七 (3)


 帰国後、私は自分のプライベートな生活を、き家庭人としての方向へ軌道修正していった。比較的時間の自由のきく大学教員の立場を生かし、子どもたちと過ごす時間を増やして、妻が本格的に舞台活動に復帰するのを助けた。一方で、研究面では以前のような、アメリカの学術誌に論文を載せたい、現地の学会に参加したいという熱意はなくなってしまった。私の研究活動は、日本の学会と学術誌、日本在住の研究者のみとの交流へと範囲を狭めていった。

 私の中の〈女〉は、愛という命の糧を失って次第に衰え、萎びていった。

 そうした生活が数年続き、四十代に入ったある初夏の朝だった。テレビを見ていた瑶子が突然、あ、と声を上げた。

「レイモンド・リウが死んじゃった」

 ――レイモンド? ――

「誰?」

 胸騒ぎを覚えながら食卓の席を立ち、テレビの前へ行った。

「香港の映画スターよ。わたし、好きだったのに」

 テレビでは、亡くなったという俳優の代表作の映像を流していた。画面の片隅に、「レイモンド・リウさん死去 自殺か」とテロップが出ている。髪を撫でつけ、スーツに身を包んだ美貌の俳優。むらのない象牙色の肌、弓なりに整えた眉――年齢を重ねてはいるが、間違いなくあのレイモンドだった。食い入るように画面を見る私に、瑶子が言った。

「あなたが芸能ニュースに興味を持つなんて、珍しいわね。実は知ってた?」

「あ、いや……。君が、好きだって言ったから……」

「ビルから飛び降りたらしいのよ。ハンサムっていうか、きれいな人でしょう? 演技力も十分あったと思うんだけど、容姿ばかりが注目されがちだったから、四十にもなると、限界を感じたのかしらね……」

「四十歳だったの?」

「そう。わたしと同い年。残念だわ、男ならこれから魅力が増す年代だし、演技だって円熟してくる頃なのにね」

 その日の夜には、彼が長年交際していた男性映画プロデューサーと、今年の春に破局していたことや、自身がプロデュースしようとしていた映画企画が頓挫したことなどが報じられた。遺書はなく、最終的に何が彼の生を終わらせる引き金を引いたのかは、わからないということだった。

 シェイクスピア劇の俳優を目指して英国の演劇学校に通ったが、うまくいかなかったこと、アジアの映画界で仕事をする一方で、常にシェイクスピア作品に関わる機会を求めていたことも、報道で知った。しかし、映画俳優として成功すればするほど、伝統的なシェイクスピア劇への参加は難しくなっていったようだ。

 私は悄然しょうぜんとしてニュースを聞いた。根津のアーネストの家で一緒に床に座り、暮れる庭を眺めていた時のレイモンドが思い出されてならなかった。――シェイクスピアだ、――と言った私に、彼はこぼれる笑顔で応えた。あれは、話の通じる相手がここにいた、という喜びだったに違いない。あの瞬間、完璧に磨き上げた銀の鎧の隙間から、プロの演者ではなく、夢を持つ一人の青年が素顔をさらしたのだ。

 彼と今、話したかった。どんなふうにシェイクスピアと出会ったのか。どんな感動的な体験があって、それが自分のキャリアと人生の、すべてを賭けて追い求めるに値する夢だと思ったのだろうか。才能と、圧倒的な美しさに恵まれ、望んだ以上の名声と金を手に入れながら、彼は最も欲しかったものを得ることはできずに、虚空に散ってしまったのだ。

 レイモンドを死なせたのは私だ、と感じた。彼を救う機会があったのに、むざむざ死なせてしまった。アーネストと別れて自分のところに来い、とレイモンドは言った。彼が口走った影とは、彼には英国の偉大な劇作家への憧憬という形で、私にはアーネストとの不均衡な恋という形で人生のくびきともなっていた、西洋というものの巨大な重みだった。彼の言いたいことをわかりかけていたのに、私は現実を見たくないがために目を逸らした。

