第87話


 空を飛べる時の亜翼竜は、翼の前面と尾と足で攻撃してくるものだが、地上に落ちた状態では、もたもたと尾を振り回していた。


 斜面上に生えた木に少女は登っていた。その木は不安定な大地にタコのように根を張っていた。

 亜翼竜は体をひねり激しく尾をぶつける。樹皮が剝がれ、木片が飛ぶ。ゴツゴツとした尾の突起が鋸のように根を削り取っていく。


 支えを失い木が倒れそうになると、少女は素早く隣の木に渡る。小気味いい動き。ずいぶん身軽な女の子だ。彼女は戦闘経験値が高そうだった。


 だからこんな山奥に一人でいるのだろうか。


 一瞬横を向いた時、彼女の胸の薄さが気になった。ドキッとした。あの角度、あの形。俺は見覚えがある。やっぱりこいつは…。

 いやいや、同じ胸の形の人だっているだろう。


 亜翼竜は、彼女から大分火魔法をくらっているようだが、あまり効果は見られない。敵の皮膚はゴツゴツとしていて、かなり分厚い感じだ。

 あの程度の燃焼では内部を焼くことが出来ないのだろう。


 俺の炎も、翼の薄皮を燃やしたから有効だった事に今更気づく。それで墜落死させられたんだ。まあ、俺が本気出せば焼けるけどね。


 あと、皮膚の防御力が高いモンスターに効くのは目とか口の中だろうか。

 トカゲ系のモンスターには冷気が特効だったりするが、彼女は使えないのか。


 それとも体型のそっくりな誰かさんのように、追い込まれると、焦って得意呪文ばかりを連発してしまうタイプなのか。


 彼女の乗る木の幹に、亜翼竜が何度も尾を叩きつける。執拗なやり方だ。牙を向けると顔を焼かれるのでそれを嫌がっているのだろう。


 木が自重を支える限界を迎え、メキメキと音を立てて倒れていく。

 やばいな。彼女の周囲に、もう渡れる木は無かった。そう見えた。


 手を貸してやろうと思い、倒れる木の方向に意識を向ける。ちょっと遅いか、俺は実のところ空中での水平移動は俊敏にはできない。


 俺がそこに届く、その直前で少女は思い切り良く飛んだ。

 俺は空振り状態で通過してしまった。


 彼女は懸命に手を伸ばしたが、狙いの枝までは届かず地面に投げ出された。

 幸い、着地点は落ち葉の吹き溜まりだったようだ。着地音が軽かった。


 斜面なので少女は転がり落ちるが、低木の所でどうにか止まった。


 すごい女の子だと思った。重力が制御できる訳じゃないのに、いい度胸だ。よくあそこから飛んだ。

 勇者だな。決断力がすごい。それで幸運を引き寄せた。


 ここまでの彼女の立ち回りには全然隙が無く、俺が手を貸す暇がなかったが、これ以上は見ていられない。


 俺は、落ち葉にまみれ低木に引っ掛かり、朦朧とした様子の少女の前に着地する。


「おい、大丈夫か?」



「…トキオさん」


「え?」


 かなり意表をついた言葉が彼女から返ってきて、一瞬立ち尽くしてしまった。


 それで彼女をしっかり見た。


 それは間違いなく例の女だった。常々背後からジトッとした視線を送る女。俺をパーティから追い出した仲間の一員、前髪パッツン娘のイラーザだ。


 どういう事だ。一体、こいつはこんな所で何してんだ?


 イラーザの目は、俺を見ているようで見ていなかった。



 いつもより重そうな瞼が、少しずつ閉じていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る