5話

「はぁ!!」


 カリナの声が響き渡り、本日五戦目の相手はあっさりと地に伏せた。

 ミルティの飛行魔法で速やかに現着した一行は、予定通りカリナの修行をしながら探索をしていた。ミリィ、ミルティ、アドレは基本何もせず、カリナのみ戦闘、ロックは地図に向かって麻紐から垂れる十字架に魔力を込めて探索をしていた。


「終わりました!」

「上出来だ。カリナはアレイジャイルについてどこまで理解しているんだい?」

「えっと、投げてもいつの間にか手元に戻っていて、しかも投げた方は敵に刺さったままになってます!」

「そうだね」

「あと、闘気が流しやすい気もします!」

「正解だ。加えて言うと、実は魔力の方が伝導率が良いんだ。闘気は強固にすることと、手を離した後にコントロール出来る性能がある。空中で曲がるからやってみるといいよ。魔力は単純に属性付与。理想は炎を付与した状態で一投目を投げ、その瞬間に氷を付与した二投目を投げて、角度を変えながら相手に当てられれば一人前だね」

「うひ〜、頭が爆発しそうです……」

「適正があるから多分大丈夫だよ。そうそう、投げた時に手元に残るイメージも出来ればタイムラグが無くなるからね」

「難し過ぎません?」


 目に見えて手札が増えていくカリナに焦れたアドレは、ついに「あぁああああっ!!」と声を張り上げる。


「カリナばっかズルい!! 俺だってずっと兄ちゃんに修行つけて欲しかったのに!! 俺もやりたいぃいい!!」

「アドレ……。すまん、『識別眼』のデメリットで僕は普通の武器が使えない。剣の今すぐ強くなる教え方は分からないんだ」

「投げナイフだって普通の武器じゃん! 」

「黙っていたんだが、実はアレイジャイルは投げナイフじゃない。ペティナイフを魔改造した物だ」

「ペ、ペティナイフ?? マジで??」

「私……果物ナイフで戦ってたんですか……」


 ロックの魂に刻まれたデメリットの一つである『武器を使えない』ことを知るものは本人の他にミルティだけ。彼は普通の武器を持つと、ステータスが駆け出し冒険者にも劣るほど低下してしまう。逆にそれ以外にはとんでもない装備適正を発揮し、最大限以上に力を引き出せる。一種の呪いのようなものだ。

 しかし、この法則には抜け道がある。概念的に武器ではないものを武器に仕立て上げてしまえば何でも使えてしまうのだ。例を上げればアレイジャイルの元となったペティナイフ、ベル、首飾りから笛など、彼の魔法のポーチからは宝具級の武器ならざる武器がいくつも仕込まれていた。特に対人戦に関して、その特殊形状から初見殺しを得意としていた。


「じゃ、じゃあさ。今すぐ強くならなくていいから教えてくれよ! このままじゃカリナに置いてかれちゃうよー!」

「仕方ないな。あまり期待しないでくれよ?」


 そこから、カリナとアドレを交互に指南することとなった。その様子は微笑ましく、若者の手を引く良き指導者であったが、ずっと口を閉ざしているミルティは不満を隠せずにいた。

 そんな表情を読み取ったミリィは、ミルティの手を握って顔を覗き込む。


「ミルティ様……」

「ご、ごめんね? 色々考えてたら顔に出ちゃってたかも……へへっ、お姉さんなのにね」

「私も、ロックさんは少しずさんだと思います。ミルティ様が特別な人と言うのは昔から聞いてました。まさか何にも言ってないなんて思わなくて……」

「特別? 特別っていってたの!?」


 急に期待の眼差しを向けられて戸惑うミリィだったが、素早くうんうんと首を振る。


「そ、そうなんだ。じゃあちょっと許しちゃおうかな! ふ、ふへへっ」

「ミルティ様は、ロックさんが好きなんですか?」


 確信をついた質問にドキッとしたが、ミルティは優しく微笑んで返した。


「えぇ、出会った頃からずっとね」

「そうなんですね。何だかロマンチックです」

「そんな良いものじゃないわよ。当の本人はどれだけアピールしても気付かないんだから」

「…………ロックさんは、ずっと必死でした」

「うん、私の知らない彼のこと教えて?」


 ミリィは淡々と、出会いから今日までの彼の変化を語った。

 完全に自我を持った頃のミリィは、森の中で死にかけていた。戦うことなんて思い付きもしない少女は、雑草を食べ、泥水を啜って生きていた。なぜこうまでして生きなければならないのか、なぜ自分は簡単に死なないのかと絶望の中にいた時に現れたのが当時十四歳のロックだ。

