第20話 菓子と花束を 後

 家を出た私は病院と真反対の商店街へやって来た。

 精肉店のコロッケの匂いに誘惑されながら、花屋に向かった。

 

 花屋の前に到着し、中を覗いた。

 見舞い用の花の種類など知らないので、とりあえず店員に声をかけようとした。

 すると私の肩を誰かの手が叩いた。

 肩を一瞬強ばらせ、振り返ると制服姿の夏樹さんと涼花がさん背後に立っていた。

  

「夏樹さん、涼花さん。脅かさないでくださいよ」

「ごめんごめん。もしかして瞳美ちゃん、寿磨君の                     お見舞いに行くの?」


 悪びれる様子はなく、ニコニコしながら夏樹さんが言う。


「え、はい」

「じゃあちょうどいいや。僕達も御厨ちゃんから連絡もらったからお花でも買って行こうかなって思ってたんだ。ねえ涼花ちゃん」

 

 夏樹さんが涼花さんに顔を向けると、涼花さんは気恥しそうに視線を逸らし腕を組んだ。

  

「あ、ああ。あの男には奴を倒してもらったしな。それにいろいろと⋯⋯」


「涼花ちゃん彼のこと刺そうとしてたもんねー」


 変わらず笑顔で夏樹さんは涼花さんの背中を叩いた。

 あのときの光景を思い出すと、今でも鳥肌が立つ。


「あれはただの脅しだ⋯⋯。まあとにかく、花を買うならちょうどいい、3人で割り勘しようじゃないか」


 そう言って鞄を漁り始めた涼花さんを、夏樹さんは笑顔を崩し、薄目で見つめる。


「あのね涼花ちゃん。先輩ならそこは全額出そうよ。ね、瞳美ちゃん」

「え!? あ、いやそんなことは」


 夏樹さんの大胆な提案に、私からは何を言ったらいいのかわからない。


「生憎私は今月金欠なんだ。ほら瞳美」

「あー、はいはい。じゃあ瞳美ちゃんよろしく」


 涼花さんと夏樹さんは金を取りだし、全額を私に渡した。


「私ですか?」

「瞳美ならあの男の好む花とかも知ってるだろう?」

「いや、多分寿磨は花なんてろくに知らないんじゃ」

「じゃああれはどう?」


 夏樹さんが店内を指さした。

 指し示す先には、オレンジと黄色で基調された人工物のような、所謂フラワーアレンジメントが飾ってある。


「あ、いいですね」

「あれならそれだけあれば足りるでしょ」

「いやいや、私も出しますよ?」


 私は渡されたお金を片手に、自分の財布に手を伸ばした。すると伸ばした手を涼花さんに掴まれた。


「いいんだ瞳美。これは私と夏樹からのお前達への感謝だ」

「そうそう。今度また瞳美ちゃんにも何かしてあげるから。ほら、買っておいで」


 2人なりに色々と思うことがあるのだろう。

 私は2人から預かったお金を握りしめ店に入り花を買った。

 花が飾られた籠を持ちながら店から出ると、お釣りを2人に返した。


「あの、ほんとにいいんですか」


 私が2人の顔を覗くように言うと、2人は顔を見合せて笑い声を出した。 


「ほんとに瞳美ちゃんはいい子だねぇ」

「今度瞳美にもなにかしてやるから、なにがいい」


 私からは空を見上げながら考えた。

 涼花さんと夏樹さんが瞳美に何かしてくれる。

 そう考えると妄想が膨らみ、頬が緩んだ。


「じゃあ2人におむ……いやいやなんでもないです。今度からあげグランプリ金賞の唐揚げでも奢ってください」


 いかがわしい邪念を振り払い、必死に誤魔化しながら私が言うと、2人の手が頭を撫でた。


「わかったよ」

「うん。なんか男子中学生みたいだね」


 夏樹さんが意地悪く耳元で囁いた。

 身震いし、背中に汗が滲んだ。


「⋯⋯もしかしてバレてます?」

「さあね」


 私は男子中学生と評されてしまうことが多いのかもしれない。

 ただひとつはっきりと言えるのは、男子と言われるのは自業自得だということだ。


 私達は並んで、病院への道を歩いた。

 病院に着くと、受付に見舞いに来たことを告げ、階段を上がった。

 短期間のうちにまたこの病院に来るとは思ってもみなかった。

 この病院の規模はさほど大きくは無い。

 入院患者は数える程しかおらず、4人部屋が多いが、今はほとんど空いている。

 医院長と御厨さんが知り合いで、亡者のことや霊力とは何か知っているということから、寿磨は個室に入れられている。 

 病室の前に立ち、私が代表でノックした。


「どうぞ」


 中から聞こえた男の声が、寿磨のものだとすぐに分かり、安堵の息を吐きながら扉を開いた。


「お邪魔します」


 私に続いて、涼花さんと夏樹さんが入る。


 寿磨のベッドのそばに、寿磨の母が座っていたのでお辞儀した。

 寿磨のお母さんが返してくれるのを見て、寿磨のベッドに目を向けた。

 寿磨のベッドを取り巻くその光景は、果たして見逃していいものだろうか。

 

