ようやく勇者パーティーを離脱できたので、山つき一戸建てを購入してスローライフを始めます
伊東冬
第1話 ブラックを脱出
「やっと……解放された……これで私は……『自由』だっ……!」
私は拳を握って喜びを嚙みしめていた。
辺りは森だ。人の気配はなく、鳥たちの穏やかな囀りだけが聞こえてくる。すぐそこで川がさらさらと流れていて、泳いでいる魚がはっきり見えるほどきれい。さっきまで地獄の荒野でバケモノと戦っていたのが嘘のようだった。
私は本当に地獄にいたのだ。
勇者パーティーの一員、魔法使いとして。
ちなみに勇者パーティーとは、各国のエリートたちを集めて編成された、世界を救うための五人組だ。
勇者。
戦士。
僧侶。
盗賊。
魔法使い。
いずれも一人で国を転覆することができるほどの実力者だった。
かく言う私も魔法の腕前ならそれなりに自信がある。けれどまあ、コミュニケーション能力が絶望的なので、プラスマイナス0って感じだけど。
私は小さい頃から魔法の鍛錬をしてきた。それ以外にやることが無かったからだ。友達もいないし、これといった趣味もない。そんな私にできることは、部屋に引きこもって魔導書を読み込むことだけ。
いずれは王都の図書館とかに就職しようかと思っていたけれど、16歳になったある日、家に王都の兵士たちが現れてこんなことを言った。
「占星の結果、あなたは勇者パーティーの〝魔法使い〟に選ばれた。今すぐ荷物をまとめて出発しろ」
いやいや。
そんなこと言われましても。
でもコミュ力皆無の私には、拒否することもできなかった。そのまま兵士に引っ張られ、あれよあれよという間に勇者パーティーに加わってしまったのである。
その結果、地獄を見ることになった。
勇者パーティーの目的は、もちろん魔王を倒すことである。あと民衆に害をなす魔物を倒すことである。
だが、魔王が隆盛を誇っている今、えげつない魔物はそこら中にうじゃうじゃいた。必然的に勇者パーティーの仕事は増え、来る日も来る日も魔物を退治する日が続くことになった。
計算してみた結果、月の平均残業時間は200時間をゆうに超えていた。
さすがにあれは顔が青くなったね。
あまりにもブラックなので勇者に直訴したのだが、勇者は『勇者』なんていう大層な役職に選ばれるほど勇者っぽい心の持ち主だった。
「何言ってるんだ、アイリス! 世界には困っている人がたくさんいるんだぞ!? 俺たち勇者パーティーが救わなくちゃ、誰が救うんだよ!」
「でも。あの。えと。雑魚退治じゃなくて……はやく魔王を倒しに行けばいいと思うんですケド……」
「魔王を倒したからって雑魚が全部消えるわけじゃないだろ!? 俺たちは魔物を全部倒しながら進むんだ!」
いやまあ、理屈は分けるけど、こっちのリソースは枯渇寸前なんですよ。
しかも勇者、めちゃくちゃ宴会をする。本ッ当にしょっちゅうする。私は引きこもって本を読んでいたいのに、やつは遠慮なく宴会に引っ張っていく。
「ほらアイリス! 一緒に楽しもうぜ! 一人で本を読んでいたら、つまらないだろ!?」
くそったれ、こっちはそれが楽しいんだよ。陽キャめ。
……と言ってやりたいけど、口下手なので無理。この宴会を就業時間に含めるなら、残業時間は250時間を超えるんじゃないだろうか?
そんなこんなで地獄のような日々が続いて。
私の心は、ついにポッキリと折れてしまった。
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