6話
「いやはや、まさか五体も出てくるとはな」
「呑気なセリフだこと。こっちは生きた心地がしなかったんだけど」
ロックとミルティは二人で洞窟へと繋がる穴を奥から塞いで、さらに結界まで何重にも張っていた。
先の戦闘で憔悴仕切ったアドレとカリナは入口で待機させミリィに守らせている。黙々と予定をこなすミルティが動けているのは、ただの大人としての意地だ。
「それにしても、何なのよその格好」
「これかい? 探索用の装備だよ。かなり遠いところまで僅かな魔力痕も確認出来る優れものだよ。名前は【
「………………ダサい」
自慢げに見せてくるゴーグルの宝具は、破格の性能をしているがとにかく無骨。ゴテゴテした装飾にデカイ丸型レンズ。色も煤けた金という美的感覚の欠如と言わざるを得ない。
つい今しがたの男らしい彼が粉々になるほど滑稽な姿に、ミルティは頭痛がしてきた。
「……ねぇ、あのウサギ可愛くなかったんだけど」
「そうかい? 毛並みふわふわだったろ?」
「あんな速度で動いて見えるわけないでしょ! 走馬灯しか目に入んなかったわよ!」
「ふふっ、ミルティも冗談が上手くなったね」
「殴るわよ!?」
言いながら殴ったミルティは、想定外の石頭に痛たたっと零しながら最後の結界を張り終えた。
外で待つ子供達は、また妙な態勢で待機しているようでミルティの混乱は続く。
「……何それ」
「おかえりなさいミルティ様。ロックさん。いま膝枕をしてまして」
「二人揃って?」
「はい、落ち着かないらしく。流れで」
ミリィの右膝にアドレ、左膝にカリナ。二人ともミリィの腰に手を回す形で抱き着いており、あまつさえそのまま熟睡していた。
「仕方ないよ。余りにも格上の猛攻に晒されたんだ。子供の二人にはストレスが大きかったみたいだ」
「ロックさんロックさん。私、お姉さんに見えますか?」
「あぁ、素敵なお姉さんだ。そうだ、昔試しに作った小型射影機で撮っておこう。せっかくだから紙に写せるよう改良しようかな」
「一時期毎日撮ってくれましたよね。へへ〜、ピースしちゃいます♪」
「二人の頭を撫でるとこも一枚」
本当にピクニック気分のお気楽な二人。ミルティは潜り抜けた修羅場の差を感じずにはいられなかった。
向こうの世界ではあのウサギも大した脅威ではなかったのだろう。今回後手に回ったのも、ミルティ達を守りながら戦ったからだ。二人だけなら、百匹まとめて襲われても無傷で撃退できる姿は想像に難くない。
考えても仕方ない。まずは終わったことを神に感謝しよう。自身に言い聞かせ、ミルティはミリィの横に腰掛けた。
「なんだ、ミルティも撮って欲しいのか?」
「あや、ち、違うわよ!」
「ミルティ様。ピースピース♪」
「え、ぴーす……」
バッチリ二人のダブルピースはまるで姉妹のような微笑ましさがあった。
「貸してください」とロックから射影機を受け取ったミリィは、今度はミルティにレンズを向ける。
「ロックさん。ミルティ様とツーショット撮りましょう」
「ち、ちょっとミリィちゃん!」
「いいじゃないか。ミルティ、こっちにおいで」
「ひぁあっ!」
ミルティの隣りに座ったロックは両手でミルティを抱いて引き寄せる。
腕の中にすっぽりと収まり、頬が触れ合うんじゃないかくらい近い距離。今横を向けば、間違いなく唇が触れてしまう。
(ダメだ……泣きそう)
ミルティの心臓は機関銃の如く暴れ回っていた。手も地震の最中のようにずっと震えている。吐くかもしれないと覚悟を決めながらも、ロックと同じく指を二本立てた。
「ピピっ!」
「ミリィ、何だいそれ?」
「撮った音です。うわぁ〜素敵な絵になりました。宝物ですね!」
「どれどれ」
ようやく解放されたミルティは、溺死寸前から海面に間に合ったのかというくらい何度も何度も呼吸を重ね、遅れて絵を覗き込んだ。
「ほらミルティ。良い絵じゃないか」
「ほ、欲しい……」
思いの外綺麗に撮れていたことに驚きつつ、ミルティは愛おしそうにそっと射影機に触れる。
