第4話 大切な仲間
オルタナとルナが街へ帰還した翌日。
「ゆ、ユリアちゃん!!!」
息を切らしたルナがギルドの医務室へと急いで入ってきた。先ほどギルドの職員からユリアが目を覚ましたと連絡があり、急いで駆けつけたのだ。
「あっ、ルナ...!」
「ユリアちゃん...!」
そこには意識を取り戻したユリアがベッドに上体を起こして座っていた。ルナは急いで彼女の元へと駆け寄って優しく抱きついた。
「よかった...本当に良かったよ...!」
「...心配かけたわね」
しばらくの間、ルナはユリアを抱きしめながら今まで抱えていた不安をすべて洗い流すかのように涙をポロポロと流していた。そんな彼女の頭をユリアは彼女が泣いている間ずっと優しく撫でていた。
「ルナ、話はギルド長から聞いたわ。あのSSランク冒険者のオルタナさんが助けてくれたんですってね」
「...うん!あの人のおかげでユリアもセルトくんもベルガさんも...生きててくれてよかったよ...!!」
それからしばらくしてルナもようやく落ち着きを取り戻した頃、話題は彼らのもう二人の仲間──セルトとベルガのことになった。
「セルトとベルガ、まだ意識が戻ってないんでしょ?それに意識が戻っても冒険者に復帰するのは絶望的だって聞いたわ」
「うん、二人とも見つけた時には虫の息で生きていたのが奇跡なぐらいだってオルタナさんが言ってた。それでオルタナさんにも言われたんだよ、これからどうするのかって。私たち二人だけじゃ今まで通りの活動はできないし、それに新しく剣士と盾役を募集しようにも二人の代わりになる人なんてなかなか集まらないだろうって...」
ルナはオルタナに言われたことをユリアにも伝えた。ユリアもその言葉を聞いて自分たちのこれからが今問われているのだと実感する。
そう、彼女たちはもう今まで通りではいられないのだ。
「ルナは...これからどうするつもりなの?」
「わ、私は...」
その問いを聞いたルナは顔を伏せて考え込んだ。彼女自身もこれからどのようにするべきなのかはっきりと答えを出せずにいたのだ。
「私は...私はね、家族のためにも自分のためにも冒険者を続けたい。でも私、ユリアちゃんみたいに攻撃魔法があまり得意じゃないし、かといって業火の剣みたいに気の合うパーティがまた組めるとは思えないし...これからどうしたらいいか、まだ分からないんだ...」
「...そう、だよね」
ユリアはルナの言葉を聞いて改めて失ったものの大きさを感じた。ぶつかったり、喧嘩になることもあったけれど彼女たちにとっては業火の剣というパーティはとても居心地のいい居場所だったのだ。
ユリアは目線をルナから外し、俯きながら自身の手をじっと見つめ始める。そのまま何も言葉を発さないまま時が流れていく。
数十秒ほどの静寂の後、意を決したようにユリアの口がゆっくりと開き始める。
「ルナ...私も、業火の剣が大好きだったんだ」
「うん、私も」
「でもね、セルトとベルガが私たちを逃がすために...ドラゴンに立ち向かって行って...そしたら、逃げた先でドラゴンが何食わぬ顔で私たちに...その光景が今でも目に焼き付いてるのよ。私、ね...思い出すと...て、手が...すごく震えてくるの...」
ルナはふと話しているユリアの手元へと視線を向けてみると小刻みに震えているのが分かった。どうやら今回の件で彼女は酷いトラウマを負ってしまっていたようだ。
「正直なところ今の私もね、セルトたちと同じようにもう一度冒険者として依頼をこなせるかと言われると...その、ね...こ、怖いのよ。またあんな魔物と...戦うことになったらさ...あんな目にあうんじゃないかって...」
「うん...」
すると話していくうちにユリアも心に留めいていた感情が決壊したのか、彼女の目からは大粒の涙が零れ始めた。
「ご、ごめんね、ルナ...私、もう戦えないや...」
「ユリアちゃん...」
言葉を絞り出すように本音を伝えたユリアは声を上げて泣き始めた。そんな彼女の様子を見たルナも感情があふれ出して涙を流しながら彼女を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ、ユリアちゃん。謝らなくていいんだよ」
「ごめ゛んね...本当に...うぅ...ごめんね...」
ルナは泣きじゃくるユリアを抱きしめながら頭の中に業火の剣と過ごした日々が流れていた。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、怖かったこと...いろんな思い出が彼女の脳裏に浮かんでいた。
