16話
戦いに疲弊した冒険者や報告に行かねばならぬ衛兵を引き止め、その場にいた全員を集めたロックは声を大きく宣言する。
「魔物達が街を襲ったのは人為的なものだ。そして、この中にそれを行った者がいると考えている。特定するまで絶対にここから動かないでくれ」
集まった人々は訝しげな顔でボソボソと文句を垂れる。それはそうだ、ロックは事が片付いた後にノコノコやってきた。防衛戦をしていた彼らにとって野次馬と変わらない。
その場の衛兵の一人が、荒立てないよう気を使いつつ反論する。
「確かにガーディアンゴーレムの出現や、フォレストウルフの数に違和感を感じるが、だからと言って共に戦ったこの場の皆を疑うのは少し急ぎ過ぎてはいないか? 突然の襲撃に気が立っている者もいる。せめて一度街に帰られせてもいいんじゃないか?」
同調するように、何人かは罵声を飛ばしロックを避難する。しかし、引く訳にはいかなかった。
「いま、この場で捕まえなきゃならない」
「だから何でだよ!! あとから来てゴタゴタ言ってんじゃねぇよ!!」
「仮に犯人が居たとしてもう戦いは終わったんだ! 向こうの作戦は失敗してんだからいいじゃねぇか! 馬鹿かお前っ!!」
止まらない罵倒に差し込むように、ロックは声を張り上げる。
「逃がせばその作戦が成功になるからだ!!」
その姿から本気を感じたのか、一斉に静まり返る。ロックはアヤネに手を差し出し、近くに寄せる。
「この子は僕の大切な仲間だ。危機的状況にあった君達を助けるため駆け付け、全力で戦ってくれたはずだ」
「そ、そうだが……その嬢ちゃんがいま関係あるのかよ」
「呪いを掛けられたんだよ」
全員が、アヤネ本人すらも驚愕する。
ロックはアヤネの右手の甲を見せるように高く上げる。しかし、そこには特に変わった様子はない。
「呪いを掛けられたのは利き手の甲。隠蔽術式が組まれているが、僕の目は魔眼だ。隠し通すのは不可能だと思え。効果は『闘気を流すと全身が出血するほどの激痛が走る』だろう。掛けたのはさっきの握手会だな?」
犯人に語りかけるように、しかし、この場の者達に緊急性も理解させなければならない。
「おそらくこの中で一番強いという理由でこの子が狙われた。呪いとは通常の魔術とは違う。解呪は術者本人が行うか、術者を殺すしかない。だからこそ逃がすわけにはいかないんだ。時間は掛けたくない。今すぐ出てきてもらう」
隣の人が敵に見えてしまう猜疑心に不安が広がる中、もちろん手を上げるものはいない。ここまでは予想していたロックは、続いてポーチから水晶玉を取り出す。一見普通の水晶玉だが、中央に金の矢が浮かんでいた。
「これは『追跡の方位』という魔道具だ。指定した魔力を吸い上げその発生源、つまり術者本人に針を向ける。これで今から犯人を特定する」
ロックが水晶玉をアヤネの手に近づけようとした瞬間、人込みの後ろの方で影が動いた。
「動いたな! ミリィ!」
「はい!」
「クソ……っ!!」
犯人は一瞬光に包まれ、本来の姿が現れる。
赤黒い体に歪な角。蝙蝠のような羽を持つ人型の魔物『オルトデーモン』。召喚術でのみ現世に存在する彼らは高い魔力を持ち、飛翔した際のその機動力はワイバーンに匹敵する。
「逃がしませんよ」
「な、なんだコイツ! 翼もねぇくせに!」
得意の空中移動で振り切ろうにも、ミリィの飛行魔術の精度と推進力の前では優位は取れない。幾度かの攻防を挟んだのち、むなしく地面に叩きつけられた。
すかさずオルトデーモンを拘束したロックは、飛べないように翼を切り落とした。
「グギャァアア!!」
「聞かせてもらおうか。なぜシードランの町を襲撃したんだ?」
「お、おいロック……そんなことしたら死んで……」
「オルトデーモンはコアを潰さないと死なないよ。言葉を話せるくらい高位の魔物だ。両手足を切り落としてもいい位なんだ」
「おいおい……」
すでに瀕死に見えるほど息を荒げていたオルトデーモンだが、ふいにその口元が緩む。
「はぁ、はぁ、貴様……が、ロック・デュベルなのか?」
「……あぁ、なぜ僕の名前を知っている?」
「クックックッ、そうか、ならば俺様の任務は完了だぜ」
「なんだと」
「ご主人様、俺様が……この俺様が見つけましたぞ!!」
オルトデーモンの身体が淡く光り、そのまま何も起こらずに光は消える。ロック達は追撃も警戒したが、辺りに魔物の気配ない。
「……一体何をした?」
「ご主人様に報告したのさ。【
「【神人】……だと?」
「いいのかこんなことをしていて……貴様がのんびり喋っている間に一つの大国が亡ぶことになるぜ?」
ロックはオルトデーモンの首を掴み上げ、ギリギリと力を込めていく。出来るだけ苦しむようにゆっくりと。
「お前、トリアイナに何かしたのか?」
「グヒュッ…! ヒッヒッヒ、やはりあの国の関係者か……さすがご主人様だぜ、なぁおい…ガヒァ! 魔物の大群があの国を襲う……大切な人でもいだがぁ? もぅ……あえだぃがもな……」
「死ね」
悶え苦しむオルトデーモンの胸に腕を突き刺したロックは、そのままコアを握り潰してしまった。灰が舞い上がるように塵と消えた敵に、苦虫を嚙みつぶしたような顔で目を瞑った。
「ロックさん……」
「ロック……」
「……何でもない。アヤネ、君の呪いは消えたよ。もう安心してくれ」
「安心してくれって……」
いつもの無表情を取り戻したロックは、そのまま周囲の人達を解散させ、その場には三人だけが残った。
「二人とも、悪いんだけど……」
「戻りましょう! トリアイナに!」
「あの国が危ないんだろ? 観光なんていつでもできるじゃんか!」
ロックの背を押すように、小さな女の子達はロックの手を引く。
彼の頭に過るのは幼き頃の忌々しい記憶。またスタンピードで大切な人がいなくなるのではないかと、なぜ自分が引き金になっているのかと、この短時間では頭の整理が追い付かなくなっていた。
しかし、止まっている時間はない。
「行こう。さっきより速く走るからついてきてくれ」
「はい! 全力でもいいですよ!」
「うぇ、トリアイナまで持つかな……」
ロックが先駆け、二人はピタリと並走して目的地へ急いだ。
二時間は走っているだろう。しかし、まだトリアイナへの道のりは半分にも満たない。一人身体能力で劣るアヤネは、ミリィから体力回復ポーション貰いながら何とか食らいついていた。
「な、なぁ。あとどれ位なんだ?」
「このまま進めばあと三時間だ。恐らく大規模な戦闘になる。戦う体力を考えればこれ以上加速もできないだろう」
「まだ速度出んのかよ……あたし、着いた途端倒れねぇかな」
「ミリィは回復魔法も使える。心配するな」
「……」
振り返りもせず、いつもよりどこか棘のある言葉にアヤネは委縮した。
それを察して、ミリィは言葉を付け足す。
「トリアイナにはロックさんの大切な人がいるの。だから少し、焦っているだけなんだよ。大丈夫、別に怒ってるわけじゃないから」
「……あたし、ロックってどこか人とは違う領域の生き物だと思ってた。仙人とか、精霊様とか……。よく考えりゃ普通の人種なんだもんな」
「そうですよ。失敗もするし、怒ったり焦ったり……泣いたりもします。達観してるとこはありますけど、イメージよりずっと普通の人なんですよね」
アヤネは『普通の人』と聞いて、ふと先のオルトデーモンの会話を思い出す。
「そういえばロック、【
「あぁ、前に不可侵領域の向こう側の話しをしたことがあっただろ? 僕は向こうで神獣って呼ばれている龍を倒したことがあるんだ。【神人】っていうのはその時に広まった二つ名みたいなもんだよ」
「龍に勝ったのか!? とんでもねぇな」
「その龍も訳あってまともな状態じゃなかったからね。それより問題なのは」
「デーモンの召喚者が【神人】を知っていること……か」
向こう側でしか知れ渡っていない二つ名を口にしたこと。そして、ロックと同じく不可侵領域を越えられる実力の猛者がトリアイナに襲撃を宣言した事実。そんな大物に対抗する術が今のトリアイナにあるとは思えない。
だからこそロックはずっと作戦を考えていた。戦力となるのはこの場にいる三人の他にミルティと聖なる崩壊だけしか知らない。アドレとカリナは才能があっても経験不足。数に加えない方がいいだろう。国一番の強者ということならメイアの名が挙がるが、むしろメイアを失うことが最大の敗北になるためいの一番に助けに行かねばならない。
やりたいこととやらなければいけないことの折り合いがつかず、結局取れる作戦は始めから変わらなかった。
「到着次第、どんな状況だろうと最短でミルティと合流する。そして、ミルティはアヤネに任せてメイアのところへ行く。ミリィはその場で支持を出すが、僕が近くにいない場合はある程度自己判断で動いてくれ。優先順位はメイアの命、召喚者の殺害、魔物の掃討だ。街が壊れていたら【ファル・メナス】の使用を許可する。だが、大規模魔法は禁止だ」
「私がミルティ様を助けてもいいんですよ?」
「いや、アヤネの足があれば最悪脱出は容易だ。それより手が足りない。ミリィには一番効果的な場所で活躍してもらう」
「わかりました」
「アヤネも敵のレベル次第では脱出ではなく掃討に当たってくれ。理想を言えば、一人でも多く生き残ってもらいたい」
「お、おう。気合入れねぇとな」
おおよその方針が決まったところで、三者はまた長い沈黙に入る。
加えて三時間。おおむね予想通りの到着時間でトリアイナを目視出来た一行だったが……。
「……最悪だ」
「そんな、ここまで……」
すでに日は暮れ、闇夜の中で無数の火の手が上がる美しかった街並み。平和の象徴とまで呼ばれたその姿は影も語りもなく。倒壊の音に悲鳴が混じり、それを歓喜するかのように宙を舞う数えきれないほどのドラゴン。
まさに地獄絵図。ロックの想像を遥かに超える大惨事となっていた。
思考を巡らせる。視覚、聴覚から出来る限りの情報を仕入れ、即座に指示を出した。
「ミリィ、今すぐ空中の魔物を殲滅しろ。終わり次第こっちに合流するんだ」
「行きます!」
全速力で飛び出したミリィを横目に、ロックはアヤネを抱き上げて足に力を込める。
「飛ぶよ、しっかり掴まって」
「そんな急にぁあああああああああ!!!!」
アヤネはかつて経験したことのない速度で世界が通りすぎるのをただただ体感させられるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます