堕天のマリア

猫山 鈴

序章

プロローグ(1)

 「ハァハァ…た…たす…けて…」

 此処はとある国のとある町。辺りで夜で暗くなったこの町で一人の女が這いずっていた。その這いずった跡には真っ赤な血の跡が線となってひかれていく。


 女は腹部から出血していた。まるで何かに刺されてかのように深い傷を負っていた。女はその痛みに耐えながらも進んでいく。進まなければ自分に明日は確実に訪れないからだ。

 

 しかしその後ろでコヒュー…コヒューという呼吸音が聞こえる。そして女のいる場所に影ができた。女はその影を視界に入れた瞬間に絶望した。

 刹那…女の背中に鋭利な刃物が深々と突き刺された。

 「いやぁぁぁぁあ!」

 女は断末魔を上げ…そして力尽きた。



 ◇



 「またか…」

 「これでもう4人目ですよ?一体何がどうなってるんでしょうか…」

 次の日の朝。早朝に犬の散歩をしていた婦人より通報があり地元警察が動いた。

 通報されたのはイースト地区六番地に位置するマンションの裏。婦人はこのマンションの管理人である。


 「もうびっくりですよ!歩いていたら急にうちのエリザベスちゃんが吠え出してリードを引っ張っていくんですもの。そして辿り着くと女性が死んでるじゃない?もう怖いったらありゃあしないわ〜」

 婦人は飼い犬と思われるパグを抱っこして警察に事の経緯を説明している。

 彼女の話が本当ならば夜に既に死亡していた事で間違いなさそうだ。


 「先輩?大丈夫ですか?あのおばさん怪しくないですか?」

 まだ若い刑事が先輩にそう耳打ちしている。彼の名は"クラップ・クラッカー"。今年"アナスタシア警視庁 殺人課"に入職した若手の刑事である。階級は巡査だ。


 真新しい紺色のスーツを着ており首元には水色のネクタイをつけている。革靴もピカピカである。金髪の短い髪に碧眼。そばかすが特徴の若い青年だ。

 

 そして話しかけられたのが"マックス・クランプス"。彼もクラップと同じく殺人課所属の刑事であり、階級は警部補である。

 彼の方はグレーのスーツを着ていて上にベージュのトレンチコートを羽織っている。靴も少しよれている。白髪混じりの黒髪に口髭を生やした中年男性である。


 「こら!おばさんというのは辞めろ!相手は女性だぞ?全く失礼なやつだ…」

 「いやでも第一発見者って怪しくないスか?よく言うじゃないですか。犯人は現場に戻ってくるって」

 「んなもん小説とかの話だろ?それにこれを見ろ」


 マックスが女性の後ろからずーっと続く血痕を指差した。クラップは首を傾げている。

 「これがどうかしたんスか?」

 「まずこの跡はまるで引き摺った跡に見える。考えてもみろ。女性の力で此処まで人一人引きずるなんて可能か?無理に決まってんだろ。第一此処まで持ってきたら怪しまれるし警察に通報する訳がない」


 マックスの説明にクラップは待ったをかけた。

 「いーや待ってくださいよ!先輩…もしかしたら被害者が自分で此処まで動いたかも…いて!」

 「んな可能性薄いだろうが…だったらすぐに殺せば良かっただろ?なんで此処まで泳がせとく必要があんだよ。犯人は男!引き摺っていったが途中でトラブルでも起こって放置でもしたんだろ?」

 「んな横暴なぁ…」

 クラップはマックスにはたかれた頭を押さえながら早く事件をおしまいにする気満々のマックスに不満を漏らしていた。


 しかしクラップは言おうとした文句が次の瞬間引っ込んでいた。そして頬を触った。

 「ん?どした?」

 「いや…なんか今頬にふわっとした何かが…てん?」

 クラップが下を見ると地面にとても美しい汚れ一つない真っ白な羽が落ちていた。


 「あれ?こんなとこに羽根なんて落ちてました?」

 「いや?けど鳥が落としたんじゃないのか?しかし…やけに綺麗な羽根だなぁ…」

 二人は羽根に興味を持つがすぐに事件の捜査に戻った。クラップはその日の捜査を終えるとその羽根が気になりもう一度見るが既に羽根は消えていた。



 ◇



 「お待たせ〜!」

 「…5分の遅刻ですよ?それに羽根は落とすはあの刑事に気づかれそうになるわ…少しヒヤヒヤしてしまいました」

 刑事達が去った後、近くの路地裏で話す少女と青年がいた。


 少女はノースリーブの黒いコートに首元には鎖で繋がったロザリオが下げられている。そして青いキュロットに黒タイツ、焦茶色のブーツを着用している。長い銀髪を後ろに一本の三つ編みにしていて、その目はキリッとした吊り目で瞳は冷たい湖を思わせる水色をしている。手には懐中時計を持っている。

 全て寒色で統一された見た目からか冷たい雰囲気のある少女である。顔立ちも綺麗に整っているがそれすらも少女を冷たく見せる材料になっている。


 そして問題はもう一人の青年。こちらは黒い癖っ毛の髪にまるで爬虫類のような金色の瞳が特徴的だ。首には黒いチョーカーを巻いている。服装は真っ黒のロングパーカーを着ていて中には白のTシャツに黒いカーゴパンツとブーツを合わせた白黒コーデだ。


 これだけならあまり目立たないが問題は青年の頭の上と背中にある。

 青年の頭の上には輝く光輪が浮いていて背中からは汚れ一つない純白の翼が生えている。

 

 「大丈夫大丈夫!だって俺"天使"だもんね!」

 青年はピースしてニカっと笑顔を見せながらふわふわ浮いている。少女は呆れ顔である。

 「全く…貴方は確かに天使だから見えないですよ?けど偶に感受性の強い人には見えてしまうんですから…気をつけてくださいね。

 それよりもどうでしたか?観察結果は…」


 そう少女が切り出すと青年がニコニコしながら語り出した。

 「間違いないよ。傷口から"悪魔"の魔力痕が出てる。犯人は間違いなく悪魔に憑依されてるよ」

 青年の言葉に成程と少女がうなづいた。


 「成程…分かりました。…作戦は今夜決行しましょうか」

 「え!?急に?早くない?」

 「私…業務は迅速にそして的確に終わらせたい主義なのです。それはバディである貴方が一番知っているでしょ?」

 「フッフッフ!まぁね?"マリア"の事一番知ってんの俺ですもんねぇ♡」

 マリアと呼ばれた少女の言葉に青年はニヤニヤしている。


 「そう言う茶番はいりませんよ。"キリア"さん。それよりも作戦会議をしましょうか。とはいえ辻斬りの狙う対象も出現範囲も既にリストアップ済みですので…」

 「さっすが俺の相棒!聞こうじゃないの!俺、リングリングのエンジェルリング食べたいなぁ…」

 「作戦が終了したらです。いいから行きますよ」


 マリアはキリアと呼ばれた天使の青年の腕を引っ張り一度その場を去る事にした。



 ◇



 マリアとキリアは夜中の真っ暗の中、またもや路地裏にやってきた。

 すると二人は徐に並んで道を歩き出した。まるで普通の通行人のように…(キリアはぷかぷか浮いてるが)

 「ねぇ?このまま歩いてて大丈夫?」

 「大丈夫です。犯人はイースト地区の特にこのアパートの近くで出没するのです。そして狙われるのは一人で夜中に出歩いてる女性。

 こうやって女性である私が歩けば恐らく狙ってくるでしょう。キリアさん?貴方は確かに普通の人間には見えませんが、相手が悪魔なら一度離れて下さい。

 そうしなければ悪魔が警戒するので」


 マリアにそう告げられたキリアは少し寂しそうにふよふよ遠くに行った。それを確認するとマリアはまた歩きだした。



 ◇



 暫く歩くと後ろからスタスタと歩く音が聞こえる。試しにマリアは少し早足にしたり、遅く歩いたりするとそれに合わせて相手も変えている。

 「(来ましたか…)」

 マリアはピタリと立ち止まり壁際に寄った。そして何やらスマホを取り出して操作し出した。何もなく止まると怪しまれると思ったからだ。


 そうすると徐々に人の気配が近づいている。マリアは視界の端でそれを見た。

 そこにいたのは中年の女だった。女は真っ赤な雨ガッパを着ていてフードを被っている。その手には黒と赤の禍々しい色をしたナイフが握られている。


 女の瞳も正気を失っているのか光がなく白目部分が赤色に充血している。そしてコヒューコヒューと激しく息をしていた。

 マリアはすぐ様女の前に立ちはだかった。


 「とうとう来ましたね?辻斬りさん…いや悪魔さん?」

 そう言うと女の体から黒い湯気が吹き出した。そして湯気は徐々に形を作っていく。

 『ほう?我の正体に気づくとは…貴様何者だ…』

 その形は巨大な真っ黒の山羊のような見た目をした怪物だ。背中には蝙蝠のような羽が生えている。その声はとても低く耳がゾーッとするような声。彼こそが悪魔と呼ばれる存在だ。


 「貴方に答える義務はありません…。それに貴方を祓わねばなりませんから…」

 そう言うと同時に上空から巨大な光がマリアに向かって落ちていった。そしてマリアと衝突すると思いきや次の瞬間…


 マリアの頭の上に輝く光輪が、背中には美しい純白の翼が現れた。その姿は正に天使そのものである。そしてその手には今まではなかった筈の美しい蒼の刃に金の装飾が施された大剣が握られている。

 『ふぅ…間に合った!どう?俺のタイミング』

 「エクセレント。完璧ですね」

 『エクセレント!頂きました!』

 すると姿が見えない筈のキリアの声が聞こえる。悪魔にすら見えていない。しかしマリアは慣れた様子でクスリと控えめに笑っている。


 『エクソシスト…ちっ…面倒くさいな』

 すると悪魔はまたしても女の体に戻ろうとする。がそれよりもマリアの動きが早かった。マリアは翼を高速で羽ばたかせて悪魔に距離を詰める。そして女と悪魔を繋ぐ湯気を切り出した。


 すると湯気がぷつりと切れて女の体から湯気が消えた。それを確認するとマリアは素早く手刀を打ち混乱する女を気絶させた。

 『な…?!』

 「器が意識を無くしたら入れない…。エクソシストの知識の基本ですよ?」

 唯の小娘と侮った悪魔は怯んだ。悪魔は負けじと拳を振り下ろすがマリアは大剣を盾にしたり、素早く動いてかわした。


 『ちょこまかと!』

 「安心して下さい。時間も時間なので此処で終わりにします」

 …その刹那悪魔の視界は反転した。そして回転する。その先には首のない獣の体から黒い血が噴水のように吹き出しているのが目に入った。そして傍には黒い血が付着した大剣を握る少女の姿。


 そして理解した自身の死を


 「目標時間の0.5秒早く終わりました。お疲れ様です」

 「おつかレモネード!」

 そして次に見た景色には自身の死に興味を抱いていない懐中時計を片手に持つ少女と天使の青年が話している姿だった。

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