しかしそれと同時に、これからは業火の剣の思い出は増えていかないんだと彼女は思い知る。彼女は心にぽっかりと大きな穴が空いたように感じていた。
ひとしきり泣いたユリアはまだ体が本調子ではないようですぐに疲れて眠ってしまった。そんな彼女をゆっくりと寝かせてからルナは静かに医務室を後にした。
翌日、ルナは再びユリアの元に訪れていた。オルタナの治療のおかげで軽傷で済んだ彼女は今日にも普段の生活に戻れると聞いたからだ。
「ユリアちゃん、もう大丈夫?」
「平気平気...!もうすっかり怪我は治ったわ!」
ユリアは元気そうに笑顔でそう答えた。
そんな彼女の様子を見てルナは少しほっとしていた。
「それで、これから...どうするの?」
「...そうだね」
ユリアはそう言うと手を頬に当てて考えるポーズをした。その様子を見たルナは思わず口角が上がり、笑顔がこぼれてしまう。こういうユリアの考えていることと動きが一致するところがルナはとても好きなのである。
「まあ、しばらく考えてみるわ。それにパーティの件も二人が目覚めないと話しできないし...」
「確かに...そうだね」
そうして二人は一旦ここで解散することとなった。結局、今後のことを話し合うにはセルトとベルガの意識が戻るのを待つしかない。
だけれども実際には業火の剣が存続することは出来ないと互いに分かってはいるが、言葉にすることはなかった。言葉にすればその瞬間にでもパーティの解散が確定してしまいそうで怖かったのである。
そうしてルナたちが帰還してから5日後、ようやくセルトとベルガの意識が戻ったと彼女たちの元へ連絡があった。
その知らせを聞いた直後、ユリアとルナは急いでギルドの医務室へと向かう。
駆け込むようにしてギルドの医務室へと入るとそこには横になったままではあるが、元気そうに二人で話しているセルトとベルガの姿があった。
「セルト!ベルガ!」
「おっ!ユリア!」
ユリアとルナは急いで彼らのベッドに駆け寄った。
心配そうな顔でやってきた彼女たちを彼らは安心したような笑顔で出迎えた。
「二人とも元気そうで、良かった」
「俺たちが体張った甲斐があったな」
二人は冗談交じりに彼女たちの安否を喜んでいたが、そんな彼らとは裏腹にユリアは沸々と怒りのボルテージが上がっていた。
「あなたたち...いい加減にしなさいよ!!!」
「「は、はいっ?!」」
突然のお怒りにセルトもベルガもベッドに寝ながらではあるが反射的に姿勢をピンッと伸ばしてしまった。彼らは追撃の怒声が来ると身構えていたが、なかなか来ないのでゆっくりとユリアの方へと視線を向けた。
するとそこには大量の涙を流しながら怒りの表情を向けているユリアの姿があった。
「...オルタナさんがいなかったら二人とも本当に死んじゃってたんだから!!!本当に...本当に...心配かけて...うぅっ...」
「「......」」
涙が止まらなくなってしまったユリアをルナが必死に落ち着かせる。その様子を見たセルトとベルガはとても気まずそうな顔をして天井を見つめていた。
それからしばらくしてユリアが落ち着いた頃、彼らはようやく話し合いを始めることとなった。
「俺たちがドラゴンにやられた後のことは職員の人から聞いたよ。本当にオルタナさんには感謝しかないな」
「ああ、あの人がいなければ俺もセルトも...もしかしたらユリアもルナも死んでいたかもしれないからな」
「私がね、オルタナさんにお礼を伝えたら気にする必要はないって...」
「それでも感謝はしないとね」
業火の剣全員でオルタナへの感謝を示す必要があるということに関して、彼らは満場一致でするべきだということに決まった。言葉だけでいいものかというのはまだ議論の余地がありそうだけれども。
「...そういえば二人とも、その......身体のことは聞いたの?」
ユリアが聞きにくそうにセルトとベルガに尋ねる。身体の事というのはもちろん、瀕死の状態から回復した際の後遺症である。
「...ああ、それもギルド長から聞いたよ。確かに今までみたいな力が出そうにないのは感覚で何となくわかる気がする」
「ギルド長の言う通り、こんな状態だと冒険者復帰は難しそうだな」
彼らは淡々と話してはいるが内心はとても悔しいだろうとユリアもルナも感じていた。セルトもベルガも冒険者であることを普段から誇りに思っていたことを彼女たちが一番知っていたのだから。
「...二人とも、大丈夫?」
「「......」」
二人はルナの言葉に先ほどまでのように冗談交じりに答えようとしたが、彼女たちの真剣で不安げな表情を見ると自分たちの本音を彼女たちは分かっているのではないかと感じて思わず言葉に詰まってしまった。
