1章3話:ヒロインにしてあげる

「どういうこと!?」


 自己紹介の時間が終わり次第直ぐにニコラを連れ出して教室から出た。途中好奇の目に晒されて本当に嫌な気分になったが取り敢えず無視をする。

 誰も来ない空き教室で、僕はニコラに詰め寄った。だがニコラから出てきた答えは予想外のものだった。


「あのね、ボク考えたんだ」

「な、にを……?」

「ほの囮って夏葉のこと好きでしょ?」

「ーーッ!? そ、それが分かってるならなんで!」

「ああ、折角だし言っちゃおっかな」


 歪んだ笑みを浮かべるニコラ。その表情に思わず後ずさる。




「ボクね、実は夏葉が好きなんだ」




 ……へ?

 一瞬、彼女が何を言ったのかよくわからなかった。好き? 誰を? ニコラが、夏葉を?

 そんな僕を置き去りに、ニコラは上機嫌に喋り続ける。


「だからさ、これはみんなの為でもあるんだよね。ウィンウィンっていうの? ぬふふふ!」

「い、いや、それが事実だとして、だからどうして」

「絶対に実らない恋に夏葉を捕らえさせ続けるのって酷じゃない? だから現実案を採りたいなぁって」

「だから何を!」


 何が言いたいのか分からないニコラに、僕は詰め寄る。だが直後に彼女から飛び出てきた言葉は、僕にとっては驚愕の事実以外の何者でもなかった。





「海知は、ほの囮のことが好きなんだよ?」





 ………………………………は? は? は?

 え、いや、そんなこと……。


「ほの囮が海知と、ボクが夏葉と結ばれる。悪い話じゃないと思うんだよねー。それがボクらにとっての最適解。ボクら4人はずーっとこの街で暮らしていくんだから仲良くしないとだよね!」


 狂気的に笑うニコラ。その目には一切の光が灯っていない。それどころか正気を感じ取ることができない。故に思わずこう思ってしまった。


 ーーお前、誰だ?


 状況がまだ飲み込めていないけど、彼女の異常性だけは分かる。あまりにも普段のニコラと異なった雰囲気を出していて、まるで『何かに取り憑かれたよう』であった。

 そんな彼女に気圧されて思わず後ずさるが、ニコラは僕を逃がさない。僕の腕を掴み、満遍の笑みで続ける。


「に、ニコラ……?」

「あ、いっそ性転換してみたら? ボクいいサプリを知っててさ〜」

「もう、やめて……」

「やめないよ。ボクは夏葉が欲しいんだ。だから海知には絶対ほの囮とくっ付いて貰う。ぬふふ、BL需要も満たされて一石二鳥、誰も損しない、割とアリよりのアリ過ぎるのでは!?」

「やめて!!!」


 そう言って、全力で教室から飛び出す。

 だがしかしそんな僕の腕を掴んで引き戻すニコラ。

 そして、ニコラは凡そ彼女のものとは思えないほど低く暗い声で囁いた。


 ーーそう、まるでニコラではない存在が彼女の顔をして喋っているかのように。


「やめないってば。ほの囮はボクの『ゲーム盤』の『駒』なんだから。駒なら駒らしくボクを楽しませてよ、ね?」

「な、なに、を……」

「ほの囮の世界はボクの手のひらの上ってこと。知ってるでしょ? ほの囮の人間関係は全部ボクが管理してる。ボクのゲーム盤でなら、ほの囮も海知も夏葉も4人幸せに暮らせるんだよっ」


 『ゲーム盤』? 何を言っているの? 

 三日月型に歪むニコラの口。そこに居たのは人間ではない。悪鬼の如き少女がニタニタと嗤っているだけだ。


「ボクが全部管理するし全部決めてあげるよほの囮。そんな可愛い顔してるんだから、ほの囮は主人公じゃなくて『ヒロイン』になるべきだ。それが良い、それが正解だ」

「何を言って……」

「海知のヒロインにならないなら、テキトーなモブをあてがっちゃうよ? それは嫌だよぇ? モブ攻めも嫌いじゃあないけどさぁ」


 おかしい。こんなのはおかしい。だって、彼女はまるでこの世界をゲームのように……。

 そして彼女はそんな僕の思考を読んだかのように笑った。


「ゲームみたいだって思った?」

「ーーッ!?」

「そうだよ。だってボクがそう望んだんだから! ボクはね、ほの囮。望んだ世界を作れるんだ。ここはボクの創作の世界なんだよっ。


 ーーボクの望んだゲーム世界のヒロインがほの囮!


 なぁんて、信じられるかな?」


 信じられるわけない。信じられないけど、でも今までの都合の良い出来事だって全部それで説明がついて……。

 狼狽える僕にニコラはやはりニッコリと微笑んで言う。


「ボクが君をヒロインにしてあげるよっ」


 満足げに教室を出て行くニコラ。僕はただ、呆然と立ち尽くすのみであった


◇◆◇


 教室へ戻る道中、ヒソヒソ声が聞こえる。


「ほら、あいつ、外部から進学してきた奴。男好きなんだってよ」

「顔まじで女の子だもんなー。頼んだらヤらせてくれるかな?」

「あの顔なら男だろうとヤれるわ。女少ねえし、マジで彼女にしてぇ」

「わかりみー」


 この学校は田舎で尚且つ中学からの内部進学が多いし寮生も多い。THE閉鎖空間。まさしく監獄だ。だから娯楽に、話題に飢えている。こんなの格好の的だ。きっと噂が広がるのは早いに違いない。

 ……僕はまた、友達が出来ないんだろうか。また、あの3人に飼い殺しにされてしまうのだろうか。そんなどんよりとした気持ちを更に上回る悩み事が出来てしまった。いわずもがな先ほどの件だ。

 あの時のニコラは一体何を言っていたのだろうか?


「望んだ世界を創れる、か……。確かに昔からゲームみたいな展開だって思ったりはしたけどさ、そんな馬鹿馬鹿しいことあるわけ……」

 

 だが過去の経験がそれを否定させてくれない。

 駄目だ、こんな沈んだ気持ちじゃ何も考えられないし考えたくない。途端にさっきまでのことを思い出して気分が悪くなる。ふらっとして壁に手をつくと、誰かがこちらに走ってくる音が聞こえた。


 ああ、やめてよ、本当に。今は顔を見たくなかった。


「ほの囮?」

「か、いち……」


 目の前に立つ少年の手を差し伸べる行為が、ニコラの言葉のせいで今は全て別な意味に見えてきて気持ちが悪かった。


「ほの囮、俺は……その、驚いたけど、お前が男好きでも全然なんとも思わない!」

「…………」


 いい奴であることに代わりはないから困る。やっぱりニコラの発言なんて嘘っぱち……。


「や、寧ろ、その、安心したっていうか。話があって、俺……実はほの囮のこと……」


 前言撤回。即Bダッシュ。

 背後からは「待ってくれほの囮!」という声が。待ってくれはこっちの台詞だよ!? 感情の整理が追いつかないよ!

 結局その日はほとぼりが冷めるまでトイレに篭り、即下校の準備に取り掛かる。


「ほの囮、ちょっといい?」


 校門を速攻で出た筈なのに、後ろを振り向くとそこには夏葉が立っていた。

 あぁ駄目だ。

 嫌な予感しかしなくても僕は彼女に呼び止められるだけで舞い上がってしまう。彼女が海知を想っていたとしても、僕は夏葉のことが……。


「あの2人も悪気はないの! 寧ろほの囮のホントの気持ちをみんなに明かした方が後々の為にもいいと思ってやったの。他の人がどう言おうと、私たちはずっと味方! だから」

「………………………まさか、共謀したの?」

「ニコラがあそこまでやるとは思わなかったけど、でもこれでみんなほの囮の気持ちを知ってくれたと思うし、これからは私たち対等に」


 あああああああああああああ!!! 聞きたくない聞きたくない聞きたくなーい! 朝の内緒話はこれかぁぁぁぁああ!!! 

 ああ、僕の高校生活最悪な形で終わった……。


「もうやだぁぁぁああ!」


 その場から思わず逃げ出す。夏葉が呼び止めるけど、もう立ち止まる心の余裕もない。


「みんな、身勝手すぎだよ……」


 溜息を吐く。どこまでも続く夕焼け空。けれど僕にとってこの夕焼けは旧市街の端から端まで。その先の、街の外には繋がっていないのだ。

 この街はどこまで行っても箱庭で、僕は箱庭の中に閉じ込められてしまった。憂鬱な気持ちになりながら家へ帰る。


「あの樹海の方が、よっぽど空より広く見える」


 視界の端、翠の海が見えた。


 『翠ヶ淵みどりがふち樹海』、この北湊を象徴するような存在である。


 人が大空に憧れるのならば、僕は樹海へ。深淵の海へ憧れる。それは僕を別の世界へと誘ってくれる気がするから。


「はぁ、帰ろ」


 ああ、今日も世界は変わらない。あいも変わらず憂鬱のままだった。

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