ダンナ様にはアメが足りないのじゃ
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ダンナ様にはアメが足りないのじゃ
「……嫁、だと?俺の?」
「当人はそう言っておるの」
「嫁なのですじゃ、ダンナ様」
そう、目の前の娘はニコリと俺に笑いかけた。
「……いや、心当たりがない。きっと人違いだろう。
それじゃ、村長。いつも通り、今回の獲物と野菜を交換してくれるか?」
そう言って俺は背負ってきた袋から今回獲ってきた雉2羽と野兎1羽を取り出す。
それを村長はじっくりと検分する。
「ふむ……、質はいつも通り見事じゃが、少ないの。ちと待っておれ」
そう言って村長は家の奥に引っ込んでいった。
「って、ワシを無視するのかえ!?」
「……なんだ、お嬢さん。まだ居たのか?」
「いや、随分な言い草じゃの!?今の話の流れで勝手にどこか行く方が不自然じゃろ!?ダンナ様は冷た過ぎじゃないかの!」
「そのダンナ様と俺を呼ぶのは止めて欲しい。人違いだ。お嬢さんとは初対面だし、嫁云々なんて話題に上がった事もない」
若い頃に親を亡くして以来、ずっと山の麓で一人で暮らしている。
幸い狩りの才覚だけはあったらしく、獲った獲物を村で交換することで今まで生活してきた。
とはいえ、村人ではないので知らぬ仲でもないが身内でもない。村の女は俺を見掛けるとそそくさと身を隠す。そして俺はこの村以外と関わりあいがない。つまり当然女っ気なんぞある筈もない。
なのに、野菜恋しさに傘を差して村に下りてみれば、嫁が待っているという。
寝耳に水という他ない。しかも相手は上等な衣服に身を包んだ、別嬪さんともなれば人違いで間違いなかろう。
しかし目の前のお嬢さんは
「いんや、右之助様。右之助様がワシのダンナ様で間違いないのじゃ。一生のお願いじゃ、一緒に連れて行ってはくださらぬか」
そう言って俺の傘を持つ腕に縋りつく。
身体が濡れるのも、衣の裾が泥に汚れるのも構った様子はなかった。
「未婚の娘がみだりに男に触れるでない。それに正直、急に嫁にと言われても困る」
「そう言わずに」
「くどい」
「口説いてるのじゃ」
「あのな?どこで俺の事を知ったか知らぬが、俺は猟師だ。山の麓の寂れた小屋に1人で住んでいる。そこにどうして好き好んで嫁ごうとする?しかもだ、」
俺は勝手の利かぬ自分の左足をパンッっと叩く。
「ケガをして、今では足の自由が利かぬ。おかげで狩りも前ほどうまく出来ぬ。一人食べていくのも覚束ない。悪い事は言わん、他所へいけ」
「ヤじゃ」
もう一度、
「いや、あのな……」
「ヤじゃ。どうかワシをダンナ様の嫁に貰ってくださいまし」
と、俺の腕に縋りついたまま、涙目の上目遣いで俺に懇願する。ダメだ。このお嬢さん、口説くと言いながら駄々を捏ねるばかりで会話がかみ合わない。
俺に嫁ごうとする理由がサッパリ分からないのだが、さてどうやって諦めさせようと考えていると村長が家の奥から戻ってきた。
持ってきたのは根野菜が幾つかだった。
「すまんのう、あの量ではこのぐらいしか。猪や鹿でも取れればもっと交換しても良かったんだがの」
「分かってる、多すぎなぐらいだ。ただ大物はもう……この足だから、獲れても運べない」
すると、お嬢さんはパッと顔を輝かせて名乗りをあげた。
「なら、ワシが運ぶのじゃ!ワシはダンナ様の役に立てるのじゃ!だから、だからどうかワシをダンナ様の嫁に!」
「なんじゃ?まだおぬし等、取る取らぬで揉めておったのか?」
「このお嬢さんが分かってくれなくて」「ダンナ様が分かって下さらんのじゃ」
「……面倒じゃの?というか人の庭先でいつまでも居座って揉めんで欲しいの?……なあ、右之助、このお嬢さんと一旦ウチに帰れ」
