第257話


*鑑定の祠


「わからないんだ。一体、これは何なんだ」


「ガー落ちついて。…匂いはどう?」

「…ああ、そうだ。匂いは…あっちからだと思う」


「じゃあ、こっちに行こう」


 ライムは方向転換して歩き出し、三歩目で気付いた。だめだ。そこになんかいる。

 そう思ったのだが、動きを止められなかった。


 ジョボ。

 沼の周りの泥を踏んだような音がした。


 ライムの左足は、水の塊を潰していた。


「なっ?」

「スライムだ!」


「えっ」


 ライムは素早く足を引いたが、透明の塊は彼女の足を包んで離さなかった。

 引いた分だけ細くなって伸びて来る。


 足首まですっぽりと覆われてしまっていた。ライムが手で払おうとする。


「触っちゃだめだ!手が溶ける!」

「えっ、だって…」


 触らないでどう振り払うのか、ライムは片足でバランスを取り、飛び跳ねて下がる。下がろうとしたのだが、ライムの左足を包む透明の塊は先程より太くなっている。


 ライムは、それから逃れることができなかった。



 二人が絶句している内に、本体が伸び縮みを繰り返す蠕動運動で迫って来る。スライム本体の大きさは成体の豚ほどある。


 彼らには理解しがたい動きで、ライムの足を捉えた部分は大きさを増していく。もう三、四回も伸び縮みすれば、ライムの左足は本体に取り込まれてしまう。


 ガーはナイフを抜いて切り付けたが、水を切るように何の効果もなかった。


 ライムの顔を見る。悲鳴を上げ続けていてもおかしくないのに彼女はそうしてなかった。

 バランスを保ち続け、必死に足を捻り、振り切ろうとしている。


 ガーはナイフを投げつけた。一瞬スライムの動きが止まり、ナイフを体の奥へ運ぶ。


 その動きを見たガーは鞄を投げつける。大物に喜んだのかライムの足を包む塊が細くなる。ガーは上着を脱いで、それに被せてライムから引っ剥がした。



 それは、ライムが足をもぎり取られるかと思う程の力だった。

 幸いなことにライムはブーツを履いていた。


 強引に中身を引き抜かれたブーツと、ガーの上着と鞄を手に入れ、満足したのか透明のスライムは、形を丸く整えだした。


 そこで一息つく事はできなかった。

 ライムの足に、千切れたスライムが付いていたのだ。拳ぐらいの塊が足首を包もうと蠢く。


「熱っ!」


 ライムの悲鳴を聞いたガーは、自らのシャツを引き裂いてスライムをくるみ、引き剥がすと放り投げた。それをガーは何度も繰り返した。

 ライムが痛みを感じる程に、ごしごしと擦り取られた。


 痛いわよ!ライムは叫んでやろうかと思ったが我慢する。

 床に落としていた蓄光石に照らされ、青白く浮かんだガーの顔は真剣そのものだった。

 嫌がらせでやっているわけでは決してないとわかった。



 やっと摩擦が終わり、涙目になったライムは自らの格好に気付いた。

 床に倒れ、片足を掴まれ股を開いている。スカートはすっかり捲れ上がっていた。


「…見たわね?」


 こんな暗がりで、何も見えるわけではないが、言わずにおれなかった。

 返事せずにガーは自分の手をこすっている。


「くうっ」


 どうしたのだろう。

 ライムは、痛む足首を無視して立ち上がる。背を向けていたガーを覗き込む。そして惨状を目の当たりにする。


 ガーの右手の指は半分溶けかかっていた。

 ライムは慌ててスカートを裂こうとする。だが、彼女にはガーのようには出来ない。


 乙女をかなぐり捨てて、歯をむき出しに食いしばってやるが、縦に裂けただけで千切り取れない。こんなことしてる場合じゃない。このままでいい。


 思い切ったライムはスカートを引っ張り、その生地でガーの手を包もうとする。

 ガーは苦痛に顔を歪めながらも、下がって首を振る。


「…もう、こすっても落とせない」


 確かにそんな風には見えなかった。指は半分溶けてしまっているのだ。こすって取れるのは彼の指の一部だろう。


「じゃあ…どうしたら…」


 ライムは良い事を思い付き、彼の手に食いつこうとした。

 彼女は、蛇に噛まれた人がするように、毒成分を吸って吐こうと思いついたのだった。


 ガーは身を捩りかわす。


「ちょ、なんで!」

「だめだよ。まだ、スライムが残ってるかも知れない」


「だから!」

「体に入ったら、死ぬんだよ!」


「ちゃんと吐き出すから!」

「そんな、危ないことをさせられない!」


「そんなこと言ってる場合?仲間でしょ!」

「関係ない!死んでも君に怪我させない!これは絶対だ!」


 二人は殴り掛からんばかりに睨み合った。



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