幽霊ラジオ

小日向葵

幽霊ラジオ

 雪姉ちゃんと研兄ちゃんは、幸せな結婚をするものだと思ってた。

 私はずっと年下だったから、仲のいい二人をまぶしく見ているだけだった。


 ふたりが高校三年生の夏。私が中学一年の夏。


 研兄ちゃんは、交通事故で亡くなった。




 「その話知ってるー、見た見たー」


 私はは高校二年生になっていた。雪姉ちゃんのと同じ制服に袖を通して二年目になる。


 「なになに何の話ー?」

 「昨日配信で見たんだけどさー、幽霊の声が聞こえるラジオがあるんだってー」

 「なにそれ、なんでラジオ?古くね?」


 クラスの女子たちが、休み時間恒例の雑談をしている。


 「そもそもそのラジオ壊れてんじゃね?」

 「違う違う、番組らしいよ」

 「幽霊だからやっぱ深夜放送なのかな」

 「こんばんわーユウ&レイでーっす」

 「なんかもう趣旨変わってるしー」


 幽霊の声か。研兄ちゃんの声が聴けたら、いいな。




 雪姉ちゃんと研兄ちゃんが、高校を卒業したら結婚しようと約束していたのを、私は知っている。

 きっと二人は、二人だけの秘密だと思っていただろう。でも私は、二人がそう誓い合うその場にいた。居合わせてしまった。

 夕食後のデザート、スイカが切れたから二人を呼んできなさいというお母さんの言いつけで二階の部屋に向かった私。驚かしてやろうと、そーっと階段を昇ったら……二人は暑い中抱き合って、そんな約束をしていたのだった。


 私も研兄ちゃんに微かな恋心を抱いていた。でもそれは、叶わない願いだと最初から判っていた。研兄ちゃんは私にも優しかったけれど……やっぱり雪姉ちゃんだけを特別に大事にしていたからだ。

 私は雪姉ちゃんも大好きだった。だから、二人が結婚するなら精一杯お祝いしようと思った。幸せになって欲しいと願っていた。



 でも研兄ちゃんは亡くなった。ひき逃げだった。


 結局犯人は捕まっていない。曲がり角に立てられた目撃者求むの看板は色褪せて、お仏壇以外に花を供えることもなくなった。時間が、記憶を遠くに追いやっていく。しばらくは泣いて暮らしていた雪姉ちゃんも、一年浪人して今は大学三年生だ。



 「幽霊の声が聴こえるラジオ局があるんだって」


 夕食後、リビングでくつろぐ雪姉ちゃんに私はふと、昼間聞いた話をしてみた。


 「ふふふ、ラジオなんて古風ね。幽霊だからかな」

 「判んないけど、動画配信ってわけにはいかないんじゃない?幽霊だと姿が見えないとかなんとかで」

 「ばっかみたいね」


 雪姉ちゃんはくすくすと笑っていた。研兄ちゃんの声を、雪姉ちゃんに聞かせられたらなと私は思った。



 部屋に戻って、スマホで色々検索してみる。でもなかなか、そのものズバリな情報は見つからない。判ったことは、夜中に周波数をてきとうにいじっていたら、運が良ければ繋がる……ということ。私はお父さんの古いラジオを天井裏から引っ張り出して電池を入れ、電源ボタンを押してみた。


 ガガガ、ピチューン。


 向かって右のダイヤルを回すと、周波数表示のメモリ上にある赤い線が動く。これでチューニングか。あれこれいじっていると、色々な番組が入ってくる。歌番組、天気予報、ニュース、お笑い。ラジオと言うメディアにもまだこれだけの人が関わっているんだな、と私は感心する。


 よし。


 私は部屋の電気を消してベッドに潜り込む。うつ伏せになり、枕元のラジオの電源をもう一度入れてボリュームを抑えめにし、再びその音の世界に入り込む。


 「花、何してるの」

 「わわっ」


 不意に声を掛けられて私は驚いた。見上げると、パジャマ姿の雪姉ちゃんが静かに微笑んでいた。


 「もう、脅かさないでよ」

 「それ、お父さんのラジオ?」

 「……うん」

 「……そっか」


 雪姉ちゃんは笑いながら、私にもっと詰めろと手で合図する。私がベッドに空きスペースを作ると、雪姉ちゃんがそこに寝転んできた。


 「じゃ、聴こうか」

 「……うん」


 それから二人で色々なラジオ番組を聴いた。昔流行った歌、その歌の裏話。ハガキ職人の面白い話の投稿に、謎のお悩み相談。コイバナ、etc、etc……


 局と局の間を赤いバーが移動している時、私も雪姉ちゃんもじっと音が入るのを待っていた。息をひそめて待っていた。あの人の声が聴けるかも知れない。もう一度、もう一度だけでも聴けたら。


 赤いバーが右端まで到達した。私はラジオを雪姉ちゃんの前に押しやる。雪姉ちゃんは少し戸惑ってから、ダイヤルをゆっくりと逆に回し始める。赤いバーが、今度は左に向かって動き始めた。



 私は、インジケーターのランプに照らされた雪姉ちゃんの顔を見て、自分も研兄ちゃんに恋をしていたと思ったけど……本当は違ってたのかも知れないと思った。きっと私は、雪姉ちゃんと一緒にいる研兄ちゃんが好きだったんだ。楽しそうにしている二人を見るのが好きだったんだ。


 ゆったりとした時間は過ぎ、そして赤いバーは左で行き止まった。雪姉ちゃんは静かに微笑んで、ラジオの電源スイッチを切った。私と雪姉ちゃんは、そのまま一つのベッドで寄り添いながら、眠りについた。




 翌朝、私はお父さんのラジオから電池を抜いて、また天井裏に仕舞った。

 雪姉ちゃんはいつもと変わらない笑顔だった。



 四年か。



 もう四年なのか、それともたった四年なのか。もう歳を取ることのない研兄ちゃんに来年私は追いついて、そして追い抜いてしまう。雪姉ちゃんは、どういう想いを胸にこの四年を過ごして来たんだろう。そしてこの先、どう生きていくんだろう。




 研兄ちゃんの声は聞こえない。私は、私たちは自分の足で歩んで行くんだ。


 あの人のもういない、この世界で。




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幽霊ラジオ 小日向葵 @tsubasa-485

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