「はぁ!?」「おぉ~♪」
「よいか、右之助。このお嬢さんも山での生活を体験すれば、きっと余りの辛さに山を下りる決意をするに違いなかろう?」
「……それもそうか」「ならんのじゃ!」
「いや、でも、もし間違いが起きたらお嬢さんの名に傷が」「夫婦なら当然の営みじゃー♪」
「なんじゃ?間違いをおかしそうなのか?満更でもないのか?」
「いや、そうではないが……」「バッチコイなのじゃ!」
「なら、問題はなかろう?まあ、お前も女日照りなのだし、そのままくっつくのも悪くないと思うが。ああ、ニンジンを1本おまけしておこう」
問題はないらしい。おかしい。
「では行こうかの?」
と、上機嫌に彼女は言い、
「来なくて良いんだがな?」
と、不機嫌な俺は言った。
「あ!」「あ?」
急に明るくなって驚いた彼女と俺は互いに空を見上げる。
降りしきる中、雲の切れ間から陽光が射し彼女と俺と地面を照らす。
空はキラキラと眩しく、ほんのりと湿っていた体は陽光に照らされて少しだけ温かくなった気がした。
水だけ張られた田んぼに映った青空は、幾多の波紋に揺らいでいた。
山小屋に帰った俺は敷きっぱなしの布団を見て自分の失敗に気づいた。
「すまぬ。布団が一組しかない」
「構わんのじゃ。むしろ夫婦一組に布団一組、数ピッタシじゃろ」
「構ってやれ。人が二人に布団一組だ。布団が足りない。その布団、お嬢さんが使ってくれ」
新しく用意することはないだろう。彼女はきっとすぐに諦める。それまでの辛抱だ。
「春とはいえ夜はまだ寒い。一緒に寝れば良かろう?なに、夫婦なら夜、布団の中で何が起きようと問題ない」
「起きるのは朝だけだ。このぐらいの寒さは平気だ。なに、いっとき我慢すれば「我慢せずとも襲っ」寒さを我慢すれば済む話だ」
「ダンナ様は釣れないのぅ?しかし、風邪をひかれても困るしのぅ。では、これなら抵抗も少なかろう?」
そういうと、彼女はボフンと煙に包まれた。そして煙が晴れて出てきたのは一匹の美しい、
「……狐?」
「狐じゃ♪」
彼女はもう一度ボフンと煙に包まれ、また娘が姿を現した。
「さて、感想は?」
「野に帰れ」
「思ってた感想ではないのじゃ!?」
「美味いのか?」
「知らぬがきっと不味いのじゃ!恐い事を言うのは止して欲しいのじゃ!」
「……狐が、なぜ俺の嫁になろうとする?」
すると彼女は遠い目をする。
「……太陽やら壁やら色々と回ったのじゃがの、最終的にネズミのところに嫁ごうとしたら、『いや、でも私どもより右之助さんの方が強いですよ?』と怯えた目で言われてのぅ……」
俺、ネズミからさん付けなのか。というか、ネズミも災難だったな。狐の嫁なんぞ貰ってもいつ喰われるか心配で落ち着かないだろう。
「……あ。では俺より強い者を紹介すれば、そちらに嫁ぐか?」
すると途端に彼女は嫌悪感を露わにする。
「いかぬ。もう婚活は嫌じゃ!なんじゃあ、皆してワシを腫物のように扱いおって。ワシはもうこの家から出て行かぬぞ!……ダンナ様はこんな中、ワシを追い出すのか?」
彼女は外を指差すと、縋るような目で俺を見上げる。
風が板戸をガタガタと揺らし、遠くに雷鳴が聞こえた。一向に止む気配がしない。俺は一息吐くと
「その話は後にしよう。腹が減った。飯にしようか」
「なら、ワシが作るのじゃ。お鍋は、っと……」
彼女が作った料理は意外だが美味かった。「ワシは役に立つのじゃ♪」と自慢げだった。
その後、同じ布団で寝る寝ないで散々揉めたが次第に話し合うのが互いに面倒になり獣の姿で同じ布団で寝るという事で妥協した。
喋り疲れた俺と彼女は布団に入ると、もちろん何か起きる訳もなく朝まで熟睡だった。
