第17話 友愛の力 死力 後

 地面に手と下半身が触れ、視線は術者の足下にを向いていた。

 突き飛ばされたおかげで寸でのところで術者の手刀から逃れることが出来た。

 だが私を突き飛ばした寿磨はどうなったのか。

 私が立っていた場所に、寿磨の靴がめり込んでいる。


「嫌⋯⋯」


 寿磨の足元に血が滴る。

 私の体から、みるみるうちに血の気が引くのがわかった。

 私はまた、寿磨に助けられてしまった。


「間に合ったな⋯⋯」


 腹部に手刀が突き刺さった寿磨が呟いた。

 寿磨は右手で自分の血が塗られた術者の腕を掴んでいる。

 

「なっ、なぜだ」


 術者が手刀を引き抜こうとと試みるが、寿磨の右手が決して術者を離さない。

 寿磨はそのまま左手を振りかざした。

 力を入れることなんてもってのほか、立っているだけで激痛が走っているはず。

 苦痛に顔を滲ませながら、寿磨は右手を開くのと同時に術者の頭部を左腕で振り抜いた。


「寿磨!」


 術者の身体が飛ぶのと同時に、腹から血が流れ落ちる。

 寿磨は思わず膝をついてしまう。

 右目を潰した術者だが、すぐに寿磨に襲いかかった。

 避けることも出来ない寿磨が目を閉じると、私は手を広げて寿磨の前に立った。

 札を同時に2枚持ち、壁をつくると、先程より大きな壁が現れ、寿磨の身体も共に包まれた。

 攻撃をまともに受けたが、先程と違いヒビひとつない。

 

「寿磨、大丈夫!?」

「平気だよ。俺じゃなかったら泣いてたかもしれないが」

「もうこんな時に」


 寿磨は無理やり笑顔を作りながら冗談を言っるが、流石に息遣いや喋り方は誤魔化せない。

 今すぐにでも病院に行かないとそれこそ命に関わるだろう。

 早急に蹴りをつける必要があるが、私の攻撃では術者の体に届かない。

 術者が距離をとる。

 私は壁をそのままにして、術者を見据えた。

 寿磨の一撃で術者の顔から余裕が消えている。

 いや、むしろ術者は寿磨を恐れている。

 腹を貫かれても血を流しても、得体の知れない力を目の当たりにしても揺るがない胆力を。


「愛情や好奇心で生まれた力も幕引きだ」


 右目の血が額に滴らせた汗と混ざり合う。

 術者は掌を胸の前で合わせ、なにかを唱えた。 

 ゆっくりと掌を離し始めると、拳ひとつ分位の黒い渦が形成されていく。

 周囲の木が揺れ始め、落ち葉がひとりでに浮き出す。

 渦が大きくなるのと共に、術者の身を包む霊力が薄くなる。

 私達の相手が面倒になったのか、はたまた驚異に思ったのか、術者はどうやら次の一撃で終わらせるらしい。

 そのために、身体に纏わせた霊力をさらに小さな結晶にし、爆発でも起こすつもりのようだ。


「避ければ街はどうなるだろうな」


 術者が呟く。


「持ってる霊力を全て集中させたか。やられた。俺たちの負けだな」


 そう言いながら寿磨が俯いた。

 実際、今動こうとするとせっかく張った壁が無駄になってしまう。

 壁が無くなれば現在集まっている霊力をぶつけられるだけだ。

 それに私が札を投げて無力化しようにも、術者は身動き取れない訳では無いので簡単に避けられてしまうだろう。   


「この怪我のせいでもう動けん。動けたとしてもあの一撃を避けたら終わりだ。しかし汚いやつだよ。結構追い込んだと思ったら人質作戦かよ」


 私は大きく息を飲み、唇を噛んだ。

 攻撃を避ければ山を超え、街に被害が出てしまうことは明白だ。

 だが攻撃を受け切ることなんてできるのだろうか、今から阻止する術もない。


「なあ瞳美」


 なんだか、名残惜しむような声で俯いている寿磨が私に話しかけてくる。


「どうしたの?」

「小学6年の時の夏休みの自由研究覚えてるか?」


 急に寿磨が昔話を始めた。

 あれは由貴が居なくなって2度目の夏休み、それまで3人で自由研究をしていたが、由貴が居なくなって一度目の、5年生の夏休みは私達はバラバラに自由研究をした。


「覚えているよ」


 6年生の時も、ひとりでしようと思っていたから、寿磨に誘われた時は驚いたし、すごく嬉しかった。


「あの時の寿磨、妙に張り切って賞を取るんだって言って。そのせいで苦労したよ」


「そうそう。どうしても欲しかったんだよ。なにか、お前との思い出が」

「寿磨⋯⋯」


 感傷に浸るように、下を向いたまま寿磨が言う。


「ほら、小3の時、由貴と3人で賞状貰っただろ? 俺はあれよりもう一段階上の賞が欲しかったんだよ。あの時はほとんど由貴のお陰だったから」


 こんな状況だというのに、初めて聞いた内容が面白おかしくて、遂に私は笑いだした。


「そうだったんだ。由貴に張り合ってたんだ。まあ由貴は私達より頭良かったからね」


 私がそう言うと、寿磨はムッとしてそっぽ向いてしまった。


「たしかに頭は由貴の方が上だったけど、運動神経は俺の方が良かったぞ」


 こんな時に今ここにいない由貴への対抗心を見せる寿磨を見ていると、これから訪れるかもしれない死への恐怖が和らき、胸の奥が軽くなる。


「そんなの覚えてないよ。じゃあそれを証明するために、とりあえずここは生き残らなきゃね」

「そうだな。でももう俺は避けられんぞ」


 半笑いで寿磨は手を振りながら言った。

 私はポケットに手を突っ込んだ。

 つい今まで自信がなかったのに、なぜだか今ならこの場を切り抜けられる気がしてきた。

 無論、逃げるつもりは無い。

 戦って術者に勝つ。


「じゃあ避けなきゃいいよ。まだ私の力は有り余ってる。あの攻撃を防ぐのくらい、自由研究で県の表彰を受けるのに比べたら簡単なことだよ」


 私が言うと、寿磨が顔を上げた。

 寿磨は息を漏らしながら歯を見せた。


「ならその前にあいつみたいに瞳美も身体能力上げて戦って欲しかったけどな。実質アタッカー俺だけじゃないか」

「それはごめん。どうしても上手くいかなくて」

「ははっ。でもあれだな。知らないところでこれだけ瞳美がこれだけ強くなったなんて知らなかったよ」 

「私だって、寿磨に守られてばかりじゃいけないって、御厨さん達に出会ってから頑張ったからね。それに、もう二度と私達のような思いをする人も、由貴みたいな可哀想な人を産みたくないから」 

「⋯⋯そんなに瞳美のこと守ってたか俺」

「うん。小さい時からずっと」


 私と寿磨はお互い目に涙を滲ませている。

 私は膝をつくと感極まって寿磨を抱きしめた。






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