第四章 運命の岐路


 総理大臣としての道は、まるで細い綱の上を歩くようなものだ。二年前、その綱に足を踏み出してから、日本の未来を切り開く大改革プランを胸に、時には国民の厳しい目も受けながら、一歩一歩前進してきた。


 このプランは、百年の計という長期的視野に基づくもので、一朝一夕に達成できるものではない。大切な節目があるごとに、国民の意見に耳を傾ける必要がある。

 逃げるつもりなど毛頭なく、僕はその改革の是非を問うため、真摯な対応で衆議院を解散した。


 秋の風が頬を優しく撫でる中、若き議員たちのために北から南へと駆け巡った。彼らは僕の過去を映し出す鏡のようだ。地盤も看板もないけれど、その瞳には情熱と理想が輝いている。彼らの純粋な志は、僕の心にも新たな火を灯してくる。



 選挙戦の最終日、黄昏が迫る中、東京の喧騒を背にして、全国でも有数の人出を誇る駅へと向かっていた。


 その一人区の激戦地でしのぎを削っているのは、僕が最も信頼する右腕の祐介だ。彼は自ら進んで東京の一番厳しい選挙区から立候補してくれた。彼は改革プランを一緒に推し進める盟友、熱血漢で豪快な性格だ。


 彼の情熱は、この改革の旗印とも言えるほどで、今回の選挙戦を熱くしている。もう一歩で当選に手が届くだろう。新たな歴史を刻むべく、彼と共にこの一戦に全力を傾けなくてはならない。


 もっと早く彼の元へ駆けつけたかったが、党首としての責務が先だった。時に熱心なあまり意見の衝突があっても、祐介の勝利を心から願っている。


 駅前のペデストリアンデッキは、自由民進党の青旗が風に舞い、支持者たちの熱意が空気を揺らしている。祐介の演説が、夕暮れの空に力強く響き渡る。僕は運転手に伝える。彼を励ましてあげたい一心で。


「ロータリーの脇で降ろしてください」


 これからは、自分の足で彼の元へと進む。周囲を警戒するSPの姿が目に入るが、僕の心はただひとつのことに集中している。その時、アナウンスが流れる。


「皆さん、西園寺総理が到着しました」


 その言葉に、僕は心の中で少し照れ笑いを浮かべながら、歩き続ける。僕の応援演説で少しでも兄と慕う彼の力となり、これからの戦いに向けて、祐介と共に新たな一歩を踏み出すために。


 この選挙に勝利し、政権を維持できれば、それは改革の大きな一歩となり、首都移転の地として「広島」を承認されたことになる。


 僕はこの選挙のマニフェストで初めて正式に首都の移転先を広島と公表していた。広島やその周辺の知事や市長はこぞって賛成してくれた。国民からの賛否があることは認識しながら、もう覚悟を決める必要があった。


 それは、改革の一丁目一番地となる歴史的な瞬間である。僕たちはこの瞬間に向けて、全力を尽くしてきた。そして今、その輝かしい時が迫っている。


 しかし、悲劇は予告なく訪れるものだ。突然の銃声が、僕たちの運命の糸を断ち切るように響き渡った。僕が祐介に近づき、「遅くなってごめん」と、声をかけようとしたその刹那、背後からの襲撃に遭い、銃弾が僕の首もとをかすめた。

 幸いにも、僕自身は傷ひとつ負わずに済んだ。だが、運が悪いことに、祐介は僕を庇うかのように身を挺して、二発目の弾丸が彼の心臓を直撃した。警護のわずかな隙が、彼の命を奪う結果となった。


 祐介が倒れる姿は、まるで時間が凍りついたかのように静かで、その瞬間、周囲はまたたく間に混沌とし、世界は暗闇に包まれた。彼の死は、まるで僕たちの未来そのものを奪い去ったかのようだった。


 彼の熱意と冷静さは、僕たちの計画の核心となるものであり、その喪失は言葉では表せないほどの大きさを持っていた。


 政治家としての道を進む中で、運命の残酷ないたずらによって、祐介と彼の妹という、僕にとってかけがえのないふたりを失ったことが、心の奥深くに突き刺さった。

 総理大臣という肩書を一旦脇に置き、僕はただひとりの人間として、親愛なる彼との永遠の別れに、深い悲しみの涙を捧げた。


 犯人はすぐに捕らえられ、背後からの襲撃者の正体が明らかになった。彼の動機は政治的なものではなく、僕の職務に絡む個人的な恨みに基づいていた。


 今宵、改造銃の銃口は祐介を狙っていなかった。狙われたのは、実のところ僕自身だったのだ。もしも一刻でも早くここに足を踏み入れていたならば、運命の岐路で僕は確実に命を落としていただろう。


 この地域に多くのビルを所有する犯人は、東京からの首都機能の移転によって自らの資産価値が大きく減少することに対し、激しい憤りを抱いていた。

 そんな取るに足らない愚劣な理由で、かけがえのない祐介の命が奪われたかと思うと、心の底から湧き上がる悔しさとやりきれなさは、言葉にすることさえできなかった。

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