……こんなに喋ったのはいつ振りだろうか。……ああ、そうか。親と暮らしていた頃以来になるのか。
朝、重みを感じて目が覚めた。
布団をめくる。すると横にいたはずの獣が俺の胸の上寝ていた。
温かい。そして呼吸の音と共に、胸が上下している。
……そういえば生きた生き物に触れるのも久しぶりだな。
俺の胸の上で上下するその獣を、何とはなしに撫でた。
「……ワシの毛並みは気持ちよかろう?」
俺は撫でていた手を止める。
「すまぬ、起こしたか?」
「いや、起きてたのじゃ。さて、では続きを頼むのじゃ」
俺は上半身を起こす。彼女は慌てて布団の上に着地した。
「起きてたならどいてくれ」
「なんじゃ、釣れないのぅ。……おはようなのじゃ、ダンナ様」
「漁師じゃないからな。……おはよう」
俺は起き上がり、戸を開けて外の様子を見る。背後では「釣れるのは魚で漁師ではないのじゃ。ひっかかったのじゃ」と楽し気な笑い声が聞こえる。
やや霞が掛かっているものの、木々の隙間から陽光が射しこんでいる。湿った空気は緑の匂いが濃ゆい。
……明らかに寝すぎだった。夜明け前から狩りに行くつもりでいたのに。食い扶持が増えたのだ、もっと稼がなくてはいけないというのに。
そんな俺の葛藤を他所に朝から賑やかだったのでボソリと「狐狩りに興味はないか」と聞いてみたら、笑い声はピタリと止んだ。
「さて、ひとまず朝飯を作るか」
「あ、ワシがやるのじゃ」
「なあ、上手くいったじゃろ?ワシは役に立つじゃろ?」
と、自慢げに彼女は言う。
「一人でも狩れていた」
という、俺の負け惜しみに彼女はニタリと笑った様だった。
「でも二人ならもっと上手くやれるのじゃ」
「二人じゃない、一人と一匹だ」
「大差なかろう?大事なのはコレじゃ」
と、その美しい狐は自慢げに目の前に並べた獲物を前足で指し示した。
彼女の提案で、狐姿の彼女に獲物を俺のトコまで追い立てて貰った。すると、これが確かに上手くいった。
本来だったら犬でするのだが、俺が育て方が分からず出来ていなかったやり方だ。それを彼女が代わりにやってくれている。
助かるんだが、とはいえ急に現れて成果を出されたら正直少し悔しい。それに他に思う事もある。
「というか、ダンナ様もすごいのじゃ。まったく外さないのじゃ」
「まあ、それが出来ないと食ってけなかったからな。まあ、だから一人でも十分なんだが」
「なんじゃ、ダンナ様は案外負けず嫌いじゃの?ダンナ様は可愛いのぅ」
その言葉にムッとする。
「揶揄うな」
彼女は柔らかく微笑む。
「揶揄ってなぞおらぬ。愛おしいと言っておるのじゃ」
その言葉に俺は眉を顰めた。その反応に彼女は益々笑みを深める。
「さて……それではそろそろ猪や鹿あたりの大物に行こうかの?」
と、俺はそんな彼女の言葉を聞いて彼女の首根っこを掴み持ち上げる。
俺と目線の高さがあった彼女が訪ねる。
「なんじゃ?」
「ダメだ」
「なんでじゃ?」
「体格差を考えてみろ?牙や角もあるんだぞ?危ないからよせ。兎や鳥で十分だ」
「大丈夫じゃ。十分気を付ける。それよりも村長も言っておったであろう?大物なら色々交換や蓄えができるのじゃ」
「命を落としては身も蓋もない。そもそもこのやり方自体反対なんだ。お前だけの時に狼に襲われでもしたらどうする?あいつら、狸だろうが狐だろうが構わず襲うぞ」
「平気じゃ。ワシも子供ではないんじゃ。そんなヘマなんぞせん」
俺は自分の左足に視線を落とす。
「俺もいい歳だったが、ヘマをしてこの様だ」
彼女が気まずそうに言う。
「……すまんかった。だが、本当にワシは平気じゃ。のぅ、だから」
「もしお前が猪や鹿を連れてきたとしても、俺は弓を引かん」
