守宮の仕事
玄瀬れい
守宮の仕事
「わあー」
大きな感嘆の声を聞き思わず、身を震わせてしまった。
「しっぽも綺麗だし、足も小さくてかわいい」
「こうすけ君、どうしたの?」
あ、先生か。こうすけ君?に指を指されて、背中がヒリヒリしていてすごく不快だったけど、先生が来たなら安心だ。
「見てみて、日向ぼっこしてるよ。かわいいでしょー」
日向ぼっこなんぞしとらん。こう見えても働いてるんだ。
「かわいいね。でもやもりさんはね、みんなのおうちを守ってくれる強い生き物なんだよ」
おー、さすがに先生はわかっていらっしゃる。
「かっこいい!」
またしても、こうすけ君から感嘆が漏れる。
「へえー、すごいや。やもりさん、いつもありがとう」
おー、どうも。無邪気な少年はいい。少し照れそうにはなるがな。顔をそちらへ向け。清一杯返事した。やっと捉えた顔は……あれ、この顔知ってる。そうだ、三月ほど前に出ていった狐のこうたさんに似ている。
「さて、みんなのところにいきましょうかね」
あれ、帰るのかい? ははん。初めての帰省でどうすればいいか、わからないんだな?
「ううん。僕、もう少しここにいるよ」
そんなことはなかったか。既に変装までして準備ばっちりだからな。
「そう。わかったわ」
よし、先生がいなくなった。さあ、来い。って、そんなに離れてたら飛ばせないよ。もっと近づいてきておくれ。全く。やっと手を出したよ。そんなに顔を近づけたくないか、全く。別に手でもいいがな。
ブウォオオオン!
◇
「お待ちしておりましたよ。こうすけさん。切り株下の理想郷守幹宮へようこそ」
こうすけさんは人間の体から戻りもせず、まるで生まれたてのように素っ頓狂な顔をしている。
「案内しますね。久しぶりのご帰還なので、部屋が変わっておりますが、あとはいつも通りです。私もこうすけさんがお戻り次第一緒に休んでいいと言われていたので、案内ついでにお供しますね」
丸一日かけて娯楽施設を周り、絶品を堪能した。もうこの一日は終わりに向かっている。
「疲れましたね。家は帰られなくて良いのですか。こんだけたくさん訪問して、家は行かないとは、未だに思春期なんですか?」
「僕、帰らなきゃ。ここはどこ? ままは? 先生は?」
悲しそうな顔をしてこうすけさんこと、狐のこうたさんは言った。
「どうしたんですか。そんな弱々しい声出して」
ピーポーピーポー。
「まあ、いい。とりあえず、銭湯へ行きましょう。お疲れのご様子ですし、背中洗いますよ」
ジャボン。
ああー。こんな声も出さなきゃ、やってられねーよ。はー、気持ちいい。
ジャバー。ジャバー。
「そっか、お前たちは湯浴みが必要なんだよな。しなくてもいいのはやっぱり楽だぜ」
ピーポーピーポー。まただ。何の音だ? サイレン? 何があったんだろう?
「警察猫のクリスです。やもりのアイナさん。あなたに事情聴取をさせてください」
え!?
「何事だい? 温泉にまで入ってきて。一大事かい?」
「ええ。その隣の方は?」
「狐のこうたさんですよ」
「本当に? 今、人間界ではこの方と同じ顔をしたこうすけさんが行方不明となっていて、守幹宮にも連絡が来ていて、今日の入宮者リストを洗っています」
まさか。よもや、この『こうすけさん』は誠に人間というのか。
「まさか……」
本人は一度も……。
「ええ、すぐに戻してください」
え!?
思わず声を出してしまった。右を向くと、既にこうすけくんはいなかったのだ。
きゃっきゃっきゃっきゃっ。
声を追うと、クリスさんに後ろから飛びかかっていた。
「猫ちゃんなの? かわいいね!」
ああ確信したよ。これは本当に人間の子供なのだ。
「ちょ、ちょっと。アイナさん、早く。人間との関わりを避けてきた人たちで出来たこの守幹宮で、これ以上は鬱者が出ます」
仕方ないか。自分のケツは自分で拭くしかない。
「わかった」
ブウォオオオン!
◇
それから数日がたった今、僕は理想郷には似合わぬために切り株の下に続くこの宮殿の更に地下に築かれている裁判所にいる。裁判自体もおよそ15年ぶりだという。我々ヤモリの平均寿命の倍ぶりだ。下に来る前、多くの野次と罵声を浴びた。宮殿内の住人はみんな注目しているのだ。私は罪を認めている。有罪判決はもはや決まっていること。裁判が盛んに行われていた時代の、古い規則であるが、罪人は体の一部を切り、紋様を書き込まれる。しっぽを切り再生しても、紋様は決して消えない。もう2度と罪人として話すことしかできないのだ。親とも家族とも仲間とも。いっそのこと死刑にしてほしい。だが、今の罪状ではそれは叶わない。よし、始まるどれだけ盛って自分を悪者にできるかの裁判だ。
「これより裁判を始める。守宮、アイナ殿が、誤って人間を守幹宮に招き入れた事故についてである」
守宮の仕事 玄瀬れい @kaerunouta0312
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます