クラスのクール系美少女がいつの間にか俺にだけデレデレ(当社比)になっていた。俺を好きな理由を証明してくる毎日がもうしんどいです
一木連理
第1話 運命的でもない、なんでもない出会い
「私は、
その日、僕は告白された。
相手は同じクラスの美少女――“氷の一匹狼“というあだ名で呼ばれる美少女の
目を引く白い髪、整った美貌、すらりとした体躯――胸こそすっきりとしているが、女子ならきっと誰しもが羨むプロポーションを持つ彼女が、今俺――夜墨
だけど――須凍の表情は告白する女子の顔つきではない。
無表情のままに須凍は言葉を紡ぐ。
「なぜなら、夜墨君は私のことを助けてくれたから」
地元で唯一の歓楽街の路地裏。
表通りは飲み屋やガールズバーが跋扈する、お世辞にも治安がいいとは言えない場所。
周囲には空き缶のゴミや放置されたバイクが雑居ビルの壁に立てかけられている。
シチュエーションは問わないらしい。
「さっき、夜墨君は“こいつ、俺の彼女なんで”と口走った。繰り返すわ、私は夜墨君のことが好き。よって、私たちは恋人となる。反論は?」
「反論の前に、聞きたいことがいっぱいあるんだけど」
「いいわよ。対話はお互いの意見を交換することだものね」
告白の途中だというのに、須凍は僕の中断をあっけらかんと受け入れる。
須凍の顔つきは相も変わらず無表情で、何を考えているのか全く分からない。
「確かにさっきそんなことを言った気がするけど――それは須凍さんがチャラそうなナンパ師に言い寄られてたからで」
「手も握られた。怖かったわ」
「だから恋人って言って追い払っただけだよ。困ってる知り合い(クラスメイト)を見放したら寝覚めが悪くなりそうだったから助けただけ。それがどうして恋人に?」
須凍さんとは確かにクラスメイトだけど――限りなく赤の他人だ。
教室で話したことは一度たりともない。
というか、須凍さんが教室で誰かと話しているところを一度としてみたことがない。
須凍有沙というクラスメイトは誰とも距離を取り、誰であっても近づかせない――孤高の一匹狼として有名だ。
かつて仲良くなろうと近づいた女子は彼女が纏う氷の壁に阻まれ、下心を出して近づいた男子は冷徹な視線で氷漬けにされたとか――そんな噂が出回るほどに、彼女は人と接しない。
そうしてついたあだ名が“氷の一匹狼”。
最初は“孤高の”だったが、彼女の苗字から要素を抜き出していつからか“氷の”に変わっていった。
可憐で孤高。
そうした格好良さが相俟って、学年内で人気が高い。
彼女と話したことがある人は誰一人としていないけれども、彼女の格好良さと彼女の可憐さは全校生徒全員が知っている。
見ただけで伝わる、彼女が纏う特有の空気感が見た人の心を惹きつけて離さない。
そうした、どこか触れることすら許されないアイドル的な人気も高まり――彼女に近づくことは誰であろうと許されない、そんな空気すらも流れている。
とどのつまり、僕と彼女は――ほぼ初対面のようなもので。
「助けられたから、好きになった。そんな相手が私を彼女だと思い込んでいた。だから私はそれを受け入れようと思った。なにかおかしいかしら?」
「おかしいよ!?」
「好きになる……?」
ついていけない須凍さんの思考回路に、俺は?でストップをかける。
「ええ。私は夜墨君のことが好きよ」
「どうして?」
「夜墨君は私を助けてくれたんだもの」
理路整然と須凍さんの口から言葉が出てくる。
まるで定められた数字を返す電卓のようだと、無表情のまま語る須凍さんを見て失礼ながら思ってしまった。
見ているだけならとても可愛いし、付き合えるものならそりゃ付き合いたい。
だけど……僕の心が叫んでいた。
――須凍さんは僕のことを本当の意味で好きなんじゃないんじゃないか、と。
いやだって――ほとんど話したことがないクラスメイトのことを好きになるはずなんてないだろ?
「いや……気のせいだと思うよ、それ」
「…………? どういうこと?」
「多分、吊り橋効果とか、そういうのじゃない?」
「なるほど、私はさっきピンチな状態にあった。だから助けてくれた夜墨君のことを好きになってしまったけれど、一時の勘違いだ――って言いたいのね?」
須凍さんは自身のことを俯瞰して理解する。
「そういうこと。それに、須凍さん僕のことそんなに知らないでしょ?」
「そうね。教室でたまに……見るわ。ええと、普段は休みがちで」
「今のところ皆勤賞だよ、ほら」
「ごめんなさい、今までは興味がなかったから……でも、今からは違うわ。私、夜墨君のことしか見ないから」
どれだけ言葉を尽くそうが、須凍さんの表情は変わらない。
須凍さんは大きな目を見開いて、しっかりと僕を見る。
クラス一の美少女から告白される――『こんなチャンス二度とないんだ、とっとと受けちゃおうぜ!』という僕の中に住む悪魔が囁いてくる。
だけどもう片方――善性を司る天使が耳元でつぶやくんだ。
『須凍さんは親切心を恋心と勘違いしているだけです、しっかり断って、一度家で落ち着かせてあげるのが彼女のためです』――と。
確かに彼女はかわいい、付き合いたいけど……。
ただ、無垢な彼女の心を騙して付き合うなんて言語道断だ。
「やっぱり誤解だよ。お互いのことだってよく知らないし、いきなり交際なんて……なっかちょっと不健全だし」
「それは、お友達として仲良くしてください、という紋切り型の拒絶なのかしら?」
「そんなこと言ってないよ!? 僕だって嬉しいんだけどさ……」
須凍さんと話していて、彼女はほとんど表情を動かさない。
感情を出せ、とは言わないけど……顔も赤らめないし照れもしない、そんな彼女の素振りを見て、どうしても僕にはそれが彼女の本心からの言葉だとは思えなかった。
「でも、ごめん。自分勝手なんだけど……やっぱり、須凍さんの期待には応えられないや」
「私のことを恋人だと思っていたのに……!?」
初めて、須凍さんの表情が動いた。
驚いたような表情を浮かべている。
「さっきも言ったけど、誤解だから。僕は須凍さんのことを恋人だとも思ってないし」
「そう……なのね」
「それはそう」
誤解を解いたと思っていたが、そうじゃなかったらしい。
思い返してみると――『恋人って言って追い払った』としか言っていなかった気がするが……それでも分るよな、普通。
思い込みが激しいところがあるのかもしれない。
「じゃあ、私が一方的に好きなだけでも構わないわ。だって、この気持ちに嘘はないもの」
「家に帰ってお風呂入ったら頭抱えて後悔すると思うよ? 『なんであんなこと言ったんだろう』って」
「それはこちらのセリフよ。『あの時告白を受けて恋仲になっておけば須凍さんとあんなコトやこんなコトもできたのに……!』って、夜墨君後悔すると思うわ」
「うわっ、するかも……」
家に帰った後、この選択を悔いるのは間違いない。
ただ、それも一瞬だ。
もしここで僕が彼女と付き合ったら、それこそ一生引きずって後悔する気がする。
「でも、今須凍さんは気持ちが高揚してそうなってるだけだと思うから……」
「私の感情は常に私が制御しているわ。今私がそうしたいと思ったから告白しただけよ。それに、だからといって私の告白を断る必要はないと思うわ。明日になって『誤解でした、別れてください』でもいいんじゃないかしら?」
「“氷の一匹狼“の名前に傷は付けられないよ。それに、僕の気持ちも裏切っちゃうからさ」
「夜墨君の――気持ち?」
誰か好きな人がいるってわけじゃない。
だけど――せめて。
「付き合うなら、ほら……お互いよく知った人がいいじゃん」
ちょっとだけ顔を赤らめて、僕は言う。
なんでこのシチュエーションで男が顔を赤らめにゃいけないんだ、と思わなくもないが……生理現象は抑えられない。
「だから、ごめんねっ! じゃ!!」
そういって――僕は。
逃げるようにその日、家に帰った。
もちろん、悶々とした後悔を抱えて。
そして、次の日――学校で。
「夜墨君、話があるのだけれど」
「……なに?」
「付いてきて」
投稿するなり、“氷の一匹狼”須凍有沙につかまった。
須凍さんが誰かに話しかけることが珍しいのか、クラスに居合わせた全員が俺を見てくる。
須凍さんはキッと威圧し、静かに先制する。
「……私に用があるの? あるなら聞くわ」
その一言で、まるで雲のように集まった視線は消えていった。
そう、と静かに須凍さんは言って――僕を引き連れ教室から出る。
たどり着いたのは、誰もいない廊下の端。
教室棟と特別棟を結ぶ、渡り廊下の上。
「昨日の夜から――考えなおしたの。私が君を、好きな理由」
「……は?」
どうやら昨日のイベントは夢でも勘違いでもなかったようで、地続きのまま今日に至ったようだ。
「だから、今から私が証明するわ」
僕に有無を言わせないまま、須凍さんは話を続ける。
「まず、前提として『好き』=『婚姻を結ぶ前条件』という形で置くわ。その上で、
事実①須凍は昨日知らない人から絡まれて困っていた。
事実②夜墨君が助けてくれた。
以上二つの事実から須凍は夜墨君に恩を感じ、『婚姻を結んでも良い人』という認識となった。逆説的に、私須凍は夜墨君が好き、QED.」
ぺらぺらと話す須凍に呆気に取られて、口が閉まらない。
「須凍さん……」
「なにかしら? 私の証明は完璧じゃない?」
「好きになるって……たぶん、そういうことじゃないと思うんだ」
「…………?」
本気でわからない、という顔をされてしまった。
無表情だと思っていたが、ほんのわずかに頬の筋肉がたゆんだ。
キョトンとした顔だ。
「理論じゃなくて、気持ちの問題なんだよ」
「気持ち……?」
「どちらかといえば、“魂”?」
「たましい……マナ、のような……?」
「宗教とか幽霊とかそういう話じゃなくて――」
「心の内側にこもる熱、みたいな……」
なぁ――に馬鹿な事言ってるんだ自分。
言ってて恥ずかしくなってくる。
「何バカなこと言ってるの? 心臓に熱があるのは当たり前じゃない」
「なーんも伝わってない」
「……つまり、この証明じゃダメだったってことかしらね。私の“好き”が全然伝わってないみたい」
そもそも証明するようなものじゃないんじゃないか……と思うけど。
「いいわ、何度だって挑戦してあげる。私が夜墨君を“好き”な理由を伝えてあげる。だから……もし、私の“好き”が伝わったら……」
その時、初めて僕は彼女の表情が“ちゃんと”動いた瞬間を見た。
「その時は、私の告白に、きちんとした答えを……ちょうだい」
彼女の唇はプルプルと震え、顔はほんのり赤らんでいた。
「……できるじゃん、その
聞こえないくらいの声量で、僕は呟かずにはいられなかった。
どういう感情の迷路を抜けてきたのかは、僕にはわからない。
そんな表情を浮かべ続けることができていたら、きっと彼女は“氷の一匹狼”にはなっていなかっただろう。
そうして――今日を皮切りにして。
毎日のように須凍に“好き”を証明される生活が始まった。
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