裏切られても尚正義を捨てない勇者は転職して世界の管理者となる
食べられないお芋
第1話
「いたぞ!殺せ!」
「この教会ごと燃やすんだ!」
「ああ……不浄なる魂よ……今聖なるの炎で浄化される事でしょう……」
人も立ち入らぬ山奥深くに打ち捨てられた教会。蔦が絡まり今は鳥や数少ない魔物くらいしか入らないであろう場所は、今は轟々と燃え盛っていた。
「ごほっ……げほっ」
その中にいたのはかつての優者。蹲り、ボロボロのローブを纏っており、真紅の瞳や輝かんばかりの髪も、今は煤けて見る影もない。
彼はかつてこの世界を救った者だった。人類を脅かす魔王や魔族を討ち倒し、勇者と持て囃された者。それが今、なぜこうなっているのか。
「違う……違うんだ……俺はそんなつもりは微塵もなかったのに……!」
始まりは簡単な事だった。少なくなった魔族を奴隷とし使い捨てる光景を目にし、これが自分のした結果かと思い悩み、密かに魔族の保護を始めた。
しかしこれが裏目に出た。規模が大きくなるにつれて隠すことは難しくなり、とうとうかつての仲間達にばれ、『あいつは魔物に与する裏切り者だ』と指を刺されるようになった。保護していた魔族は剣で斬られ、槍で刺され、魔法で消され、当然のように皆殺しにされた。
信頼していた仲間達だけに、そのショックは大きかった。武器を向けられながら、どれほど説明しても聞く耳を持たず、戦闘に入ってしまった。これが大きなきっかけとなった。
そこからは逃亡劇の始まりだ。国から離れ、街々を転々とし、果ては海さえ越え、逃げて逃げて逃げ続けた。……道中出会った魔族の生き残りの逃亡を手助けしながら、だが。
それさえも裏目に出ていた。逃したと思っていた魔族は軍に捕まり、己が逃げた先を吐かされ、殺されていた。中にはなんとか手から逃れた者もいたようだが、己を追い詰めた兵士長がニヤニヤしながら言っていたのであまり信用は出来ない。
そしてその逃亡劇の終着点がこの教会だ。元から壊れかけの教会は、今にも炎で崩れ去りそうになっている。
「どこで……どこで間違えたんだ……俺は……ただみんなが笑って暮らせる未来が欲しかっただけなのに……!」
煙で充満する光景を目にしながら、自分のやってきた事を思い出す。王に勇者として選ばれ、聖剣を賜ったこと。各地で残忍な行為を繰り返す魔族を討伐して回ったこと。信頼できる……と思っていた仲間達に出会ったこと。魔族の首領である魔王を倒したこと。その後、虐げられる魔族とその過去を聞き、全ての魔族が悪いわけではなかったことを知り後悔したこと。その罪滅ぼしに保護を始めたこと。
そして───今。
「あぁ……でも」
薄れゆく景色の中、勇者と呼ばれたものは静かに笑う。
「俺が死ぬことで本当に世界が平和になるなら……それでいいのかもしれないな」
魔族達を救えなかったのが、最後の心残りだが。
煙を吸い、大きく咳き込み、迫ってくる暗闇に身を任せた。
────否、任せようとした。
「ふむ、これまで見守っていましたが」
声が、聞こえた。
それと同時に、意識がはっきりとし始める。
「これほど良い人材は久しぶりです」
畏まった、それでいて軽やかな声。顔を上げると、燕尾服を着た短髪のアルビノの男が顎に手を当てて立っていた。
「もし、あなたがよろしければ」
男は言葉を続ける。
「うちで働きませんか?」
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