4 私を待つ現実

4


 

 

 私は今日初めて会った男に。

 適温のお湯がたっぷり張られた湯船に服を着たまま放り込まれて、頭からお湯をぶっかけられた。


「なに……を」


 そしてこのアルスからやって来た残念イケメンは鼻歌でも歌いそうなくらいご機嫌に石鹸をふわふわに泡立てて、あろうことか私の髪を許可なく洗い始めた。


「どう? 気持ちイイでしょ」


「気持ちイイけど……いや、ちょっと待って!?」


「んー?」


 この状況はいったいなんだ。

 はじめましての挨拶すらしていないような気がするのに、何故私は風呂に入れられているのか。


「ちょっと、待とう? どうして私は洗われて……」


「だって貴女、床に寝転がるからすごく汚いし? そんなんじゃ外に出れないじゃない。だったら洗うしかないじゃない」


「いやでも私、服着てるし。服とか着たまま風呂? え、あれ……?」


「貴女もしかして私に服、脱がされたいの? もう、えっちなんだから!」


 なんて言い返してきて。

 ニタニタと笑ってくるこの残念イケメン、いったいどうしてくれようか?


「いや、そうじゃなくてさ……?」


「身体は自分で洗ってもらうから、でも髪はこれ……もう色々すごいから! うわ、汚なっドロドロ……モップかしらね? コレ」


 人の話を聞く気が全くないのかこの男、甘くていい香りの液体を私の髪に丁寧に塗りこみ始めた。


「その液体どこから取り出したの!? というか、風呂なら自分で入れるから! や、やめ……」


「ん、ツヤツヤ!」


「……あのさ、ちょっとは人の話を聞こう?」


 そして私のくせっ毛はイケメンオネェに艶々に洗い上げられて、タオルで丁寧に拭かれた。


「じゃあ、あとは……自分でそこの石鹸使って身体を綺麗に洗うのよ? あ、タオルはそこね! それで……これ着たら呼びなさい!」


 そんな捨て台詞を吐き、残念イケメンは嵐のように浴室から出ていった。


「なんだったの、あれ……」

 

 そして風呂から出ると。

 髪に甘ったるい香油を塗りたくられた。


「貴女……普段お手入れしていないでしょう?」


「そんなん塗っても、私の癖っ毛は手強いからね! お手入れなんてとっくの昔にするの止めたよ」


「それに貴女ホントに女の子なの? お肌も髪も荒れ放題じゃない! クマもすごいし、ちゃんと夜寝ていないでしょ? 夜更かしは美容の敵よ!?」

 

 この残念イケメン、本当は騎士様なんかじゃなくて侍女なのでは?

 

(……女子力高すぎ)


 いやでも、私は自信を失くした。

 服を着たままとはいっても、水に濡れて下着とか多少は透けていたわけよ。

 なのにこの残念イケメンは無反応で、何故だか少し悲しくなった。


「そういえば私、あっちの実家とか行きたくないんだけど、やっぱり行かなきゃ駄目?」


「嫌なら公爵家には行かなくても大丈夫、今こちらで調整していてね? 貴女の住む家とかも探してるの、でも多少は関わる事になると思うわよ残念だけれど」


 アルスに行ったら実家に行かなきゃいけないと思っていた、けど嫌なら行かなくてもいいらしい。

 

「そう……でも多少は、関わっちゃうんだ」


「貴女はもう公爵令嬢ではないし貴族でもないけれど、同じ国に住むのだから多少はね?」


「そっか」


「それと貴女はイクスからの国賓という形で、アルスに滞在する事になると思うわ」


「国賓?」


「そう、国賓。貴女は世界の英雄だもの」


「英雄か、大袈裟だなぁ……」


「全然大袈裟じゃないよ! 貴女の作り出した薬に、命を救われた人はね何万何十万人何百万人ってこの世界にはいるのよ」


(アレは誰かを救いたくて作った薬ではないのに)


「面倒だな」


「それとアルスに着いたら貴女を歓迎する宴が王宮で開かれるわ、そしてそこにはやっぱり貴女の親御さんとか双子の妹さんが出席するだろうし……」


「妹……」

 

「王太子の婚約者、クリスティーナ様。淑女の鏡とまで称される礼儀正しいご令嬢よ」


(そしてやっぱり面倒だった。軽くなった気分が即座に重くなった)


「なんか知りたくなかった情報をいきなりぶちまけられたよ? そっかぁ、私の妹って婚約者とかいるんだ? 私なんて年齢イコール彼氏居ない歴なのに、くそがっ」


「モテない女は辛いわね……ああ、でもほら! 貴女まだ若いんだしこれからよ! きっと! 大丈夫よ! きっと! いい人が現れるわ! 元気出して! まぁアルスじゃ十七歳で婚約者すらいない令嬢は一人もいないけどね」


 可哀想な子を見る優しげで哀れみ満載な目で、イケメンだがオネェ口調のヤツに励まされた。


(もしかして。アルスじゃ私、行き遅れ?)

 

「イクスじゃ結婚なんてするやつのほうが少ないのに、やっぱり行きたくないーー!」


「……まぁ、貴女が産まれてすぐこっち来てなかったら、王太子殿下は貴女の婚約者だったはずだものね。それは複雑ね? うん」


(全然知りたくなかった情報がまた追加された)


「え……どういうこと?  私がその王太子とかの婚約者だった?」


「そうよ? 貴女の産まれた公爵家の順番だったもの王家に嫁ぐのは。そこの娘が王太子妃、その後の王妃になるのが貴女達が産まれる前から決まってたからね、あれ知らなかった? 五大公爵家持ち回りで順番に王家に嫁ぐのよ、権力を分散しつつも王家の魔力を保つ為に魔力の強い五大公爵家からね、その為の五大公爵家ね」


「え……嘘、まじ?」


「まじもなにも、貴女に魔力がないって鑑定されて当時は大騒ぎだったのよ、運が良かったのか悪かったのか貴女達は双子の女の子だった。妹さんのほうが莫大な魔力持ちで珍しい魔法の適正があったからよかったものの、そうじゃなかったら、どうなっていたことか……」


「私の妹そんなすごいヤツだったのか! やるじゃん! さすがこの私の妹!」


「貴女ほんと似てないわね、本当に姉妹?」


「あ、そんなに似てないんだ?」


「そうね、妹さんは淑女の鏡だもの。深窓のご令嬢よ、容姿、仕草、お言葉使いすべてに置いて美しく優雅で繊細で嫋やかな、まるで女神みたいな方ね」


「淑女のとかなんかすげーー! ヒューやるぅ!」


「……貴女、ホントにクリスティーナ様と姉妹?」


「いやそんなの知らんけど? 会ったことも、産まれた時とかママンのお腹の中とかしかないだろうし? 興味ねぇしな! はは!」


「……この子に社交界とか絶対無理、まだアルスの平民の方が幾分かマシね」


 手紙一つ寄越したことのない両親と魂の片割れ。

 そして魔力がないというだけで私を無価値として、追放した国。

 そんな気が滅入るような国に、これから行かなきゃいけないだなんて。

(……やっぱり最悪だ)

  

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