 もし私が、少しでも彼の言葉に耳を傾ける気を起こして、〈女〉としての自分をレイモンドに預ける選択をしていたなら、彼は死なずに済んだのではないか。

 私の中の、今は死につつある〈女〉にも、別の運命があったのではないか。

 その週末、私は用事があると言って家を出て、上野へ向かった。途中の花屋でトルコ桔梗を一束買い、茎を紫の細いリボンで結んでもらった。不忍池へ行き、人目に付きづらい、木陰の落ちる水際に花束を置いた。それから香港の方角へこうべを垂れ、目をつぶって手を合わせた。



 その頃、瑶子の所属する市民劇団は、所属俳優が続けてテレビドラマや映画に抜擢されたのをきっかけに、若手の登竜門として、また質の高い公演を行う団体として注目を集めるようになっていた。瑶子は舞台に立つだけでなく、副代表者として企画宣伝にも関わり始めた。中年に近づいてなお華やかさを失わず、エネルギーに溢れる彼女の存在は、人々の関心を呼んだ。結婚して二人の子どもを持つ主婦が劇団の顔を務めるというのも、当時は珍しがられた。

 わが家に新聞社の取材が来たこともあった。記者によれば、主婦業をしながら劇団で活躍する女性と、積極的に子育てに関わる研究者という私の組み合わせが、新しい時代の夫婦のあり方を示しているというのだった。記事は写真付きでローカル面に載った。

 それなりにすべてがうまく回っていると思っていた。しかし、休むことなく情熱の行先を求める瑶子は、家庭運営のパートナーという立場に収まった私を、物足りないと感じるようになっていったらしい。

 長女が大学へ、長男が高校へ進学を決めた二〇〇四年の春、瑶子は家を出ると私に伝えた。その前年に父が亡くなり、一周忌の法要を終えて間もない時で、私は四十八歳、彼女は四十七歳になる年だった。

榎本えのもとさんと一緒に住むことにしたの」

 瑶子は言った。

「明後日の朝、引っ越し屋が来るから、そのつもりでいて」

 榎本というのは、彼女の劇団の代表者で、演出家でもあった。私たちよりも少し年若で、これまでに二度、離婚経験があると以前に聞いていた。

 突然のことに、私は口もきけなかった。彼女はさらに言った。

「でも、すぐに離婚はしない。悧奈と創一の就職や結婚に、差し支えると困るでしょう? だから、しばらく籍は抜かないでおきたいの」

「――あんまりじゃないか」

 私はやっとのことで言葉を絞り出した。

「二十年も夫婦をやってきて、何の相談もなく、いきなりかい? どんな不満があるのか、相談してくれても良かったんじゃないか?」

「正直に言ったら、あなた、傷つくでしょう」

「これ以上、どうやって傷つくっていうんだ」

 妻はマスカラで強調した睫毛の下から、じっと私の顔を見た。

「じゃあ、覚悟して聞いてね。あなたといると、人生の時間を無駄にしているような気持ちになるの」

 予想した以上の衝撃だった。

「私、もう四十代も後半よ。女として人生を楽しめるのも、あと何年もないかもしれない。その限られた時間を、精一杯輝かせてくれる人と過ごしたいのよ。榎本さんとなら、その時間が終わった後も、きっと退屈しないわ。生きてるって実感を与えてくれると思うの」

「ぼくとは、退屈だって言いたいんだね」

「そういうことね。残念ながら」

「子どもたちの成長を見ているだけでも、ぼくにとっては十分、刺激的な日々だったよ。その上に、君にもぼくにも、それぞれの世界があった。それだけでは足りないというのか」

 子どもたちのいない家の空気が、しんと静まった。

「惇也」

 ささやくように、瑶子は言った。

「最後に一緒に寝たのがいつか、あなた、思い出せる?」

 答えられなかった。いっときののち、彼女は私を置いて席を立ち、荷造りのために寝室へ入っていった。

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