第3話 帰還と悩み
オルタナの魔道車に乗っておよそ5時間、彼らはオリブの街へと帰ってきた。行きは馬車で一週間もかかったのに帰りは半日もかからずに帰って来ることが出来た。
ルナはこんなすぐに到着できるとは到底思っておらず、町を取り囲んでいる防壁が見えてきた時には驚きを隠せなかった。
するとオルタナは魔道車を街から少し離れたところで停車させた。そのまま町まで行くものだと思っていたルナは不思議に思った。
「あ、あのオルタナさん。どうしてここで止めたのですか?」
「それは、この魔道車を他の人たちに知られないためだ。こんなものが存在していると知れ渡れば面倒なことになりかねない。だからここで降りて歩いて町へ入る」
たしかにこんなすごい魔道具があればみんな欲しがるはずだとルナは納得した。しかし一方でこんな鉄の塊が空を飛んでいたら普通に噂が広まりそうなものなのになんで今までそんな噂すら聞かなかったのだろうと疑問に思った。
「で、でもこんなのが森の上とか飛んでいたら...その、噂とかになりませんか」
「...君は乗っていたから分からなかっただろうけど、この魔道車は透明化機能が付いているから他の人には見えていない」
まさか透明するだなんて多機能過ぎだとルナは驚愕した。一つの魔道具に複数の機能を組み込もうと思うとかなりの技術が必要となると昔習ったことがあった彼女は、目の前の魔道具が少なくとも国宝クラスの価値があるのではないかと感じていた。
「さあ、彼らをギルドに運ぶから手伝ってくれ」
「...あっ、はい!」
そうして彼らは救助者とルナのパーティメンバーを降ろして、オルタナがどこからともなく取り出した台車に優しく乗せた。そしてそれをオルタナが引きながら二人は町の中へと入っていった。
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「お、オルタナさん?!どうされたのですか!?!?」
ギルドに入るや否や受付嬢の一人が大慌てで駆け寄ってきた。おそらく多くの負傷者を乗せた台車を引いていたのが原因だろう。
「さきほど受けた依頼の負傷者だ。とりあえずベッドに寝かせてやってくれ」
「わ、分かりました!みんな~!!ちょっと来て~!!!」
受付嬢はすぐに他の職員たちも呼び集めて負傷者をギルドの医療室へと寝かせる準備を始めた。そしてオルタナとルナ、そして受付嬢たちで負傷者全員をベッドへと運んでいった。
「ふぅ~、これで全員ですね。ところで一体何があったのですか?」
一仕事終えた受付嬢がオルタナに事情を尋ねた。
するとオルタナはルナの方を見て答える。
「詳しい事情は彼女が一番よく知っている。彼女から事の詳細を聞いてくれ」
「あなたは確か...業火の剣の...」
何やら相当なトラブルが起こったのだと察した受付嬢はすぐにギルド長を呼びに行った。そうして彼らはすぐに応接室に案内されてそこでギルド長を交え、今回の一部始終を説明することになった。
「なるほど...街はドラゴンによって壊滅し、生き残りを救助している途中にドラゴンの襲撃を受けたと。ちなみにそのドラゴンはどうしたのだ?」
「それなら俺が倒した」
ギルド長の問いにそっとドラゴンの討伐証明部位である鱗をテーブルに出して淡々と答えるオルタナ。そんなドラゴンをそんなあっさり倒したなんて言える人物は彼しかいない、そんなことを考えている感じの少し力が抜けたような表情をギルド長は浮かべていた。
「...まあ、それなら安心だな。だが業火の剣のメンバーは2名が重症で、一名が軽傷か...」
おそらく彼らが重症や軽傷で済んでいるのも全てはすぐに回復魔法で治療をしてくれたオルタナのおかげだろうとルナは横目で彼を見ながら思っていた。彼がいなければ自分も他のメンバーもすでにこの世にはいないだろうからと。
「とりあえず、二人ともご苦労だった。疲れただろうからゆっくりと休むんだ。あとオルタナは証明部位だけじゃなくて、おそらくドラゴンの死体も回収してるんだよな?」
「ああ、もちろん」
「だったら、あとで解体場にやつのところに持って行ってくれ。いつもどおり肉とかお前がいらないところは全てギルドが買い取ってやるから」
一体いつの間にドラゴンの死体なんて回収していたのだろうとルナは疑問に思った。ここに来るまでずっと一緒に居たのにそんな死体を回収している素振りを見たような記憶が彼女には全くなかった。
そしてオルタナとルナの二人は応接室を後にした。
オルタナが応接室の扉を閉めるとちらっとルナの方へと顔を向けた。
「じゃあ、俺は解体場にいくから」
「えっ...あ、あのっ!」
するとオルタナはすぐにその場を離れようとしたのでルナは何故だか分からないけれど彼を呼び止めてしまった。オルタナは少し進んだところで彼女の方へと振り返り、次の言葉を待っていた。
「あ、あの...もしよかったら、解体場、一緒に行っても良いですか?」
「ああ、構わないが...」
オルタナは少し首を傾げたように見えたがすぐに歩き始めた。その後ろを遅れないように小走りでルナはついていった。
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ギルドに隣接している解体場へと入るとそこには解体途中の魔物の死体があちこちに並べられていた。やはり少し独特な臭いが漂っているので慣れていない人にとってはとても不快な場所である。
「あっ、オルタナさん!お疲れ様です!!」
するとオルタナの姿を見た解体場の職員が急いで駆け寄ってきた。おそらく彼は個々の人たちにはよく知られているのだろう。
「お疲れ様。今日はドラゴンの死体の解体をお願いしたいのだが」
「ドラゴンですか?!では裏の空き地に出してもらえますか?」
