肝が小さい俺は時を停められる事を秘密にしている
@yuki-shimo
第一章 旅立ち
第1話
俺だって、少しは感じていた。
ギルドの扉を開ける前から、仲間たちにいつもと違う空気があったことを。
換金を終え、パーティリーダーのデッキが仲間の元に戻って来る。
デッキは、俺の方へ真っ直ぐに歩いて来た。こんなことは今までにない。用がなければ、彼が俺に近寄ることはないのだ。
「おいトキオ。おまえとは今日までだ。これでパーティをやめてくれ」
来た、来た、来たよ!
まじか…俺はあれか、いらん奴か。
ああいう…ヤツなのか?
俺は動揺で視界を揺らしながらも、それを隠してわりと平気な感じで問いを返した。
「え、なんでかな?」
デッキは、俺を面倒くさそうの睨みつける。そして大きな溜息をついた。
「そういうところだよ!」
デッキの隣には、いつの間にシリルが並んでいた。派手な口紅を塗った唇が続く。
「そういうとこよ!たく、アンタって奴はうざいねえ。こう言えばいいのよ!」
『ああ…そっか。わかった。いままでありがとう』
「これで、なあなあで別れられるでしょうが!
なんでアンタはそれができないのよ。わかるでしょ!」
シリルはどうやら脱会肯定派だ。いや…どうやらじゃないな。間違いなく脱会推進派だろう。
残る仲間の、イラーザに目を向ける。彼女もいつの間にか近くに来ていた。デッキの斜め後ろに位置し、いつも通りのジトっとした半目を俺に向けている。
俺の助けを乞う、縋るような目線を見てとったのだろうか、珍しく口を開く。
彼女は滅多に喋らない。
「なんですか。私になにか言いたいことでもあるんですか?」
別に、彼女に言う事はない。なにか言おうとすると悪口しか出ない気がして、何も出なかった。仕方なく開けた口を閉じる。
イラーザは額のしわを深くした。半分しか開いてないような目を向けて、小さな口を開く。口の開度と不相応なんだが、彼女は意外にも滑舌が良い。
「あなたの才は、癒しの魔法使いです。上級職のない才です。この辺でこうなる事がわかっていたんじゃないですか?」
デッキがイラーザの言葉を引き継いだ。
「俺は戦士。イラーザは魔法使い。シリルはプリースト。
シリルとイラーザは、オマエが使える呪文をほぼ使えるようになった。きっと俺たちは覚醒する。上のある職業だ、これからもっと伸びるだろう。
オマエは上がない。それでカンストの才だろ。
上級冒険者のグループには上がれねー才だろうが、オマエは!
俺らが駆け出しの時は便利だったけど、これからパーティのランク上げるにあたってはオマエじゃねえーんだよ。こんなこと言わせてんじゃねーよ!」
どうやら俺を追放するのは全員の意思だった。話し合って決めていたのだろう。
俺は泣きたくなった。
追い出される奴ってしょせん性格が悪いからだろ。ハブられたり、叩き出されたり、そういう事になるのって実は本人の責任だろ?
きっと俺には関係ないだろう。前世でラノベを読むたびにそう思っていた。
俺がか…?俺に問題があるのか…?
俺の性格……。
俺は性格が良い。
いや…無いな。うん。よく考えてみると性格は悪いと思う。
確かに悪いな。良いとはとても言えない。
そこまで俺は厚かましくはない。うん、ごめん。悪いよね、実際。
しかしだ、こうなってしまっては、自他ともに認める感じ悪い奴という事だ。
決定だ。これは決定事項なんだ。
でもさ、別に迷惑はかけてないよね?いや、かけてないと信じたい。まあいい。今これを言っても不毛だ。嫌われているのに粘る意味はない。
「ああ…そっか。わかった。いままでありがとう」
「チッ!」
やばい、まずった。
シリルの盛大な舌打ちが聞こえたタイミングで、俺は慌てて踵を返し、ギルドを後にする。やっぱり、まんま言ったのは良くなかった。
あからさまだった。確かに皮肉を込めていた。こういう所なんだよね。
「おい、待てよ!」
ああ、来た。まさかの装備と現金を置いていけ展開だよ!
殴ったりされるんだよ。鬼だよ。今日まで苦楽を共にした仲間に、よくそんなことできるよ。無一文で叩き出すなんて、よくそんなこと思いつくよ。
鬼だよ。おまえら鬼畜生だよ。このロバ野郎!鬼婆!小鬼!人でなし!
「え…装備とか、置いていけばいいのか?」
「はあ、何言ってんだ?今日の分け前、分けてねーだろ。忘れんなよ」
デッキはわけが分からず、怪訝な表情だったが、勘の良いシリルは違う。瞬時に額に青筋が立った。切れのある目を眇め、心底あきれたような表情を見せる。
「コイツあり得ない。ひっど…。アンタはなに?私たちが、アンタの装備剝ぎ取るとか、思ってるの?私らのこと、そんな人間だと思ってたんだ?」
シリルの言葉を聞き、イラーザが向けた表情は、俺に初めて見せるものだった。
いつも半目の大きな目を見開き、口を開けていた。最初は驚きだった。
少しずつ嫌悪の表情に変わって行く。眉根を寄せ、瞼は半分以上下がる。つまらない物を見る目だ。いや、これは汚物を見るような目だろう。
いつも疑いの目で見られてはいたが、軽蔑されたのは初めてだ。
「…この人は、基本、人を信じていないですからね。二年も一緒にいた私達でも、 ゴブリンや山賊と同じだと思っていたのでしょう」
モンスターの突進にも耐えそうな、重厚なギルドのドアが開く。
俺が、以前から不似合いだと感じていたドアベルの音がチリリンと涼やかに響いた。館内の騒めきが戸外に漏れるが、一瞬で途切れる。
再び重厚なドアは閉じられた。
外に出たのは俺だけだった。
ため息が自然に漏れる。
彼らは、今日の分け前どころか、きっちりパーティ装備のポーションとかも分けてくれた。
その時の三人の目が…。汚い物を見るような目が…目に焼き付いて離れない。
いや、ごまかしてどうする。
汚い物を見るような目じゃなかった。あれは汚物を見る目だった。あれは便器からはみ出したアレを見た時の顔だ。
俺は、彼らにとってアレになった。
見回すと、辺りはすっかり暗くなっていた。ビルや信号はない。中世の田舎町のような風景だ。窓から漏れる明かりも少ない。
街灯もろくにない、このマズールの町では、暗くなると人影はまばらだ。ぼろい木造の屋根越しに夜空を見上げる。雲が多くて見える星はわずかだった。
デッキはガタイのいい奴だ。顔が長めで決してイケメンではないが、頼り甲斐のある奴だ。短気なところがあるが、いつも公平だった。よく考えるといい奴だったのだろう。
前世で見た、よくある追放テンプレの敵役とは違かった。
パーティ女子を独り占めハーレムにする性欲魔人で、ゴリゴリと他人をすり潰して生きるような奴では決してなかった。
シリルはきつい性格で、俺には妙に当たりが強かったが、見た目は背の高い美女で、時々村人を無料で治療してあげたりしていた。
グイグイと迫って来る居丈高な態度だが、優しいところのある娘だった。よく考えると悪い娘じゃなかった。
イラーザは細身で小さくて、子供みたいな体形だが、艶やかで長い黒髪を持つ少女だ。
いや、見た目は少女だが、年齢は一八歳。十六で成人とされるこの世界では立派な大人だ。
彼女は、良く言えば観察眼があり洞察力にも優れている。
悪く言えばストーカー体質で、常に俺を疑いの目で見ていた。
気配を感じて振り向くと、柱の陰から、じっと湿った視線を送っていた。
前髪ぱっつんで半出しのおでこに、いつも困ったようなしわが刻まれていて、その下の疑り深そうな目を俺に向けている。洞窟のように深く黒い目を。
何やら時々独り言を呟いているが、発言は極めてまれだ。何も言わず、うつむき加減で歩く。常に列の最後尾をついて来る。
四人テーブルで俺を一人にする女だ。
デッキ、隣にシリル、二人が先に並んで座ったテーブルの端に、イラーザは座ってしまう。
シリルの隣に座るんだ。そんな時、デッキとシリルは一瞬、俺と彼女の顔を交互に見る。だが何も言わない。
おまえはあっちに座れよ、というのは酷いと思うのだろう。
俺の隣って酷いんだ。
俺は広いテーブルを一人で使えて大変ラッキーだ。無理矢理なプラス思考でいると、テーブルの端から彼女が、例の目線を向けている。
なんなんだあいつは……。
だめだ。あいつの事は一言で説明できない!
まるで話がまとめられなかった。
よく考えたら、イラーザの、あいつのせいで俺はパーティにうまく溶け込めなかったんじゃ…。
彼らと過ごした二年間がフラッシュバックする。
振り返る度にあいつの視線を感じて、臆病な俺は怖気づいたものだ。
一体なんなんだ、何がしたいんだ。おまえのせいで!
…いや、人のせいにしちゃいかん。俺だ。俺が悪いんだ。
何か隠し事があると疑われていたんだろう。確かに、俺には隠し事がある。巨大なのがある。勘のいいイラーザはそれを掴んでいたんだろう。
それが為かどうかはわからないが、微妙に仲間に溶け込めなかった。
でも俺は、パーティのためには頑張っていた。皆のためには精一杯やってきた。それには誇りを持っている。だが、結果は出た。
ノーだった。
要らない人間だった。
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