「なんでじゃ!?ダンナ様がケガするではないか!」
「それでも引かん。だから連れてくるな」
彼女は悔しそうに呻いた。
「ダンナ様はずるいのじゃ」
その彼女の言葉を無視して今日獲れた獲物を空いた手で背負い上げると、「今日の狩りは終わりだ」と告げた。
そういえば、ふと思いついたので聞いてみた。
「なあ、狸や狐は全員化けれるのか?」
彼女は不機嫌ながらも答えてくれた。
「いーや、ごくごく一部だけじゃよ」
「狸に知り合いはいるか?」
「おらぬ。なんじゃ、ワシという嫁がありながら他の雌狸でも紹介して欲しいのか?ん?」
「違う、そうじゃない。そうじゃないし、お前は俺の嫁じゃない」
ただそうじゃないが、気掛かりはあった。
初めての一緒の狩りは、成功はしたものの気まずい感じで終わった。
夕方からまた静かに降り出した。おかげで世界はこの狭い小屋の中だけのように錯覚する。
二人無言のせいで、互いの息遣いがやたら耳に入る。
しかしそれでも二人ご飯を食べ、俺が布団の中に潜り込むとしばらくして狐の姿の彼女が布団に潜り込んできた。
朝起きて互いにバツが悪そうに「おはよう」と言い、朝食を食べる。
狩りに行く段階になって彼女を連れて行く行かないでまた揉めたが、遠くまで行かないこと、危険ならすぐ呼ぶことを条件に同行することになった。
そんな風に互いに不満を抱いたままの形になったが一応の決着がついたのだった。
そうして徐々にわだかまりが溶けていき、また以前のようなやり取りができるようになった。
それからも何度となく揉めた。喧嘩になった。
やれ庭先に畑が欲しいだの。子供が出来た時のために蓄えが欲しいだの。風呂が欲しいだの。
その度に言い合いになり、だいたい言い負かされる。
そして「作った野菜は美味かろう」「ほら、安心じゃ」「気持ちよいじゃろ?」と、だいたいは良い結果に終わり。そして。
「ほら、ワシはダンナ様の役に立つじゃろう♪」
と言うのだった。
「のう、右之助。お前の嫁が来てからもうすぐ1年になるが、何という名なんじゃ?未だに知らんのだが」
「……俺も知らん。二人だけだったから不都合もなかった」
その俺の返事に村長は呆れた声を返す。
「自分の嫁の名を知らないのはあんまりではないか?」
「彼女は俺の嫁じゃない」
「まだお前はそんな事を言っておるのか?だが1年もおるのだ、生活が合わないという事もなかろう。それによくお前を助けておる。何が不満じゃ?」
「……」
「もっとあの娘を甘やかしても、よいのではないか?」
わかっている。彼女はよくやっている。問題があるのは俺の方だ。
その日山は雲の中にいるようであった。視界がとても悪い。
絶好の狩猟日和だ。獲物から気づかれにくくなる。
「行ったのじゃ!」
ビヨン、ヒューーー、トスンッ。「はい、次」
「ガオォォォォっ!」
ビヨン、ヒューーー、トスンッ。「はい、次」
「ほれほれ、逃げろ逃げろー」
ビヨン、ヒューーー、トスンッ。「はい、次」
おかげでこの日の狩りは順調だった。
「次で最後にするか」
「分かったのじゃ。最後にひとっ走りしてくるのじゃ。待っておるのじゃ」
そう言って彼女は駆け出した。
しかしその後しばらく待っても何も起きない。
やがて遠くから狼の鳴き声が聞こえた。彼女の駆けて行った方角だった。
勝手の利かぬ足を無理やり動かし、慌てその方角に向かう。
ガムシャラに走り続けていたら、一本の木を数匹の狼が囲っているところにでくわした。血の匂いは……まだしていない。
ホッとしつつ、茂みの中で乱れた呼吸を整えながら樹上に目を凝らす。すると、人の姿をした彼女がガタガタと震えているのが見えた。
(……あの、バカっ!何故俺をすぐ呼ばない!!)