 その時の彼はまるで手負いの獣のような殺しの気配を常に放っていた。傷だらけの身体に鋭い眼光。しかし、ミリィを見つけた彼の目はすぐに泣きそうな優しい眼差しを見せた。


「きっと一人の私を自分と重ねたんだと思います。元来、お優しい人だというのはすぐに分かりました」

「そうね。優しい、それ一点においては彼以上の人を知らないわ」


 ミリィを連れ歩くようになったロックは、ことある事に話しかけてあげるようになった。死にたいと思わないように、生きる希望を与えるように。徐々に生気に満ちていくミリィに、今度は戦う術を叩き込んだ。

 そして、不可侵領域の生態調査をしながら多種多様な集落や国を巡り、二人でそれぞれに目標を掲げる事となる。


「私の目標は、自分の出自を知る事。そして、ロックさんの助手になることにしました。ロックさんの目標は元々決まっていましたが、仕事で使う『五つの工具』を作り出して工房を再建する事と、決して死なず、大切な人を守り抜く力を手に入れることです」

「大切な人を守り抜く力……」

「お察しの通り、ご家族の死が起因しています」


 ミルティの幼い記憶に焼き付いた、バレットとマグナスの死に際を思い浮かべる。自然と、彼女は唇を噛んでいた。

 すると、ミリィは人差し指を立てて「し〜」っと片目を閉じる。


「ちなみにこれは秘密なんですけど、守り抜く対象が誰か分かりますか?」

「え、それはミリィちゃんじゃ……」

「私の名前も言ってくれましたが、そもそも私はロックさんより強いです。ふふ、ミルティさん、あなたですよ」

「わわわ、私っ!?」

「はい、『僕自身が守った上で命を落としたら今度こそ耐えられないだろう』らしいですよ?」


 ミルティはボンっと顔を真っ赤にして信じられないスピードで思考を重ねていく。


(そそそそんなまさかロックってば私が好きだったの!?!? いやいや知り合いが私とミリィちゃんの二人しかいないから選ばざるを得なかっただけかもだしでも小さい頃はどう見ても私に好き好きしてたような気もするし!! じゃあなんで今すぐどうこうしてくれないの?? ロックがその気なら私はいつだって心も身体も、身体も!!)


「ミルティ、聞いているのか?」

「はっ、ひゃい!!」


 あわあわしてるミルティの前にいつの間にかロックは立っていた。隣にいたミリィはすでにアドレ達と仲良く魔法の練習をしているしでミリィの心は爆発スンゼンだった。


 自分より頭一つ分高い視線、さらさらで撫で心地が良さそうな髪に整った輪郭、包まれそうな大きな肩幅に力強いのに繊細な長い指、そして、吸い込まれそうな唇……。


「ミルティ、調子が悪いなら行ってくれ。ずっと上の空じゃないか」

「だだっ大丈夫! 私はいつだって大丈夫だからね! 今でも大丈夫!」

「……何が?」


 明らかにおかしいミルティに訝しげなロックは、夕日が差し込んだこともあり一度野宿の準備を始めることにした。




 一日目を収穫無しで終えた一行は、二日目の朝に本格的な調査に入った。


「ミルティ、今日は問題ないな?」

「えぇ、ごめんね。昨日はちょっとおかしかったかもだけど、もう平気」


 本当は今も引きずっているが、辛うじて理性を保っていた。


「昨晩探知を広げた結果、予想通りデスウォーカーの魔力痕が残る洞窟が発見出来た。十中八九その付近で数体のデスウォーカーと接敵するだろう」

「はいはい!少しだけ俺たちで戦ってもいいでしょうか!」

「そう言うとは思っていたが……カリナ、大丈夫なのか?」

「全然問題ありません!」


 トラウマになっているのではと考えたが、楽しみすら滲み出ている表情。これならば安心して任せる事が出来るだろうと、ロックは頷いた。


「よし、念の為全員これを身に付けてくれ」

「んん? シルバーネックレス?」

「ロックさん、これってもしかして」

「ミリィはよく知っているやつだよ。多分使うことになるだろうからね」

「はい、私はすでに付けているので大丈夫です」


 ロックが必要と言うなら必要なのだろうと、残りの三人は静かに着用した。


「もうすぐ到着するよ。最後に、僕が指示を飛ばしたらどんな状況でも最優先で実行して欲しい。いいかい?」

「「「はい!!」」」


 準備は整い、五人はすぐさま洞窟に向かった。


 傾斜の強い森林を抜けると、禿げた平地に出る。その山肌にポッカリと綺麗に空いた大きな穴が一つ。入口を塞ぐように丸くなるムカデは、間違いなくデスウォーカーだった。

 初めて見るその異形の姿に、アドレは息を飲む。


「思ってたより倍はデカイな……」

「アドレ、気持ちは切れていないかい?」

「うん、平気だよ。まずは俺とカリナだね」

「二人とも、デスウォーカーは穴の中にあと二匹いる。気付かれたら一気に出てくるから、あの寝てるヤツは一撃で殺すんだ。そのまま二匹目と交戦し、三匹目はミリィが片付けてくれ」

「はい」

「ミルティは三匹目が出切ったらすぐに結界で穴を塞いでくれ。穴のサイズ的にあの巨体が全て抜けないとブラッドラビットは出てこられない。目視出来る位置に居ない上、あの魔物は気配を消すのが上手い。居ないかもしれないけど、絶対失敗するだろう位の気持ちでやるんだよ? 」

「変な心構えね。分かったわ」

「よし………………行け」


 全員が一斉に臨戦態勢に入る。

 飛び出した二人とほぼ同時に、眠っていたはずのデスウォーカーが身体をうねらせる。挟撃の形で仕掛けた二人のうち、脅威として狙われたのはアドレであった。


(俺かよ!!)