「は?」


 ドスの効いた低い声が、自分の声帯から洩れ出る。


「あはは⋯⋯そういう趣味なんだ」

「下衆が」


 その後ろで、涼花さんと涼花さんは寿磨に対して軽蔑するような目を向けた。

 寿磨はタバコ、に見えるお菓子を咥え、左手で自分の体に身を寄せ眠る少女の頭を撫でていた。

 眠る少女の正体が妹の華奈ちゃんだということに気がついてはいたが、寿磨の視線が明らかに妹に向けるものとは思えない様相だったので、思わず嫌悪感を顕にしてしまった。


「なに、あんたら俺をいじめに来たの? いいの? 俺泣いちゃうよ。母親と妹の前で恥ずかしげもなく泣いちゃうよ」

「はぁ、相変わらずのシスコンっぷりだね」


 今までと変わらないなと、ため息を着き、涼花さん達に華奈ちゃんが寿磨の妹であることを伝えた。


「そうだったんだ。ごめんね寿磨君」

「だとしてもその顔は下衆にしか見えんぞ」

「あんたは俺に恨みでもあんのか」


 なおも卑しめてくる涼花さんに、寿磨は呆れながら、妹の背を擦る。

 それにしても華奈ちゃんは心地よさそうに寝ている。

 よほど寿磨のことが心配だったのだろう。


「ほら起きてくれ華奈。兄ちゃんこのままじゃ捕まるか死ぬかだよ」


 寿磨が情けない声掛けをすると、ウトウトとした様子で華奈ちゃんは目を覚まし、寿磨の体から顔を離した。

 華奈ちゃんは目を擦りながら辺りを見渡すと、初めて見る涼花さんと夏樹さんに驚いたのか、ベッド柄降り、初々しくお辞儀をした。

 華奈ちゃんの顔が少し赤い。


「こんにちは華奈ちゃん」

「瞳美お姉ちゃん、こんにちは」


 私が華奈ちゃんに笑顔を向けると、笑顔が返ってきた。

 華奈ちゃんに涼花さんと夏樹さんを紹介すると、華奈ちゃんは目を輝かせながら寿磨に顔を向けた。


「お、お兄ちゃん。いつの間にこんな美人さん達と知り合ったの」

「えっと⋯⋯3日前?」

「凄いよお兄ちゃん。友達もろくに居ないのに年上の女の人がいきなり3人も」


 悪意の無い妹の発言に、寿磨の頬から涙が一閃零れた。


「曇りなき眼でお兄ちゃんの心を的確に抉りとるのはやめなさい。あのな華奈、さっきの妖艶大学生とそこの僕っ娘はともかく、あの怖そうな女の人にだな、兄ちゃん殺されかけたんだぞ」


 先程の仕返しと言わんばかりに寿磨は涼花さんを指でさした。

 一斉に皆の視線が涼花さんに向き、気圧されたように涼花は無言で立っている。

 相手の親兄弟の前で吊るし上られるのは精神的に来るものがありそうだ。


「本当に、あのときはすまなかった」


 涼花さんが俯きながら寿磨に謝罪した。  

 たしかにあれはやり過ぎだったが、親と妹のいる前で告白するとは寿磨もなかなか意地が悪い。

 だが華奈ちゃんは寿磨に顔を向けると、首を傾げた。


「どうせそれってお兄ちゃんが悪いんでしょ?」

「お前⋯⋯10年寄り添ってきた兄より初対面の女子を取るのか」

「だってお兄ちゃんだし」


 いつもの調子で華奈ちゃんが言った。


「そうね。寿磨はそういうところあるから」

「母さんまで⋯⋯あんたら血を分けた家族をなんだとおもってるんだ」

 

