ラブトポロジー

黒木蒼

01 10年ぶりの再会


「10年ぶりの再会を祝って、かんぱーい!」


 カウンター席に横並びで座り、10年前の同級生、矢矧 瑠夢(やはぎ るゆ)の掛け声を合図に持ち上げたシャンパングラスをカンッと軽く合わせる。

 長い年月が経っても甘いがさっぱりした聴き心地の良い声は変わらない。


「まさか瑠夢が二次会に誘ってくれるなんて思わなかったよ。ありがとう」

「え〜? 私ってそんな冷たいイメージだったの?」


 拗ねたように頬を膨らます。そんな頬は酔いのせいか血色が良いピンク色に染まっている。

 このお店は一応同窓会の二人だけの二次会ということになっている。一次会でもそこまで沢山のお酒を飲んでいる様子はなかったが、この感じだ。瑠夢はあまりお酒に強くないのかもしれない。

 瑠夢は高校の同級生という関係ではない。通っていた高校が全寮制の学校で、瑠夢とはルームメイトとして3年間を共にした。なので他の友達と比べ、頭1つ抜けた特別な存在に感じている。


「前日から同室だった相方と会えるのかなってワクワクしてたんだけど」


 「そんな冷たく見えてた?」と、拗ねた口調で問いかけられる。

 そんなことはないと頭を振り、言葉を繋げる。


「瑠夢を見かけたときから、二人で飲みたいなって思ってたから。嬉しくて」

「ふふん。よろしい」


 機嫌が良さそうな笑みを浮かべ、もう一口お酒を含む。

 その姿は映画の登場人物であるかのように芸術的な綺麗さだった。

 高校生のときから綺麗な顔だったが、成長し、化粧を覚えたことで美しさに磨きが掛かっている。

 大きな黒目に上がった長いまつ毛、二重幅も涙袋も広すぎず狭すぎず適度にありバランスの良い目元だ。

 鼻筋はしゅっとしていて綺麗系だが、唇はアヒル口みのある可愛い形なため、表情によっては可愛さが勝ることがある。

 綺麗さと可愛さが同居している誰もがなりたいと思える容姿だ。

 

「菜月は今何してるの?」

「普通に仕事。事務やってる」

「ほへー、真面目そう」

「真面目なのかな。お金もらうためにほどほどにやってる」

「あれ。高校生のときに、生物系の職に進むとか言ってなかったっけ?」

「……そうだっけ?」

「忘れちゃった? ……まぁでも10年前だもんね。毎日忙しかったら、忘れちゃうこともあるよね」

「そ。瑠夢は?」

「ニート」


 誇らしげること、恥ずかしがることもなく、当たり前のような口調で言った。

 私たちが通っていた高校は所謂お嬢様学校だった。上場企業の役員を親に持つ同級生が多く、有り余る資産を所持しているため高校・大学卒業後は働かない選択肢が用意され一生家のお金で贅沢に暮らしていく子たちも少なくない。

 

「いいな。私のうちはそこまで裕福じゃないから、普通に働かないとだった」


 そんな立派な親たちと関わりを持つために、無理をしてでもお嬢様学校に入れたがる家もある。それが私の親だった。

 生活費を削り、無理をして入学させたのだと苦労話を何度も聞かされた。その結果、有力者と繋がれたのかは私の知ったことではない。

 ……と思っていたが、お金を稼ぐ大変さを知った今では、そんな大金を作ってくれたことをほんの少しだけ感謝している。彼らのお陰で、瑠夢と会えたのだし。


「毎日忙し?」

「忙しい……のかな。もう働くことになれちゃって分かんない」

「へー。そうなんだ」


 瑠夢にとっては知らない世界の話なのだろう。楽しそうに聞いてくれる。


「彼氏は? ……もしかして結婚した?」

「いない。してない。働いてると本当、出会いない」

「最近そういうのよく聞く。社内恋愛とかないの?」

「ないよ。同期、少ないし。なんていうか恋愛対象として見たくもない」


 私の返答に対して「なにそれー」とカラカラと笑う。

 社内恋愛は上手くいっても行かなくても気まずい空気になるイメージがあり、絶対にしないと決めている。同期とは関係を変えずずっと友達としていたいのだ。説明をしても良かったが、休みの日に同期とはいえ会社の人の話をするのは、嫌なのでこれ以上を話すことは辞めた。

 

「でも良かった。私と一緒だ」

 

 予想外の一言にガタっと身体の向きを変える。


「あーぁ。帰ったら同級生は結婚してたのか、とか聞かれそう〜」


 相当嫌なのか、瑠夢はごくごくとお酒を飲み進める。あまり強くない彼女にとってそのペースは危険ではないだろうか。

 そんな心配が頭の片隅にある。しかし、今は別のことに気を取られて心配することに気が回らなかった。

 私は椅子の背もたれが右腕になるように身体の向きを変え、瑠夢に問いかける。

 

「瑠夢、結婚してないの?」

「してないよ」

「高校の時に付き合ってた人は?」

「……誰だっけ」

「ゆいとくん、みたいな人」

「あ――……。そんな人いたかも」

「そんな人って。……別れたの?」

「うん。覚えてないくらい昔に」

「そう……なんだ」


 高校時代に付き合っていた彼氏とは別れていた。

 そっか。時間は進んでいるんだ。あの時と同じということは、ないんだ。


「うぅ……家に帰りたくない。でも他に帰るところないし」


 どんどん酒が進む。やっと気を取り戻すことができ、瑠夢の飲酒を止め水を勧める。

 冷たくて飲みやすかったのか、水であってもごくごくと飲んでくれた。

 しかしさっきまで飲んでいたお酒が回ってきたのか、瑠夢はどんどんふわふわとした状態へとなっていく。

 面白がっちゃダメなのかもしれないが、この姿はなかなか可愛い。

 

「最近うるさいんだよね。結婚しろ、結婚しろ~~って! 瑠夢ちゃんには幸せになってもらいたい、とか言ってさ」


 28歳、未婚女性なら8割は経験したことのある親からの圧だ。私も時々受ける。

 

「私は私のために可愛くして、私のしたいことをするのが幸せなのに。なんで結婚が人生最大の幸せみたいに言うんだろ。……ねぇ菜月もそう思わない?」

「激しく同意」

「あはは、菜月最高」

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