飛行機くんは忘れない

ヨキリリのソラ

前編


 その日は緩やかな風が吹いていた。

 空高く、雲に隠れる様子のない太陽が立ち昇る今はまさに蒼一色というべきだろう。

 

「はぁ…………」


 僕は一人、校舎の屋上、無機質な手すりにその身を預けていた。

 本当に、自分は何をやっているのだろう。その答えはあることを行うために来たとしか言いようがない。

 ここ数か月、一度だって欠かしていないマイルーティーン。学校の屋上から紙飛行機を飛ばすという、習慣化された僕の行動である。


「さっ、いつもみたく飛ばしますかね」


 手すりに寄り掛かった態勢は変えず、僕は味気のないプリント造りの紙飛行機を空へと放った。ぼんやりと蒼を帯びた視界に一つ、二つ、三つ、四つ。朝の授業の合間を縫って製作した紙飛行機が空を泳ぐ。凄く眩しかった。眩しすぎて、少しだけクラクラする。


 遥か遠く、ずっと先まで届きますように。


 現在進行形でそんな願望を抱けたらどれだけ幸せなのだろう。それが分からないくらいには今の僕は無関心を極めているのだろうか。


「はぁ……………………届いたって、仕方ないもんな」


 否、無関心など極めてはない。ポツリとこぼれた独り言は、確かな未練がましさを含んでいた。

 

「ほんと……………………馬鹿だよ」


 朝の授業で作り上げた全機を果てしない空のフライトへ送り出したところで、再び呟く。

 大して考えもない状態で作った紙飛行機で遥か遠くを望むなど、夢の見過ぎにも程がある。それに、もし運良く遠くまで飛んだとしても、そこに意味なんてあるのか。不確実で中途半端で諄い、そんな方法でしか行動できない自分は言葉通りの馬鹿だ。

 こんなことしたって意味はない。どうせ僕のことなんて、誰も覚えることは出来ない。そんなこと、とっくの昔に分かっているのに。



「ねぇねぇ、そこのキミ!」



 まるで果てしない絶望に暗転した世界。そこから僕を連れ戻したのは一人の少女の声だった。

 隠しきれない能天気さと、有り余る元気、そして明るさ。それに開口一番の一声。彼女のことを知らなければ、きっとすぐにでも振り返って期待するなり、悲劇のヒロインぶるなりしたと思う。無論、それは僕が彼女のことを知らなければの話だが。


「あっ、ちょっと。無視しないでよ!」


 無反応を決め込むこと数秒。わざとらしい彼女のツッコミに僕は仕方なくその場に振り返った。


「何ですか?」


 あくまでも他人として、僕は彼女に問う。本当に、どうしてこんなところに来るんだろう。屋上で紙飛行機を飛ばした歴はそろそろ半年になるが、こんなことはそう易々と起こらない。


「中庭で紙飛行機拾ったから、キミのかなって思ってさ。はい、これ」


 彼女は用件を言うと、そのまま何の抵抗もなく僕の手を取り不格好な紙飛行機を掌へと置いた。


「別にいいですよ、返さなくて」


 むしろ、返さないでくれ。内心そう思ったが、それが喉元を通り過ぎることはなく、会話はズルズルと続く。


「えっ、でも返さないとまた飛ばせないでしょ?」

「そんなことないですよ。昼の授業でまた作るので……」

「そっか………………って、せめて授業はちゃんと聞こうよ」

「普通にキツイ」

「さては、キミ。勉強のアンチだな?」


 初対面であるというのに、何ともフレンドリーに会話を続ける少女。不思議とその笑顔は自然に作られていて、僕との会話を本心から楽しんでいるように見えてくる。普段から誰にでも見せている普遍的な笑顔でしかないはずなのに、まるでオンリーワンな輝きを持っているようだ。まぁ、それで靡くかと言われればそんなことはないけども。

 

「まっ、そんなところでしょ。知らんけど」


 もっと、彼女と話したい。そんな感情が内心になかったかと言えば嘘になる。が、僕が選んだのは会話の終着。何と言うか、これ以上話すと嫌になりそうな気がしたのだ。


「絶対めんどくさくなったから認めたでしょ?」


 めんどくさくなったらのなら、きっと僕はすぐさま無言でこの屋上を後にすることだろう。それが出来ないのは、きっとまだ期待の念が捨てきれていないから。だから、僕はこの場を動けなかった。


「解釈はご自由にどうぞ」


 せめてもの行動として、僕は再び手すりに身体を預けた。視界に映る空は嫌になるほど真っ青で、太陽は今時のパリピも嫉妬するほどキラキラと輝いている。


「急に敬語に戻るじゃん」

「逆にタメ口の方が良いんですか?」

「うん。私はむしろそっちの方が話しやすいしさ」


 本当に、眩しい。もしかしたら、そんな期待が、誘惑のように僕の耳元を掠めていく。明日への絶望なんて、忘れてしまえと、そう言われているような気がした。


「あっそ。まぁ、いいんじゃない」


 迷いのままに興味なさげな返事を送ると、彼女は再びニコリと笑って数歩分、僕との距離を縮めてきた。


「じゃ、早速自己紹介といこう! 私は二年三組の水河紫苑みずかわしおん。気軽に紫苑って呼んじゃって」


「はいはい、よろしくー水河さん」


「ぷぷっ、何その適当な返事。あっ、分かった。下の名前で呼ぶのが恥ずかしいんでしょ? いやぁー、初心だねぇ」


 聞き流す寸前の返事に、飛んできたのは図星を鋭く貫くような一言。この内心をはっきり述べてしまえば全く以てその通りである。

 

「そうかもなぁー」


 取り敢えず、適当な返事で誤魔化してはみたが。彼女の瞳に宿る興味の類は全く消えることを知らない。名目上は接点などないはずなのに、ここまで話し込めるとは恐ろしい他ない。

「はいはい、興味ない振りしない。っていうか、キミは名乗らないの?」

「名乗っても仕方ないから、名乗らない」

 敢えて名乗ることはせず、この場は切り抜けよう。その方がきっと明日の自分に優しい結末を作れる。

 そうやって自分を納得させたつもりだったが、喉元から発せられたのは何とも低く悲壮感のあるトーンの声だった。


「えー、何でよ? いいじゃんいいじゃん、折角同じ学年なんだしさ」

「そんなこと言われても……………………」

「あっ、もしかして――――」


 ドクンと、心臓が跳ね上がった。


「彼女がいるから他の女のことは話せませんみたいな感じ?」


「的外れ過ぎてツッコむ気にもならない」

 一瞬でも、内心を察知されたと思って動揺した僕が馬鹿だった。正直もう思うことはまさしく言葉の通り。ツッコミのやる気さえ削ぐほどの的外れな回答はもはや才能の域である。


「じゃあ、名乗ってよ?」


 いたずらな笑みを浮かべる彼女に我ながら高速と言って差し支えないほどの返しを見せたが、これは相手が一枚上手だったようだ。もしや、さっきの的外れなボケは故意か。どちらにしても一杯食わされたような気分だ。


「あー、はいはい分かりましたよ」


 大人しく退きつつ、脳内で考えるのは適当な名前。もちろん最初から本名など名乗る気はない。とはいえ、関連性がありそうでない絶妙なラインの名前を即興で考えるのも中々至難。ということで我ながら光り輝くボケをここで見せようと思う。


「僕の名前は紙飛行機太郎だ」

「嘘つけ」


 鋭く尖ったツッコミが我が渾身のボケを貫いた。





 渾身のネタを滑り倒した僕は、そのまま屋上でランチを取ることとなった。もちろん、隣には彼女――水河紫苑とのお喋りが付きまとう形で。

「ねぇねぇ飛行機くん」

「何?」

 「飛行機くん」というのは僕の名称である。本名の深掘りに片を付けるため、強引に突破した代償とでもしておこうか。まぁここに至るまでの経緯がどうであれ、気にしないことには変わりない。

「飛行機くんって、いっつも屋上で紙飛行機飛ばしてるの?」

「そう見える?」

「うん、うん。めちゃくちゃ見える。もうそれにしか見えない」

「嘘つけ」

 少しばかり捻くれた僕の返答に、水河は一枚上手の文言を送って来る。男女が屋上で二人という最高のシュチュエーションではあるが、お世辞にも爽やかで青春らしさのある会話とは言えない。

「あれ? そう言えば、飛行機くん何組?」

「それ言う必要あるのか?」

「逆に言わない理由があるの?」

「三組だけど?」

 言うまでもなく、水河と同じクラスであること、それは僕も知っていた。が、恐らく水河は知らなかったのだろう。少しだけ驚いている様子が伝わってきた。

「えっ、じゃあ同じクラスじゃん! なんだぁ、早く言ってよー」

「早く言ったって仕方ないだろ? まさか水河さんがそこまで食い付いてくると思わなかったし」

「それはそっか。まぁクラス同じだったら昼休みとか、朝とか……あと授業中とかいっぱい話せるね!」

 夏日に照らされる向日葵。その姿と重なるような輝かしい笑みを向けて、水河は言った。

「あっ、そうだ! 連絡先交換しようよ。私、もっと飛行機くんと仲良くなりたい!」

 なぜ、僕のような窓際高校生と仲良くなりたいのかは分からない。けれど、ストレートに気持ちを向けるその瞳は嘘の色など一つも帯びていなかった。


 本当に、いつもそうだ。彼女は、そうやって僕を…………。


「ごめん、無理」

 気付けば取り繕う言葉や建前を通り越して、僕は拒絶だけを言葉にしていた。

「え? あー、もしかして携帯持ってないとか?」

「さぁね」

 困惑を隠すように苦笑しながら、水河は僕に問う。どうだろう、内心嫌な奴と思われただろうか。

「うーん…………まぁ、いっか。またここに来れば飛行機くんには会えるだろうし…………連絡先はその時でいいや」

 前言撤回。想定外と予想どおりが割合半々といったところか、この女、良くも悪くも僕の拒絶発言が全く響いていない。それどころか、次があると思っている節がある。

「あのさ」

「ん? 何?」

 言うしかない、その意思に従い、僕は羞恥心をその場に投げ捨てる。研ぎ澄まされた猜疑心はまるで刃のように鋭く見えた。


「何で、僕にそんなに構うの? もしかして、僕に惚れてる?」

  

 なるべくは緊張感を漂わせながら言い放ってはみたが。考えてみればとんでもないナルシスト発言である。もちろん、こんなことを言ってカッコいい程の性格もビジュアルも僕は持ち合わせていない。


「えっ、惚れてないよ?」 


 だけど悲しいかな、水河の一言はこれまた嘘一つ感じさせない。恥を忍んで、拒絶の意思を暗に示したというのに、彼女は僕の拒絶を受け入れてはくれなかった。


「じゃあ、何でそんなに仲良くしたがるんだよ」

「えっと、仲良くなりたいから?」

「何で初対面の奴と仲良くなりたいんだよ」 

 苛立ちだろうか、少しだけ、声を荒げてしまった。彼女のせいじゃない。そんな当たり前のことに気付くのに数秒も時間を要してしまう。本当に悪いのは彼女じゃない。


 悪いのはこの世界だ。


 いくら、キミが僕と仲良くしようとしたってここではそれが許されない。夜が明ければ全てが終わり、絶望の朝が僕を引き込んだその時、嫌でも視界は現実を映す。僕だけが世界から拒絶されている。

 こういうときこそ冷静に、とはよく言ったものだ。久々にむき出す感情に身体が初心を取り戻したか、懐かしの熱が体内を駆け巡る。ある種、生きてるって感じがしてとてつもなく新鮮な気分だ。このまま何事もなく過ぎれば、熱に冷や水で丁度良く心も落ち着くところだが、そうは問屋が卸さない。