職員はドラゴンと聞いて一瞬驚いていたがすぐに平常運転に戻っていた。ルナはその様子を見ていつも彼はドラゴンのような凶悪な魔物の死体を持ち込んでいるのだろうかと思っていた。
そして二人は案内されるまま解体場の裏にある大きな空き地に向かった。そこはドラゴンを一体ほどであれば余裕で置けるほどの広さがあった。
「では、出すぞ」
「はいっ!ドンっと来てください!!!」
案内してきてくれた職員のほかに何人もの職員が呼ばれて空き地に集まっていた。おそらく一人では到底解体しきれないので複数人で解体するのだろう。
オルタナは空き地に大きな魔法陣を展開した。
その魔法陣はあの魔道車を出したときと同じ魔法陣だったので、ルナはその魔法陣が彼女の知っている収納魔法のものとは少し違っていたがおそらく同じような魔法なのだろうと思っていた。
「お~、やっぱりめちゃくちゃデカいですね~!!!」
魔法陣から出現したドラゴンの死体を見た職員たちはその大きさに圧倒されていた。中には始めてドラゴンを見た人もいたのかびっくりして腰を抜かしていた。
「では解体作業を始めますね!買取はどうしましょう?」
「魔石と鱗、そして歯は欲しいからそれ以外は買取で」
「了解しました~!!」
そうして集まっている職員たちは一斉にドラゴンの解体に取り掛かり始めた。作業の開始を見届けたオルタナはすぐにその場を後にした。
解体の様子に夢中だったルナは急にオルタナがいなくなったことに気づいてすぐに彼の後を追うように走って解体場を後にした。
「あ、あのー!待ってください!!」
ルナは何とかオルタナに追いついたが意外と距離が離れてしまっていたためにかなり息切れしてしまっていた。
「何だ?何か用か?」
ルナは息をゆっくりと整えてから顔を上げる。彼からには妙な威圧感のようなものを感じ、少し出だしの言葉に詰まるが彼女は意を決して言葉を紡ぐ。
「あ、あの!この度は私たちを助けていただきありがとうございました!!」
ルナはお礼を告げ、深く深く頭を下げた。
しばらくの間、二人の間には沈黙の時が流れた。
「ああ、別にもう気にする必要はない。それで、それだけか?」
「あの...えーと...」
ルナは何か言わないとと必死に考えるが何も思いつかない。けれど彼女は何故だか分からないがこのまま彼を引き留めていたい、そんな思いが心の中に湧いていた。
そうして再びしばらくの間、二人の間に沈黙の時間が流れる。その間も彼女は何か言おうと言葉を紡ぎ出そうとするが上手く言葉に出来ないでいた。
そこで何か察したのかオルタナは彼女に提案をする。
「すぐ向こうにベンチがある。話があるならそこで聞こう」
「えっ、あっ、はい!すみません」
そして二人は近くに合った広場のベンチへと向かった。広場にはたくさんの人通りがあったのだが運よくベンチには誰も座っていなかったので、二人は近くのベンチへと腰を下ろした。
「で、何か話したい事があるのか?」
「...えーと、あの、ですね...」
せっかくじっくりと腰を据えて話を聞いてくれる機会を作ってくれたのに上手く言葉を出せないルナは非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。もういっそのこと何もないです!と切り上げてしまった方が良いのではないかと考え始めていた。
「...そういえば君、これからどうするんだ?」
「えっ、これからですか?」
唐突にオルタナの方から話を振られたルナは彼の質問に答えるべく、急いで頭を回転させて思考を巡らせる。すると彼女は今までいろんなことがあって考えていなかった、いや無意識に考えないでいようとした自身の置かれている状況にようやく気が付いた。
「...あっ、そうか。私一人になっちゃったんだ...」
そう、彼女は今の今まで業火の剣のメンバーとして冒険者活動を行っていた。冒険者としての生活の大半を彼女はパーティメンバーと共に過ごしていたために彼らがいないこれからは全く想像できなかった。
ユリアは怪我が治れば冒険者に復帰できるかもしれないけれど、オルタナによればセルトとベルガはもう冒険者に復帰するのは難しいとのことだ。前衛と盾役を失った彼女たちのパーティは崩壊したと言って間違いない。
「あの魔法使いの少女は冒険者を続けようと思えば続けられると思うが、君たち二人では今までのようにとはいかないだろう。新しく剣士や盾役を募集しようと思ってもSランク相当の人員はそう簡単には集まらないだろうな」
「そう、ですよね...」
オルタナの言うことは全くもってその通りだった。
これからどうしていくべきなのか、今の彼女には上手く答えが出せずにいた。
「...俺がもう少し早くあの依頼を受けれていればあの二人が冒険者生命を絶たれる事態にはならなかった。本当にすまない」
「えっ?!いえ!!オルタナさんのせいではありませんよ!!それにオルタナさんがいなければ今頃私たち全員生きていませんから、命があるだけ奇跡みたいなものです!それもすべてオルタナさんのおかげです!」
突然のオルタナからの謝罪にルナは慌てて答える。実際、彼が来てくれたタイミングは本当に彼女たちにとって奇跡のような瞬間だったのだから。
「とりあえず今は今後どうしたいかまだ分からないだろうからゆっくり考えるといい。君たちの今後に関しては俺も少し責任を感じている。だからよければ決まったら声をかけてくれ」
「わ、わかりました...」
彼はそう告げるとベンチから立ち上がってどこかへと立ち去ってしまった。オレンジ色に光る夕日がちょうど彼と重なってとても眩しく輝き、彼から伸びる影がルナの元へと一直線に伸びている。
そんな立ち去る彼の姿をルナは見えなくなるまでずっと目で追い続けていた。
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