第42話
なんだろう、惹かれる。チューでもしちゃおうかな…。
悪い事をしようとしていたので、俺は少し周りを見る。
振り返ってみて驚いた。やましいことをしていたからとても驚いた。
街道に突き出した岩塊を、回り込んだ陰に槍兵が潜んでいたのだ。きっちり装備の揃った兵隊で、その数七人。
これは、向こうから岩塊を越えてきた時には、死角で見えない場所に潜んでいる。その辺りは一見すると林になっているが、岩塊の辺りにはスペースがあった。
村娘と雑兵が目につけば、気付かず通り過ぎてしまい後ろをとられるだろう。
このスタイルの良いお姉さんは敵側の囮なのか?
そんな手を使う一員なのかと、お姉さんにガッカリしながら、辺りを見回して更に驚いた。この広場を見晴らせる切り立った山の上から、男が俺を見ていたんだ。
超驚いたが、こちらを見下ろす姿勢で停まっていた男と、たまたま目が合ったのだ。
実はそう見えただけだった。こういうのは地味にビビる。
気が小さいから。
少し俺が動けば、視線が外れ、違うところを見ているようになる。弓兵のようだ。もう一人、わずかに頭の先が見えている。
俺は飛び上がる。映画の逆回しもびっくりの、違和感ありありの跳躍で崖の上に立つ。着地の音はしない。
弓兵は三人いた。辺りを見回す。彼らは抜群の狙撃ポイントを押さえていた。
下に戻って、更に念入りに調べる。
槍兵のポイントから少し先の場所、道の感じが不自然だった。土を被せ偽装してある。樹木の下の方に、縄がかけられていた。縄の続く方を調べると隠れた所に伏兵がいた。
馬が駆け抜けるタイミングで縄を引いて足をかける気なのだろう。
さらに先に進むと、少し樹間の空いた林に騎兵が潜んでいた。十五騎。こちらは金属鎧で完全装備だった。精鋭っぽい。
俺は歩きながら考えた。
まずは斥候が、アリアーデ達の接近を知らせる。演技開始だ。村娘が兵隊たちに暴行される。
アリアーデ達は岩壁を越え、それを目の当たりにする。
我が領民を、村の娘にエロい事しようとする不埒者を許すまじと。燃えて飛び出すと、後ろから伏兵に突然に槍で突かれる。
なんとかその難を逃れ、その場を駆け抜けようとすると、縄で馬の足を掛けられる。落馬する奴が出るだろう。それに足を取られる者がいるだろう。
更に、上から弓で狙い撃ちされる。大混乱だな。
追い打ちをかけられ、隊形も意志疎通も、乱れに乱れた所で列を成した騎兵に襲われる。全滅してもおかしくないな。これを突破することはできないだろう。
アリアーデたちが前回、多数のメンバーを失ってしまったのはここなのだろう。
俺は念のため別ルートも探った。さっき上った針葉樹の地点まで戻り、分かれ道の先もきっちり調べる。
町はずれに小さな集落があり、村人が集まっている家があった。馬が一頭草を食んでいた。どこかで見たことがある灰色の馬だ。
開け放たれた戸口を覗く。心配そうに戸口に立つおばさんの肩に、なれなれしくつかまって中を覗いた。やっぱりアイツがいた。残念兵エナンだ。
泣きそうな顔でテーブルについた年寄りに、何やら偉そうに指示している様子だ。
例の人相書きを書かされているのだろう。
横には、彼の奥方と思われるおばあさんが、荷物を抱えて呆然と立っていた。確かに泣いている。情報通りだ。
きっと後追いで避難指示も出ただろうに、本当に迷惑な奴だ。
こいつにもいたずらしてやろうと思ったが、戸口に立つ村人が邪魔して中に入れなかった。
俺はその先にも進んだ。
反対の街道には、斥候がボチボチいるだけで部隊はいないようだった。
近場はその脇道の先の先まできっちり丁寧に見回った。
なんでここまでするかというと、やはり時間停止の回数制限だ。一回だって無駄にしたくない。
本来、適当で面倒くさがりの俺だが、慎重に行動する。
それに今回は、時間的にエタニティリザーブを刻むことが出来なかった。それを思い出すと少し胸がざわつく。準備に時間をかけるのは当然だ。
時間的にアリアーデが、あのタイミングで戻って来られる交戦ポイントを計算し、偵察できる所はくまなく探した。
結果、リッチラン軍の策略の一部を予想できた。
俺が見つけた一軍。峠の広場に潜んでいる敵兵は、アリアーデ達がそこを通ることを知っている。完全な待ち伏せ作戦だ。
あの場所に設置された幾重もの罠を考えると、偶然ではあり得ない。
他にも大規模な伏兵でもいればそうは思わなかったが、他はいなかった。敵軍の大半はまだ、件の砦辺りにいるのだろう。
今回まず俺は、アリアーデたちの味方だと知ってもらわなきゃならない。彼らが助言して、どう動くかもわからない。
その辺を考えながら進めようと思う。
俺は、斥候が潜んだ藪の手前二百メートルぐらいの場所に潜み、時を動かした。
さっき置き去りにしたアリアーデ達には、今この瞬間に、俺がかき消えたように見えたはずだ。
よくよく考えると迂闊だっただろうか。行動が変わったら世界が変わるかも知れないのに。あれは相当驚いたはずだ。周辺を探しだすかもしれないし。
俺の能力の一部を見せなければ信頼は得られないだろう。そう考えた結果があれだったわけだが、失敗だったかもしれない。
悶々としながら彼らを待った。
遠く土煙が上がり、坂道から徐々に姿を現す馬群がある。
アリアーデ達は来た。やはり交戦地点はここだった。
俺は岩陰から飛び出す。
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