第164話


マルーンと護衛が去り。警吏たちが集まって、立てなくなったライムの父ちゃんを引きずり出し、その部屋の床からは誰もいなくなった。

 

俺は詰めていた息をつく。イラーザは真っ青な顔をしていた。

 

 

俺たちはイラーザの暗闇を纏い、天井の暗がりを蜘蛛のように移動して、この部屋の換気用の小窓から忍び込んで、ずっと天井の隅に潜んでいた。

 

重力を、自在に操れなければできない芸当だが、灯が薄暗かった事、天井が燻された古い木製であった事が幸いし、忍び込む事ができた。


 

俺とイラーザは誰も居なくなった床に降りて、ライムの父ちゃんが跪いていた辺りに進んだ。

 

「ひでえ、父ちゃんだな…」

 

まるでそんなことは思っていなかったが、ライムのことを考えると思わず、そう呟いてしまった。


彼の零した染みが、まだ床に転々と残っていた。拳の跡もあった。汗が滲んで染み込んだ跡だ。


 

「…仕方ありません。彼は正しい決断ができました。逆らったら、家族ごと根絶やしにされます」

 

「でも、こんなひでー話は、世の中が黙ってねーだろ。子供が間者ってないだろ?」


「黙っています。皆怖いんです」


 

貴族は怖い。この世界に蔓延している畏れだ。俺のように前世の記憶でもなければ、そうなってしまうのだろう。

 

「皆、それじゃ辛いだろ。どーやって生きてくんだよ」

「忘れます。そうすれば、明るい明日が来ます」

 

「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」


 


 

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