第1章:山の神の巫女

1章1話:変わりたい

 僕の人生はBL作品だ。


「や、やめてよ……」

「うへへ、なよなよと女っぽいよなぁお前」


 揶揄ってくる男子生徒から逃げるようにして早歩きをする。いや、まずは説明に戻るべきだろう。

 人生がBL作品。いきなり何言ってるんだよって感じだけど残念ながら事実です。

 BL、ボーイズラブの略称、つまり男同士の恋愛という意味。LGBTが世界的に認められつつある現代ではさして珍しくもない光景だとは思うけど、僕にとってBLという言葉の意味は重い。


 僕は高校入学と同時にクラスの連中に弄られ……いやイジメられ始めた。本人達は普通のスキンシップのつもりなのだろうけど、正直尻や胸を触る・机に卑猥な玩具をいれられるなどなどの行為はもうイジメ認定でいいと思う。

 まぁ兎も角、これに関して僕が思ったのは『またか』という一言に尽きる。小学校・中学校と同じようなイジメられ方をしてきた訳で、正直慣れっこだ。いや、まぁ"入学式の日の自己紹介は予想外だった"がそれはともかくとして。


 僕ーー犀潟(さいがた)ほの囮(か)は男の娘である。


 自分で言うと死にたくなるけど客観的事実なのです……。生まれつきどうしようも無いほどの女顔で色んな要素も女の子に近い。過去の証言がそれを証明している。


「リアル男の娘や、あー、大すこや」

「ほの囮たん……黒髪セミロングの目隠れ男子ほの囮たん……はぁ、はぁ」

「ほの囮って、なんかいい匂いするんだよな、女の子の香りっていうか。ぐへ、ふへへ」

「身長も低くて抱き心地良さそうでござる、ぐふ、ぐふふ」

「なんとなく仕草がメスですわ〜、これは捗りますわぁ〜ぬへへ」


 こんな感じ。自分で言うと気持ち悪いので過去に存在した色んな変態に出演して頂いた。精神衛生上宜しくないので今後二度と出演はないと思って頂きたい。というか僕が出演させない。

 さて、ただこうやってイジメられてるだけならまぁまだ妥協は出来る。人間諦めも肝心だから。

 だが事はそう単純ではない。


「おいやめろ、ほの囮(か)が嫌がってるだろ!」

「うぉっ!? くそ、また柏崎か! つーかそいつが女みてえだから悪いんだよ、なぁ?」

「そーだそーだー! 俺たちみんな数少ねぇ女に飢えてんだよ! お前のせいだぞこのハーレム野郎!」

「柏崎お前だって、ほの囮(か)のこと女みてぇだって思ってんだろ!」

「そ、それは……今関係ないだろ!」


 真っ赤になってますよー。ちゃんと否定してくださいね親友よ。

 さて、今こうやって僕を庇ってくれた黒髪の少年は柏崎 海知(かしわざき かいち)という。一応小学校からの付き合いで、僕には彼しか男友達がいない事もあり『親友』のようなポジションになっている。

 しかもこの親友、とことん主人公キャラのようで、両親は謎の海外出張を続けて家では義理の妹と2人暮らし。謎の武術を習っておりコンビニ強盗から銀行強盗まで蹴散らすスーパーマン。こいつの活躍回数のせいでこの街の治安に不安を覚えたのは僕だけなのだろうか。

 そんな海知は当然女の子にもモテモテなのだが、それ関連で彼は僕の悩みの種でもある。


 ーー何故か僕は海知とのカップリングを作られているのだ。


「ほの囮、嫌なことされてないか? 困ったことがあったらいつでも俺を呼んでくれよな!」

「う、うん、ありが」

「きゃああああ! 今日も海知(かいち)くんカッコいい! これはほの囮(か)ちゃんも惚れちゃうよぉおおおおおおお!!!」

「海知くんの腕に抱かれるほの囮ちゃん……男同士なんてイケないのに好きになっちゃうなんてッーー! みたいなあああ!?」

「でもほの囮かちゃんのことは財閥の御曹司の彼や、真面目系風紀委員の彼、サッカー部のオラオラ系の彼や美術部のゆるふわ系の彼だって狙ってるって噂よ!」


 はい解説ありがとう黄色い声援のみなさん。……え、まって、何それ知らない聞きたくなかったよクソが。

 そして更に、乙女達の腐ったさえずりに混じって近場からも嫌なさえずりが聞こえてくる。


「きゃぁああ! 『うみほの』よ『うみほの』! 朝から眼福ね!」

「うんうん、後はほの囮がメス堕ちすれば万事完璧だね。ボク達がキューピットになってあげないと、ふふっ」


 ぼくの幼馴染2人、海知含めて4人は所謂いつメンというやつだ。というか我々3人とその他の女子含めて『柏崎(かしわざき)ハーレム』とかいう不名誉な団体名を付けられている。その原因も勿論彼女らだ。


「ねぇねぇほの囮。海知に挨拶されてキュンってした!?」

「してない」

「もぉ〜! 可愛いなぁ!」

「む……」


 凄い頭撫でて弟……いや妹扱いしてくるこの女の子は赤泊 夏葉(あかどまり かよ)。黒髪ロング正統派少女。一応……僕の想い人。ただこの3人はそれを分かった上で僕にBLさせようとしてるからタチが悪い。