「...まあ、そうだな。本当のところを言えば、そりゃ悔しいさ。せっかく今まで頑張ってきてようやくSランクになって、これからだって時にこんなことになっちまってさ。自分の弱さに本当に怒りが湧いてくるよ」
「......セルトと同じく、俺だって悔しい。ドラゴンにやられてしまったこともそうだが、何より仲間も満足に守れなかったことも...」
二人はそれぞれ思いの丈を徐々に溢れさせていった。
悔しさのあまりセルトに至ってはじわじわと目に涙を浮かべていた。
そんな彼につられたのかルナもユリアも次第に目を潤ませていた。
「...はぁ、ごめん。柄にもないこと言っちゃったな」
「いいんじゃない?今の状況なら仕方ないわよ」
いつもなら言い合いの一つでもしているセルトとユリアだったが、今日は二人とも笑顔で励まし合っている。そんな様子を見ていたルナとベルガも温かな気持ちになり自然と笑顔になっていた。
「...さて、そろそろこれからのことを考えるか」
「ああ、そうだな」
和やかな雰囲気になったところでパーティリーダーであるセルトが話を切り出す。何だかそれぞれが名残惜しそうな感じだったが、避けては通れない話題だということはみんな分かっていた。
「とりあえず、俺とベルガは冒険者は続けられない。だから冒険者として活動できるのはユリアとルナの二人だけということになるけど」
「そ、それなんだけどね...」
セルトの言葉を遮るようにユリアが話し出す。しかし話の内容が彼女にとってどうも言いづらそうなのか話すのを少しためらって、覚悟を決めるためか深呼吸をしていた。
「わ、私もね、冒険者止めようと思うの...」
「...そう、なのか。理由、聞いていいか?」
セルトは真剣な表情で、そして優しい口調で彼女に問いかける。
ユリアはゆっくりと頷いて思いを話し始めた。
「私ね...今回の件で怖くなっちゃったの。戦うことが、魔物と相対することが。もしかしたらドラゴンにだけ恐怖を持っちゃったのかもって思って、この前ルナについてきてもらって近くの森で魔物と戦ってみたの。そしたら...ダメだった。いつもなら一人でも余裕だった魔物でさえ、怖かったの。杖を持って戦おうとするとあの時のことが頭に浮かんできて...」
「もう大丈夫だ!もう話さなくていい」
話していくうちに徐々に顔色が悪くなって手が震えていたユリアの異変に気付き、セルトはすぐに止めに入る。すぐにルナがユリアを抱き寄せて落ち着かせて何とかなった。
話の途中ではあったが、彼女の現状についてセルトもベルガも理解するのにはそれで十分だった。
「...ルナ、お前は大丈夫なのか?」
「私は今のところは大丈夫、だと思う」
「そうか」
セルトはルナもユリアと同じように心に大きな傷を負っているのではないかと心配したが、彼女は何とか元気そうで安心していた。セルトは身体の傷だけではなく、心の傷も冒険者を続ける上では致命傷になりかねないのだと思い知った。
「ルナは、どうするんだ?冒険者は...」
「まだどうしたらいいかはっきりとは分からないけれど、出来ることなら冒険者は続けたい...って思ってる」
その言葉を聞いたセルトは何だかほっとしたような嬉しいようなそんな気持ちになった。業火の剣の一人でも冒険者を続けてくれることが自分のことのように嬉しく感じていたのだ。
「じゃあ、俺たち『業火の剣』は...これで解散、だな」
「「「......」」」
セルトのその言葉を聞いた他の三人は分かってはいたが改めて言葉として聞くとやはり、何だか悲しくて悔しくて...いろんな思いが心の中で混濁していた。
「みんな、そんな顔するなって。確かに冒険者パーティとしての『業火の剣』は終わってしまうけど、俺たちはそれぞれ別々になろうとも心の中で『業火の剣』で繋がってる。そうだろ?」
みんなが暗い顔をしている中で、セルトだけが笑顔だった。彼は業火の剣というものがいつまでもみんなの心の中で生き続けている、そう信じていた。
「...確かに、そうだな。俺たちはいつだってどこだって『業火の剣』だ!」
「ふふっ、なんかセルトらしいわね」
「私もそう思いますっ!」
先ほどまでふ塞ぎ込んだような顔をしていた三人が、リーダーの一言で一気に明るく前を、未来を向き始めた。
「せっかくだから最後まで俺たちは笑顔でいようぜ。悲しい別れじゃなくて新しい始まりに。俺たちの新たな門出っていう感じでさ!」
「「「もちろん!」」」
みんな何かが吹っ切れたかのように笑顔になっていた。ドラゴンによって壊されたかのように思われた彼らの未来だったが、それでも彼ら自身の強さで未来を明るくしていくのであろう。
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