黄泉への送迎人〜私立雨宮高校お掃除部〜嚆矢
姫之尊
第1話 黄泉の国からの来訪者
懐かしい風景が目の前には広がっていた。
「じゃあ次は
「わかったよ。ほら、いーちにーい⋯⋯」
小さな町の市民会館、そこのジャングルジムを縦横無尽に動きながら、小さな3人の少年少女が遊んでいた。
これは昔の私だ。いちばん楽しかった頃の大切な記憶。
それを俯瞰して見ているのは、これが夢である証拠だろう。
「きゅーう、じゅう。ほらいくぞ」
小さい頃の寿磨は数字を数え終えると、ジャングルジムに登り、上にいる2人を追いかけた。
────早く目覚めて。
私は何度も心の中で叫んだ。
「ほらこっちだよ寿磨」
「俺は捕まらないもんね。ほらこっちだぞ」
「くっそー。腹立つなぁ
その後何度も鬼が変わり、3人はジャングルジムの上で遊び続けた。
あの頃は不安定なジャングルジムの上でよく動き回れたと、昔の自分に密かに感心した。
3人は疲れると、ジャングルジムの頂上でそれぞれ向かいあって座った。
────もうここまででいいから。
私の叫びは虚しくも空砲に終わり、この夢の呪縛からまだ解かれない。
「あー疲れたね」
「
「そうそう。俺は1回しか鬼になってないけど」
3人は笑い合いながら談笑している。
私と寿磨と由貴、この3人でいつまでも居れる。
この頃は本気でそう信じていた。
楽しい時が過ぎると太陽は遥か遠くへ向かって傾き、空は赤く染まった。3人は帰り道を歩いている。
十字路の真ん中で、寿磨と私が由貴を見送った。
「じゃあね由貴、また明日」
「うん、じゃあね瞳美、寿磨」
「ばいばい」
3人は手を振り合い、由貴は振り返って駆け出した。
もしこの時、私達と寿磨がなにかの気まぐれで由貴の家までついて行ってれば、何か変わったのだろうか。
もしくは、帰る時間をほんの数分でもずらしていれば、由貴があんなことになることも無かったのだろうか。
突然、私の中で激しい鼓動が鳴り響いた。
胸を抑えながら息を整える。
見下ろした地には黒い
「駄目だよ由貴! 行っちゃ駄目だよ」
私は由貴に向かって叫んだ。
いつの間にか、自分の足で地面に立っている。
アスファルトの上に素足で立っているせいか、足が生暖かい。
昔の姿では無い。今の姿で。
涙をポロポロと零しながら必死に叫んだが、由貴の耳には届かず、背中は徐々に遠のいていく。
私の隣で、寿磨と小さな私はいつもと変わらず由貴に手を振っている。
まるで靄も私も見えていないように。
靄はどんどん濃くなり、私達の周りをも包んだ。
由貴の進む先に、黒井ローブを来た怪しい男が居る。
その顔はフードに隠れて見えないが、確かに覚えがある。
男が由貴に手招きをすると、吸い込まれるように由貴の足取りが早くなった。
フードの中から、微かに男の白い歯が見えた。
「由貴っ!」
────
私はまたその光景で目を覚ました。
目を擦り、携帯に目を移したが、時刻はまだ夜中の2時だ。
健全な女子中学生であれば睡眠はあらゆる意味で大切なのに、あの日以来、時々同じ夢に魘されこうして夜中に突然目を覚ます。
あの夢には、私の身に起きた悪夢が詰まっている。
今夢で見たままが事実では無い。
だが私の中の楽しい思い出と、忌々しい記憶が混ざりあったあの夢は、心の傷を的確に抉ってくる。
頬に触れると、涙の後が残っていた。
どうやら無意識のうちに泣いていたらしい。
涙の後を指でなぞり、ベッドから起き上がった。
髪を撫でながら水色のケースにしまっておいた眼鏡をかけ、部屋のカーテンと窓を開いた。外には星が燦然と輝いている。
そして上着を1枚羽織り、ベッドの下に隠してある運動靴を持って、窓辺に腰かけた。
「よいしょっと」
いつも通り慣れた調子で窓の外に出て、屋根に乗った。
ゆっくりと足を運び、音を立てないように静かに屋根から庭へ飛び降りる。
この時はいつも緊張する。
窓を隔てた先の寝室で寝ている両親を起こすわけにはいかない。
足を忍ばせながら玄関へ行き、外へ出た。
私は夜中に目を覚ますたびに部屋を抜け出し、外に散歩へ出かけるのが習慣になっていた。
「冷えるなぁ……」
夏が近いとはいえ、夜中の外は肌寒く肩が震える。
ただ夜中のいい所は、今のような梅雨時でも空気がさらさらとしていることだ。
実際に湿度が低いのかは分からない。
ただ夜中に出歩くという行為によって生まれる背徳感と高揚感が、私の肌感覚を狂わせているのかもしれない。
特に誰かに会いにいくわけでも、何かをすることがあるわけでもない。
私は非行少女ではない。あくまで健全で真面目な中学生なのだ。
ただあの夢を見て目覚めた時は、ずっと部屋にいると胸が締め付けられ、自然と悲しくなり涙が溢れ、思わず家を飛び出してしまう。
中学に入った頃からこの散歩を行うようになり、初めてもう2年になる。
毎回散歩を終えて帰ってくると、適度な疲れとリフレッシュ効果によってすぐに眠りにつくことができた。
周りに注意しながら、いつも通るルートを歩いていると、近所の公園に差し掛かった。
時々、ブランコに乗っていたり、ベンチに座っている酔っ払いを見掛けるが、今日はいなかった。
人と会うとドキッとする。怖い人かもしれないし、パトロールをしているお巡りさんかもしれない。
こんな深夜徘徊で親に怒られるのはごめんだ。
酔っ払いがいないかわり、街灯の下に誰か1人ポツンと立っていた。
真っ直ぐ背筋を伸ばして立っているところから推測するに酔ってはいなさそうだ。
明かりに照らされたおかげで、目を細めるて凝視すると、横顔だったがその人の姿を知ることが出来た。
歳は若く見え、髪を後ろで1本に纏めている。白いカッターシャツと黒いスカートを履いていて、胸の膨らみでその人物が女性だということが確認できる。
女の人は顎を上げ、ずっと上を見ている。
何を見ているのか気になり、女性が見ている所へ視線を向けた。
「えっ⋯⋯え?」
私はまだ夢を見ているのではと疑った。
上空には真っ黒な人の形をした何かが3つ、ぷかぷかと浮いている。
一度メガネを取って目を擦り、もう一度メガネを掛けて目を向けた。
幻や気の所為などではなく、やはり3つの人の形をしたものが上空に存在している。
「なにあれ……」
明らかにその存在は異質で、物理法則を無視してるとしか思えない。
ヘリウムガスで浮いているのだろうか。
しかし人型は風に流される気配もなく、その場に留まっている。
成人男性くらいの大きさがあり、真っ黒だが何故かはっきりと見える。
仮にあれが人型の風船で、実は紐で結ばれてただ浮いているだけだとしたら趣味が悪すぎる。
その人型のものを見ているだけで怖くなる。
なぜあの女の人がじっと見ているのか理解できないが、とにかく関わる気は無い。
もう帰ろうと体を反転させた。
瞬間、全身を得体の知れない戦慄が駆け巡った。
突如全身が逆立つような感覚が襲い、全身が震えた。
悪寒に近い感覚の何かが自分の中を通り抜ける。
何が起きたのか辺りを見渡すと、先程の女の人の方向から、その得体の知れない何かが向かってきていることに気がついた。
女の人を見ていると、その人は右手の袖を捲った。
「ていうかすっごい美人」
すると途端に、女性の右腕に獣毛が沸き立ち、爪が鋭く、獣の腕のように変化した。
狼の様な灰褐色の体毛が腕を多い、長い針鎌のような形をした爪が現れた。
「今日は随分と面白い夢が見れるんだね。でももういいよ」
そんなふうに現実逃避しながら頬を抓るが、しっかりと痛い。
手のひらでしっかりとつまんだせいか、鈍い痛みが染み渡る。
私は壁に隠れてしゃがみながら女の人を観察しはじめた。
「何あれ。人間じゃない未確認生命体?」
メガネに手を添えながら、女の人の右手を凝視していると、女性は突如右脚を後ろへ引き、力を込めた。
地面の砂がヒールに削られる音がした。
次の瞬間、女性は人間とは思えない跳躍力で飛び上がり、あっという間に二階建ての家の高さを超えた。
「えっ!?」
と叫びそうになったところを、ギリギリのところで口を塞ぐ。
女の人は屋根の上でさらにジャンプし、3つの人形に迫り、人形を変貌した右腕で斬りつけた。
落下する人型を目で追うと、全てバラバラになり地面へ落ちていったが、物が落ちた音は聞こえなかった。
女の人は人型を斬り裂いた後、別の民家の屋根へ着地し、そこからまた公園へ飛び、戻ってきた時には腕は元に戻っていた。
「何が起きたの、あの人は化け物なの……」
あの物体はなんなのか、あの女の人は何者なのか。飛び乗られた家の住民は今ので目が覚めたのか。
気になることは多々あるが、気持ちを落ち着かせようとその場に座り込むと、小さな石がお尻にくい込んだ。
「あいたっ」
思わず声を出してしまい、咄嗟に口を手で押えた。
舌を噛むだとか、肘をぶつけるだとか、不意打ちの痛みというのは覚悟した激痛よりも痛いことがある。
妙に落ち着いた気分で変なことを考えながら、身をちぢこませる。
目を閉じて耳を澄ますと、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
見つかったら殺される。殺されなくとも口封じされる。結局それは殺されるのではと、私の思考がグルグルと廻る。
息を殺して祈った。
あの手で痛めつけられるのか、それとも普通に痛めつけられるのか、とにかく悪い方向にばかりに考えが傾く。
「神様仏様お母様。どうか私をお救い下さい」
目を閉じて必死に祈り続けた。
しかし、普段信じることのない者たちへの祈りは虚しくも届くことはなく、足音が接近したと思いきや、不意に止んだ。
──ああ終わった。
恐る恐る目を開け、地面に視線を向けると、ヒールの人物がすぐ目の前に立っている。
「バレた……」
観念して顔を上げると、そこには案の定、先程超人的な姿を見せた女の人が立っていた。
髪の色は暗くてわかりにくいが、若干紫色っぽく、右目が髪で隠れている。
右目は隠れているが、その顔はさっき思った通りの綺麗なものだった。
「絶世の美女や、女神が私を迎えに来たんや」
思わずその顔に見とれながら、変なことを呟いてしまった。
目鼻立ちはくっきりしていて、目が若干、赤っぽく、美人顔で女優のように、いやそれ以上に思えた。
目の前の女性は今の言葉が聞こえたのか、恥ずかしそうに俯きながら頬を赤らめている。
「あなた大丈夫?」
調子が戻った女の人が右手を差し出した。
「ありがとうございます……」
差し出された右腕を食い入るように確認したが、ただの人の腕でしかない。
手を握りしめた瞬間、先程感じた得体の知れない何かがまた、体内へ流れ込んできた。
私がそれに驚いて背筋を伸ばすのと同時に、女の人は一瞬目を見開き、直ぐに私を勘ぐるように上から下に見定めはじめた。
「さっきの見たわよね?」
問いかけになんと答えようか迷いながら、手を離そうとしたが女性は離してはくれない。
見たと言ったら、最悪の状況が想像出来る。
だが見なかったと言っても⋯⋯。
ゆっくりと手を引こうとしたが、痛くはならない程度の強さで握られている。
