縁切り姫の婚約

白土夏海/角川文庫 キャラクター文芸

 死ぬんだ、と思った。

 降り積もった雪の上に、赤いけつこんが飛び散っている。ゆきのどからうめきが漏れる。少し身じろぐだけで全身が痛い。

 辺りは荒れ果てていた。木々はなぎ倒され、手水ちようずも崩落し、こまおおかみ像は粉々。こじんまりとした平和な境内は、見る影もない。

 大好きな祖母も死んだ。殺された。一瞬だった。しゃぼん玉がはじけ飛ぶみたいなあっけなさだった。雪音の鼓膜には、くぐもったとても短い悲鳴がこびりついている。

(私のせいで……)

 罪悪感で涙があふれる。涙は真冬の外気に触れ、瞬く間に冷たくなる。肌にみつかれたような感覚だ。

 それでも、もっと痛くていいと思った。自分だけがまだこうして生きているのが、申し訳なくて、情けなくて悔しくて悲しかった。

(私のせいで、みんな死ぬんだ……)

 粉雪が降り続けている。視界が雪と涙でぼやける。

(どうしたらいい? どうしたら……)

 いくら考えても案はなく、力もなかった。現に今、立ち上がることも出来ないのだ。

 絶望と無力感が心を覆っていく。唇を強く嚙みしめる。鉄の味がする。

「……っ」

 ざくざくと、雪を踏みしめる足音がした。身をこわらせた雪音の上に、黒く不気味な影が差す。

「だれか……」

 震える声で、いつの間にかそうつぶやいていた。

「誰か助けて……」

 ──次の瞬間。鋭いいつせんが宙を走り、影をはらった。

(光の矢……?)

 雪が花びらのように舞い上がって、雪音の体もふわりと宙に浮く。風だ。風が生き物のように、雪音を包み込む。

 思わず目を閉じ、身を縮こまらせた。が、恐怖は一瞬で霧散する。

(暖かい……)

 ほどなくして、誰かの腕に抱き留められていた。思わずまぶたを上げる。目が合う。

「生きてるか?」

 誰かが、雪音をのぞき込んでいた。

「よし。生きてる」

 見覚えのない、和装の青年だ。

 新雪を切り出したような、光沢のある銀髪。涼やかで切れ長の目元が印象的なはくせきの美形で、頰や鼻先が寒さで赤くなっていた。

「もう大丈夫だ」

 彼は雪音の涙をぬぐいながら言う。

「何も心配しなくていい。あとは全部、俺に任せて」


 その声はしなやかな植物のようで、鍛え抜かれた武器のようで、強く気高く頼もしく、そして優しかった。誰もが寄りかかりたくなるような、そんな光に満ちていた。


 ──彼は確かに、私の雪解けだったのだ。



               *




 この国には限られた人々だけが知る、特殊な神社が存在する。

 それらは『特格神社』と呼ばれ、仕えるのは『神力』を持つ神職たち。

 彼らはまつる神々の力を借り、陰ながら人々の暮らしを守り続けている。


 綿わたもと雪音もまた、特格神社の跡継ぎとして生まれた、神力を持つ娘である。

 ただし彼女は自分の持つ力について、そしてこの世界に隠された闇について、まだ何ひとつ知らない。



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