第31話 選択肢
リリーの父親が野に放った金の餌の食い付きは凄まじかった。ネット上では様々な詐欺情報が出回り、徒党を組んだ捜索隊がテレビでも報道されている。有益な情報提供者には数十万。保護、または捕獲した者には数百から数千万。一人の女の子を特定するだけで貰うには、あまりにも高額だ。
朝から晩まで、リリーの名を叫ぶ老若男女の声が途絶えない。優しい声色をしている彼ら彼女らの真意が、金で埋め尽くされてると思うと、気持ちが悪くなる。
「いっその事、リリーさんを渡しますか?」
花咲さんが放った言葉が、リビングの空気を重くさせた。冗談で言ったとしても、どう反応すればいいか分からない。
「私は本気です。むしろ、これが一番丸く収まる方法。考えてみてください。他の誰かにリリーさんを見つけられた時の事を。今は家で隠れられてますが、何らかのキッカケで誰かにバレてしまう可能性があります。リリーさんを探してるのは、善人ばかりではありません。報酬の金額を更に上乗せしようと、リリーさんに酷い事をするかもしれません」
冗談ではなく、ちゃんと考えた上での発言だったのか。でも、花咲さんの言い分も理解出来る。外の連中は全員金目当て。謝礼だけでも十分高額だが、上乗せしようとすれば出来る事だ。誘拐、監禁、脅し、犯罪行為を使えば、望みの金額を得られる。
でも、僕はリリーを渡したくない。リリーの父親がどんな人物かは知らないが、記者会見の映像を見る限りでは、演技がとても上手な人という印象を受けた。本心が表に出ないよう、偽りの父親像が前面に出ていた。テレビに映る父親を前にしたリリーの反応から、ロクでもない父親だという事が分かる。そもそも、リリーは両親に嫌気がさして逃げてきたんだ。
「……私、戻りたくない」
今日も記者会見をしている父親を睨みつけながら、リリーは言った。
「あんな人の所に戻りたくない。隠れてれば、見つからないよ」
「その間、私達は人目を気にして過ごさないといけませんね」
「花咲さん。言い方」
「日に日に金額が上がっています。お金は人の理性を壊し、非常識な行動に移ります。こうしてる間にも、凶器を手にした人達が押し寄せてくるかもしれません」
「それは可能性の話だろ……」
「他人事なら気にもしませんが、当事者の私達は、例え低い可能性であっても考慮しなきゃいけません」
「だからって、嫌がるリリーを渡すのか? 親に酷い扱いをされている気持ちは、花咲さんも分かってるだろ?」
「……三日です。三日後、どうするべきか決断しましょう……ごめんなさい、リリーさん」
そう言って、花咲さんは二階へ上がっていった。花咲さんはリリーの気持ちが分かっていない訳じゃない。幼い頃から親に物事を押し付けられる苦しみは重々承知している。自分一人だけの問題なら、花咲さんはリリーを隠し通す事を選ぶだろう。
「……花咲さんも、ここに住む前までは母親から勉強を押し付けられていてね。リリーの気持ちが分からない訳じゃないんだ」
「……あの人は、そんな優しいものじゃない」
痣になってしまうかもしれない程に、リリーは左腕を抑えている右手に力を入れていた。その姿を見て、ますます渡したくなくなる。今の気分は、出入口の無い迷路を彷徨っているかのような気分だ。
今後の事について考えていると、敦子姉さんが僕の肩に触れ、耳元で囁いてきた。
「水樹君、ちょっといい……?」
リリーをリビングに残し、敦子姉さんの後をついていった。連れてこられたのは浴室。車椅子からバスチェアに座らされると、敦子姉さんは僕に掛からないようにシャワーヘッドの位置を調整してから、シャワーを流しっぱなしにする。
「水樹君。リリーちゃんを手放しましょう」
「……嫌ですね」
「あの子を愛してしまったから?」
「え……どういう意味ですか?」
「水樹君。私はあなたが誰を愛そうが、誰に愛されようが構わない。でも、今回は見過ごせない。リリーちゃん、そしてリリーちゃんの家族について調べたの。そしたら、遥か昔から存在していたわ。今私達が目にしているリリーちゃんの姿や、テレビに映っていたリリーちゃんの父親も、全く変化が無い。それがどういう意味か、分かる?」
「……僕は渡したくありません」
「水樹君! 相手は普通の人間じゃない! お願いだから、自分が助かる方法を第一に考えて!」
「僕は彼女に助けられた! 借りを返せないままなのは気に入らない! 助けられるなら助けたい!」
「あなたじゃ無理!!!」
敦子姉さんが声を荒げる姿は初めてだ。こうして真正面から否定されるのも。だからこそ、自分が今どんな状況に立っているのかを理解してしまう。これ以上深入りすれば、いずれ命を取られる。敦子姉さんは、そう言いたいのだろう。
でも、僕の気持ちは変わらない。どうしてか、変える事が出来なかった。
「……リリーを見捨てられないこの気持ちが、どんなものかは分かりません。でも、誰に何を言われようが、この気持ちが消える事はない」
「……分かった。水樹君がそこまで言うなら、私は何も言わない」
敦子姉さんはいつもの微笑んだ顔に戻ると、僕の頬を手の平で揺さぶってきた。リセットという事だろうか? 僕をおちょくりやがって。
「ああ、そうそう。水樹君」
車椅子に戻されると、敦子姉さんが何かを思い出したかのように口を開いた。目を逸らさないように僕の頬に手を当て、真っ直ぐ見つめてくる。
「必ず迎えに来るから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます