15 錬金術師の家 エディside

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 玄関の扉を叩く。

 

「突然の訪問失礼致します。私はアルスから派遣されて参りました王立騎士団所属エディ・オースティンと申します。錬金術師のカレン・ブラックバーン様、ご在宅でしょうか?」


「…………」


( 反応がない、どうする?)

 

 再び扉を叩く。


「…………」


「カレン・ブラックバーン様?」


「…………」


 今度は強めに扉を叩く……が。


 やはり、反応がない。


「……申し訳ございませんが、緊急時ですので管理局から合鍵をお預かりしております、合鍵を使い扉を開けさせて頂きます」


 10代の少女が一人暮らしする家の扉を、無断で合鍵を使い見ず知らずの男がその扉を開く。


 それは褒められた行為ではない、だがそんなこと今は言っていられない。

 家の中でもし魔力暴走を起こし彼女が倒れでもしていたら、それは命に関わる。


 意を決して合鍵を使い、鍵を解錠し扉を開けて玄関に足を踏み入れると。


 爽やかな薬草の香りが鼻腔をくすぐり、ここが錬金術師の家なのだとだと五感が実感させた。


 玄関から床は全て大理石で白を基調としたアンティークのインテリア、豪華ではないが洗練された印象を受けて英雄のセンスの良さが窺えた。


 そしてさりげなく置かれたランプが花を型どり、可愛らしくて。

 ここは女の子が一人で住む家なのだと、家に侵入しているという事実に罪悪感を覚えた。


 一瞬居ないのかと思ったが、玄関横のドアが開いていてそこから小さな声が聞こえた。


 多少躊躇したが、もし倒れていた場合の事を考えると入るしか選択肢がない。


 開いていた扉のほうにゆっくりと進む。

 開いた扉の前で室内を窺うと、研究室のようで。

 ざっと見渡してみれば大きな本棚があり、ぎっしりと錬金術の書物が乱雑に詰め込まれていた。


 そしてその奥の方の棚には錬金術の素材だと思われる素材がこれまた適当に、まるで投げ込まれるようにして入れられていた。


 乾燥させた薬草や見たこともない石。

 それに加え液体の入るガラスの蓋付き瓶が、雑然と並べられていて興味をそそられる。


 そして足元の山積みにされた大量の木箱からは、魔獣の素材かと思われる骨などがはみ出していて少々異様な光景だった。


「玄関で香っていた薬草の香りは、ここだったのか……」


 そう一人、納得する。


 そして床に沢山重ねられた大小様々な鍋に、視線をふと落とすと。


 ――そこには。

 ふわふわの手触りの良さそうな、癖のあるハニーブロンドの髪の小柄な少女がタイル張りの床で寝転がり。


 髪や服が汚れるなんて全く気にしてはいない様子でゴロゴロと転がり、ふっくらと愛らしい頬を膨らませていた。


 そして。

 青くまるでそれはサファイアのような色彩のくりっとした美しい瞳を潤ませて。


「なんでぇ……? もぅやだあ……!」


 と、すんすんしながら。


 床に指でくるくる円を描きながら、可愛らしくいじけていた。


 その光景をつい可愛いなと眺めてしまっていた俺に彼女は、今さら気づいたと言わんばかりの顔になり。


「え、なに変質者? 痴漢? 変態? きもっ!」


 と、蔑むような目で見上げて罵倒してきた。


 そのタイル張りの冷たい床で転がりいじけていた、人の事を開口一番罵倒してきたその少女は。


 英雄であり恩人である錬金術師様。


 


(だがこれはいったいなんだろう? 想像してた方とはだいぶ……違うような)


「あ、玄関でお声かけをしたのですが、お気づきになられなかったみたいで、緊急時ですので管理局よりお預かりしたこちらの合鍵にて室内に入らせて頂き……」


「はあぁ? 緊急ってなに? 私、すっごく忙しいんですけど? なに勝手に入ってきてんの……」


(忙しそうには、全く見えないのだが……?)


「私はアルスと国から派遣されて参りました、騎士団所属エディ・オースティン、貴女のアルスでの護衛や身の回りのお世話をさせて頂きます」


「……いらね」


「え……?」


「あーもー! やだー! なんでー? どうしてこうなった?! うわ、まじないわ」


 ごろごろ、じたばた、うじうじ。


 また、いじけ始めた。


(……この子、どうしようか? 綺麗で触り心地が良さそうな髪なのに、こんな所で寝ていたら汚れてしまうし……けれど二度目の国外追放か)


 王族に匹敵するほどの魔力を生まれもって持っていた自分には、不条理に悲しむ少女にかけてやる言葉すら見つからなかった。


 でももし、若くして儚くなった姉だったなら。

 人を笑顔にするのが得意だった姉なら、どうするだろう?


 そう考えて。


 そして。


「ねえ? そんな、いじいじしてちゃ……駄目よ?」


「え……?」


「せっかくの可愛い顔が台無しよぉ?」


「はぁ? オネェ、だと!?」


 少女を和ます為に姉を真似てみたら。

 

 ……これが意外にも好感触で。


「あらあらー。まだやってるの? ぐっちゃぐちゃじゃないのぉー? あらまぁ」


 と、姉の真似をして少女に声をかけ続ける。

 そうすればなんだコイツと渋々反応するのが可愛らしくて、沢山声をかけた。


 そしてあまりにも汚れてしまっていた為、風呂に連れていき頭だけでも洗ってやった。


 ……ただ洗ってやっていると。


 なんでコイツに洗われてんの?

 と言うように、固まって此方を見上げる姿はまるで借りてきた猫のようで可愛らしい。


 さすがに年頃の女の子の身体までは洗ってやるわけにもいかないので、自分で洗うように促して外へ出た。


 女性の洗髪はよく上の姉達にやらされていた。

 うちの家門は自分の事は自分でという家訓がある為に、屋敷にいる使用人も必要最小限。

 だから洗髪がめんどくさいと言う姉たちに、それはもう毎日のようにこき使われていた。


 だがこの姿は普通の男ならば欲情してしまうだろう、水に濡れた姿はどこか艶かしく不貞腐れる姿は庇護欲を唆ったから。

 

 そして風呂から出てきた少女は。


 アルスでは女性が人前で着るなんて考えられないような、その細い太ももを出したゆったりとした膝上のショートパンツを履いていて。


 その服はこの少女にとても良く似合っているが、この装いではアルスでは注目の的になってしまう。


 だからアルスから一応持参してきた貴族子女が街歩きなどで着ているような簡素なワンピースを着るように促すと、そんなフリフリは嫌だといって嫌がっていて。


 ……可愛かった。


(……でもこれ、かなり簡素なんだが)


 

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