「えっと、はい見ました……」
正直に答えなければ何をされるか分からないと思った。
「そう……」
「すみません。今日のことは忘れますから。記憶消去とかしてくれる病院探しますんで」
「そんなことしなくていいから。ていうかそんな病院ないでしょ⋯⋯ちょっとあそこで話を聞いてくれない?」
女の人はそう言って公園内にあるベンチを示した。
「は、はい」
戸惑いながらも私はなんとなくこの人が悪い人ではなさそうと思い、話を聞くことにした。
ベンチに腰かけると、半身で向かい合った私達の姿が光に照らされた。
女の人は足を組んでいたが、それだけで絵になった。
私は肩をすぼませながら、両手を太ももの間に挟んだ。少し肌寒いというところもあったが、緊張から思わず体を縮こませた。
「私は
女の人が突然名乗った。
「
「瞳美.......いい名前ね。単刀直入に聞くけど、あれを見たの?」
「あれ?」
なんの事か考えながら私は目線を上に向け、空を見た。
御厨さんの示す
「はい。あの浮かんでたやつですよね」
「そうそう。やっぱり見てたのね」
そう言うと御厨さんは左手を顎に当て、人差し指で口を押えた。少し俯きながら何か考えていたが、すぐに手をおろし私に顔を戻した。
「今から私が話すこと、信じてくれる?」
「え、ええ。まあ……はい」
もう既に非現実的なものを目にしたこともあり、話の内容は大方予想がついていたので、別に疑う気はなかった。
「あなたが目にした3つの人型はね、私達が亡者って呼んでるものなの」
「亡者?」
繰り返すと御厨さんはゆっくりと頷いて続けた。
「ええ、はっきりとしたことはわかっていないのだけどね。あれは人の魂の姿そのものと言われてるの」
「魂⋯⋯ですか」
疑うことは無いだろうと思っていたが、魂という単語を聞き、懐疑的な気持ちが湧いてきた。
さすがに色々と非現実的すぎて理解が追いつかない。
「魂って存在するんですか」
「厳密にはわからないわ。私だって疑う気持ちは今でもある。でも亡者の存在を知ってしまった以上、信じられなくても他の事実が浮き彫りになるまで信じるしかないのよ」
「は、はぁ」
私の疑問に御厨さんは淡々と答えていたが、その口ぶりは自信なさげなものだった。
ようするに、信じられるとか信じられないとかじゃなくて、ただ仮定を事実と信じるしかないのだろう。
「それでね、あなたがさっき見た亡者は特に害のない大人しいものだったけれど、亡者の個体によっては人型だったり動物の形をしてたりで、人に危害を加える者も現れたりするの」
「それでさっき⋯⋯」
私が呟くと、御厨さんは見えやすいように右腕を私の目の前に持っていきた。
確かめるようにその腕に目を配ったが、今は普通の人の腕にしか見えない。
「そうよ、あれは私の力。肉体を変化させて強化し、亡者を還すの。現実的じゃ無いかもしれないけど、本当なのよ?」
御厨さんは最後にクスッと笑い声を漏らした。
やはりこの人は美人だ。見ているだけで心が癒される気がする。
気を取り直して私は黙って頷き、先程の光景を頭に思い浮かべた。
あっという間に亡者をバラバラにした早技も見事だったが、あの跳躍力も人のものとは思えなかった。
御厨さんは腕をおろし、袖を戻した。
不意に先程の御厨さんの言葉に違和感を覚えた。
「還すってどういうことですか?」
「ああ、それはね」
御厨さんは口角を上げ、腕を組んだ。
私の視線が無意識に腕に抱えられた胸部へ向かった。
「いいなぁ⋯⋯」
少しとはいえ、凝視して羨望の言葉を漏らしてしまった自分を戒めながら顔を上げると、御厨さんは目を細めた。
「思春期の男子みたいね」
「ごめんなさい⋯⋯」