「何となく、初めて会った気がしないから」


「えっ?」

 身体の熱が収まらず、背中にはじんわりと汗が滲む。青天の霹靂とでも言うべきか。驚愕と衝撃が身体中を駆け巡った。

「前にも、この屋上で会った気がするんだ。飛行機くんと、二人で」

「なんで……………………」

「いや、多分気のせいだと思うんだけど。それだけじゃ、駄目かな? キミと、仲良くしたい理由」

 流石に現状、動揺を隠すことは不可能。自分でも分かるくらい、僕は酷く狼狽えていた。

「飛行機くん、大丈夫?」

「え? あっ、あぁ大丈夫」

 嘘だ。全然大丈夫じゃない。水河も、他の人間も誰一人として、既視感の片鱗さえも見せたことなんてないはずなのに。そんな同色の衝撃が脳内を埋め尽くしていた。

「そっか、良かった。ごめんね、調子狂うようなことばかり言っちゃって…………」


 キーン――――コーン 


 深い深い思考の闇へと落下する一秒前。僕の意識を無理やり現実世界へと引き戻したのは昼休みの終了を告げるチャイム。無味乾燥な電子音は屋上の神妙な空気を一瞬にして日常的な空き時間の沈黙へと戻した。

「あっ、チャイム鳴っちゃった」

「っ? あー、そうだなぁ。教室戻らないと、五限は確か移動教室だった気が」

「えっ、本当に?! だったらのんびりしてる暇ないじゃん! 早く行こっ!」

「っておい、ちょっ! 手なんて握ったら……………………」

 あることないこと噂になって面倒なことになる。なんてツッコミを最後まで紡ぐ間はなく、僕は水河に連行され、屋上を後にした。





 彼女と話す機会があったわけでもなく、惰性と時間の流れに身を任せておよそ三限分。夕焼けと青春の放課後はいとも簡単に訪れ、僕を校門へと誘ってきた。

 普段であれば放課後の誘惑など一切関係なく、僕は帰路についているところだろう。ただ、今日は下駄箱を出た辺りで少しだけ嫌な予感が脳裏を過った。

 それはゆっくりと校門へ向かう僕の足を止めにかかるが、不可抗力というべきだろうか。もう、僕は戻れないところまで足を進めてしまっていたらしい。


「あっ、飛行機くん。もしかして今帰り?」


 嫌な予感の正体を見て、不思議と酷く納得した自分がいた。偶然なんだろうけどよく出来過ぎてるよ、これは流石に。

「そうだけど、水河さんも?」

「うん、私って帰宅部だから。飛行機くんは部活ないの?」

「あー、僕も帰宅部だから。いつもこの時間には帰ってる」

 ってまずい、帰宅時間を暗に示してしまった。と、最後まで言いきってから痛感。逆に会話の流れが出来てしまっては無視できない。

「そうなんだ。じゃあ、もしかしたら帰りはよく会うかもね」

 少しだけ気まずさを感じさせる様子から、何となく次の会話が想像できてしまった。

「あのさ、せっかくだし途中まで一緒に帰らない? その、ちょっと謝りたいから」

 断ってしまえ、そう本能が告げてくれたらどれほど気楽だっただろう。このまま彼女の前から立ち去り、誰もいない家で惰性の時間を過ごす。その結果に罪悪感を覚えることだってない。

 だが現実は真逆。断るという選択肢に対して僕が抱いたのは微量の嫌悪。

「別にいいけど、謝りたいって何を?」

 気付けば、彼女の提案を了承するどころか謝罪の流れを自ら作ってしまっていた。

「今日はごめんなさい。いくら何でも馴れ馴れしかったよね。ごめん、ただ私、飛行機くんと仲良くなりたかっただけなんだ。でも、それで嫌な気にさせちゃったし、本当にごめん」

 ここは校門前。頭を下げて、謝罪する彼女の姿は帰宅途中の生徒たちの目に留まること多数。だというのに、水河は堂々としていた。


「いや、その……………………もういいよ」


 どうせ、大した事態にはならないというのに困惑が思考幅を縮小させてくる。そこから数秒の空白。僕は思い付くまま彼女の手を取り、学校から走り去っていた。

「えっ? 飛行機くん」

 走り出し、逃げるように学校から離れること数百メートル。息を切らしながら、僕は彼女の手を離す。僕と彼女の足が止まった先はどこにでもある交差点の入り口だった。

「別にいいよ。誰かと仲良くなりたいって気持ち、まぁまぁ分かるから」

 嘘が三割、建前が六割といったところか。我ながら何とも卑怯な返しであると思う。

「それって……………………」

 どうせ、無理なのに。期待させるだけ期待させて、僕自身その気持ちが拭いきれなくて、不完全で中途半端な希望を見せる。形としては分かっていても、心はいつもある種の偶像に頼りっぱなしだ。