すると、過去に撮った絵が何枚か現れ、その中の一枚を見て心を閉ざした。
さっきの自分達と全く同じ態勢の幼いロックとミリィが、頬までギュッとくっ付けてニッコニコの笑顔で写っていた。
「死ねぇぇえええ!!!このロリコンサイコくそダサメガネ野郎ぉおおおおお!!!!!!」
「ミぅディ! じぬ!じぬ!!」
地面にロックをうつ伏せに殴り倒したミルティは、そのまま両肩を踏みつけながら首を全力で掴み上げた。
アドレとカリナをしばらく寝かせた後、およそ昼過ぎくらいに帰り始めた一行。ゆっくり飛んで寄り道をしながら、孤児院に辿り着いたのは夕方だった。
「ロック、本当に孤児院で寝泊まりしないの? 部屋ならいっぱいあるのよ?」
「あぁ、僕もミリィも昼夜関係なく自由に動くタチだからね。小さい子の迷惑になってしまうのは忍びない」
「でも……」
「それに旅の途中なんだ。いつ出発するかも分からない」
「旅、本当に行くの?」
「行くさ。それまでは何かあったら好きに尋ねてくれ。一番近い宿屋にいるからさ」
「わかったわ。でも一つ約束して。出発の日には絶対顔見せるって」
「約束だ。その時にアドレとカリナの成長も見させてもらおうかな?」
「ゔぇ、あんま早く旅出ちゃダメだぞ! 一年はこの国に居てくれよな!」
「それは無いかなぁ」
キャッキャとはしゃぐ二人と、心配そうに見送るミルティに手を振って、ロック達は宿へ向かった。
人気もやや減ってきた街道。ミリィは深く被ったフードに顔を隠しながら、ロックに質問を投げた。
「ロックさん、良いんですか? ミルティ様を放っておいて」
「何だ急に」
質問の意図が分からないと、しばらく考えたロックはアタリを付けて返答した。
「ミルティもいい大人だ。今までだってちゃんと生きてきたんだから僕が世話を焼く必要はないだろう?」
「ふふふっ、本当に鈍感な人ですね」
「ん? 何だって?」
「何でもないですよー」
「よく分からない事を言うもんだ」
「ねぇロックさん。手、繋ぎましょう」
「どうしたんだ? 子供に戻ったのかい?」
「今だけです今だけ! それに、大人でも繋いでいいって知ってるんですよ、私!」
「仕方ないな」
伸ばされた手をキュッと繋いだミリィは、やけに上機嫌に大股で歩いた。
(あの方がミルティ様……可愛い人でした。きっとロックさんと結ばれるんだろうなぁ。ふふふ、でもそれまではごめんなさい。ロックさんを独り占めさせてもらいますね♪)
気分はラブロマンスのヒロインと相対する策士的なライバル美女。どっちが先に意識させるかで大いにリードした自分に、果たしてメインヒロインはどう食いつくのか。ミリィの妄想は膨らむばかりであった。
「ミリィ、ケーキ食べて行くかい?」
「食べまーす!」
実際の彼女は、まだまだ甘えん坊の妹から抜け出せないようだ。
〜〜〜〜〜閑話〜〜〜〜〜
その日の晩の事だった。
アーネスト孤児院は就寝時間が決められており、トイレ以外で抜け出すと一日掃除当番の刑に処されてしまう。
そんな大きなリスクを背負ってまで、アドレは示し合わせていたカリナの部屋に来ていた。
音を立てないようにゆっくり扉を閉めたアドレは「早く早くっ」と口パクするカリナのベッドに潜り込み、【
「バレてない?」
「うん、気配はなかった。もう寝たのかも」
布団の中、ほの暗い灯りを頼りに向かい合って正座した二人。
今回の旅でどうしても、ど〜〜〜〜しても気になる点があった彼らは、話すタイミングが見付からずこうしてコソコソと密会することを決めたのだ。
お互いに緊張しながら、アドレはゆっくりと胸元で挙手する。
「カリナ議長、これより緊急会議をはじめます。いいですね?」
これに対し、カリナも胸元で手を挙げる。
「許可します。ゲンシュクに進めてください」
偉い人を演じることで、胸の高鳴りを抑えようとするが今から話すことが気になって仕方がない。
二人揃って手を下ろし、アドレは息を整えて本題に入る。
