。

 それでも、エレノラは首を横に振った。


「大丈夫。うちは元々、平民さんの顧客が多いし。それにパパも言ってたんだ」

「?」

「自分の目で信じた人を大切にしろって」

「……あ、あっそ!」


 エレノラは仲良くするつもりのようだ。


 レニエは顔を赤らめ、そっぽを向く。

 この反応は決まって喜んでいる。

 学園でも変わらず接してくれるエレノラに、安心感を覚えたようだ。


 それから、エレノラはきょろきょろと辺りを見渡した。


「それで、あのお兄様は?」

「あいつは……あー、いたいた」


 やがて定まった視線の先には──ガンを飛ばすシアンがいた。


「あん? てめえが破滅フラグか、コラ」

「は、はい!?」


 ひそひそとレニエの噂話をしていた者を、地獄耳で把握していたようだ。

 シアンは彼らを順に問いただす。


「さっきレニエの悪口言ったよなあ!?」

「ひ、ひぃっ!」


「なんだ、言いたいことでもあんのか?」

「な、ないですぅ!」


 レニエを守ろうとするばかりに、さっそく空回りを始めていた。

 厄介オタクのムーブである。


 そんなシアンに、レニエとエレノラは溜息をつく。


「「はあ」」


 正直、こんな気はしていた。

 レニエもだが、エレノラもこの二年間で、シアンのブラコンぶりをよーく知っていたのだ。

 

 だが、このまま放っておくわけにもいかない。


「ごめんなさい、私はあのバカを叱ってくるわ」

「あはは……レニエちゃんも大変だね。挨拶したいけど、準備があるからまた後で!」


 そうして、レニエはエレノラと一度別れる。   

 そのまま後方からシアンへ声をかけた。


「アンタ、何してんのよ」

「レ、レニエ! 違う、俺はただ最愛の妹の為に──」

「それをお節介って言うのよ」


 レニエは、ぐいっとシアンの首回りの服を引っ張る。


「はい、もう行くわよ」

「まだ芽を摘みきっていないのにー!」


 シアンは恐ろしい事を口にしながらも、ずるずると引きずられていった。  

 そんな様子に、周りの者はポカンとする。


(((あんな感じだったっけ……?)))


 一つは、シアンについて。

 記憶の中のシアンは、無味無臭の何者でもない貴族だったはず。

 男爵家という低い地位のため、社交界でも人と関わらず、隅っこでこそこそしていた男だ。


 だが今は、怖気づかないどころか、威圧までしてきた。

 その変わり様は、無礼に対する怒りを通り越して、もはや怖い。


 そして、もう一つがレニエについて。

 たしかに口調は噂通りである。

 だが、表情はどこか柔らかいものだった。


 そのギャップに、自然と“ツンデレ”という言葉が思い浮かぶ。


「「「……」」」


 ほんの数秒のやり取りではあったが、二人は明らかに違った。

 少しぼんやりする周囲だが、レニエの悪評はそう簡単にくつがえらない。


「思ったより怖くなかっただけだろ」

「ああ、“忌み子”には変わりないぜ」

「近寄らないが吉だな」

 

 そう結論づけ、去って行くレニエ達を睨む。

 根付いたイメージを払拭ふっしょくするのは、大変なことのようだ。




 



<シアン視点>


「ほんっと勘弁してよね!」


 レニエの声がキーンと耳に響く。


「迷惑なんですけど!」

「……すいません」


 腕を組むレニエに対して、俺は正座をしている。

 あれから校舎裏に連れこまれ、さっきのことを説教されているんだ。

 思わず敬語にもなってしまう。


 でも、怒るレニエも超絶かわいい。


「話聞いてる?」

「き、聞いてます!」


 おっとそんな思考も読み取られていたみたいだ。

 けど、一応俺にも言い分はある。


「あいつら、レニエの悪口を言ってたんだぞ」

「……ええ」

「そんな奴はお兄ちゃんが許さない」

 

 破滅フラグ根絶ねだやし計画は、もう始まっているんだ。

 初日だからと手を抜くわけにはいかない。


「もう、だからってやりすぎ」

「それはまあ……」

「それに、ちょっとは見守りなさいよ」


 ただ、レニエにも考えがあったみたいだ。


「私に自由にしていいって言ったじゃない」

「……!」

「悪口を言って来た奴は気にしないわ。でも、アンタが言った通り、そうじゃない人もいるかもしれない。私はそんな人と話したいわ」

「レニエ……うっうっ」


 立派な考えに感激して、俺は涙を流す。


 そうか、お兄ちゃん分かったぞ。

 だったら悪口を言う奴は、レニエが知らない所で消すことにしよう。


「じゃあ行くわよ」

「おう、そうだな」


 ようやくお説教から解放され、レニエの後ろを歩く。

 すると、そういえばと思い出すことがある。


 原作では、レニエとシアンが一緒に歩くことなんて無かったな。

 シアンはただの怠惰たいだな兄だし、レニエは悪役令嬢まっしぐら。

 かなり原作に詳しい人じゃないと、シアンの存在すら知らないほどだ。


「なによ、そのうざい視線」

「ああ、ごめん……フフ」


 一つ罵倒ごほうびを頂戴しながらも、改めて思う。

 少しは破滅の運命に逆らえているのかなと。


 だけど、必然的に起こるイベントもある。


『やめてください!』


 そんな考えを表すかのように、遠くから声が聞こえた。

 大方の予想はつくが、俺はチラリとレニエを覗き見る。


「……! アンタ、見に行くわよ!」

「了解、愛しのレニー」

「きっも」


 俺たちはすぐさま声の方に向かった──。

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