18話

「あの圧倒的なデーモンに作戦があれば勝てるってこと?」

「あぁ」


 ロックは動ける魔術師を何人か見つめると、その中から一人を呼んだ。


「君、回復魔法が使えるね。魔力は残っているかい?」

「いえ、もうほとんど使っちゃって……」

「じゃあこれを飲んでくれ」


 先ほどミルティに渡した魔力回復ポーションを取り出し、魔術師の女性に渡す。


「そんな、こんな高価な物いただけません。それなら全部アーネスト様に……」

「今からすることは瞬間的に多くの魔力がいるんだ。頼むよ」

「は、はい……」


 気の弱そうな魔術師はおずおずと受け取り、一気に飲み干す。魔力回復ポーションはどんなに安くても金貨数十枚はかかる高級品。口にするどころか見たことすらない人が大半なのだ。もちろん、ロックにそんな資金はないので全てお手製である。

 ロックはポーチから小型の射影機を取り出す。


「それって、この前の射影機? どうするのそんなの?」

「実はこの宝具【成長する軌跡グロウ・ピクス】の絵を残す仕様のは本来の使い方じゃないんだ。っと、説明したいけど思ったより時間はなさそうだね。二人とも、最大限の魔力を込めてこの射影機に回復魔法を放つんだ。早く」

「わ、わかったわ」

「わかりました」


 回復したばかりの魔力を極限まで振り絞るつもりで、二人は習得した中で一番効果のある魔法を唱えた。


「【エクスヒール】」

「【エクスエンゼルライト】」


 それぞれの回復魔術は瞬く間に射影機に吸い込まれていき、全体がほんのり白く発光する。それは準備が出来た合図で、ロックはすぐさまレンズをアヤネに向けてシャッターを押した。



「アヤネ、効果時間は五分だ。それまでに一気に倒してくれ」

「か、体が光って……っつぁ!」


 リアクションの暇もなく、アークデーモンの一撃がアヤネを襲う。ギリギリ躱すことが出来たが、動いている感じバフの感覚もない。一体この光は何なのだと言いたげなまま、目の前の強者に神経を集中させる。


「アブねぇなあ!!!!」

「ふん、効かぬわ。そんな棒っ切れっ……グガァアアアア!!」


 返しに振り上げた鉄棍の感触は、先のものとは比較にならない手ごたえ。何本も骨を砕いたような音が確かな証拠であり、アークデーモンは黒い血を吐きながら転がっていった。


「き、効いた?? なんで!!」

「オルトアークデーモンは常に体の周りに特殊な魔力が滞留しているんだ。それに一番効果があるのは回復属性の魔力だが、魔法ではすぐに膜が張り直されてしまう。膜の破壊と同時に強い闘気で殴るのが一番の攻略法なんだよ」

「その宝具は属性付与が出来るってことか!」

「通常のバフと違って回復属性付与が出来る上に、付与魔法特有の減衰率がなく強力だ。その代わり制限時間は短い。気を抜くんじゃないぞ」

「了解! 俄然やる気が出てきたぜ!」


 エンジンを吹かすように右足を何度か地面に擦った後、アヤネはアークデーモンを追って畳みかけるように鉄棍を振り回す。目に見えてダメージが入っている実感が、彼女の闘争本能を強く刺激するのであった。

 そこからは獣のように本能がぶつかる乱打戦。ようやく立て直したアークデーモンは、自慢の魔力壁がなくても流石は上位悪魔、ジリジリとアヤネとの戦力差をイーブンに持ってきていた。


「こんのっ! いつまで粘る気だよ!」

「むろん貴様が死ぬまでだ!」


 防御を忘れたかのように一つでも多くの有効打を叩き込む二人。元々のレベルで言えばアークデーモンの方がいくらか上回っている。先制攻撃がいくら強烈なものが入ろうと、今のアヤネが相手取るには厳しい相手であることに違いはない。

 それを見据えた上でアヤネを出したロックは、予想外の光景に冷や汗が出た。


「なぜ……ユニークスキルを使わないんだ?」

「兄ちゃんやばいよ! あの鬼の姉ちゃん負けちゃうぜ!」

「ロックさん! 私たちも加勢しちゃダメなんですか!?」


 血反吐を吐き、震える身体を闘志で動かすアヤネを見て、子供達は泣きそうになっていた。手を貸したいロックであったが、射影機の発動中はその場を動けないデメリットがある。両手が塞がっている中で出来ることは限られるし、いま効果を切って駆け付けようにも相手の手が先に届く。