寿磨が顔を顰めていると、華奈ちゃんと寿磨のお母さんが同時に笑い声を漏らした。

 それにつられるように私や涼花さん達も笑いだし、部屋には少女達と保護者、精神男子中学生の笑い声が響いた。


「ああそうだ寿磨、これ」


 笑い声がおさまると、私は寿磨のすぐ側まで寄り、見舞いの花を手渡した。


「おお、ありがとう」

「まあ、わざわざどうも」


 寿磨のお母さんが私達に頭を下げる。


「僕達3人で買ったんだよ」


 夏樹さんが寿磨に言った。

 寿磨はそれぞれに顔を向けると、軽く礼をした。


「ありがとうございます。どこに置こう」


 唯一の台には、すでに誰かの持ってきた果物籠が置いてあった。

 私はこの籠を持ってきた人物を尋ねた。

 

「寿磨、その果物は誰の」

「ああ、御厨さんだよ。今どっか行ってるけどもうすぐ戻ってくるんじゃないかな」

「御厨さん来てたんだ」

「そうだ。そこに飾ってくれ」


 寿磨は花を私に手渡し、窓を指さした。

 窓の前に、ちょうどカゴと同じくらいの幅があった。

 言われた通りに籠を置くと、窓の外に御厨さんらしき人物の姿が見えた。

 随分早くに来ていたとは意外だ。

 ちょうど私の傍で腕時計を確認した寿磨のお母さんが立ち上がった。


「寿磨、母さん先に帰るわね。皆さんどうぞゆっくりしていってください」

「ん。わかった」

「ほら華奈、帰りましょ」

 

 お母さんが華奈ちゃんの手を引く。


「えー」


 華奈ちゃんは嫌だと言いたげに口を尖らせる。


「大丈夫ですよおばさん。華奈ちゃんなら私が一緒に帰るので」


 私が寿磨のお母さんに提案する。

 家は隣同士なので、なんの苦労にもなりはしない。


「そう? じゃあ瞳美ちゃんにお願いするわ。華奈、あんまりお姉さんたちを困らせちゃダメよ」


 寿磨のお母さんは華奈ちゃんに釘を刺すと、涼花さんと夏樹さんに一礼し、部屋を出た。

 寿磨のお母さんが部屋から出るのを確認すると、華奈ちゃんは母の座っていた椅子に腰を下ろし、その向かいに夏樹さんと涼花さんが座った。 

 寿磨が2人に顔を向けると、涼花さんが目をキョロキョロさせながらわざとらしく咳き込んだ。


「あー三椏、お前と瞳美のことは瞳美から聞いた」

「へ? 俺たち別にそういう関係だったことは無いですよ」

「そ、そうじゃない馬鹿が」


 涼花さんが顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

 反応から鑑みるに、涼花さんはやはりといった感じの人物だろう。

 このデリカシー無し男に若干の怒りを覚える。 


「ウブですねこの人」


 私の思ってたことを寿磨が言ってくれたので、私は何度も頷いた。

 その向かいで夏樹さんもうんうんと、頷いている。 


「お前達なぁ。まあいい。三椏、お前は左腕だけに霊力が宿ってるのか」

「はぁ多分。俺の悪気消滅拳は右腕では使えませんでしたし」


 寿磨が左手を持ち上げ、手のひらを閉じたり開いたりしながら言った。


「寿磨⋯⋯やっぱりダサいよそれ⋯⋯」


「お兄ちゃんまだ言ってたんだね」


 私と華奈ちゃんが呆然と呟く。

 一体このネーミングの何を気に入ったというのか。


「うるさいなぁ。いいだろ別に。善良な人間には害のない化け物特効なんだから」


 寿磨は左腕を撫でながら眉を寄せた。


「私はいいと思うぞ」


 涼花さんの思わぬ一言に、一同の視線が集まる。

 

「な、なんだお前ら」

「まあ涼花ちゃんもそっち系だもんね」

「だからなんだ夏樹、そっち系って」


 夏樹さん、ましてや華奈ちゃんまでが薄ら笑いを向けているが、寿磨だけは目を輝かせている。


「今初めてあなたに好意を抱きました」


 寿磨が涼花さんに顔を近

づける。

 直後、急に動いたせいか、寿磨が腹をおさえた。


「そ、そうか。ありがとう」


 満更でも無い様子で涼花さんは視線を逸らした。

 その後病室でわいわいと女子達のお喋りが始まった。

 話に入れず寿磨は苦い顔をしながら耳を傾けていた。

 寿磨の見舞いに来たのに、寿磨が除け者みたいみたいでなんだか悪いが、女子が集まれば都市が違えどガールズトークが始まるのは世の常なのだ。

 もっぱら、涼花さんと夏樹さんの興味は妹の華奈ちゃんへ向いた。


「ねえねえ華奈ちゃん、今度僕とケーキでも食べようよ」

「いや、それより私の家の道場へ来るといい。いつでも兄を倒せるように鍛えてやるぞ」

「え、その⋯⋯」


 戸惑っている華奈ちゃんだが、内心は心踊り、顔に出ているのを私は見逃さなかった。


「よかったなぁ華奈。お姉さんが一気に増えたぞ。でも1番は俺だよな。な?」


 首を横に振って否定しながら華奈ちゃんは私の手を握った。


「あのな華奈、お前の大好きな瞳美を守ったのは俺だぞ? つまり俺がナンバーワン」

「恩着せがましい男の人は嫌われるよお兄ちゃん」

「えぇ」


 愕然と寿磨は口を半開きに固まった。

 そこへトビラの開く音が響き、外へ出ていた御厨が帰ってきた。


「随分と賑わってるみたいね」

「あ、ちょうどいいタイミング」

「さっきあなたのお母様とすれ違って瞳美たちが居ることを聞いたの」


 御厨さんは華奈のすぐ隣に立った。


「御厨さん、いつから病院に?」


 御厨さんに尋ねる。


「お昼過ぎかしら」

「そんなに長い時間ここにいたのか」


 涼花さんが反応する。


「まあほとんど席を外してたんだけどね。寿磨君が瞳美が来たら教えてくれるって言うから」

「私が来たら教えるって何の話?」


 私は眼鏡を掛け直し、寿磨に聞いた。

 寿磨の視線は私に向いたが、すぐにその隣の華奈ちゃんに移った。


「んー、華奈がいるけどまあいいか。こいつも見てるし、分からなければ分からないで別にいいしな」


 寿磨は頭を掻きながら首を回した。


「ねえ寿磨君、それって3日前に関わる話?」


 夏樹さんが寿磨のお見舞い用のフルーツを勝手に漁りながら言った。


「ええまあ、というより瞳美の話です」


 寿磨は皆を見渡すと、息を吸った。

 私に顔を向け、口角を上げた。


「何となく瞳美がなぜ膨大な霊力を持ちながら身体能力一般人なのかわかったんだよ」

「ほ、ほんとに?」


 私はベッドに両手をつき、前のめりになった。


「ああ、ていうかなんでこんな簡単なこと今まで気が付かなかったのか不思議だが、ある意味この人達は霊力に対して常識を持ってるから仕方ない」

「常識?」

「ああ。霊力は体内に宿り、一部個人差によって体外に漏れ出す者が現れるっていう常識に」


 寿磨がそう言うと、私と華奈ちゃん以外の3人は何かに気がついたかのように声を漏らした。


「そういうこと……盲点だったわ。というより初めてのケースね」

「へーそんなことあるんだね」

「まあそれなら納得がいく。しかしなぜそんな単純なことが」  


 3人は理屈は理解したようだが、私はまだ何が何だか分からない。

 華奈ちゃんに至ってはそもそも何の話かきちんと分かっていないようで、ずっと窓の外を眺めている。


「だから常識なんですよ。そう誰かから教えられたからそうだと思い込んでしまう。でもそれを知らない俺は正直あの術者と戦ってた時から何となく思ってました」


 私の顔にはてなマークが出ていたのだろう。

 私の理解力に溜息をつきつつ、寿磨が答えた。


「要は瞳美、お前の体内に霊力なんてない。お前の霊力は外側に纏ってるので全部だ」 

「⋯⋯え、いやいやいや、そんなわけ」


 寿磨の言ってることにビックリして私は両手を振りながら後ずさった。


「いやそうだって。ていうかな、最低限で霊力を使うのに訓練なんて必要ないんだよ。例えばだけど俺の左腕の霊力、俺はそもそも霊力の存在も知らなかったから勿論使い方も知らない。でも俺の左腕は瞳美に増幅してもらった力も相まって術者を倒すだけの出力を得た」

「でもそれは外側に私の霊力を纏わせたからじゃ……」

「仮にそうだとしても街の化け物くらいなら左腕1本で対処出来た。お前も見ただろ。俺は内側にあるから無意識のうちに使えたんだよ。でもその様子じゃ、ほんとにあの札以外に霊力を活用できたことなんてないだろ?」


 ゆっくりと頷く。

 今まで何故自分が御厨さん達のように人間離れした動きが出来ないのか深く考えたことは無い。

 時が経って体が覚えれば自然にその日は来ると思っていた。

 寿磨の自論が腑に落ちた私はすてまに落ち着いていた。


「まあいっかぁ。また人と戦う時に備えて札の使い方でも考えてよっと」


 私が落ち込むとでも思っていたのか、一同は拍子抜けした。


「瞳美らしくていいと思うよ。それに俺がいれば大した問題じゃないしな」


 



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