御厨さんは小さく溜息を吐き、首を左右に伸ばした。
それにしても、思春期の男子とは言い得て妙である。
恐らくこの人は昔からそういう視線を向けられているのだと考えられる。
まあ、それは当然だろう。
「まあいいわ。還すっていうのはね」
何事も無かったかのように御厨さんは説明しはじめた。
「あれは基本的には死者の魂だから、この
私は口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
「黄泉に還すのよ」
「黄泉、ですか」
「ええ、この世に囚われた魂を解放する。それだけの事よ。でなきゃさっきの人型のように最初は無害でも魂が変化して人に危害を加えるかもしれないの」
話を聞きながら髪をかきあげる。
御厨さんの話を聞いて、なぜだか先程の夢の内容を思い出した。
思い出すと両手に自然に力が入った。
突拍子もない話だが、あの日の出来事にその亡者が関わっているのではないかと、なぜだか私は考えてしまった。
由貴はなにかの力によって魂が捻じ曲げられたのではないのかと。
「ところで瞳美」
「は、はい!?」
意識の外から声をかけられ、思わず体が跳ねた。
御厨さんは不思議そうにこちらを眺めている。
じっとみられたせいか、私は顔が熱くなりながらこめかみを撫でた。
「貴女、私が力を使った時に発した霊力を察知したんじゃないかしら」
「は?」
突然のことに、はしたない声を出してしまった。
いきなり新しい単語が出てきても、理解に困るに決まっている。
それでも私は、御厨さんとの会話を続けたかったので意味を考えた。
霊力とは多分、不思議な力とかそんなものだったろう。
どこかで見た単語の意味を思い出すと、御厨さんの言いたいことがわかった。
「霊力って⋯⋯それらしいものはあの腕が変化する前に感じましたけど」
そう答えると、御厨さんの顔が強ばり、まるで私に畏怖しているように見つめている。
「私の肉体に変化が現れる前から感じ取れるなんて⋯⋯」
小声でそう呟きながら、右目で髪をかきあげ目を押さえた。
右目を押えて俯いたまま、左目で私を捉えてくる。
「ねえ瞳美、今日の私の霊力みたいなものを感じることって今までもあった?」
「それは何回か。結構みんなから霊感があるんじゃないかって言われてたんですよ」
考えることなく率直に答えた。
改めて考えると、確かに変な悪寒がするだとか、変な気を感じるみたいなスピリチュアルなものには心当たりがあった。
似たような感覚を思い返していると、ふいに御厨さんの手が私の左手にのせられた。
御厨さんに顔を向けると、真剣な顔で私を見つめている。
「瞳美、お願いがあるの。子供にこんなこと頼むのは大人として間違ってるって分かってる」
「え⋯⋯」
私はまた顔が、いや身体中が熱くなった。
別にそういう趣味がある訳では無いが、大人の女性の魅力というのに、どこか憧れがあった。
その憧れの存在に手を握られたことに、私
の心はうわずった。
「いやでも⋯⋯私はまだ子供ですし⋯⋯だいたい私そっちの趣味はあんまり⋯⋯」
「私達に力を貸してくれないかしら⋯⋯って今なんて言った?」
御厨さんが当然唇を横に結び、顔を引き攣らせた。
「へ?」
想像の斜め下の言葉に、気が抜けた返事が出てしまった。
色々と勘違いしてしまったことが気恥ずかしく、顔が茹で上がるように沸騰する。
────
「なるほど、私にも御厨さんみたいな力が存在するかもしれないと⋯⋯.」
御厨さんが色々と話してくれた。
私は落ち着きを取り戻し、茹で上がっていた顔はちょうど食べ頃のゆで卵くらいの温度になった。
亡者の存在によって生活を脅かされている人々がいると。実際亡者に殺された人々も少なくはないということを。
そして私には亡者と戦える力が備わっているかもしれないということを。
「おそらく私が能力を使う前に霊力を察知できたのは瞳美の中と外に生まれつき備わった霊力のおかげよ。瞳美の体から溢れた霊力が、私が力を使う瞬間に盛れ出した霊力を感じ取ったの。つまりセンサーが働いたのよ」
「何言ってるんだこの人⋯⋯」
目を逸らしながら、小声で呟いた。
もう既に話についていく自信が無い。
しかし、嘘を言っているとは思えないので首を傾げて考えた。
この話をしてるのが近所のおっさんだったら、おそらくこの段階で席を後にして救急車を呼んでいただろう。
霊力というのは、いわばさっき見せた超人的な力の総評のようなものだと思われる。
知らないうちに私の体内、そして外に溢れ出た霊力が御厨さんの霊力を察知した、ということでいいのだろう。
言っていることは理解出来たが、結局のところまだ色々と分からない。
「そういえばさっきからあれなんですけど霊力って結局なんなんですか」
今さら、と言いたげに御厨さんは何度も瞬きしながら、1度わざとらしく咳込んだ。
教えられていないのだから仕方がないだろう。
それに話についていけているだけでも褒めて欲しいものなのに。
できればその魅惑的な体で抱きしめて欲しい。
「霊力っていうのは限られた人が持つ文字通りの不思議な力よ。霊力自体は殆どの人に備わってるらしいけど、それを実用化できるのが、極一部の人間らしいの。一言に霊力って言っても色々あって、私は肉体を変化させて強化するのに特化しているのだけれど、その他にも使い方色々あるわ」
「なるほど⋯⋯なんか急に胡散臭くなりましたね」
「それはまあ、仕方の無いことかしら⋯⋯」
呆れるように御厨さんは言った。
私にはまだ亡者がどんな存在なのか、一体何が脅威なのか想像が出来ていなかった。
しかし、人の魂が変化してしまえば、人に危害を加えるという事例に関しては実際にそれらしきものを体験している。
そう思うと、さっき浮かんだ考えは突拍子のないことでもないのかもしれない。
「あの⋯⋯.御厨さん」
自分でも驚くほど今までより低く思い声を発した。
また昔の忌々しい出来事を思い出したからだろう。
私の脳裏には、まるで理性のない獣のように変わり果てた幼馴染である親友が、もう1人の親友であり、腹の中からの幼馴染に襲いかかっている姿が浮かんでいた。
「どうしたの?」
「亡者って生きている人間でもなり得るんですか」
次の瞬間、自分を庇って左腕を怪我して蹲る幼馴染と、それを見下ろす無機質な目をした幼馴染の姿が浮かび上がっていた。
「ええ、ごく稀にね。霊力を持った術師によって生きた人間が亡者にされることも」
御厨さんのその一言で私の意思は決まった。
どうも現実味のない話だが、忌々しい記憶と亡者の存在を結びつければ納得がいった。
勢いよく立ち上がり、御厨さんに握手を求めて右手を伸ばした。
「私も亡者と戦います」
「本当に? 自分で誘っておいてあれだけど、危険な目にあうかもしれないわよ」
「それでも構いません」
御厨さんは口角を上げると、私の手を握った。
「ありがとう瞳美。感謝するわ」
固い握手を交し、私は御厨さんは連絡先を交換した。
その後私はこんな時間に外にいることについて苦言を呈されながら、御厨さんに送られ家に帰った。こっそりと屋根に登り、自分の部屋の窓を開けてベッドに戻った。
つい先程とんでもないものの存在を目にし、ひとつの決意をしたというのに、布団を被るやいなや、すぐに眠りについた。
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