腹が立ったが、まずは狼を遠ざけなければと弓を番えて狼に向けて放つ。
矢は一匹に当たり、他の狼もこちらに注意を向けた。
更にもう一本、放つ。今度は避けられるとその一匹はこちらに駆けてきた。
跳びかかってきたソイツを躱しつつ、持っていた小刀で突き刺した。
キャインと鳴いたその狼は、一度木の上に視線を向けたが、結局名残惜しそうにしながらも逃げて行った。それに他の狼も倣った。
それをしばらく見送ると、ようやく息が着けた。
「……ふぅ。もう安心か。おい、降りてきて大丈夫だぞ!」
そう彼女に向けて声を掛けたが一向に下りてくる気配がない。不思議に思って木の下まで近寄る。
見上げると、絶望した様子の彼女が泣いていた。絞り出すように、こう言った。
「も、申し訳ないのじゃ。ワシは……ワシはダンナ様の足を引っ張ってしまったのじゃ」
ザァザァと、降り出した。二人して頭からつま先までびしょ濡れになりながら帰ったが、そんな状態でも彼女がずっと泣いていたのは分かった。
風が板戸をガタガタと揺らし、遠くに雷鳴が聞こえた。
「今まで世話になったのじゃ」
「……行くのか」
俺の問いに寂しげな表情で答える。
「役立つどころか、ワシがダンナ様の足を引っ張ってしもうたからの。もうココには居れないのじゃ」
そう言って彼女は出て行った。
誤解はあった。彼女はああ言ったが俺は足を引っ張られたなんて思ってない。怒ってもない。出て行く必要なんてない。
そもそも今まで彼女から貰ったものの数を考えたら全然なんてことはないし、なんだったら迷惑を掛かようが居てくれるだけで良かった。
けれども逆に思う。俺と一緒にいて彼女は幸せになれるのか?
彼女は俺にたくさんのものを与えてくれた。それなのに俺はまったく彼女に返せていない。
それどころか今回彼女を危険に晒してしまった。ここで誤解を解いたとしても、きっと今後彼女の足を引っ張り続けてしまう。
それならいっそ、誤解させたまま縁を切った方が彼女のためじゃないかと思った。思えた。思っていた。
(探しに行くか)
手遅れかもしれないが、一人呆然と戸を眺め続けた結果そう思えた。
縁を切るにしても、やはり誤解は解かなければ。彼女が悪くなかったことをちゃんと伝えなければ。
……いや、それも違うか。俺が今後彼女に自分が悪かったと思ったまま生きていて欲しくないのだ。
だから、彼女に会って伝える必要があった。
どこを探そうかと思いながら、傘を掴んで板戸を開けた。
すると、戸を開けた先には狸が座っていた。
「右之助様、もう一つお詫びしたい事があったのじゃ。ワシ、本当は狸なのじゃ」
狸の姿をした彼女にもう一度家に上がって貰う。
ちょこんと座った彼女は、深々と頭を下げた。
「まずは改めて礼を。一度ならず二度までも命を救って貰ったのじゃ。ありがとうなのじゃ」
「二度?」
「足を怪我した時に助けて貰ったのも、ワシじゃ」
ああ、あの時の。あれは、本当に間が悪かったとしか言いようがなかった。
けれど、狼に囲われた中、親狸は絶命していたが子狸は無事だった状況を見ていたら、どうにも助けたくなった。
魔が差してしまったのだ。おかげで自分がケガを負い、この様だったが。
「良かった。今も生きていてくれて。あれからずっと気になっていたんだ」
するとまた彼女はポロポロと泣き出した。
「勿体ない言葉なのじゃ」
「ところで何故狐に化けてた?」
「あの時、右之助様は『狸は嫌いだ』と仰ったのじゃ」
そういえば、いつまでも離れようとせずにウロウロしていたので『狸は嫌いだ』と怒鳴って追い払ったか。まあ、結局戻ってきてしまったのだが。
「あれは方便だ。嫌いではない」
「なんと」
嫌いではないと聞き、ホッとした表情を見せた……と思いきや、すぐに曇らせた。
「いや、結局ワシは右之助様にご迷惑を掛けてしまったのじゃ。傍に居る資格がない」
そこで俺は首を横に振る。
「迷惑なんて思ってない。誤解だ。逆だ。貰ったものが多すぎてどう報いればいいか分からなかった。お前の幸せを想うなら誤解のまま離れた方が良いと思ったのだ」
すると今度は彼女が頭を振る。
「いつだって右之助様はワシに優しかったのじゃ。ずっとこの一年甘やかされっ放しだったのじゃ。ワシの幸せというのならこの一年ほど幸せを噛み締めていた事はないのじゃ」
「……何かしてたか?」
とんと身に覚えがない。
「無自覚じゃったか。いつだって喧嘩するときはワシの事を心配してだったのじゃ。多少過保護だと思わんでもないが、大切に扱われてる気がして悪い気はしなかったのじゃ。
ちゃんと危ない時は今回みたいに守ってくれるしの。何よりどれだけ喧嘩してもワシのした結果に『良かった』と言ってくれるのじゃ。その事がどれほど嬉しい事じゃったか、右之助様は分かっておらん!」
「す、すまぬ。なあ、これは今後も俺はお前と一緒にいて良いって事か?」
「むしろワシの方が聞きたい。一緒にいて良いのかの?」
「ああ、勿論……と言いたいところだが。お前、俺への恩義で嫁ごうとしてないか?そういうつもりで助けたのではないからな」
「恩義ではない。ただの恋慕じゃ。ワシの我儘じゃ。今後も付き合うては貰えんかの?」
「ならいい。わかった」
「……我儘ついでに、もう一つ良いかの?」
「ん?なんだ?」
「撫でさせては貰えんかの」
「撫でて欲しいではなく、撫でたいなのか?」
「そうじゃ、良いかの?」
「まあ、別に良いが」
彼女はその返事を聞くと、ボフンと人の姿に変化して膝をポンポンと叩く。
「では頭を乗せるのじゃ」
「え?」
「膝枕じゃ♪」
……いや、一度良いと言った手前、断らないけども。大人しく彼女の膝の上に頭を乗せると……居心地悪いなっ!?
やがて彼女の手が俺の髪を優しく撫でていく。
「どうじゃ、ダンナ様?」
「心地よい……が、居心地悪い」
「ふふ、ダンナ様ならそう言うと思ったのじゃ。大丈夫じゃ、徐々に慣れて行けばよい。ワシも、撫でて気持ち良いのじゃ。
ダンナ様、今までいっぱい頑張ってきて偉かったのですじゃ。今までたくさんワシに優しくしてくれてありがとうですのじゃ。ダンナ様、大好きですのじゃ。これからも、ずっとずっとよろしくして欲しいのですじゃ」
「ちょっ!?止めろ、居心地が悪くて堪らん!」
「イヤなのじゃ。ダンナ様はもっと甘やかされて良いのですじゃ。これだけワシの事を甘やかしたのじゃ、ご覚悟されよ?
……のぉ、ダンナ様。以前ワシを撫でていた時、気持ちよくなかったかの?」
「……ああ」
「撫でるのも、撫でられるのも気持ちが良いもんじゃ。でもそれは一人では出来ぬ事じゃ。なら二人の者が一緒にいる理由としては十分じゃないかの?
撫でたい相手、撫でられたい相手といつもそばに居たい、ワシは少なくともそれだけで十分じゃ」
「そうだな……俺もだ。なあ、俺と夫婦になってはくれぬか?」
俺は彼女の膝の上から彼女を見上げる。
頬、顎を伝った雫は、俺の頬の上に落ちた。その熱は俺の中に染み渡っていく。彼女は微笑んだ。
「もちろんなのじゃ。ワシはずっとそう言い続けておる」
「……で、だ。今更なんだが、名前を聞いても良いか?」
「言うておらんかったか?」
「聞かれなかったからだろ。俺のせいだ。で、俺の嫁の名は何という?」
そこで彼女はニンマリと笑う。
「右之助様の嫁の名はアメというのじゃ」
ダンナ様にはアメが足りないのじゃ dede @dede2
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