Sランク冒険者の瀬和さんに世話を焼かれ過ぎて一向に強くなれません。

カンミドーナツ

第1話 瀬和さんと異世界へ行く

 僕の名前は八角ヤスミ 泰遥タイヨウ


 どこにでもいる、のんびり生活したいだけの極々普通の男子高校生。


 の筈なのだが。


 高校1年の入学式の日から、とある女の子に世話を焼かれている。


 そして今日も、僕の平穏な日常にピキリとヒビが入る音がした。


「くそー!八角の奴!また瀬和セワさんに弁当作ってきてもらってやがる!」

「何であいつばっかり!あんなちんちくりんのどこがいいんだ瀬和さん。」

「羨ましすぎるぞ!夜道に気をつけやがれ八角!」


 昼休み、クラスの男子達が騒ぎ散らしている。

 その様子を鬱陶しそうに見る女子達。


 その中心には僕と女の子が1人。


 それが高校入学後から形成された、この教室の異様な日常だ。


「今日もお弁当作ってきたんだね、瀬和さん。」


 半年もすれば人間なれるもので、周りの男子からの殺気を無視して、目の前の女の子に声をかける。


 肩にかからないくらいまで伸び、少しウェーブのかかった綺麗な金色の髪。

 宝石の様に薄く輝き、吸い寄せられるのではと思うほど透き通った碧色の瞳。

 真っ白だが決して病的では無い、血色のいい健康的な肌。

 まるでお人形さんの様に整った顔立ちで、守ってあげたくなるような小さな身体をした美少女。


 このクラスの委員長にして、クラスの人気者。

 それが俺の世話を焼く女の子。


 瀬和セワ 椰子ヤコさん。


 なぜこんな漫画から出てきたような女の子が僕の世話を焼こうとするのか、正直理解出来ないでいる。


「八角くんは放っておくと、ご飯食べずに昼休み中もずっと寝ちゃうからね。ちゃんと食べないと体に悪いよ?」


 瀬和さんがニコリと微笑むと、クラスの空気が和んでゆく。

 はぁ、僕も和みたい、出来れば渦中ではなく外側で。


「まぁ、それはそうなんだけど、折角の休み時間なのに寝ない方が勿体無いと思うんだよね。それにご飯食べるのって結構面倒くさいし。出来れば何も食べなくていい体が欲しい。」


 今日は天気がいい、夏、カーテン越しの太陽、心地よいクーラーの効いた教室、最高に眠くなる。

 僕はうつらうつらと船を漕ぎはじめる。


「もう、ダメだよちゃんと食べなきゃ、はい、あーん。」


 この時の僕は油断していた。

 いつもなら自分で食べるのだが、あまりに心地よい環境に寝ぼけた僕は、差し出された卵焼きを一口で頬張ってしまう。


 口の中に砂糖の甘さと卵の風味が広がる。

 いつもながら美味しい。


「うおーーー八角てめぇ!!」

「グホッ!羨ましい過ぎて血を吐きそうだ!」

「夜道と言わず今殺してやる!!!」


 男子達が叫び、教室が一気に騒がしくなる。

 折角いい感じに微睡んでいたのに、意識が覚醒する。


 目の前には恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、嬉しそうに微笑む瀬和さんの顔。

 口の中に残る砂糖の甘さ。

 どうやら僕はやってしまったらしい。



 寝るか。



 現実逃避の為に僕はそのまま目を閉じる。


 がしかし、次の瞬間脳天に衝撃を受けて目が覚める。


「この状況で寝る奴があるかよ!」


 痛む頭を押さえながら、声のした方へ振り返る。

 そこにはボーイッシュな雰囲気を漂わせる、赤髪ショートヘアの女子が立っていた。


 温井アツイ 恋頃ココロ


 運動神経抜群の無駄に暑苦しい女子、拳を握っているということは、僕を殴て起こしてきたのはこいつらしい。

 正直、クラスで関わりたくないランキング第2位の人だ。


「椰子が時間使って作った弁当なんだからちゃんと食べなさいよ、グズ。」


 さらに後ろにいる青色のロングヘアの白ギャルが僕を詰ってくる。


 遠富トウトミ 絵琉エル


 あの見た目で頭脳明晰、成績優秀なのだから、人を見た目で判断してはいけないという事がよく分かる。

 それにしてもどうして遠富さんは毎度僕を詰ってくるのだろう。


 この2人は瀬和さんの幼なじみらしく、瀬和さんが僕の世話を焼いている時に、よく絡んでくる。


 本当に勘弁して欲しい。


「おいてめぇら、ぎゃあきゃあ喚くな、高校生にもなって節度も守れねぇのか?」


 さっきの騒いでた男子の中、1人だけ静かにしていた男子が声を上げる。


 脱色仕切って真っ白になった髪をオールバックにし、耳や眉毛にはピアスをしている。


 新目アラメ 絃導ゲンドウ


 頭脳明晰、スポーツ万能、完璧主義で取り巻きも多い男子のリーダー。

 ちなみにクラスの関わりたくないランキング堂々の第1位の人である。


 僕が瀬和さんと話していると、かなりの確率で絡んでくる。

 面倒事の塊のような存在で、関わりたくないと言うのが本音だ。


 今日は厄日なのか、フルメンバー揃い踏みで、僕の睡眠を邪魔してくる。

 これ以上悪い事などそうそうないだろう。


「騒いでんのあんたの取り巻きでしょ。お山の大将がしっかり躾ときなさいよ。」


 やめておけばいいのに、遠富さんが鬱陶しそうに呟く。


「あ?なんか言ったか遠富?」


 やはり聞こえてしまった様で、ガラリと音を立てて新目くんが立ち上がる。


 それにしても、この空気の中でもブレない人が目の前にいるのが怖い。


 さっきの行為が余程気に入ったのか、目を輝かせながら、箸で挟んだたこさんウィンナーを差し出してくる。

 いや、食べないよ?


「瀬和さん、自分で食べられるから、弁当はありがたく食べさせてもらうからさ、そんな無理やり口に押し込もうとしないで、頬が、頬に油が。」


 膨れっ面でたこさんウィンナーを押し付けてくる。

 僕も人の事は言えないけど、どうも瀬和さんはすごくマイペースな節がある。


「そもそも、教室でイチャイチャしてるそいつらが問題だろうが、てめぇも保護者ならちゃんと節度を守らせろや遠富。」


 おっしゃる通り過ぎて言葉も出ない。

 新目くんはあれですごく真面目で授業もきちんと受ける。


 このクラスは見た目と中身が違う人達が多すぎて僕の脳ミソでは処理しきれない。


 それにしても遠富さんが何故か硬直している、どうしたのだろうか。


 いつもなら直ぐに冷たい目で何か言い返すのに。


「保護者……私が2人のお母さん……。」


 よく聞き取れ無いけど、何かブツブツ呟いている。

 これがぐうの音も出ないと言うやつなのだろうか。


 と思ったら、遠富さんは鼻血を垂らしながら幸せそうな顔をしている。

 あんな顔見た事がないと言うか、人に見せていい顔なのだろうか。


「なっ!どうした絵琉、誰にやられた!新目お前、絵琉に何した!」


 温井さんが慌てて遠富さんを支え、新目くんを睨みつける。

 いや、流石の新目くんでも、この距離でどうこうできるわけないと思うんだけど。


「知るか!逆に俺に何が出来んだよ、この距離で!」


 ですよね、ご最も過ぎて。

 新目くんは見た目で損してるタイプだと僕は思うよ。


「あの遠富さん、これティッシュ、良かったらだけど。」


 僕はちょうど頬に着いた油を拭くために取り出していたティッシュを差し出す。


 しかし何故か遠富さんは僕とティッシュを見て固まっている。


「おう、八角のくせに気が利くな!」


 温井さんが僕からティッシュを奪い取る。


 それにしても、くせにって酷くないか?

 確かに基本的に僕は面倒くさがり屋だけど、さすがに目の前で鼻血出してる人がいればティッシュくらい差し出す。


「ほら、ティッシュだぞ絵琉。」


 温井さんは僕から奪い取ったティッシュを数枚適当に取り出すと、遠富さんの鼻へ押し付ける。


「……推しのティッシュ。」


 遠富さんはまた何か呟いたかと思うと、鼻血を吹き出し倒れてしまう。


「えるぅーーー!新目てめぇ!!」

「どう見ても俺のせいじゃねぇだろ!!」


 いやもう本当に、今日はなんでこんなに騒がしいのだろうか。


 僕はただ、のんびり過ごせれば本望だと言うのに。


『ふっはっはっ、こいつは面白い奴らだ!今回はこいつらにしよう!』


 急に脳内に野太い声が響く。

 一瞬眠過ぎて幻聴でも聞こえたのかと思ったが、そうでは無いらしい。

 周りのクラスメイト達をザワついている。


「ん?扉が開かないんだけど。」


 他のクラスにでも行こうとしていたのだろうか、クラスメイトの女子がそんな事を話しているのが聞こえる。


『ウェルカム、僕の世界へ!!』


 また声が響く。

 より鮮明に、僕の世界?どういう事だろう。

 そんな事を考えていると、教室の床が光り輝く。


 そして前が見えないほど眩く輝くと、

 次の瞬間、僕の座っていた椅子が無くなり、尻もちを着く。

 誰だ、こんな小学生がやる古典的なイタズラをしたやつは。

 そんなことを考えながら振り向くと、そこは謎の広間、さっきまで教室に居たはずなのに、豪華な装飾品で飾られた場所に、僕らはいた。


「よく来た勇者達よ!君たちにはこの世界を救って欲しい!」

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Sランク冒険者の瀬和さんに世話を焼かれ過ぎて一向に強くなれません。 カンミドーナツ @kanmidonut

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