16 錬金術師の薬 エディside

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 そして二人で話しているうちに。

 カレンが自分の生家の名すら知らないという事実に気付き、エディは驚かされた。


 もしカレンが魔力を持って生まれていれば。

 双子妹クリスティーナではなく、カレンが王太子の婚約者となっていたはずなのだから。


 それはアルスでは当たり前の事実で、カレンの存在を知らぬ者など何処にもいないというのに。


 なぜならアルスでは、死病の特効薬開発でカレン・ブラックバーンの名が有名になるまで。


 アルス社交界で、不運の公爵令嬢としてカレンは認知されていたからだ。


 そして、エディがそれ以上に驚かされたのは。


 彼女が国際連合から、国連特例特別保護特権を渡されていたという事実。


 こちらへ迎えにくる際に、カレンについての詳細な資料をエディは読み込んでいた。


 だがそんな記載など何処にもなかった所を考えると、それは極秘裏に彼女に渡されていたものだと容易に想像がついた。


 この国連特例特別保護特権というのは、所持している者に手を出せば、この世界の全ての国を敵にまわすということで。


 彼女はいかなる状況においても、相手がどんな身分だろうと命令したり傅かせたりが出来ない。


 ……いや、してはならない。


 所持者は警告として特権所持を明確に周知させる為に、国際連合の紋章が入った装飾品を身に付ける。


 そしてその装飾品には自動防御並びに、一定の所持者の危険を感知すると国連の懲罰委員会を自動で召集する。


 懲罰委員会の執行官はいずれも精鋭ぞろいで、その場でその者の厳罰を執行できるという。


 国に防衛に関わる仕事をする者として貴族として、知識としては知ってはいた。


 ……だが、本当にあるんだな。


 そんなものが机の引き出しの奥で、干からびた薬草とごちゃごちゃと入っていたなんて。


(というか特権所持者なら護衛なんて必要な……いや、考えるのやめとこ)


 そしてのんびりとカレンと会話をしていたエディだが、あまり時間が残されていない。


 理由は彼女の首にぶら下がっている魔力封印具の存在、それは自分の首にもそれはぶらさがっているが。


 自分はイクスで魔力をあらかた空の魔石に込めてから封印具を装着したし、ある程度自分で魔力を制御できる成人。


 だがカレンにとっては初めての魔力で、まだ使い方も制御もなにもわからない未成年。


 自分とは危険性がまるで違う。


 それにイクスではそれを外せないようになっているし、もし封印具を付けたまま魔力暴走すれば悲惨な死がカレンには待ち受けている。


 だから嫌だ嫌だと抵抗するカレンをなんとか宥め透かし、簡素なワンピースを着せた。


 そして少しからかって遊んであげると、怒って蹴ったりしてきて楽しいひと時を過ごしたが。


 様子を観察していると、少し目元が潤んで顔が赤く火照ってきて。


 その表情は、カレンと同世代の少年ならばクラリと来てしまいそうな艶かしくも可愛らしいもの。


 ……だったが、これは様子がおかしい。


 もしやと思い額に手をあて熱をはかれば発熱と、少しの意識障害がみられて。


(不味い、これ……暴走の兆候)

 

 そしてまだやることがあるというカレンを半ば引きずるようにして、自分が乗ってきた馬に乗せて冷えぬように外套を巻いてやり。


 馬から落馬せぬようにしっかり抱え込んだ。


 そして国境門への唯一の移動手段である転移装置まで、カレンが振り落とされぬように慎重に馬を走らせた。


 夕暮れのイクスの美しい景色に、カレンをアルスへと無事に連れ帰ると誓う。


 転移装置に到着し熱の上がった彼女をそのまま抱き、転移装置まで足早に歩を進める。


 『抱っこは嫌だ恥ずかしい!』


 と、身動ぎしていた彼女だが。


 いつの間にかその意識は混濁し始める。


 これは本当に一刻の猶予もない。


 早急に転移装置を動かす様に職員に伝えるまでもなく、装置が起動し始めた。


 まるでカレンの為に、ずっと起動させ続けていたかのように。


 ――そして。

 

 カレンを連れてアルスへの国境門に転移する。


 国境門を開けるには時間がかかる。


 その間にアルス側で待つ騎士団に、アルス国境門前に臨時のベースキャンプを。


 医師と治癒師を手配する様に通信具で指示をした。


 だが予想に反して直ぐに国境門が開き出す。


 そのけたたましい警告の鐘の音で、カレンの意識が少し戻った事を確認し開いた門を急いで通り抜ける。


 アルス側に着けば、騎士団の部下たちが指示通り待機し彼女の封印具解除の準備をしていた。


 だからかなり早く封印具を外すことができたが、封印解除と共に勢いよく溢れ出す魔力。


「これは、王族並み? いやそれ以上か」


 封印具によって、身の内に押し込められていた魔力が身体から噴き出す。


 その苦痛に悲鳴をあげ、もがき苦しむカレンに治癒魔法を何度も何度もかけてやる。


 だが一向に効く気配もなく、ただ時間だけが無情に過ぎていった。


 そして意識を失い、あまりにも高い高熱に苦しみ衰弱していくカレンに解熱剤を飲ませ汗を拭いてやるしか出来ない自分に憤りを感じた。


 一晩中看病し少しうたた寝をしてしまっていたら、ブチッと髪を何故か思い切り抜かれて。


 本当にやんちゃな子だなと少し安心し意識を取り戻したらしい彼女と、軽口をかわす。


 だがまた熱が高くなり始めて、どんどん衰弱していく弱々しいその姿に。


 このままでは不味いと思っていたら。


 カレンがイクスにある自分の研究室から、薬を届けて欲しいと依頼されて。


 その薬があれば回復するかも知れないと期待し。


 イクスに再入国し、彼女に指定された薬等を急ぎ持ち帰る。


 持ち帰った、蓋つきの瓶に入っているエリクサーもどきと彼女がいう薬をカレンが一口飲み干せば。


 先ほどまで呼吸するのさえやっとで。

 苦しそうな表情だったのに、笑顔に変わり熱もみるみるうちに下がり。


 まるでそれは奇跡。


(あぁ、やはりこの少女は天才錬金術師で。素晴らしい才能の持ち主なのだな)


 そしてあの英雄なのだと実感した。

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