第208話
俺たちは倉庫の窓からするりと侵入する。
ライムを廊下に送り出し、倉庫の天井辺りの暗がりにイラーザと潜んでいた。
同時に始まったライムの父ちゃんと執事ウエハスの別れを、今回は真剣に見つめた。あれは死を覚悟している男の背中なんだ。
ライムと父ちゃんが抱き合い、それから、ウエハスが戻ってきて逃亡劇が始まる。
まんまと会場につり出され、親子が街路に飛び出して行く。
いきなり騎士や警吏たちに取り囲まれたライムの父ちゃんが、ライムと身を寄せ合うよう脇に抱き、辺りを見回している。
靴音を響かせ、白い肌の男がやって来る。ぎょろりとした目が二人を捕える。彼の後ろには護衛の兵士が二人と、警吏のケベックが追従している。
ケベックの事は、これはイラーザに教わった。
執事のウエハスが、廊下で腹を見せたおかしな男だというのも聞いている。
「これ、オランジェ。こんな所で何をしておる。お前の知能で、私を出し抜けると思ったか。
まんまと引っかかったなあ。さて、お前を裏切ったのは誰だと思う?」
「裏切り者など…」
「連れて参れ」
アサシンが集まった群れの辺りから、ウエハスが連れ出されてきた。
「旦那様…」
オランジェは背を向けたままだった。何か納得したような顔をしている。
「オランジェ…」
「何も言う必要は無いさ。済まなかったな、ウエハス。私の考えが甘かった」
ザンッ!
俺は敢えて、このタイミングで交差点に降り立った。
唐突に空から現れた仮面の男に、マルーンが目を見張る。警吏達がどよめく。
ウエハスは、家族を人質に取られ随分辛い思いをしたのだろうが、彼が父ちゃんを裏切ったのは事実だ。それを消すことはできない。
彼を信用したままだと、ライムの家族によくないと考えたんだ。
しまった、ちょっと早かったか。この後、父ちゃんが言ったセリフまでは聞かせてやった方がよかったかも。
…まあ、もう遅い。
とにかくだ。実は愉快な執事を死なせるシナリオはない。
俺が現れたことで、マルーン主催の裏切り者との会見は中止だ。
ウエハスは今、警吏に腕を掴まれている。まずはこの後の成り行きを、様子を伺うはずだ。無茶はしないだろう。
俺は一瞥すると全てを無視し、無くなった世界で冒険者たちを軽く屠った正騎士たちの前に歩き進んだ。簡単に終わらせてやる。
小デブのマルーンが俺を追って歩んで来るのが見える。
前回で確認は取れている。マカンは約束を守っているようだ。
彼の連れのファナも、先程は命懸けでライムを守った。濃い、暗い青色の瞳をしていた。見てると悲しくなるような深い色だった。
彼らの事は、今は捨て置くことに決める。
マルーンの動きを無視し、俺は一番立派な兜をつけている男の前に向かう。
多分こいつが隊長だろう。
俺が真っすぐ進み寄っても、彼は動揺しなかった。姿勢よく馬に跨り、こちらを見据えている。
鉄のバイザーの格子が俺に向いているが、中にどんな男がいるのかまるでわからない。
俺は体を揺らし、滑稽な様子で尋ねた。
「ヒョヒョ、おまえらは、これが正しい事だと思っているか?」
「…………」
「正騎士、おまえらは本物の騎士だよな。馬に乗った兵隊じゃないんだよな。
騎士の誇りにかけて間違いないと?
あんな子供が敵国に通じて、大人を売買対象に取引したって、本当に信じられるのか?」
夜の街路に静かに佇んだままだ。騎士は答えなかった。バイザーの向こうには暗闇しかない。彫像か。
俺を見てるのかさえも分からない。彼の代わりに馬が、右に左に首を振り、ぎょろりとした黒い目を俺に向ける。
マルーンの足首が視界に入ってくる。
後ろにはピタリと護衛の兵士がついていた。さっきもそうだったが、この男に恐怖はないのだろうか?俺なら近づかない。
心臓を貫かれたのをもう忘れたのだろうか。あれはなかった事にはしてないはずだが?俺には、どちらも現実なので、時折混同してしまう。
少しだけ目を向け、ちらりと目線を上げる。
今マルーンの背後にいる護衛は、館にいた者とは大分レベルが違うようだ。雰囲気がある。きっと彼が思いつく最強の男を連れて来たのだろう。
それが自信になっているのだろうか。
俺は屋敷を消したんだぞ。それがわからないのか。
その後ろには、どうでもいいが警吏のケベックがいた。
……どうでも良くないな。そう言えばイラーザが復讐を誓っていたな。宿屋で見た彼女の患部を思い出す。
ケベックが口を開く。
「証拠はあがっている。無実だというなら反対証拠を見せ…」
『超速』
ボシュ…。
俺は、ケベックの股間を蹴りつけた。ゆっくり正確に爪先で弾いた。
そこだけを狙ったので布が擦れたような小さな音しかしなかった。
俺は振り抜きもしなかった。ジャブを撃って引くように、蹴り足を同じ軌跡で戻した。
はた目には軽く蹴ったようにしか見えなかっただろう。
だが確実に睾丸だけにヒットさせた。潰れたかも知れない。いや、確実に潰した。
ケベックは一言も発しなかった。
重力に押しつぶされるように膝から崩れ落ち、顔面を地面に強打した。
ドシャアッって感じだったよ。
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