 風の属性付与で切れ味と速度を増したアドレの縦切りは、それでも相手の鋭い牙による攻撃に一歩届かない。先に食い殺されるだろう。

 しかし、刹那のタイミングでカリナの刃が多足の関節に五箇所突き刺さる。それは、カリナの適正魔力の一つ【雷】が付与されていた。


 零コンマ数秒の感電。

 アドレの剣が届くには十分な猶予だ。


「真っ二つだぁあああああ!!!!!」


 地を滑り、敵の勢いを利用した斬撃は見事に一刀両断を果たした。

 余りにも快速の撃破。

 しかし、余韻はない。


「次だ!!」


 死骸の陰から恐ろしいスピードでアドレに突進する二匹目のデスウォーカー。今度は完全に最高速に入っていたためカリナのナイフも弾かれる。防御に神経を研ぎ澄ませたお陰か、アドレは上手く両牙の間に剣を挟み込んで凌いでいた。


「っ!!」

「嘘でしょ!!」


 戦闘中の二人だけではない。その場の全員が驚愕したのは、先手を取られた事でも、横槍を逸らされた事でもない。


 飛んだのだ。勢いのまま空へ。


 それも、で。


 一歩出遅れ、ミリィは音を置き去りにして追撃に入る。それと同時にロックは叫んだ。


「結界だミルティ!!」

「【クロス……】」


 突き出した手が十字に重なるより速く。

 それはやってきた。












 キキッ










 邪悪な笑みを浮かべたウサギの顔がミルティの視界に広がる。


 死を覚悟した。


 次にミルティが意識出来たのはロックの横顔だった。


 何が起こったのか分からぬうちに、間に滑り込んだロックは片手でミルティを抱き締め、もう片方の腕に巻き付いた細い鎖付きのベルでウサギを殴り飛ばし岩壁へ突き刺した。後から凄まじい衝撃波と轟音と共に血飛沫が広がり、自分の目に溢れそうなほど涙が溜まっていることに気付いてようやく、助けてもらったのだと自覚した。


 息を吸う。たったそれだけの時間も許さないと言わんばかりに、ロックは再度叫んだ。


「ミリィ!! !!」


 すでに二匹のデスウォーカーをミンチにしたミリィは、意図を正確に受け取り風魔法を発動させる。


 まるでそれすら予測していたように。


 宙を舞う三人の前にウサギが現れた。




 キキキッ




 アドレ、カリナに一匹ずつ。


 ミリィには二匹。


 すでに鋭い爪は各々の腹部を貫く寸前であった。







 しかし、ロックがその腕を掴んで防ぐ。



「ロックさん……ぇええええ!?」

「兄ちゃ…………うわぁぁぁああ!!」

「すみませんロックさん、使……」


 ロックは、それぞれの敵の腕を掴んでいた。

 つまり、ロックが空に三人いる状態だ。


「兄ちゃんが増えたぁあああ!?!?」


 傍から見ていたミルティも混乱していた。彼はずっと自分を抱き締めているし、今も動いていない。変わったことと言えば、鎖付きのベルが無くなり、ガラスで作られたような透き通った茎のない薔薇が手の上で浮かんでいることだ。


 ロックの黄金の瞳が強く光を纏う。


「【七度目の愛の言葉セブンス・カーネーション】」


 ロックの主力武器の一つ。造花の宝具であるセブンス・カーネーション。座標であるネックレスを装備した対象が致命傷を受ける事で自動に発動し、身代わりとなるロックの分身が召喚される。その強さは本人と全く同じ。最大六人まで出現し、もちろん手動でも召喚する事が出来る。


 ミリィはゆっくりと、汚名を返上させてもらう事にした。


「【アンクパニッシャー】」


 ブラッドラビットの上下を魔法陣で挟み込み、中心に黒点が生まれる。徐々に狭まるに連れ中心に向けてとてつもない引力が発生していくそれは、断末魔すら飲み込んで殺人ウサギを塵に変えていった。ミリィの固有魔力属性【重力】の中位魔法だ。

 魔法陣が重なり、音もなく消滅したことでこの戦闘に終止符を打ったのだった。


「い……今のが……一瞬の出来事?」


 ミルティは腰を抜かして座り込み、ゆるりと落下してくる子供達を見届けるしかなかった。

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