 一秒、また一秒と劣勢は加速する。迷っている暇はない。


「カリナ! アレイジャイルを僕の口に咥えさせてくれ!」

「口!? は、はい!」


 カリナは腰のホルダーからアレイジャイルを取り出すと、ロックの口に持っていく。持ち手を噛んだロックはすぐさま魔力を込めてナイフの分身体を何十本も宙に出現させた。


(アヤネのユニークスキルについて詳しいわけじゃないが、まだ使っても倒しきれないと踏んでいるはずだ。彼女が決定打になると確信するまで隙を作るしかない)


 少しでもダメージが入るように闘気を上乗せし、ロックの援護が始まる。

 一斉射撃。無数のナイフがアークデーモンに襲いかかる。全て魔力壁に弾かれるが、ロックの闘気を限界まで纏ったナイフは当たるだけで強い衝撃を発する。ダメージというには少な過ぎるが多少の痛みも与えることが出来ていた。


「くっ、何だ!? チョロチョロと鬱陶しい!」

「ロックか! 助かったぜ!」


 抑え込まれていたアヤネは隙を突いて豪快な蹴りを放つ。僅かな距離を稼ぐことで身体を大きく捻り鉄棍をフルスイング。序盤のようにギアを上げた滅多打ちを繰り出した。


(まだだ、まだ足りない……)


 相手の攻撃はロックがいなしている。今は削れるだけ削り続けるしかない。ロックの予想は概ね正しく、アヤネの感覚ではユニークスキルで仕留めきるにはダメージが足りていないのだ。加えて、彼女のユニークスキル身体を酷使する性質上インターバルを必要とする。自身が先に効果切れになってしまう頃にはまともに動けなくなる。格上と戦う時は尚更その一回に賭けないといけないのだ。

 徐々に二人の体力は低下し、互いに血をまき散らしながら終わりの瞬間を見定めている。あと一撃。最大の攻撃を当てた方が勝ちだ。


「……」

「……」


 戦っている二人の緊張感が伝播し、見届けている者の口も縫い付けられたかのように動かない。

 どちらが先に仕掛けるのか、意外にもその時はすぐに訪れる。


「⋯⋯っ!」


 攻防の最中、アヤネは足元の血溜まりで僅かに滑り重心が揺らぐ。戦闘巧者のアークデーモンはそれを見逃すほど愚かではなかった。

 残された出し切るつもりなのか、恐ろしく速い動きで頭の上で手を組んだアークデーモンは、目の前の生意気な女を確実に殺せるほどの魔力を込めた。

 ニタリと笑い、常人では見えない速度で腕を振り下ろす。さながらその迫力は、罪人の斬首刑を思わせられる。


 その瞬間を、見守っていた人々は口を揃えて同じ言葉で表現することとなる。




 時間が止まったと。




「【マイトコード・オーバーレイ】」




 誰にも理解できなかった。不安定な姿勢で致命の一撃を食らったはずのアヤネが、何故かデーモンの後ろにいて、そのデーモンは四肢だけ残し消滅していた。

 ただ一人、目で追えていたロックは一連の光景に空いた口が塞がらなかった。

 ユニークスキルスキルを使った瞬間、超高濃度の闘気が全身から溢れ出し、まさに時間を超越したかのような攻撃速度。音もなく、クリームのように敵が掻き消えてしまった。彼女の立っていた場所に残留した魔力痕は異常な速度に変質を起こし、夜空を埋める星屑のように発光していたのだ。


「閃光⋯⋯」


 誰かが言ったその言葉が何よりも相応しくアヤネを表していた。キラキラと舞い散る光の粒子の中、アヤネは応えるように笑顔でピースした。


「やったぜ⋯⋯⋯⋯へへっ」

「アヤネ!」


 フラッと倒れたアヤネを抱きとめたロックは、その疲弊した身体に奥歯を噛んだ。全身傷だらけで出血も多い。僅かに動くだけで激痛に顔を歪め、腕や足が痙攣している。何より、闘気が不安定で上手く循環出来ていない。

 ロックの腕の中で無邪気な笑顔を浮かべるアヤネを、彼は優しく撫でた。頑張ったから褒めてくれと言っているような顔におかしくなって、ロックは少し安心した。


「アヤネ、その身体はさっきのが原因かい?」

「そうだな。本当はもっと長い時間使えるんだけど、それじゃ足りなかったから一瞬だけ使おうと凝縮したんだ。初めてやってみたけど、しばらく動けないかも」

「初めてでそれならキミは天才だね」

「だろ? もっと褒めろよ」


 うとうとと目が重くなってきている。そろそろ限界だろう。


「ちょっと寝る。すぐ追いかけるから先行っててくれよ。鬼人族は、回復が早いんだ……」

「わかった。これを飲んでおくといい」

「サンキュ、んぐ」


 完全に寝てしまう前に、ロックが所有する中で僅か三本しかない秘薬を飲ませる。鬼人族の種としてトップレベルの回復速度が合わされば、後遺症無く元通りの身体になるかもしれないと、ロックは出し惜しむことはしなかった。

 戦場のど真ん中にもかかわらず安らかに眠りについたアヤネを他の冒険者に預け、ロックは次の目的を果たすため空を見上げた。


「やはりミリィでもまだ時間が掛かるか」

「ねぇロック、この子は一体」

「僕とミリィの弟子みたいなもんだよ。それより三人とも、これを身に着けてくれないか?」


 ロックは三つの腕輪を取り出して三人に渡し、軽く説明する。それぞれ色が異なっており、ミルティには紫、アドレには赤、カリナには緑の腕輪だ。それぞれ、魔力、膂力、速度の大幅な補正が入っており、回復効果や緊急脱出の効果もある最高峰の護衛宝具である。


「アドレとカリナは戦わせるつもりはないけど、どうせついてくるんだろ?」

「いいのか?」

「あぁ、だが遠くから見るだけにするんだ。今回の事件の元凶はおそらく僕と同じくらい強い親玉がいるはず。さっきのオルトアークデーモンのレベルを考えるとアドレとカリナは手も足も出ないだろうからね」

「……わかった。見るだけにするよ」

「……頼むよ」


 ロックはミルティに向き直り、悔しそうな顔でお願いする。


「ミルティ、君にも逃げて欲しかったけど僕一人ですぐに解決するのは難しいみたいだ。もしもの時のためについてきてくれないか?」

「もちろんよ。私だってこの国を代表する冒険者だもの。それにロック……」

「え?」

「……冷静になれないんでしょ? あの時を思い出して」

「っ!!」


 子供達は不思議そうな顔をしていたが、ロックはミルティの言葉を聞いてようやく自覚した。どこか浮足立っているような、選択が間違っているような、小さな歯車が嚙み合わない違和感。ロックはトラウマとも言える、家族を奪った幼い時のスタンピードに重ねてしまっていたのだ。

 ロックは自分の手を見て、グッと力を込める。心を見つめ直す所作であり、本人すら気付かなかった部分を指摘してくれるミルティに大きく感謝をした。


「すまない、ミルティの言う通りだ。きっと僕は今まともに考えられていない」

「ロックの人生を変えた出来事だもん。仕方ないよ。だから私が支えるね! 安心して後ろは任せてくれていいよ!」

「頼もしいよ」

「さ、行きましょう。やっぱり王城に向かうんでしょ?」

「ああ、言い方は良くないがメイアさえ生きていればこの国は何度でも建て直せる。最優先で保護するんだ」

「わかったわ!」


 大丈夫アピールでブンブンと杖を振るミルティと、幼いながらも使命感で人を守りたい子供達を連れ、残る救出対象であるメイアの元へ走るのであった。






 時間は、本当に残されていないのだった。





「う…………化け物め……」

「誉め言葉にしては品がねぇなあ?」


 膝を付くメイアの前で瓦礫に腰掛ける男は、ケタケタと笑う。その様相はまさに死神の降臨そのもので、圧倒的な絶望を振りまく災害の化身であった。

 メイアが立ち上がり、再び剣を構える。国宝である大剣を扱えるのはもはや彼女だけ。負けるわけにはいかないのだ。

 男はなおも腰を上げず、頬杖をついたまま面白そうに笑うばかりだ。


「さぁて、今度は何を見せてくれるんだ? いや、期待しちゃ可哀想だな。決して俺には敵わねぇんだ。ここは親のように温かく見守るべきだなぁ?」

「口の減らない奴だ。ここまでめちゃくちゃにしたんだ。そろそろ黙って帰ってほしいのだが?」

「俺がこの程度で満足してるとでも? 馬鹿なことを。まだ前菜に手を付けただけだぜ? 今はメインが来るまでの暇つぶしにしか過ぎない」

「我が前菜扱いとはな……これでも世界で指折りの実力はあると自負しておるのだが」

「そういう過剰評価なとこは年相応ってやつだな。単純な戦闘力ですらお前と上の人間には天と地ほどの差があるぜ? そして勝つために予想外のことを、卑怯だろうが何でもやる。それが本物の最強の美学ってもんだ。いくら強がろうとテメェはケツの青いガキでしかねぇよ」

「…………」

「まぁ今後に期待だな。……この場を生き残れりゃな! ケハハハハハ!!」


 異常なほどの魔力放出。威嚇だとわかっていても、メイアの思考を揺るがすには十分な効果を発揮するのだ。

 男はゆっくりと歩き出す。メイアの最後の時はすぐそばまで迫っていた。

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