第参話 市役所駅

第参話 市役所駅 ~壱~


 5時、スマホのアラームがけたたましく鳴り響いた。

 星路羅針は、いつもなら目覚ましが鳴る前に大抵起きてしまうのだが、今日はさすがに疲れていたのだろう、アラームが鳴ってから目が覚めた。

 隣では旅寝駅夫がまだ気持ちよさそうに、寝息を立てている。


「駅夫、起きろ!朝だぞ!」

 フライパンでも叩いて起こしたいところだが、ないものはしょうがない。耳元で大声を張り上げて叩き起こす。

「ん~お~は~よ~。」

 寝ぼけた声で、駅夫が目を覚ます。

 国府宮駅を5時47分出発なので、遅くとも半にはチェックアウトしなければ間に合わない。時間がないのだ。

「おはよ。早く支度しろ。まずは顔洗ってこい。」

「りょ~か~い。」

 まだ寝ぼけてる駅夫をバスルームに追い遣ると、羅針も身支度を始める。荷物を纏め、ベッドを整え、椅子を元の位置に戻す。

 テレビを付けると、丁度天気予報をやっていた。全国的に晴れ渡り、暑い一日となるらしい。


 駅夫がすっきりしきっていない顔でバスルームから出てきたが、時間がないので、入れ替わりに羅針が洗顔をする。ここまでで10分が経過した。

 羅針が洗顔を終えると、忘れ物がないか最終チェックをして、部屋を後にする。チェックアウトしたのが5時25分と、なんとか5分巻くことが出来た。

 駅までは5分程なので、充分間に合わせることが出来る。


 慌ただしかったが、ホームに上がった二人は、ベンチに座って列車を待つ。ホームで待つ乗客は既に十数人に及び、明るくなった街も既に活動を始めていた。

 駅夫はコクリコクリと居眠りをしていたが、本日最初の列車、準急豊橋行きの6800系が入線してきた。駅夫を起こし、忘れ物がないか指差し確認してから乗り込む。


 席を立つときは、必ず振り返って指差し確認するのを癖にしてから、羅針は忘れ物をしなくなった。特に慌てている時ほど、きちんと確認するようにしている。若い時に一度ポケットから落ちてしまった財布を忘れて、とんでもない目に遭ったので、それからは二度と忘れないと心に誓っているのだ。


 列車に乗り込み、席に着くと、再び駅夫は船を漕ぎ始めた。

 名鉄名古屋駅までは、18分の乗車時間。羅針も暫しの休憩である。

 田畑と住宅が混在した車窓が、徐々に住宅が多くなってくると、もう間もなく名古屋である。名古屋駅到着の車内放送が掛かり、駅夫を起こすと、列車は地下へと潜っていった。


 名鉄名古屋駅は3面2線の駅で、この駅を通るすべての列車をこの2本の線路で捌いている。そのため一日に捌く列車本数が、線路一本あたり450本に及ぶらしい。

 乗降客数日本一は新宿駅で、1日あたり約300万人、列車発着本数日本一は東京駅で、1日あたり約4100本である。ところが、東京駅には14面28線もあるので、1線平均の発着本数は146本となる。そのため名鉄名古屋駅の450本という発着数は、群を抜いているのだ。


 次から次へと列車が入線してくる、そんな慌ただしい名鉄名古屋駅に降り立った二人は、流されるままに降車専用出口から出て、西改札口を目指す。西改札口を出て、短いエスカレーターを上がり左へ曲がると、目の前にJR広小路口の入り口が見えてくる。横断歩道を渡り、駅ビルの入り口を入ると、正面すぐにJRの広小路口改札口が現れる。この改札口を潜れば、後は案内に従って新幹線改札口を目指す。南通路を抜け、右へ折れ、左へ折れて、狭い通路を抜けると、新幹線南乗換口が現れる。


 これは、羅針が昨日名古屋駅の乗り換え動画を検索して見つけた最速ルートである。ここまでかかった時間は、寝ぼけた駅夫を連れて歩いても、5分もかかっていない。乗り換えアプリでは、標準乗り換え時間が7分とあったので、2分以上の短縮である。


