第10話 恋への気づき

清二が茶室での稽古に夢中になっている間、薫もまた彼との時間を楽しみにしていた。二人の交流は深まり、互いに心を開き始めていたが、それが恋愛感情だとはまだ気づいていなかった。


ある日の夕方、清二と薫は茶道の稽古を終え、茶室の縁側で休んでいた。初夏の穏やかな風が二人の頬を撫で、遠くの山々が夕日に染まっていた。


「今日も素晴らしいお稽古でした、薫さん。」清二は微笑みながら言った。「あなたの教え方がとても分かりやすくて、毎回新しいことを学べて本当に楽しいです。」


薫は照れたように微笑んだ。「ありがとうございます、清二さん。あなたの熱心さに私も励まされます。」


「この茶室での時間は、僕にとって特別なものです。」清二は真剣な眼差しで薫を見つめた。「薫さんと一緒に過ごすことで、茶道の奥深さだけでなく、日本の美しさも再発見できるような気がします。」


薫は一瞬、清二の目を見つめ返し、心臓が少し早く鼓動するのを感じた。「私も同じです、清二さん。あなたとの時間は、私にとっても大切なひとときです。」


その時、里美が茶室に現れた。「お二人とも、こんばんは。今日のお稽古はどうでしたか?」


清二は笑顔で応えた。「こんばんは、里美さん。今日もとても充実した稽古でした。」


「そうですか。清二さんがここに来てから、薫もいつもより楽しそうですよ。」里美は意味ありげに薫を見つめた。


薫は顔を赤くし、少しうつむいた。「里美、それは言い過ぎですよ。」


里美は笑いながら肩をすくめた。「でも、そういうことですよね?薫、あなたも清二さんと一緒にいるとき、本当に楽しそうです。」


清二はその言葉に心が温かくなるのを感じた。「僕も薫さんと一緒にいるときが一番楽しいです。」


その後、里美は清二に別れを告げ、薫と二人きりにして去っていった。再び静寂が訪れ、薫と清二は夕日の中で穏やかな時間を共有した。


「薫さん、もしよければ、少し散歩しませんか?夕方の風がとても心地よさそうです。」清二は提案した。


薫は少し戸惑いながらも頷いた。「はい、ぜひ。少し歩いてみましょう。」


二人は茶室を出て、近くの庭園を歩き始めた。木々の間を通り抜ける風が心地よく、薫の心も少しずつ軽くなっていった。


「この庭園は本当に美しいですね。」清二は歩きながら言った。「自然の中にいると、心が洗われるような気がします。」


「はい、この庭園は私の家族にとっても大切な場所です。」薫は静かに答えた。「ここで過ごす時間が、私にとっての癒しです。」


歩きながら、清二はふと立ち止まり、薫を見つめた。「薫さん、あなたにとって、家族とはどういう存在ですか?」


薫は一瞬考え込み、そして静かに答えた。「家族は私のすべてです。お父様やお母様の期待に応えるために、私はこの茶室での役割を果たしています。でも、時々、自分自身が何を望んでいるのか分からなくなることもあります。」


清二はその言葉に心を揺さぶられた。「薫さん、あなた自身が本当に望むことは何ですか?」


薫はしばらく沈黙し、そして小さな声で言った。「私は...もっと自由に、自分の道を見つけたいです。でも、それがどんな道かはまだ分かりません。」


清二は優しく微笑み、「薫さん、それがどんな道であれ、あなたが見つけることを信じています。僕も応援します。」と言った。


その瞬間、薫は清二に対する特別な感情に気づき始めた。彼の言葉に心が揺れ、胸が熱くなるのを感じた。「清二さん、ありがとう。あなたと話していると、自分の気持ちが少しずつ分かってくる気がします。」


清二は静かに頷き、薫の手をそっと握った。「薫さん、僕も同じです。あなたといると、自分の心がどんどん開かれていくような気がします。」


二人はそのまましばらくの間、手を握り合いながら庭園の美しさを静かに感じ取っていた。その瞬間、彼らの間に芽生えた特別な感情が、互いにとってかけがえのないものになることを予感させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る