 その夏葉(かよ)は海知に恋をしている。けれど夏葉にとって僕は妹で、それでいて海知相手に恋のライバルであって欲しいのだ。意味がわからないって? 僕も意味がわからない。


「ほの囮の気持ちは嬉しいの。でもね、私は海知が好き。そして、ほの囮も海知が好きなのよね? あ、誤魔化さないで! 私そういうの偏見ないから。ほの囮は自分のこともっと曝け出しても良いのよ? よーし! 姉妹対決、負けないから! 一緒に海知に好きになってもらおう!」


 これは僕が夏葉に告白した時の返答。うん、意味がわからない……。

 兎に角、夏葉は恋愛脳なのだ。そして本気で僕が海知のことを好きだと勘違いしている。この前の彼女からの誕プレは『男同士のいろはにほへと』という漫画だった。意味がわからない。


「ぬふふ〜、お尻をスルッと!」

「ひゃっ!?」

「お、可愛い声出たね! これはメス堕ちの日も近いかもね!」


 この茶髪ミディアムの眼鏡女子は『村上ニコラ』。ちなみに彼女が1番タチが悪い。

 どういうことかと言うと、柏崎ハーレムはみな彼女の影響を少なからず受けている。彼女の思想はこうだ。


「みんなが海知のことを好きで居れば、それで4人ずっと一緒だね!」


 ということらしい。一度きっちりサイコパス診断引っかかってくれればいいなと思う。

 彼女のヤバい所は僕を『メス堕ち』させるのに手段を選ぼうとしないところだ。具体的には外堀から埋めようとしてくる。

 家族、学校の友人などに彼女は僕が海知のことが好きらしいと面白半分に言う。それが遊び半分だとしても、大人からすれば立派な『ゲイ』疑惑である。これによって僕が海知を好いているというのが特定の人には周知の事実になってしまっていた。流石にやり過ぎだと思う。


 正直言おう。僕はニコラが苦手だ。


 苦手だし、あまり良い印象を抱いていない。

 ニコラは僕が恋愛できない理由の一つである。僕はずっと夏葉のことが好きだが、普通それ以外にも女子と関わりが出来る……筈だ。学校生活を送ってるのなら。しかし、


「ふふ、そのためにほの囮に近づく女は排除してきたんだから!」


 と、いう訳で昔から僕は女の子に縁がない。寧ろ男に告られること24回。泣いていいかな?

 彼女は僕が夏葉に想いを寄せていたことを知ってるしなんならまだ未練があることを知っている上で、僕がこのコミュニティから抜けられないのを良いことに好き勝手している。僕を彼女達から逃げられないような状況にしている。実際その通りになってるから、初恋というのは厄介だなと思う。


 さてこの以上の例が示すとおり、僕を取り巻く環境はこの時点で3つ。

 

 1つ、女子が少ない故に僕を『男の娘』としてワンチャン狙ってる男子達。

 2つ、僕の劣等感を煽る上に僕をハーレムメンバーだと思い込んで精神的にぶん殴ってくる柏崎ハーレム。

 3つ、僕と海知のBLを望んでいる学校の乙女達。


 控えめに言って地獄。大体意味がわからない。君ら海知が好きなのにライバル増やして楽しいんか? 普通ライバル増えるの嫌でしょ?

 と思って夏葉に尋ねたら、


「恋のライバルって良いことだと思わない? なんか少女漫画みたいで憧れちゃうわ! あ、勿論ほの囮もライバルだから! 負けないわよー!」


 と返ってきた。言わんとすることは分かるけど巻き込まないで欲しい。ていうか初恋相手からのライバル宣言とても辛い。


「はぁ……」


 向かうでワイワイやっている柏崎ハーレムを眺めたのち、空を仰ぐ。

 小・中学時代は幼馴染2人によって僕は海知が好きだという情報が広まっていた。そして、高校ではもっと多くの人間の認知によって、晴れて僕は柏崎ハーレムの一員になってしまった。

 何が言いたいか簡潔に纏めたい。

 僕の今までの青春は、彼女らに邪魔されてきたのだ。

 それが漸く高校生になって人が多い高校に編入したから何か変わると思ってたっていうのに、何も変わらない。


 この街は狭い。情報がすぐ伝わる田舎町。だから僕が海知を好いているという『デマ』は直ぐに街中に伝わる。勿論自宅にも。


 ーー何処にも逃げ場なんてない。


 そう言われてるような気がして、僕は脱力感に襲われる。

 海知が嫌いなわけじゃない。僕は僕を取り巻くこの空気感が大嫌いだ。街のどこにいっても、自宅にいても付き纏ってくる田舎特有の空気感が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで!


 けれど内気な僕にとって、友人は彼らしかいない。それはきっと思う壺な訳だけど、僕は弱いから1人になれない。そんな弱い自分が嫌いで、変えたくて。なのに……。


「変わりたいなぁ」

 

 今日もまたそう呟き、憂鬱げに空を眺めるだけだ。


 高校1年生の春、僕はこの街の空気感によって飼い殺しのような生活を強いられていた。

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