 昨日の夜、スマホで予約したチケットでそのまま入場する。

 朝早いせいで、売店が開いてないため、国府宮駅でコンビニに寄ってきて正解だった。博多駅まで何もないのは辛いので、弁当と菓子、それに飲み物を購入しておいた。


 17番ホームに上がり、6時20分発の〔のぞみ271号〕博多はかた行きを待つ。

 やがて接近放送とともに、新幹線が入線してきた。今日の車両はN700Aである。一昨日乗ったN700Sよりも前の車両である。

 先頭1号車の自由席はかなり混雑していたが、どうにか二人並んで席を確保できた。今日もE席(いい席)である。窓側に駅夫を座らせ、羅針は通路側のD席に座る。


 列車は座る間もなく、滑るように出発していた。

 このまま3時間強の移動である。駅夫は既に夢の中へ落ち、羅針も水筒の水を飲み、一息ついたら、眠気が襲い、京都到着を見る前に、夢の中へと旅立った。


 羅針がふと気づくと列車は既に広島へ到着しようとしていた。駅夫はまだ夢の中だ。

 羅針は、お手洗いに行き用を済ませると、席に戻って、今朝買ったコンビニ弁当を開けた。すると、匂いにつられたのか、駅夫が目を覚ます。

「ん~お~は~よ~。」

 寝ぼけた声の駅夫が大きく伸びをしながら欠伸をする。

「おはよ。広島を出たばかりだよ。」

 羅針は今の走行位置を教えてやる。

「美味そうだな。」

 羅針が食べているコンビニ弁当を見て、駅夫がぼそりと言う。

「只ののり弁だぞ。腹が減ってるなら、お前も食べるか?」

「ああ。」

 羅針は駅夫の分である、同じのり弁とお茶を袋から取り出して、テーブルの上に置く。

 駅夫は礼を言って、包みを開け、黙々と箸を動かした。


「よく寝られたか?」

 羅針が聞く。

「ああ。すっきりしたよぉ。」

 駅夫が言葉とは裏腹に、まだ眠そうな目で応える。

「それは良かった。博多に着いたらリレーかもめに乗り換えて、武雄温泉たけおおんせんで新幹線に乗り換えるから。」

 羅針が一応今後の予定を言う。

「りょ~か~い。」

 揚げ物の白身魚を頬張りながら、駅夫が眠そうな声で応える。

「博多まではまだ時間あるから、ゆっくりしてて良いよ。後足らなかったら握り飯とお菓子もあるから。」

「ありがと~。」

「どう。」

 羅針がふざけるが、いつものことと流しているのか、それともまだ寝惚けているのか、スルーされた。


 列車は間もなく関門トンネルに差し掛かる頃、駅夫はお手洗いに立って、顔も洗ってきたのか、完全にすっきりした顔をしていた。

「駅夫ちゃん、ふっかぁ~つ。」

 駅夫が洗面所から戻るとそんな風に巫山戯ていた。

「なにがふっかぁ~つだよ。おとなしく座ってろ。」

「はぁ~い、ママぁ~。」

「誰がママだ。そんなでかい子供を産んだ覚えはねぇよ。」

 近くからクスクス笑う声が聞こえてきて、羅針はここが新幹線の車内だったことを思い出し、急に恥ずかしくなり、駅夫の腕を引っ張って無理矢理席に座らせ、拳骨を振り下ろすフリをする。

「おっ、また羅針の顔に朝日が昇ってきたぞ。」

「いいから、おとなしく座ってろ。」

 駅夫がからかうと羅針はますます顔を赤くしていた。


 そうこうしているうちに、関門かんもんトンネルを通過し、小倉こくらを出て、漸く博多駅に定刻通り到着した。

 15番線ホームに降り立った二人は、ここから在来線ホームに向かう。

 今は9時39分で、標準乗り換え時間は4分、次の列車リレーかもめは10時4分発なので、25分もある。慌てることはない。


 新幹線改札口を抜けると、途端に聞こえてくる言葉が九州弁というか、博多弁である。京都に降り立った時も感じたが、やはり聞こえてくる言葉が違うと、旅行に来たという実感が湧くものである。

 

 二人は、コンコースで4番ホームの表示を見つけ、ホームに降りる。

 ホームから見る博多駅構内は、珍しい列車のオンパレードだった。真っ黒い特急〔36ぷらす3〕や、緑色の特急ゆふいんの森、顔の部分だけが赤と黒の813系など、関東圏では見ないようなデザインの車両が行き交っていた。


 10時4分発の特急リレーかもめ17号武雄温泉行きはまだ到着していない。二人はホームに並んで待つ。

「目につく列車が違うのもそうなんだけど、なんか空気が違うと思わないか。」

 駅夫があたりを見回しながらそんなことを言う。

「ああ、確かに関東とも、関西ともなんか雰囲気が違うな。」

 羅針も同意する。

「聞こえてくる言葉はもちろんなんだけど、どう言ったら良いか分からないけど、なんか違うよな。」

 駅夫が首を傾げながら考える。

「ああ。多分テンポじゃないか。人が動く時のテンポとかリズムが違うんだよ。東京は4分の4拍子ぽくて早いけど、一本調子に行進しているみたいで、大阪はタタタタタタタタとマシンガンのようにせわしない。けど、それに比べて、博多はターンターンターンとワルツみたいな、なんかのんびりと優雅な感じがするんだよな。」

 羅針は少し考えてから、そう言ってテンポに例えてみる。

「確かに。そうかも知れない。そのテンポがこの雰囲気を醸し出してるのかもな。」

 駅夫は合点がいったのか、納得している。


 そんなことを話ていたら、接近放送とともに丸い顔が特徴的な車両、885系が現れた。その形状はかもめと言うよりもイルカと言った方がしっくりくるようだが、まさに九州を代表する車両の一つだろう。ヨーロッパのような雰囲気のあるデザインに、側面のカモメをあしらった大きな丸い意匠も印象的である。

 二人は5号車に乗り込むと空いている席に陣取った。西九州新幹線の開業からもう大分経つが、乗客もそこそこいて、席はほぼ埋まっていた。

 車内も特急の自由席とは思えないほど豪華な造りで、2000年のデビューとは思えない車両デザインは、九州の鉄道と言えばこの人を抜きにしては語れない、水戸岡鋭治みとおかえいじさんのデザインである。

 座席はシックな濃い茶色をしたモケット仕様で、座り心地もなかなか良い。


 列車が定刻通り発車すると、ゆっくりと走り出す。

 車内放送が面白い。列車の行き先を長崎と言ったのだ。この列車は武雄温泉駅止まりで、長崎へ行くためには武雄温泉駅で新幹線に乗り換える必要があるのだが、新幹線と合わせて一本の列車という意味なのだろうが、武雄温泉駅行きではなく、長崎行きと主張しているのは何か滑稽味を感じた。


 列車が徐々に加速を始めると、沿線の住宅街が後ろへ飛ぶように過ぎていく。

 在来線にしては走行音が比較的静かで、座り心地の良いシートと相まって、ややもすれば再び夢の世界に連れ戻されそうになる。


 暫く走ると沿線にはちらほらと田畑が見え始め、森の中を抜け、再び住宅街に差し掛かると最初の停車駅鳥栖とす駅に到着した。

 九州の景色と言っても、やはりここは日本である、建物の形状や植生が大きく変わるわけではなく、関東でも見かけるコンビニやガソリンスタンド、チェーン店などの看板を見ると、さほど変わり映えはしないように、羅針は感じる。

 それでも駅夫は車窓にかぶりつき、飛ぶように流れる景色をじっと眺めていた。


 鳥栖を出ると、すぐに新鳥栖しんとす駅到着の放送がかかったが、最後に「癌治療専門病院は当駅すぐです」と宣伝が流れ、まるでバスに乗ってるかのような錯覚をおこす車内放送だった。

 案の定、駅夫も「バスみたいだな。」と呟いた。


 新鳥栖を出ると大きな企業の敷地が目立つようになるが、すぐに住宅街や田畑と森林が広がる景色に変わる。佐賀を出て、田畑が住宅街より多くなってくると、終点の武雄温泉駅は間もなくである。


 武雄温泉駅に到着すると、ホームの向かい側には、側面に〔かもめ〕と大きく書かれた西九州新幹線の車両が停車していた。型式番号はN700Sで、最新式である。

 いよいよ、この列車で最終目的地長崎へと向かうことになるのだ。

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