6 朦朧とする意識の中で

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 癖のあるハニーブロンドを丁寧に編み込まれた挙句、フリルがたっぷりとあしらわれたワンピースを着せられて。

 お嬢様になってしまったカレンは、不満そうに足先でタンタンタンタンと華麗なリズムを刻む。


「あら! やっぱり、貴女よく似合うわー! ん、可愛い可愛い!」


「なんか……スースーするー! あ、でも股間が涼しい!? いやでもこの靴、絶対転ける自信ある」


「……喋らなければ、動かなければ可愛いってよく言われない? 貴女」


 そしてエディは、残念なモノでもみるような顔で嫌みを言ってきた。


「さて、そろそろ出るわよ、あまり時間がないわ」


「えっ……時間ないの?」


「転移装置を使っても、アルスとイクスの国境門までは一時間くらいかかるから」


「でもまだ夕方だよ? 今日中に出てけってことなら、まだ時間に余裕あるよ」


「魔力が発現してから半日経ってしまっているわ、時間は余裕かもしれないけれど……貴女身体は大丈夫? どこか辛くない?」


「……特に? でも、ちょっとだけ暑い」


 エディは剣ダコのできた大きな手で、カレンのおでこを触り熱を確かる。

 そしてなにか考え込み始めた。


「これは少し不味いわね、もうここを出ましょう。封印具で余分な魔力が身体の外に出せてない」


「え、余分な魔力?」


「これは魔力暴走の兆候、このままじゃ貴女魔力暴走を起こしてしまうわ」


「魔力暴走って、それやばいの?」


「……最悪の場合、死ぬわ」


「 死ぬって、こんな微熱で? でも荷物とかまだ……なにも準備してない」


「貴女の荷物は後でまとめてアルスに送ってもらうから大丈夫よ、ほら立って? さっさと行くわよ」


「え、まって! 家族とか……まだ私、誰にもお別れしてない……」


「そんな悠長なことしてる時間なんてないの! 床でじたばたうじうじと文句言ってた貴女が悪い! その時間で会いに行けばよかったでしょう?!」


「べ、別にずっと文句言ってた訳じゃないし……! ううっ……嫌だ、アルスなんて絶対に行きたくないーー!」



 

◇◇◇




  

 そして私は強引に家から連れ出された。

 

 赤く赤く染まりだした夕暮れの空。

 赤く染まったイクスの空を見上げていたらと、抱き上げられて馬の背に乗せられた。


 そしてエディは大きな外套で私の身体をぐるりと包み、私の身体を抱え込むように騎乗した。


 私達を乗せた馬は足早に、転移装置のあるこの街の中心まで一気に駆け抜けた。


 馬車には時折乗ることもあったけれど馬に直接乗るなんて経験は一度もなくて、その高さと弾む身体に私は苦悶の声をあげてしまう。


(どうして街並みはいつも通りなのに。昨日と全部同じなのに、私はなにも変わってなんていなかったのに)


 なぜ急に魔力が私に発現してしまったのか。


(今日やっていた錬成も、特に珍しいものを作ったりしていたわけでもないのに。必要だって。こんな私が必要だってみんなが言ってくれていたのに、魔力が有るからいらないの?)


 どれだけ考えを巡らせても少し熱の出てきた頭ではうまく考えられなくて、どうしようもない苛立ちが募る。


 どうしてこの世界は私をこんなにも苦しめる、なぜ平穏に暮らさせてはくれないのか。


 そして緩やかに馬がとまり、転移装置のある私の住む街の中心地にたどり着いた。


 そこには数時間前に私が国外追放を言い渡されたイクス国立中央最高裁判所や、国立の専門機関が入る巨大な建造物があって。


 その中には国境門への転移装置もある。


 そして私は馬の背から地面に降ろされると思っていたのに、そのままエディにお姫様抱っこにされた。


 そして抱きかかえられたまま建物の中に。


「……え、ちょっとまて? これめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど! お、降ろして」


 恥ずかしさから、その腕の中から脱出しようと軽く身動ぎしていたら。


「少し大人しくしてて」


 と、焦った声で叱責されて。


 叱責された声でエディがとても急いで焦っているのが、馬鹿になりつつある頭でもわかった。

 

(それにしてもエディって男なのに無駄にいい香りがするんだけど、残念系イケメンの癖に)


 なんて考えていたら目の前がぼやけてきた。


「身体が、熱い……」


 そして私達は転移装置が設置してあるこの建物の地下までやって来た。


 私は何度か転移装置を利用したことがあるけど、一般人は転移装置なんて使わない。


 それはこの転移装置動かすためには大量の魔石が必要で、ややこしい申請がいる。


 なのについて早々。


 キィーーーーン……


 魔法が禁止されているこの国イクスで唯一の魔法が、動き出した。


 国を隔て、他国の侵入を防ぐ国境門への唯一の移動手段がこの転移装置。

 赤い魔方陣が幾重にも浮かび上がり停止する。


 そこへ私を抱き抱えたままエディは移動し、また再び魔方陣が折り重なる。


 足元から瞬く間に目を開けてはいられないほどの光が噴出し私達を包み込んだ。


 ああ、今転移装置が稼働を始めたなと転移独特の浮遊感を感じつつ、私は意識を軽く手離した。




 ……ゴーン、ゴウーン、ゴーン……! ……


 けたたましく鳴り響く鐘の音。


 これは国境門が開く警告の音。


 いつの間に国境門が開いたのか、普通は国境門を開く為にとても時間がかかるはずなのに。


 意識を手離していた私には、知るよしもない。


 けれど。

 その音に意識を浮上させ、だるく重い身体に苦笑いが溢れる。


 身体が焼ける錯覚をするほどに熱い、薄目を開ければ国境門を潜り抜けた直後。


(私また、国外追放されちゃった)


 そう仕方ない事を考えていたら。


 門を抜けてすぐ沢山の人の声。

 私達を待ち受けていたらしい人達に、なにか命令するエディはオネェ口調じゃなくて。


 その男性特有の口調は余裕がない。


「早く! 封印具解除を! 魔力暴走を起こしかけてる! 急げ!」


「……な、んだ普通に……喋れるじゃな、い」


(でもちょっとうるさいな? けどそっちのほうがカッコいいのにもったいないなぁ)


 なんて、そんなしょうもない事を考えていたら、私の首に付いていた封印具がカチリと外された。


 ――直後。

 

 息が出来ない程の痛みが私の身体に襲いかかり、本日二度目の気絶を私はしてしまったのである。


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