第171話
「あの…?」
やっとイラーザが言葉を発した。恰好良いこと言ったのに、真面目な顔で尻をつかまれ、さぞ戸惑った事だろう。
「イラーザ、すまん。前にも言ったが、これは俺のスキルの変態的な仕様により、時々やってしまう事なんだ。決して暗がりを良いことにおまえにセクハラしたわけじゃない」
ここでやっと俺は手を離した。いい感じだった。
「おまえに怒りがあるなら、悔しかったら、俺の尻を掴んでもいいぞ」
「…あの、そういうの、やめてもらえませんか?できるならエッチな気持ちでして頂きたいものです」
「それは仕様で無理なんだ。ごめん」
「…けったいな仕様ですね」
イラーザは、ちょっとだけ口を尖らせるが、深く追及したり不平を言ってこない。俺もまあ、事実を述べてはいるのだが、素直な娘だ。
よく考えてみると俺が飛ぶことは、結構な人数が知ってる事を思い出したのだが、タイミングを外したので今は黙っておこう。
「イラーザ、俺はな、貴族が一番大事にしている物を知っているんだ。それを奪うと奴らは、この世の終わりかと狼狽する。その様を見たくないか?」
「この世の終わりかと……見たい…です」
「鼻水垂らして悔しがる。見たくないか?」
「鼻水…。全然見たくないけど見たいです。それはなんですか、プライドですか?」
彼女は弱気に流れそうな所から、大分戻ってきた。
「プライドは、立派な貴族が持つものだ。イラーザはさっきの奴らをどう思う」
「糞です」
「そうだな!だからそんなもん取られても、苦虫かみつぶした顔になるだけだ。俺は違うものを狙う」
「なんですか?」
「それはなあ…」
俺の説得は上手く行った。その後二人で、より良く進むよう計略を立てた。作戦計画に基づいて、一旦館を後にする事にする。
俺とイラーザは、一跳びで広大な敷地を越えて街の民家の屋根に音もなく降り立つ。イラーザと二人並んで街を見渡した。
「どうする?怖いなら、ここに隠れていてもいいぞ」
「やります。それにこれは、私にしか出来ない係ですよね?」
「いや、この暗がりだ。若干無理はあるが…俺がおまえのふりをする事はできる。俺はおまえの得意の魔法も撃てるし」
「私のふり、どうやってですか?」
「その、…お前の服を着て行く」
俺は、イラーザの服を指さした。
しまった。
やべー。そんな気なかったのに、なんか俺の人差し指は、彼女の胸の先端を指さしてしまっていた。俺は汗した。微妙にずらす。
「トキオ様、そんな……鼻の穴を膨らませて…。そんなに私の服が着たいんですか?
そんな趣味。そういうタイプだったんですか?」
「いや…違うって!おまえがビビってるから…」
「私がやります!そんな変態的な満足は与えたくないです!」
違うのに、なんだかプンプン怒っている。
…とにかく、イラーザの覚悟はできたようだ。彼女を矢面に出すのは避けたかったが、入れ替わりは逆でも可能なはず。
後から、街で暴れたイラーザは俺だった。ってのも出来るはずだ。
これは、街に警吏達を集める陽動作戦だ。
俺たちは突然街角に現れては、警吏や騎士に追いかけられると魔法を放って逃げた。
空を飛べる俺たちは、この作業にそれ程時間はかからなかった。袋小路で忽然と消える逃亡者に彼らは大慌てだった。
その後、館内に戻った悪と、悪の子分一は、館の地図が作れるほど屋根裏を徘徊し、時々、屋根板を外しては室内を偵察、物色した。
ギイギイ。
途中で入手したバール的な物で、音がしないようにゆっくりゆっくりと床板の釘を抜く。
俺は重力をどの方向にも操れるので、踏ん張りが効かない体勢というものがない。どんな場所でも力を込められる。
浮き上がった床板から中を覗くと、薄暗がりの床の上にうつ伏せになり、こちらを見ている者がいた。
ライムだった。ライムに決まっているけど怖い。
驚いたよ。髪が床に広がってて、彼女だと推察できたのに魔物かもと思っちゃったよ。
床から音が聞こえてきて、俺たちだと悟って見ていたのだろう。
天井裏であり、床下でもある空間で、心配そうに見上げていた、イラーザに告げる
「当たりだ」
イラーザは両手を叩いて喜んだ。もちろん音がしないように。
良いもんだな、勇者も。
またもや、二人の少女の邂逅を見て悦にいる。これは何度見ても良いもんだ。
勇者に転職してもいいが、勇者では想像もしない、小さく意地の悪い、作戦の準備は既に終えていた。
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