第20話 疾走

 独りが虚しい。何をやるにしても、虚しさが邪魔をして空虚と化してしまう。食事も、娯楽も、意味を為さない。かといって、眠るわけにもいかない。確信している。次に悪夢を見た時、その時が僕の最期だ。だから寝てはいけない。この寂しさに耐え続け、死を遠ざける為に命を削らなければ。矛盾した考えだが、少しでも生き永らえる為には、こうするしかないんだ。


 あの二人が憎い。敦子姉さん、花咲さん。二人は僕と深く接してくれて、僕に幸せを与えてくれた。その所為で、僕の悪夢はますます力を増し、僕の命すらも掌握している。


 色の無い人生と、虹色の人生のどちらを選ぶかと尋ねられたら、多くの人が虹色の人生を選ぶだろう。人は人生に色を加えようと動く。色味の無い人生を選ぶのは、よっぽどの変人だろう。


 だが、人の命には限りがある。砂時計のようなものだ。ゆっくりと、しかし着実に時間を減らしていく。色の無い人生を選んだ者も、虹色の人生を選んだ者も、最終的には死んでしまう。例外は無い。


 そこで僕は考えた。どちらも同じく死んでしまうのなら、その差異は何処にあるのだろうと。人との交流? 何かを成し遂げた数? 幸せの記憶? そんなものでどれだけの差があるんだ。 


 人を創り出した神様は、人よりも巨大で壮大な思想の持ち主と言われている。僕ら人間が大きな幸せを感じたところで、神様にとってはとても小さな、夜空に浮かぶ星屑のような凡庸で小さなものだ。


 神様はどんな姿なんだろう? 絵画では人の姿をしているが、どうにも真実味が無い。かといって、アニメやゲームの中で出てくる怪物の姿をしているとも思えない。形が無ければ、存在を提議りが虚しい。何をやるにしても、虚しさが邪魔をして空虚と化してしまう。食事も、娯楽も、意味を為さない。かといって、眠るわけにもいかない。確信している。次に悪夢を見た時、その時が僕の最期だ。だから寝てはいけない。この寂しさに耐え続け、死を遠ざける為に命を削らなければ。矛盾した考えだが、少しでも生き永らえる為には、こうするしかないんだ。


 あの二人が憎い。敦子姉さん、花咲さん。二人は僕と深く接してくれて、僕に幸せを与えてくれた。その所為で、僕の悪夢はますます力を増し、僕の命すらも掌握している。


 色の無い人生と、虹色の人生のどちらを選ぶかと尋ねられたら、多くの人が虹色の人生を選ぶだろう。人は人生に色を加えようと動く。色味の無い人生を選ぶのは、よっぽどの変人だろう。


 だが、人の命には限りがある。砂時計のようなものだ。ゆっくりと、しかし着実に時間を減らしていく。色の無い人生を選んだ者も、虹色の人生を選んだ者も、最終的には死んでしまう。例外は無い。


 そこで僕は考えた。どちらも同じく死んでしまうのなら、その差異は何処にあるのだろうと。人との交流? 何かを成し遂げた数? 幸せの記憶? そんなものでどれだけの差があるんだ。 


 人を創り出した神様は、人よりも巨大で壮大な思想の持ち主と言われている。僕ら人間が大きな幸せを感じたところで、神様にとってはとても小さな、夜空に浮かぶ星屑のような凡庸で小さなものだ。


 神様はどんな姿なんだろう? 絵画では人の姿をしているが、どうにも真実味が無い。かといって、アニメやゲームの中で出てくる怪物の姿をしているとも思えない。脳こそが、神様だと僕は思う。見たもの、聞いたもの、感じたものを脳が支配している。今見えているこの世界だって、脳が見せている世界だ。




「……そうか」




 立ち上がって玄関へと行き、扉を開いた。扉の先には外の世界が広がっている。踏み出せば不幸が待ち受けている恐ろしい世界。


 だが、それは脳が僕を騙す為に、恐ろしい世界だと錯覚させているだけだ。僕を殻の中に押しとどめようと必死になっているんだ。つまり、本当に恐れているのは僕の脳。僕が踏み出す先は外の世界ではなく、脳が支配する殻からの脱出。 


 それに気付いた瞬間、自然と外に一歩踏み出していた。確かに足が外の世界に触れているのに、猛烈な吐き気や震えが起きる事はなかった。




「……外だ」




 外に出る目標の成就。不思議と、達成感や嬉しさは覚えなかった。ただひたすらに、懐かしさに涙が止まらなかった。家の中からでは一望出来なかった星空を見上げ、無数に浮かぶ星屑と、美しく安らかに輝く月。肌を撫でていく夜風と、何処からか聴こえてくる木が揺れる音。


 まるで今まで夢を見ていたかのように、ここは現実感に溢れている。僕は、また戻ってこれたんだ。四つの顔を持つ外の世界に。




「……捜さないと」




 涙を拭い、家の前の道に出て、とにかく走った。行く先など決めていないが、走らなければいけない。何かに急かされるように、僕は何処かへ急いでいた。


 携帯を開き、花咲さんに電話を掛ける。コール音が鳴るばかりで、花咲さんが電話に出る気配が全く無い。一度電話を切り、次に敦子姉さんに電話を掛けた。




『水樹君』 




「今、何処にいますか? 力を貸してください。頼れって言いましたよね?」




『分かった。水樹君は私に何をしてほしいの?』




「花咲さんの居場所を探して欲しいんです。なんだか嫌な予感がして……出来るだけ早く見つけてください」




 敦子姉さんの返答を待たずに、電話を切った。言うだけ言ってしまえば、敦子姉さんは僕のワガママを叶えてくれると分かっていたから。


 そしてすぐに敦子姉さんからメールが届いた。メールを開くと、花咲さんの家までの道と、花咲さんが何をしようとしているのかが書かれていた。




【桜ちゃんは水樹君と同じになるつもりよ】




 僕と同じになる……親を失う? まさか花咲さんは、自分の親を殺そうとしているのか?




「全然違う。僕は親に死んでほしくて死んだ訳じゃないんだよ!」 




 幸い、花咲さんの家までの道は遠くない。花咲さんが僕の家から出ていってから少し時間が経っているが、全力で走り続ければ、今の花咲さんに追いつける。


 どうして花咲さんは僕と同じようになろうとしているんだ。親を失えば、僕とお揃いになれるとでも思っているのか? だとしたら、僕は花咲さんを殴る。女性だからだとか関係ない。全力で何度も殴る。


 どんな理由や過程があったとしても、人を殺してはいけいない。人の死を目の当たりにすれば、殻に閉じ込められてしまう。そこから抜け出すのが容易じゃない事は、僕が一番よく分かっている。


 だから走った。既に息も絶え絶えで、体が走るのを止めようとしているのを分かっていながらも、僕は走り続けた。大切な人を失ってしまう悲劇を今度こそ阻止する為に。

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