「本日の大一番を終えた後、俺た……私たちはミリィ氏の膝で寝てしまいました。異議はありませんね?」
「……はい」
「そして、ほとんど同時に起きました。異議はないですね?」
「……ないです」
「そして……」
アドレはその風景を思い出し。顔から火が出そうなほど熱くなった。
「そそそ、そしてっ……起きたら!」
「うぅう……」
「兄ちゃんとミルティがえっちしてた!」
「ぃぃいい異議なし!!!」
異議しかない爆弾発言であった。
ツーショットの瞬間を寝ぼけ眼で目撃した二人は、それが淫らなシルエットに見えた瞬間目を逸らした。イケナイモノを見てしまったと、心がガッチリと絡め取られてしまったのだ。
その後、過酷な狸寝入りを越え、別れで平静を装い、早々にご飯とお風呂を済ませてこの場を待った。それはもうクラクラするほど悩みながら。
「しし、してたんだっ、やっぱり。カリナにもそう見えたなら間違いないんだ……」
「あぁあアドレ君! 議長と呼びなさい!」
「議長!」
「そう!」
「カリナ議長!」
「そう!」
今そんな事はどうでも良い。
「ミルティ……なんかさ、きき、気持ちよさそうな顔してたよな?」
「してたっ、顔真っ赤で……なんか、うん」
「兄ちゃんもっ! こう腰掴んで……あれ、肩かも。肩掴んでグッてしてて」
「腰だよ! えっちだったもん!」
「腰だ! 腰掴んでグッて……」
肩である。
アドレは息が荒くなり、緊張も相まって一気に内容を深めた。
「カリナ……議長。俺さ、ぇ!えっちってよく分かんねぇの! あれ、何してんたんだと思う? 恥ずかしくて……気持ちいいことって酔っ払いのオッサンから聞いた情報しかなくて……」
「わ、私も……実はよく知らない、でもでも! キスはするらしいよ! ミルティさんもしてたし! ふっ服も脱いでなかった!?」
「っ!! 言われてみれば!」
興奮と緊張でおかしくなり、二人の情報は九割が捏造となっていた。
息苦しい布団の中、お互いに息を切らせながら見つめ合う。会話の内容が、心臓の音が、籠った二人の汗の匂いが充満し、ゆっくりと時間をかけて、二人は前のめりになっていく。
始めよりずっと近い顔の距離に気付かず、今度はカリナから深みにハマっていく。
「アドレ……っ、手、出して」
「ぅ、うん……」
「……確かこうやって、腰に手を回して……
「カリナっ、ちち、近い……っ!」
「我慢してっ、わわ私だって、その恥ずかしいというか……なんか、これっ」
薄いパジャマが湿って、密着した部分がよりはっきり感じてしまう。
うろ覚えのロックとミルティになぞらえ、同じシチュエーションを再現した二人は、恥ずかしさと不思議な気持ちよさで爆発しそうになっていた。
「カリナっ! お、俺もう動けない……!」
「私も、ダメかも……はぁはぁっ、でも、最後にキスしないとっ!」
「無理だよぉっ……気持ちよくて泣きそうだもんん!」
「一瞬っ!ここまで来たらチュッて! アドレっ、私が抱き締めてるうちにっ!」
「やだぁっ俺が抱きしめる係やるからカリナがちゅーしてよっ!」
クライマックスは目の前。
カチャっ
「ん〜〜…………アドレの声がしたような」
二人の心臓は爆発した。
もちろん、比喩である。
余りの精神的負荷に加え、予想外のところからトドメの一撃。二人は意図せず、仲良く気絶してしまったのである。
「カリナは〜…………ありゃ、やっぱりアドレも居るじゃない。まぁ、仕方ないか。本当に怖い思いしたもんね。……それにしても寝相悪いわね二人とも」
二人の頭を揃え、布団を掛け直したミルティは、大きな欠伸を残して自室へ戻っていった。
こうして、アーネスト孤児院の小さな事件は幕を閉じた。
翌日、脳のキャパオーバーが原因か二人は何のために集合したのかを一切覚えていなかったのである。
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