第95話
*小さな宿
ファナには、イラーザが何を言ったかまるで伝わらなかった。
そのまま、立ち去ろうとするイラーザに聞き返す。
「ええっ?」
「彼は獣人の子供を食べようとしたんですよ」
イラーザはしらっと違う言葉を述べる。
もしかしたら、トキオを慕う仲間なのかと考えたが絶対違うと判断したのだ。
「ええ?」
発せられたあんまりなセリフに、ファナは今一度聞き返した。
「空腹で酒場に来て、よりおいしそうなものを見つけてしまったのです。
いきなり人を食べようとしたら、それは酒場の人たちも止めるでしょう?
皆が邪魔するので大騒ぎになりました。クールに戦い、落ち着いて食べられる場所を求めて飛び去ったのでしょう」
「あなたは、一体なにを…」
「私はね、愛犬を食べられたんです」
えっいきなり何を?ファナはそんな怪訝な表情をした。
イラーザは気にせず続ける。店内で立ち話を始めた二人について、客も店員も気に留めた様子はない。
「彼を見つけたのは海でした。海辺を散策していて見つけたんです。
それは最初、とても大きな海藻の塊に見えました。なんだろうと近づくと二つの目が見えました。
海藻に目があったのです。
私は怯えて下がりましたがジョン。私の犬ですが、近寄ってしまいました。
彼は、一瞬で頭を海藻のようなひだで包まれてしまいました」
イラーザの空想癖が火を吹いた。
彼女は、前もって話を作っておいたわけでもないのに、すらすらと物語を紡ぐ。
ファナは、眼前の少女が突然何の話を始めたのか理解できず、黙って聞いている。
「私はジョンを守ろうと、その辺に落ちていた棒で必死に叩きましたが、あっという間に、海藻のような塊はジョンを取り込んでしまいました。
今攻撃すると、ジョンを攻撃することになるんじゃないかと思って…私は、それ以上はできませんでした。
見てるしかなかった。驚いたのはその後です。
海藻の塊が変化して…犬のような形になったんです!」
ファナに背を向けていたイラーザは、そこで振り返り、寂しそうに言った。
「その犬…は私の姿を見て、ワンと吠えました。あれは確かにジョンの鳴き声だった」
「…ちょっとあなた。何の話をしているの?」
ファナは流石に聞いていられなくなり言葉を挟んだ。
イラーザは構わず続ける。
「ジョンは、彼は…私が呆然としている内に駆けて行ってしまいました。
そこから先は、人から聞いた話で…よくは知らないのですが。
その後、犬のような魔物に、旅人が食べられたと聞きました」
「な…」
「犬を食べたら犬になり、人を食べたら…」
ファナの伏せられた眼が少しだけ開く。
物語が、まさかそこへ繋がるとは彼女は思ってもいなかったようだ。
「そんな…彼は人語を完全に操っていたって…」
「何人、食べたのでしょうね…」
「火を吹くって…」
「火を吹くモンスターを…食べたのでしょう」
「あなたはそれで…ジョン?を探しているの?」
「いいえ、もうそれはジョンじゃないようです。私は諦めました」
都市壁がそびえる広場で、交易の商人が荷下ろしをしていた。縄をかけた木製の箱を男が二人がかりで馬車から下ろしている。
馬車には夜間走行用の、魔石灯が取り付けられていた。
イラーザはその横を通り過ぎた。魔石灯が入ったガラスに目を向ける。
大丈夫です。余計な事は言ってない。
ここに来るまでの乗合馬車で、旅人がどこかの峠で狼系のモンスターに食べられたと聞いています。裏も取れる。ストーリーは完璧です。
なかなかに怪しい女です。私がどこに行こうとしてるか、知られないようにしなければいけません。
実は私はもう知っています。トキオがどこに向かったかを。トキオさん、あなたが向かった場所を、私はもう確信しています。
彼を両親に返すため村に送りました。
「賭けてもいいですよ」
考え事を口に出す癖のあるイラーザではあるが、今回は流石に出していなかった。
最後のセリフ以外は。
イラーザを尾ける影があったのだ。魔石灯のガラスに映った人影を見抜いていた。
尾行のプロとして。対策も完璧だ。
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