「水河が僕なんかと仲良くなりたいって言ってくれたの、結構嬉しかったよ。だから、その明日も覚えててくれたら仲良くして欲しい」

 恥ずかしがりながら、そういうことを言うものだからどこか空気が初々しい。きっと、青春を謳歌した象徴たる創作なんかじゃ、ここから新しい物語と関係がスタートするのだろう。

「じゃ、そういうことで……………………悪いけど、僕こっちだから」

 まぁ、そんな結末は期待のきの字も弾いてしまうくらいには実現不可。それが分かり切っているから、僕はこうして肝心なところで中途半端に逃げ出したのだと思う。

「あっ、待って!」

「何?」

 咄嗟に呼ばれて、一度足を止める。が、振り返ることはもちろんしない。というかできない。

「えっと…………今度遊びに行こうよ! 折角仲良くなれるんだし、いいかな?」

 先程の謝罪よりもずっと嬉しそうで、快活な声。きっと、覚えていてくれたら彼女は迷わず僕を誘って遊びに行くだろう。そんな何とも淡い期待が正面からの拒絶を完全に消し去ってしまった。

「いいよ。僕、友達と遊ぶの久しぶりだからさ、ちょっと楽しみだな」

「うんうん、素直でよろしい! 近いうちに絶対行くんだから、忘れないでね!」


 忘れないよ、僕は。


 隠し通せそうもない不安と心の中で下手なステップを踏む期待に表情を俯かせ、僕は帰路についた。

 




 下校して、惰性の時間が流れて、夜が明けて、迎えたくもない朝が勝手に顔を覗かせる。空、眩しく光る太陽に目覚めを促され、ベッドから飛び起きる。


「あぁ、朝か……………………はぁ」


 どんよりと思い溜息。その一発が昨日とは別離された今日を際立たせ、僕に絶望と不快感を押し付けてくる。ちなみに、再度時計を見て気付いたが、今日は切迫感もセットで付いてくるらしい。このままだと普通に遅刻のリスクが出てくるようだ。

「ちょっとくらい急ぎますか」

 なるべく始業に間に合うようにと、最速で食事、掃除、その他諸々の支度を終え、家を出る。

 流石に遅刻の危機は回避できただろう。その予測は全く別のベクトルで油断の糸を引いていた。まさか塀の死角、そこにいた人を認識できないとは思いもしなかった。


「やばい、遅刻ギリギリ……………………って、わぁっ?!」

「えっ、ちょっ!」


 想定外の事態に思わず身を引いて、転倒だけは防がせてもらう。結果、両者ともに、無傷且つ接触もなし。と、ここまでは良かった。

「ごめんなさい!」

「あっ、いえ……………………」 

 目の前、ついさっき転びそうになった相手を見て、思わず声が出る。

 僅かな切迫感が混じった快活な声は半日程度の時間差では忘れられない。否、声だけじゃない、喋り方も外見もそうだ。

 

「大丈夫ですか? って、その制服とネクタイ…………もしかして同学年?」


 はは、やっぱりこうなるのか。

 元々、淡く脆かった期待が音を立てて崩れ落ちる。それと同時に、絶望はアイス枕のように冷たい内心に染み入る。

「知らない。それより、このままじゃ遅刻するんじゃない?」

 見えない氷柱を散らすように、僕は彼女から距離を取る。彼女は何か察したのか、気まずそうに学校の方へと走って行った。

「やっぱ、無理だったか」

 呆然と独り、立ち尽くす。

 鮮やかに世界を照らす太陽はまさに輝きの象徴。その綺麗さは、まるで世界のスポットライトに焦点ばかりを当てられている大エース。今の僕にはそれが非常に不愉快で、非常に憎らしかった。

 

 


 

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